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週刊READING LIFE vol.146

僕らは“熱”を食べている《READING LIFE不定期連載「祭り」》


2021/11/08/公開
記事:石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
焦げたソースの匂い、目にも鮮やかなりんご飴の赤、肉の焼ける豪快だけれど、美しい音。
祭りと聞いて思い起こされるのは、こういった食べ物の記憶ばかりだ。いわゆる“お祭りグルメ”には、普通のレストランや家庭料理には出せない“何か”が入っている。本当に何か、人には言えないものが入っているんじゃないだろうかと想像してしまうくらい“お祭りグルメ”は人を虜にする。いや、人を虜にする、とかカッコつけているが、誰より虜なのは、お分かりだろう、僕自身である。
定番の焼きそば、たこ焼き。フランクフルトやじゃがバターなんかも捨てがたい。
デザートはりんご飴か、やはり縁日らしく綿菓子でいくか、はたまたカキ氷か。悩みは尽きない。
夕闇の中、煌々と提灯に照らされた料理の数々は、家の蛍光灯やレストランの小洒落た灯の下とは、全く別の色をしている。少し赤みを帯びた、照れたような料理たちが、僕の頭の中で浮かんでは消えていた。
「今年は、団地のお祭りを、開催します」
その知らせを受けた時、自分がやらなければいけないパフォーマンスなどそっちのけで、その官能的な“お祭りグルメ”たちのことを、ただ想っていた。

 

 

 

夏も終わり。朝の冷え込みと乾燥が季節の変わり目を演出している、そんな時期だった。
仕事中に一通のラインが届いた。
「お疲れ様! 急なんだけど団地祭やるみたいなんだ。協力してくれないかな」
メッセージの主は、僕の参加している殺陣とアクションのグループの代表からだった。アクションといっても、主な活動としては、体を動かそう程度のものである。有志で休日にアクションを使った動画撮影を行なっているが、あくまで自主制作なので規模も小さい。年に何回もパフォーマンスを行うような派手な活動はしていない。
このグループが主に稽古している集会室が、とある団地の中にある。その縁で、この何年か団地祭でのパフォーマンスを行なってきたのだ。
当然ながら、去年はコロナで中止に追い込まれていた。緊急事態宣言も明けた今年、念願叶って開催ということになったらしい。
しかし、僕は迷っていた。仕事のスケジュールの関係で、最近は稽古に顔を出せていなかったからだ。
「僕、最近行けてないんですけど、大丈夫でしょうか……」
「大丈夫大丈夫。クオリティよりも頑張ってる姿とか、エネルギーを見てもらおう」
そして大事なポイントが1つ。
「あのぅ、今回って出店は……」
「多分、出ると思うよ。楽しみにしてる人が多いしね」
 
そう、そこまで大きくない地域のお祭りでは、出店する屋台の数も多くはない。だから屋台の“お祭りグルメ”は、子どもの多い団地にとって、とても貴重で魅力的なエンターテイメントなのである。
「……じゃあ、なんとかやってみます」
パフォーマンスへの不安は拭いきれないが“お祭りグルメ”のためなら仕方ない。僕は参加を決めた。パフォーマンスの内容よりも、屋台に並ぶラインナップの方が気になっていた。

 

 

 

日頃は、食事をコンビニで済ましてしまうことが多い。
なんだかんだと忙殺され、午後3時くらいにパパッと何かお腹に入れたい。そういった時に、コンビニ食はとても便利だ。カロリー表示はきちんとしているし、メニューも自分で工夫できる。
一昔前は、そのクオリティを疑問視する声も多かったが、最近はめっきりそういう声を聞かない。それほど、コンビニ食のクオリティアップは目覚しいのだ。栄養素を気にしたい人向けのお弁当や、夕飯にちょっと一品足したいという主婦層のニーズを掴んだ副菜の商品展開。
“あんまり美味しくないもの”の代名詞として語られていたコンビニ食を、今では好んで食べる人もいる。その手軽さも相まって、多くの人に愛されている。そこには各社、商品開発担当者の血の滲む努力があっただろう。僕ら一般的な消費者には想像もつかない苦労と、挑戦があったのだろう。確かにそれぞれの商品のクオリティは高く、ラインナップも豊富だ。
 
