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週刊READING LIFE vol.155

高専生が文系編入したら世界がひっくり返った件《週刊READING LIFE Vol.155 人生の分岐点》

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2022/1/31/公開
記事:尾治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
1月下旬、受験シーズン真っ只。自分の描いた未来に向かって、最後の追い込みをかけている児童、生徒が多いのではないだろうか。
やりたいことが何なのか、そこでならできるのか、自分がどうなりたいのか。それを考えた上で進学先を考えるだろう。だから、そこに行けた、行けなかったということがその後の人生に大きく影響することもある。実際は、どの学校に行こうが、自分のやりたいようにやるだけなので、100年の人生から見たらさほど大きな分岐点ではないのかもしれない。しかし、四半世紀ようやく生きた私ではそこまで悟れていないし、やはり私にとって受験と進学は大きな分岐点だった。自分の価値観がひっくり返る体験だったのだ。
 
「高専」という学校をご存じだろうか。私の出身校である。
最近大ヒット中のジャンプ作品『呪術廻戦』で、主人公たちが通う学校として”呪術高専”という名で登場している。もちろん、呪術高専は架空の学校だが、高専という学校は実在する教育機関だ。主に技術者を養成するために設立されていて、その多くはゴリゴリの工学系の学校である。高校入試と同じタイミングで受験があり、入学すれば5年間、通常の高校1年から大学2年までの期間で一貫した専門教育を受けることになる。ロボコンをイメージする人もいるかもしれない。確かに一番知名度があるイベントだろう。
5年間、物理、数学、専門科目漬けを送った学生の進路はというと、産業界に技術者として就職するか、大学へ編入(多くは3年次)するか、専攻科という高専の中に設けられた学科に進学するかの3通りである。
私は、この高専からの進路選択が、今の自分の多くを作ることになった大きな分岐点だと考えている。
端的に言ってしまうと、私はド理系の世界から、大学の文系学部へ編入した。
「高専の勉強、役に立たなくね?」
そう思われた方、いるのではないだろうか。進路を考えるときに、専門科目の教授や同級生によく言われた言葉だ。そうだろう、そう思う人の方が多いだろう。
実はそんなことは全くなかったし、なんならそれがあったから世界が広がったと言える。
 
こんなことを書くと、筆者は理系の勉強だけでは飽き足らず、文系も知りたいという知的好奇心に満ちた優秀な学生だったのかと思われそうだが、全くそんなことはない。私は化学系の学科にいたのだが、苦手科目は化学の専門科目一通りと物理だった。なぜ高専にいたのか。
高専にいたころの私は、とにかく勉強ができなかった。
高専は高校受験で入学するというシステムなので、当然中学の勉強ができれば入れる学校だ。私は、中学の勉強はそれなりにできていた。通知表平均は4.3、ある時期に至ってはオール5。特に理科が好きで、実験着が白衣というところに憧れ、推薦入試で入学した。
自分は結構できるやつだと思っていたが、1年の春、実力テストという名前の学年共通テストの結果を見て愕然とした。国数英、総合順位は200人中100番代。国語以外は平均点程度しか取れていなかった。大体同じぐらいのレベルの学生が集まるのだからその結果も当然なのだが、当時の私はプライドをへし折られた感覚だった。
それでやっきになって勉強したのだが、私は勉強を記憶することだと思っており、理解して学ぶということが全くできていなかった。公立中学程度の学習量ならそれで事足りていたが、高専の尋常ではないスピードの授業にまったくついていけなくなり、気づけば毎年留年ギリギリの劣等生となっていた。
勉強は積み上げていくことで専門性が上がってく。基礎がボロボロの私は、学年が上がっても負債を返し切れず、過去問と山張り、先輩や同級生に教えてもらう、教授に泣きつくなど、あらゆる手段を使ってその場しのぎを続けた。その結果、白衣に憧れ、世の中を変える何かを作りたいという志は消え、化学から逃れたい、理系興味ない、という状態にまで落ち込んでいた。
そして訪れた進路選択。4年生(大学1年相当)の夏。化学を学び続けるか、就職するかの2択に迫られていた。もちろん、もう勉強したくないと思っていた私は、就職活動しようと決めていた。
そして、この頃、よく相談に行ったり勉強を教えてもらっていたりしていた物理の教授から、進路について訊かれたので、そう伝えたのだ。
 
