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週刊READING LIFE vol.146

「先見の明」は「才能」ではなかった《週刊READING LIFE Vol.146 歴史に学ぶ仕事術》


2021/11/08/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE公認ライター)
 
 
人がなかなか思いつかないようなことや、簡単にはできないことをやってのける力って、どうやって備わるのだろう。アイディアや策が当たって成功した人を指して、「あの人は先見の明がある」と言ったりするけれども、それは例えばスティーブ・ジョブスとか、一部の限られた人だけが持つ特殊な才能だと思っていた。
 
でも今は、「先見の明って、実は才能とかセンスではないかもしれないな」と私は思っている。「先見の明がある」と言われるようなことを成し遂げる時に大事なのは「ゴールを持つこと」、その中でも重要なのは「アンテナ」ではないかと思うのだ。つまり、自分の中に「問いを持ち続けること」だ。そう思うようになったのは、世の中にないものを生み出した人たちのストーリーを知ったからだ。
 
そのひとつが、お酢のメーカーとして有名なミツカンの創業ストーリーだ。
 
江戸時代、ミツカンの創業者である初代中野又左衛門は、尾張知多(愛知県半田市)で酒造業を営むかたわら、副産物として出る酒粕に目を付け、酒粕から酢をつくることを思いついた。当時あまり用途のなかった酒粕をリサイクルしてつくった粕酢は、米酢と比べて安価なうえに、甘みやうまみがある。それが当時の寿司ブームにのって、大ヒットしたという。
 
この事実だけ見ると、「すごい人だな。よくそんなことを思いついたものだ」と思うけれど、実はそこには「酒造業不振というピンチに陥っていた」という背景があった。そんな状況の中で、又左衛門が考えた挽回策が「酒粕をリサイクルして粕酢をつくる」ということだった。
 
そうした追い詰められた状況が、今までにないアイディアを生み出す要因になったのだろう。シャープの創業者である早川徳次さんも、こんな言葉を残している。
 
「よいアイディアの生まれるのは、儲からなくてなんとかしようと苦しんでいるときである。だから私は、儲かることをあまりのぞんでいない」
 
酒造業不振のピンチに陥って、又左衛門も「何とかしよう」と苦しんだに違いない。では、そこからどうやって「酒粕を使う」というアイディアがひらめいたのだろうか。私は又左衛門の気持ちを想像してみた。
 
ひょっとしたら又左衛門は、酒をつくるたびに副産物としてできる酒粕が余って捨てられるのを見て、「これを何かに使えないか?」、「酒粕のもつ甘みやうまみを生かせないか?」と以前からずっと思っていたのかもしれない。ただその答えが見つからなかっただけで、頭の片隅に、いつもこの問いを置いていたのではないか。
 
心理学で「カラーバス効果」とか脳科学の分野で「RAS(reticular activating system)」という働きが解明されているが、私たちの脳は、「あることに意識すると、それに関する情報が集まってくる」という働きを持っている。例えば、部屋の中にある赤色のものを意識して見てみると、赤色のものがやたらと目につくというようなものだ。
 
だから、何か「問い」を自分の中に立てておくと、無意識にその「問い」に関する情報が入ってくる可能性は大いにある。
 
その「問い」が何かと結びついた時、ひとつの「ひらめき」が起きるのではないだろうか。では又左衛門にとって、その「何か」とは何だったのだろう?
 
実は又左衛門は酒造業を本格的に開始する時、食の大消費地であった江戸に視察に出かけていたのである。酒造業がピンチに陥る少し前のことだ。
 
なぜ江戸に行こうと思ったのか、今となっては理由は分からないが、とにかく彼は「食の現場」を見て回った。そこで「寿司」に出会うのである。
 
当時の酢飯に使われていたのは米酢と塩だけ。しかも米酢は高価だ。
「もう少し甘みがあれば、もっと美味しくなるのではないか? それなら酒粕のもつ甘みやうまみが生かせるのではないか? しかも酒粕からつくる酢であれば、米酢より安い」と思ったとしても不思議ではない。
 
ブームになりつつある「寿司」と出会い、その味を知り、そして江戸の街の空気感を体感していたからこそ、「酒粕を何かに使えないか?」という問いと「寿司に使ったらどうなるか?」という未来のイメージが合致して、「酒粕から酢をつくる」というアイディアが生まれたのではないか。そんな仮説が浮かび上がってきた。
 
