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週刊READING LIFE vol.146

時は来た。いまこそ立ち上がれ、悪党どもよ《週刊READING LIFE Vol.146 歴史に学ぶ仕事術》


2021/11/08/公開
記事:いむはた(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
あの、ちょっと相談があるんです、会議室の席についてすぐのことでした。小町さんこと小野さんが話始めました。表情は真剣です。小町さんは、ぼくが会計コンサルティングをしている会社のベテラン社員。経理一筋30年以上。なにがあっても明るく穏やかな小町さんは、みんなが頼りにする会社のお母さん。そんな彼女がこんなことを言い出したのです。
 
「私、仕事をやめようと思うんです」
 
なんでまた、聞きたい気持ちをぐっとこらえ先を促しました。「最近、会社での自分の価値を感じられなくて。仕事はどんどん若い子が任されるし、ITとかついていけないし。それにお恥ずかしい話ですけど、お給料も下がってきて」
 
うつむきながら話す小町さんを見ながら、ぼくはついこんな風に思ってしまいました。「ふふふ、小町さん、あなたもこれで悪党の仲間入り」思わず緩みそうになる表情を必死にこらえました。
 
えっ、真剣に話している人を笑うなんてひどい?一生懸命まじめに働いてきた小町さんがどうして悪党なんだよって?ごもっともなご意見です。ただ、ぼくは思うのです。最近、ふと見回せば、悪党ばかりになってきたと。そして、こうも思わずにはいられないのです。これできっと世の中、よくなるぞ、と。
 
小町さんに限った話じゃありません。彼らはバブルの後、明るい兆しの見えない世の中で、会社のためにと身を粉にして働いてきた世代。今の会社があるのは彼らのがんばりのおかげといってもいいはずです。でも、そんな彼らが、やれ、DXで効率化、やれ、もっと若い人の価値観を取り込んで、といった風潮の中、自らの存在意義に疑問を持ってしまっているのです。平たく言えば「私たちって、会社にいる意味ある?」そんなふうに感じてしまっているのです。小町さんのように真剣に受け止め、会社を辞めようかな、と考える人がいても不思議ではありません。中には逆に開き直って「首にならない程度に働いて、もらえるものだけもらったろ」そんな風に考える人もいます。
 
目に見える態度は全然違うけれど、両者に共通するのは「一生懸命やってきたけど、昔とはどうも違う。会社はそれほど報いてくれない」といったところではないでしょうか。
 
えっ、でも、それは年をとれば誰もが経験すること。それで会社を辞めたくなったり、逆に開き直ったり、褒めるつもりはないけれど、それだけで悪党呼ばわりってひどくないかって?だいたいそれで世の中、よくなるってどういうこと?そんな声が聞こえてきそうです。
 
わかります、わかります、その気持ち。でもね、それでもぼくは言わずにはいられないんです。悪党よ、もっと増えてくれ、そうしたら世の中、もっと良くなるぞ、と。だって、こんなこともあったんですよ。
 
それは別の客先での出来事。廊下ですれ違いざま、若手社員のカネゴンこと兼子君に声をかけられました。「ぼく、会社、辞めることにしました」
 
カネゴンが転職してきたのは3年ほど前。当時はまだ二十代後半、英語はペラペラ、相手が誰であっても分け隔てなく接する態度は爽快でした。この子はきっと伸びるだろう、誰もがそう期待する存在、そのカネゴンがたった3年足らずで会社を辞めるというのです。
 
ここ半年ほどの間でカネゴンでもう3人目、30才前の若者が会社を去っていきます。どの子も優秀な子ばかりです。それにこの話、今に限った話じゃありません。ここ5年ほど、若くて優秀な子ほど会社を去っていくこの流れ、変わらないどころか、加速している感すらあるのです。
 
もっと成長できる場所に行こうと思います、さっぱりした表情のカネゴンを見て、ぼくはやっぱりほくそ笑んでしまいました。カネゴン、君もこれで立派な悪党。世界を変えていくんだね、と。
 
えっ、さっきから悪党、悪党って、もういい加減してくれ?会社が「思っていたのと違う」となった時、悩んだり、開き直ったり。それから新しい道を選んだり。どうしてそれを悪いことのようにいうのかって?だいたい、悪党ばかりの世の中なんて、良くなるどころか悪くなるじゃないのかって?
 
