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週刊READING LIFE vol.155

三回、受験に落ちた男《週刊READING LIFE Vol.155 人生の分岐点》


2022/1/31/公開
記事:石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「滑るとか。落ちる、とか禁句だからね」
すこし時節を外れた初詣に行こうという時、すれ違った親子からこんな声が漏れ聞こえてきた。
あぁそうか。新年になってなんだかすこしいろんなものがリセットされて、新たに始まる感じがしていたけど、彼らにとってはコンテニュー。まさに今までの努力の総仕上げの季節がやってきてしまったのだ。
絵馬には、第一志望に合格できますように、と書いてある。それが何枚も何枚もだ。
受験シーズンだ。神様も大変である。
 
自慢じゃないが、僕は第一志望の学校に合格したことがない。
一度ぐらいあるでしょ、と妻は言うが、本当にない。見事なまでに、全部だ。
高校受験・大学受験・俳優養成所。全て二番目に受かったところに進学した。
全て僕の、なんとなくそのまま受け入れてしまう、のんびりとしたところが原因である。
 

 

 

 

 
思えば、高校受験が全ての発端だった。
真面目に授業を受けていて、通知表の内申点はそこそこ高かった。なので内申点が基準をクリアしていたら合格できる、指定校推薦という制度を使うことにした。野球部だったので、練習が厳しく、なんとか日々の期末テストは乗り切れていたが、受験に向けての勉強はあまりしていなかった。そんな僕にはおあつらえ向きの制度だ。
多数ある指定校推薦のリストの中から、僕はYという高校に目をつけた。
Y高校は、パンフレットを見ると真面目で自由な校風が売りのようだ。高校でも野球部に入りたいと思っていた僕は、中学生向けに開催されたY高校野球部の練習会にも参加し、
「ウチに来たら、よろしくな」
と先輩や監督から激励を受けていた。野球部の方々にとどまらず、受付をしてくれたおばちゃん、校内ですれ違った先生方。皆、とても感じよく応対してくれる。そして何より、見かけた女子の先輩が美人だった。
はっきり言って、理想だった。ここに行けばこれ以上ない、素敵な高校生活を送れる。そう確信して、Y高校の制服を着ている自分を想像しては、ニヤニヤしていたものである。
しかし、中学三年の前期の終わり。事態は急転する。
内申点が足りないことが発覚したのだ。
 
「なんで……どうして……」
配られた通信簿を見ながら、僕は目をパチクリとさせていた。いつもなら5を取れていた国語が4になっている。そのせいで合計点はY高校の受験をギリギリで満たしていなかった。
 
「なんで、僕、4なんですか?」
直談判に行った国語の教師は、僕の必死さを受け流すように飄々と答える。
「うーん、なんでって言われてもなぁ。もうちょっと、テスト頑張れたんじゃない?」
おおおおい! そんな簡単に答えるなよおぉ! こっちはワクワク高校ライフを期待してドキがムネムネしてたのに。確かに、他の教科の内申点を上げようと、そっちのテスト対策がメインになってたけど。国語はまぁいつもどおりやれば大丈夫やろって思ってたけど。
「まぁまぁ、こっちもいい高校だからパンフレット読んでみ」
国語教師が軽〜く手渡してきたパンフレットは、僕の第二志望・T学園のものだった。
T学園だって、いい高校なのは知っている。運動系の部活が盛んなT学園は、全国的なネームバリューがある。
しかし、T学園の野球部は“強すぎる”のである。高校野球の世界では古豪として知られていて、全国からスポーツ推薦で選手をかき集めているような学校である。ただの中学野球部出身で、しかもレギュラーでもなかった僕なんか、およびでないだろう。入部できるかどうかもわからない。
だが、パンフレットから感じる学校の雰囲気や校風は文句のつけようがなかった。
まぁ……ここでも、いっか。
おそらく、この瞬間が僕の人生の分岐点だった。
 
そしてT学園に入学し「入部しても、3年間球拾い確定だからね」と言われた野球部には入部しなかった。
部活……どうしよう。悩んでいた僕を見かねて、後ろの席のIくんが「一緒に、ブラバン入ろうぜ」と誘ってくれたことにより、吹奏楽部に入部することになる。まぁそれでもいっか、楽しそうだし。ここでも自分の意思とは別の、“成り行き”に流されてしまった。
 

 

 

 

 
「やっぱ、演劇といえば、早稲田だろ」
大学受験のシーズンがやってきた。
なんとなく始めた吹奏楽部で、まんまと“ステージに立つ”喜びを知ってしまった僕は、大学では以前から興味のあった演劇をやりたいと思っていた。本屋で手に取った「俳優になる」というなんともストレートなタイトルの本を必死に読み込んだところによると、演劇で有名な大学一位は早稲田大学らしい。二位がそれに対抗する、明治大学。その他、芸術系の学部を持つ大学が色々とあり、そこで演劇は勉強できるらしい。
そこで他の受験生と同様に、オープンキャンパスに行ってみることにした。
地下鉄・早稲田駅を降り門をくぐると、綺麗だがすこし古めかしい建物がいくつも立ち並んでいた。その端っこにひっそりと佇む、早大劇研のアトリエ。憧れしかない僕には、不思議なオーラを放って見える。
大隈重信も、輝いて見える。
ここか。ここが“あの”早稲田大学か。
雰囲気、カリキュラム。すこし古めかしい校舎の雰囲気含め、僕の描く大学生活そのままだった。
 