「進路ですか? あ、就職します。勉強できないし、もう化学の勉強しんどいし。
「就職か。君が就職するのは、もったいないな。何かしたい勉強とかないの?理系じゃなくて文系も編入ででるでしょ」
「文系にも編入できるんですか……? じゃあ、文学とか、そういうのやってみたいかもです」
 
君が就職するのはもったいない。赤点だらけで、進級も危ない人間の私に、学びの可能性を見出してくれた先生のこの一言は忘れない。そして、文系にも編入できるという言葉も、自ら可能性を閉じていた私を再起させる言葉だった。
前述した通り、高専は技術者養成のための学校であり、理系(工学系)の学校である。編入といえば工学部や理学部が普通で、文系に行く人間の前例はほとんどない。なので、制度として高専からでも文系の学部に編入できるということは、全く知られていなかったのだ。仮に知られていたとしても、それを進学先として進める専門学科の教授などいるはずがないのだ。この教授は稀有な人だった。
 
そこから私は、全国の大学で3年次編入できる大学と学部を調べ上げ、受験準備を行った。
第一志望とは行かなかったが、地元の大学の社会情報学部という、よく言えば文系の専門科目が網羅的に学べる、悪く言えば文系学部を圧縮して上澄みを集めたみたいな、社会系の学部に編入することになった。
 
編入後の学びは、とにかく刺激的で楽しかった。数学、物理、化学以外の学問がこんなに広いのかと。自分の知らない世界がこれだけあったのかと。無知に気づいたことと同時に、学びが社会に繋がっていることを強烈に意識することができた。
新たに一から積み直しとなったが、20歳の私は15歳の私と違い、理解力がついていた。学問は暗記ではなく、理解すること、読み解くこと、仮説を立てて論じること。学びの本質が分かった私に、高専時代の劣等生の面影はなくなっていた。
 
編入したこと、高専から進学したことで、物理的に新しい人、新しい環境、新しい学問に触れることができた。世界が広がったといえるだろうが、それだけが理由ではない。
 
「高専の勉強、役に立たなくね?」
この疑問から解消したいが、答えは役に立った、一択である。
いくら劣等生でも、5年間勉強してきたことで科学的思考、論理思考は身についている。仮説を立て、データや根拠を持ってきて、それを考察する。これはどの学問を修めるにも基本的な姿勢である。
化学式を書いたり、物の成分を分析したりしないから、そういう知識は確かに使わない。でも、それぞれの学問を学ぶ中で得た手法というのは、体に染みついていた。めちゃくちゃ役に立った。
 
自然科学を曲がりなりにも修めた私は、世界が法則と秩序でできていることを疑っていなかった。ボールは投げたら落ちるし、地球は丸い。私の世界は他の人にとっても同じで、みんな同じものが見えている。
はっきりそう思っていたわけではない。それが当たり前すぎて無意識だったのだ。
大学である哲学系の授業を受けたときに、衝撃を受けた。現在の自然科学は一神教の価値観だ、と。
宗教と科学、まったく相反するものだと思っていたものが、繋がっていた。これは5年間専門的に科学を学んでいたからこその衝撃だったと思う。
神様の作った世界は秩序立っているに違いない! だから、観察してみよう。ほら、法則があった! これが世界のルールだから、このルールが分かればいろんなことができるに違いない!
ポップに要約するとこんな内容になる。科学も宗教なのか、ととらえると、自分の”常識”の狭さを実感でき、それ以外で世界はどう見えるのか、というところに興味を持った。
そして、すべての学問は、お互いに関連があることを理解した。私の価値観がひっくり返った瞬間である。
 
その後、様々なサークルや自主ゼミ、短期留学プログラムへの参加、就職活動など大学生の経験を一通り体験し、大学院へと進学することになるのだった。
もう勉強したくない、と悩んでいた人間が、まさかこんな進路を取るなんて。一番驚いたのは私自身だ。
 
私の人生の分岐点にまつわる話は以上になる。受験生の皆様におかれましては、どうか自分の進みたい道に行けることを祈っている。そして、進んだ先が自分の思た通りでなくても、あきらめないでほしい。
壁にぶつかったら、逃げても良い。戦略的撤退だ。一旦その場から離れたら、冷静に、俯瞰して見られるようになる。そうすると、あの時は見ていなかった景色が見えるようになっていたりするものだ。
世界は、自分の視点でできている。
 
 
 
 

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2022-01-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.155

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