いやいや、ぼくは一言も悪いだなんて言っていません。だってぼくが悪党と呼んでいるのは、みなさんが想像するような、犯罪組織、強盗団といったやつらのことではありません。ぼくが意味しているのは、今からずっと古い話、鎌倉、室町、そして戦国時代の武士の時代のお話、そして悪党どもがいかに世の中を良くしていったかってことなんですから。
 
 
源頼朝、みなさん、ご存じですよね。いい国、作ろう、そう思ったのかどうかわかりませんが、武士の親玉として鎌倉幕府を開いた人ですよね。彼のもとに多くの武士たちが集まり、日本を動かしていく、武士が歴史の主人公となる時代の始まりです。
 
だだ、この「幕府」というものがなんなのか、いまいちよくわからない、そんな方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。わかりやすく、ぼくなりの一言でたとえるなら、
 
幕府とは、大きな意味での「……一家」である。
 
鎌倉幕府なら、「源」一家、江戸幕府なら「徳川」一家。現代に置き換えたら、三井家、住友家といった財閥一家ですかね。や〇ざ屋さんにも「なんとか一家」ってのがあるし、映画ゴッドファーザーのマフィア「コルレオーネ・ファミリー」もそう。そこには正当な血筋みたいなものがあって、当主がいて彼らに仕える奉公人がいます。でも、決して当主一族のためだけに奉公人が存在しているわけではありません。奉公人一族までを含めた「一家」全体のために、なんらかのビジネスをしていて、またその裏返しで、ビジネスを支えるために一家全体が存在している。それの武士バージョンが幕府、というわけです。
 
そこで大切なのが「御恩と奉公」当主は「御家人」と呼ばれる配下の武士たちに「御恩」を与えます。それは、御家人の土地が侵略者に襲われた時、一家をあげて守ってあげることであったり、御家人同士のもめごとを仲裁してあげることだったり。不作で食えない時には食糧援助し、能力のあるものをファミリービジネスの要職にひきあげたり。要は、当主の与える御恩とは、御家人たちが安心・安全に生きていくための仕組み。今の言葉で言えば、警察・行政・防衛・セーフティーネット、一切合切お任せください、みたいな感じです。
 
もちろん、そんな素敵な公共サービス、ただで受け取れないのは現代と同じ、武士たちも年貢、つまり税金を納めなければいけません。ただ、今のぼくたちと決定的に違うのが「奉公」でした。というのは、奉公、それが意味するのは「命をかける」
 
「いざ鎌倉」この言葉、聞いたこと、あるんじゃないでしょうか。一家の一大事には、自分のことはかなぐり捨てて、当主のもと、鎌倉へ一目散に駆けつけます、という御家人の心意気を表した言葉なのですが、この言葉の意味するところは、当主のためには命を懸けて戦いますよ、私のすべてを差し出しますということ。リアル侍ジャパン、命を懸けた絶対に負けられない戦いに馳せ参じますってことなのです。つまり「御恩と奉公」とは、当主が生活保障サービスを提供し、その対価として御家人は「命も含めた自分」を提供する。そこでは双方が義務を果たす必要があって、御恩も奉公も一方だけでは成立しないのです。
 
だから、当然、当主はサービスの質を磨き続けます。御家人たちが食い扶持に困らないように新しい土地を開墾する。地元の産業を育て他国への販路を開く。将来に向けた投資のためと御家人の子弟の教育に努め、地域の治安を守るため武力の強化にも力を入れる。そんな風にして、御家人たちの心をつなぎとめるため、自国の魅力をあげるのに必死なのです。だって、そうでもしなければ御家人たちの心はあっという間に離れてしまう。「魅力のない一家」にランキングされてしまうんです。
 
でも、御恩と奉公、御家人たちは忠義心があるから、一緒に頑張ろうってならないの?
 
もっともな疑問です。そして、その疑問に対する答え、それは、どうやら多くの御家人にとっては「No」だったようなのです。
 
所説はありますが、疫病が流行ったり、それからかの有名なモンゴル襲来があったりで、徐々に力を失っていった幕府は御家人たちに十分な御恩を与えられなくなっていきます。そんな時、御家人たちがとった態度、それは、やーめた。「なんか、がんばってもあんまり御恩もらえないしぃ、聞いてた話と違うっていうか。こんなんじゃ命がけの奉公なんてできないよね」そんな態度を取り始めたのです。
 
鎌倉、室町と時代がすすむに従い、その傾向には拍車がかかり、もう「いざ鎌倉」なんて言葉はむなしいだけ。誰も幕府の言うことなんて聞きません。当然、税金だって払う人もいません。財政難に苦しむ幕府の公共サービスの質はどんどん低下していきます。となれば、だれもが自分たちの生活は自分で守るのに必死、既存のルールなんぞに従っている場合じゃありません。中には、どうせ幕府なんてなにもできないでしょと、他人の土地を奪いだすやつらまで出てくる始末、そう、お待たせしました、ついに「悪党」の登場です。
 