美味しい、確かに、美味しい。
しかし、である。
お祭りグルメを知った後では、何だか少し味気ない。味は確かにいいが、妙に満足感がない。
僕はそこに“熱”がないからだと思う。
 
いやもっと言うと“顔が見えない”からだと思う。
 
コンビニ食の多くは、セントラルキッチンで調理され、コンビニ各店舗に送られる。
老若男女、本当に多くの人が口にするコンビニでは、おそらく万人に好まれる味が採用されるのだろう。平均的な美味しさ。パンチがない、と感じてしまうことも多い。
印象が薄い、と言い換えてもいいかもしれない。
しかし、お祭りグルメはどうだろう。屋台の焼きそば1つとってみても、それぞれに個性的である。そして大事なのは、それぞれに“個体差”があるということだ。
平たくいうと、“まずいもの”も存在しているということである。
これは焼きすぎちゃったのかな、ソースかけすぎちゃったのかな、というような“味のブレ”があるのだ。
その味のブレが、コンビニ食と比べて“お祭りグルメ”を個性的にしているし、魅力的にしている。それを手渡してくれる威勢のいいおっちゃんも相まって、料理の“顔が見える”のだ。
平均的な美味しさを狙って調理されたであろう、コンビニ食との決定的な差がそこにある。
味にも個性を感じると、不思議とそこに“体温”を感じてしまうのである。

 

 

 

「このアンパン、何か入ってる気がする……」
日が暮れかけてきた住宅街の真ん中で、思わず立ち止まってしまった。
 
初めて立ち寄ったパン屋だった。店構えはだいぶ年季がはいっているし、貼ってある新メニューの案内も、紙が少し茶色く変色していた。
最近引越しをしたばかりの僕は、まだ住み始めた街に馴染みがなかった。初めて行った美容室の帰り、貫禄ある見た目のパン屋があったので、小腹が空いていた僕は吸い込まれるように店内へ入っていた。
店内には誰もいないようだった。棚に並んであるパンを見る。アンパン、メロンパン、お惣菜系のパン、食卓用の食パンとラインナップも平均的なものだ。どれも少し小さくて丸っこい。
どれも美味しそうだが、少し前にコンビニで買ったランチパックを食べたばかりだった。小腹は空いているが、仕方ない1つにしよう。トレーに1つアンパンを取り、レジに持っていった。声をかけると店の奥からおばちゃんが小走りで出てきた。背が低いからか、コロンとしているが、なんとも小気味良いテンポで袋詰めしていく。この店の棚に並んだパンみたいなおばちゃんだった。
 
道すがら、家に帰り着くのが待ちきれなくて、包みを開けた。なんとも言えない、焼きたてパンの香りがする。
小ぶりだが艶があり、ふっくらとしたフォルム。見た目の割にずしっとくる重さは、中身の充実度を表している。いざ実食である。
 
王道。まさに、王道だった。生地はふっくらで、中のつぶあんはしっとりと甘い。それでいて甘すぎることなく、きちんとあんこの“豆”的な美味しさを残している。
恵比寿とか広尾とか、小洒落た街のパン屋には見かけなさそうな一品だ。奇をてらったところが1つもなく、絶対どこかで食べたことのある味なのに、なぜか新鮮に感じる。
最近、アンパンを食べてなかったから……いやいや、そんな単純な問題ではない。何か僕の知らない食材や調味料が入っているのかもしれない。
そう思って、少し恥ずかしいが、もう一度店まで戻ってみた。
 