しかし又左衛門には、そこからまだ乗り越えなければならない壁があった。酒づくりをするかたわらで酢をつくるのはタブーだったからだ。もしも酢酸菌が酒に混ざってしまうと、せっかくつくった酒が酢になってしまう。
 
それでも又左衛門はそのタブーに挑戦した。そして成功する。「やるか、やらないか」、これが分かれ道なのだ。
 
ソニー創業者の盛田昭夫さんも、こんな言葉を残している。
「アイディアのいい人は世の中にたくさんあるが、いいと思ったアイディアを実行する勇気のある人は少ない」
 
又左衛門がチャレンジ精神に溢れた人だったことは間違いないだろう。でも、やみくもに挑戦したわけではない。「酒をつくっている所で酢をつくることはできない」という常識に対して、「それは本当か?」と現状を疑い、できる方法を幾通りも考えたに違いない。
 
ご本人に直接聞いたわけではないから、全ては私の仮説である。けれども、ミツカンには仕事の心得として2つの言葉が受け継がれているという。それは「三現主義」と「脚下照顧に基づく現状否認の実行」という言葉だ。「三現主義」とは、「現地、現物、現実を見て考えること」、「脚下照顧に基づく現状否認の実行」とは、「自分の足元を客観的に見て、現状に満足せず挑戦を続けていくこと」だという。
 
又左衛門がそれを意識してやっていたのかどうかは分からない。それでも、彼は実際に「江戸」という「現地」に足を運び、「寿司」という「現物」に出会い、それがブームになりつつあるという江戸の「現実」を体感していた。そして「今の自分にあるもの、すなわち酒づくりで培った醸造技術と、そこから生まれる酒粕」を見つめ、「これを使えないか?」と問い、酒づくりと酢づくりは両立しないという常識に対して、「それは本当か?」と常に問いを繰り返し、「事実」を拾い集めていった。粕酢の成功はその結果なのだ。決して天才的なひらめきとか思いつきではない。
 
そして、その原動力となったものは何か?
 
私は「相手目線」だと思う。「儲けてピンチを脱したい」という自分本位な考えだけでなく、もっと大きなゴール、つまり、「他人の幸せ」を原動力にしていたのではないかと思うのだ。
 
酢と塩だけの酢飯に甘みが加わったら、今よりもっと美味しい寿司になる。
米酢ではなく、粕酢ならもっと値段を安くできる。
そうすれば、安くて美味しい寿司を皆に食べてもらえる。
 
その思いが、経営難への挑戦、タブーへの挑戦、前例の無い粕酢づくりへの挑戦に立ち向かい、続けていく原動力になったのではないだろうか。
 
私自身もメーカーで働いていたから分かるけれど、世の中にないものを生み出し、それがヒットするときには、必ず次の3つがあったと思う。それは、「問い」、「観察力」、「相手目線」の3つだ。「それがマーケティングだよ」と言われてしまえばそれまでなのだけど、そんな概念のなかったであろう江戸時代、すでにそれをやっていたのが素晴らしいと思う。
 
そうした先人のストーリーを知った後、私は改めて自分自身を振り返ってみた。
「私はどんな問いを自分の中に置いているだろう? そのために必要な事実を集めに行っているだろうか?」
 
そうして振り返ってみると、私は解決したい課題に対して、いきなり策を考えて行動していることが多いなと思った。そして、その多くが「今の自分にないもの」を付け足していこうという発想だった。でもそれでは時間もかかる。
 
そうではなく、又左衛門が既にある「酒粕」から新たな価値を創造したように、私自身が「自分では価値があるとは思っていない」と思い込んでいることの中に、「宝」があるかもしれないのだ。誰かにとっての価値になる「宝」が。
 
だから私も、もう一度自分の足元を見つめ直してみようと思った。そして、自分のもっているものが、どんな場面で、どんな人の、どんなことに役立てるのか、常に問いを頭の中に置いておこう。そのために、周りの人たちがどんな「解決したい問題」を持っているのか、実際に聞いてみようと思った。又左衛門が江戸に「食」の現実を見に行ったように、私も自分自身と周りの人たちの「現実」をよく観察しようと思う。いつか、「そういうのを待っていました」と言われるようなことを提供できる自分になるために。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からライターズ倶楽部参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せる存在になることを目指している。

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2021-11-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.146

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