でも勘違いしないでください。悪党というこの呼び名、あくまで幕府や当主の側からの視点。悪党側からしたら、御恩という約束を最初に破ったのはそっち側、自分たちの生活を自力で守って何が悪い。土地を奪ったなんていうけれど、そもそも俺の土地を守ってくれなかったのはお前たちじゃないのかい、むしろ正義はこちら側というわけです。
 
そんな悪党どもがどんどんと力をつけていき、日本各地で「俺の一家」を構えていく、それが戦国時代の到来です。この時代、まるで日本のルネサンス、個人の才能が開花しました。有名なのは、あの武田信玄を生んだ甲斐武田家、上杉謙信の越後上杉家、そしてもちろん忘れちゃならないのは戦国時代のスター、いや、日本史上の最高のスターともいえる織田信長を生んだ尾張織田家。ほかにも数えきれないほどの成り上がりたちが登場します。
 
でも考えてみてください。個人才能が開花したなんて、きれいな言い方をしましたが、もとをただせば、みんな自分の生活を守るために始めたこと。「思ってたのとちゃう」幕府に頼ることができない以上、このままじゃ未来はない。だから自分の道を自分で切り開いていく、それ以外には生きていく道がなかっただけなのです。その中には、若くして自分で「一家」を起こした人もいれば、うまく立ち回って食い扶持だけをかすめ取るような人もいたでしょう。年をとって行き先を失い、でも将来に絶望しているわけにもいかず、自分の知見を売り込んで新しい「一家」に再就職した人もいるはずです。そんな悪党起源の混沌とした世界から生まれたのが、武田信玄や上杉謙信、そして織田信長、といった綺羅星のようなスターたち。そして彼らによって既存の天皇・貴族、そしてそれまでの幕府といった古い日本が壊され、現代の日本へと続く歴史が開かれていったのです。もはや、日本は悪党によって作られたといっても過言ではないのかもしれません。
 
 
と、ここまで熱く悪党論を展開してきましたが、勘のいい方はもうお気づきですよね。そうなんです。なぜ、ぼくが小町さんやカネゴンを悪党呼ばわりしたのか。どうして、彼らによって世の中がよくなっていくと思うのか。そう、それは、頼りにならない会社に見切りをつけ、自分の足で踏み出そうとしている彼らは、まさに現代の「悪党」だから。
 
 
一昔前はいい時代でした。日本の景気は上り調子、世界ナンバーワンなんて言われていた時代もありました。会社の業績も順調、会社も社員もみんな一緒に頑張って、みんな一緒に成長しよう。年をとって働けなくなってもだいじょうぶ、会社が最後まで面倒見まっせ、と至れり尽くせり。社員はその「御恩」に応え、「奉公」することで、その対価を払ってきました。
 
でも、もうそんな時代は終わったんじゃないでしょうか。ほとんどの会社には「御恩」を与え続ける体力はありません。どれだけがんばろうと右肩上がりの給料などありえないし、能力がないと見なされれば閑職に追いやられ、若手の教育費用は削れられる一方。もう会社は「奉公」に対して「御恩」で応えてくれる場所ではありません。「思ってたのとのちゃう」んです。そうなれば、当然、出てくるのが会社から外の世界に出ていく人たち。小町さんもカネゴンもきっとその一人。そして、そんな「悪党」が増えているのが今の日本だとしたら……
 
古い慣習に縛られず、自分の力で生きていこう、そんな風に思って外に飛び出していく、彼らによって、また日本は生まれ変わる、ぼくにはそう思えて仕方がありません。そして、そんな悪党どもたちの中から、いつかきっと織田信長のようなスター生まれてくる、もしかしたら、ぼくはその瞬間に立ちあえるのかもしれない、そう思うと、ぼくはついついほくそ笑んでしまうんです。悪党どもよ、時は来た。今こそ立ち上がれ、そう応援してしまいたくなってしまうのです。どうです、あなたも悪党になって、日本を変えてみませんか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
いむはた(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

静岡県出身の48才
大手監査法人で、上場企業の監査からベンチャー企業のサポートまで幅広く経験。その後、より国際的な経験をもとめ外資系金融機関に転職。証券、銀行両部門の経理部長を務める。
約20年にわたる経理・会計分野での経験を生かし、現在はフリーランスの会計コンサルタント。目指すテーマは「より自由に働いて より顧客に寄り添って」

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2021-11-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.146

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