おばちゃんは、一人で片付けをしていた。思い切って聞いてみる。
「あのう、とっても美味しかったんですけど、このアンパンって何か特別なものとか入ってるんですか」
おばちゃんは、突然の質問にキョトンとしている。こいつ何語喋ってんだ、みたいな顔をしている。
「えーと……何も入ってませんけど……」
さっきまで元気よくハキハキとしていたのに、突然の質問に戸惑いながら答えるおばちゃん。ちょっと変な人を見るような視線を、おばちゃんから感じたので、僕はそそくさと店を後にした。
 
数日後、仕事中の食事休憩。いつもの通り、コンビニに立ち寄る。
パンの棚の前に立った瞬間に、あのおばちゃんと不思議なアンパンのことを思い出した。
あれは、なんだったんだろう。
メニューはいつものラインナップだ。サラダチキンにおにぎりを2つ……いや、今日はパンにしてみよう。
棚からソーセージの丸々一本入った惣菜パンと、アンパンをカゴに入れた。
何か、わかるかもしれない。
 
見た目は特に変わらない。強いて言えば、コンビニのパンの方が少し平べったく、軽い。
思い切って頬張る。なんの変哲も無い、いつものコンビニアンパンだ。
でも、あれ、やっぱりこのあいだのパン屋のアンパンとは何かが違う。生地は……まぁいつもの感じだ。中身のあんこは……こちらもごく普通だ。
答えが出ないまま、どこにでもあるアンパンを頬張る。
噛み締めながら、思い立った。もしかして、込められた“熱”の違いなんじゃないだろうか。
 
パン屋の朝は早い。
早朝から生地を仕込まないと、営業時間までのいろんな種類のパンを用意しておくことが難しいからだ。生地を捏ねて、寝かせて発酵。成形して焼成。工程や素材はパンの種類だけあるから、作業量も膨大だ。それだけ手間がかけられている。
もちろん手間をかければ、料理は美味しくなる、という簡単な話ではない。食べる僕らが、目の前にある一品一皿のためにかけられた手間と“熱”を想像することも含めて、きちんと食べる、ということなのだと思う。
パン屋の出来立てのものと、長時間かけて配送されてきたコンビニのパンを比べるのは野暮かもしれない。きっと、両者ともに調理を担当している人間の“熱”は大差ないだろう。
でもやっぱり、こうして比べて考えてみると、生産性や効率化を求められてきたコンビニパンはどうしても“熱”が薄く感じてしまうのだ。
あの貫禄あるパン屋のおばちゃんが、密かに入れているものの正体はこれかもしれないなと思った。

 

 

 

「じゃあ当日は、こういう段取りでいきましょうか」
団地祭に向けたパフォーマンスの稽古も、徐々に進んでいる。お金をとって上演するわけではないし、あくまで僕らのパフォーマンスは催しの1つに過ぎないが、やるからにはきちんとやりたい。それは表現者の端くれとして生きている、僕の“熱”である。
当日のスケジュールや段取りも、ほぼ決まった。あとは誠心誠意、やり切るだけだ。
やりきったら、みんなで屋台で焼きそばを買って食べよう。フランクフルトもいいかもしれない。疲れた体に、甘いりんご飴は染み渡るだろう。
威勢のいいおっちゃんから、エネルギーももらおう。込められた“熱”は何も味だけじゃない。お釣りを渡す手や、客寄せの掛け声にも、その熱はこもっている。
そしてもっと言えば、誰かが誰かに料理を作る時。そこには必ず“熱”がこもっている。
僕らはそれを食べることで、自身の活力として還元しているのかもしれない。
 
最後に改めて断言したいと思う。
僕らは“熱”を食べて、生きている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1989年生まれ、横浜生まれ横浜育ち。明治大学文学部演劇学専攻、同大学院修士課程修了。
舞台俳優として活動する傍ら、演出・ワークショップなどを行う。
人間同士のドラマ、心の葛藤などを“書く”ことで表現することに興味を持ち、ライティングを始める。2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。

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2021-11-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.146

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