ここだ。ここで僕は、大学生になるんだ。
講義では教授の話を熱心に聴き、仲間たちとディスカッション。空いている時間には図書館に行ったり、友人たちと食堂で盛り上がったり、一人大学近くのカフェで読書したり。
想像上では、完全に早稲田生。都の西北に集う、一人の学生になっていた。
 
しかし現実はそう甘くはない。
受験結果は見事に早稲田大学だけ不合格。第二志望だった明治大学には合格したが、完全に早稲田に射程を定めていた僕は明治のオープンキャンパスにも行っていなかった。
浪人するという選択肢もあった。しかしまぁ明治でもきっと楽しいだろう。よくわかっていないけど、まあいいか。と自分の中でノーマークだった明治に入学することにした。
入学した先では、周りのほぼ全員が早稲田に落ちた人間ばかりで、“打倒・早稲田”という野球部のスローガンが、野球だけでなくあらゆる分野においてそうであることに、妙な連帯感を感じた。
 

 

 

 

 
ここまで読んでいただいてわかっただろう、僕は非常に意思が弱く、いつも周りの状況や成り行きに流される。
一般的には、あまり褒められたものはないかもしれない。新年の抱負は達成したほうがいいし、初志は貫徹したほうが、かっこいい。その時考えられる“理想”や“第一希望”が、目指す最高の道となるのだから、その道を通って行けるのが一番いいに決まっている。
しかし、である。
“流される”というのは、自分の考えていなかった道。自分の興味の外側に連れて行ってもらえるチャンスなのだ。案外、自分が考えていた道は途中で分岐して、そこにはまた面白いことが待っていたりする。
早稲田大学へ通う道が、分岐して明治大学行きになった。そこで意気投合した仲間たちと、劇団を作り、毎日のように稽古をし、飲み明かした。共に泣き笑って、殴り合いもした。
分岐した道で出会った彼らは、劇団を解散した今でも、折に触れて酒を酌み交わす、人生になくてはならない友人になった。
意外と流された先も、悪くないもんである。
 

 

 

 

最後に、俳優養成所についてだ。
劇団を解散することになった時、今後も俳優として活動していきたかった僕は、こう思い立った。
「一度、現場を離れて、しっかりと学び直そう」
結成していた劇団では、学生演劇の現場ながら賞をいただいたりと、着々と階段を登っている感じがしていた。だがもちろん上には上がいるもので、僕がこの業界で生きていくためには、まだまだ学びが足りないと感じたのである。
そこで選んだのは、Sという俳優養成所だった。
Sでは、テレビで有名な卒業生はいなかったが、演劇の世界では名の知れた養成所だった。しっかりとしたカリキュラムを、たっぷりとした時間で学ぶことができる。講師の方々も当然ながら皆様一流で、文句のつけようがない。そして何より学費が安い。お金のない僕には、願ったり叶ったりだった。
ここだ。ここでしっかりとした知識と技術を身につけて、舞台の世界で活躍していける俳優になるのだ。
入学希望者のための説明会にも行き、気分は上々。頭の中では入学後のことばかり想像していた。
 
しかし、案の定である。
入学オーディションに落ちてしまったのである。
最終審査の30人までのは残り、このまま問題なく試験はパスするだろうと勝手に思い込んでいた。もちろん課題に手抜かりはない。僕なりに全力で準備して試験に臨んだが、結果は不合格だったのである。
どうしよう……。他に養成所を探していなかったわけではないが、どうもどれもしっくりこない。そう思いながらパソコン画面を必死にスクロールしていると、Uという俳優養成所が目に止まった。
そこは舞台演劇というより、映像向きの演技トレーニングをしているところで、それまでの僕の興味とはすこし違っていた。しかし、まあいっか。それも面白いかも知れない。それまでは舞台での演技ばかりしてきたが、この養成所で勉強すれば、今までとは違う可能性が開けるかも知れない。
そう思って、入学申し込みギリギリでなんとかその俳優養成所・Uに申し込み。入学した。
ある意味で、思った通りだった。
僕が想像していたものとは、全然違うトレーニングの日々が待っていた。動物を観察しに動物園に行ったり、自分のCMを作ったり。養成所のトレーニングってこんな感じかなという大方の予想をはるかに超えて、目まぐるしく充実した2年間を過ごすことができた。
 

 

 

 

 
テレビから衝撃的なニュースが流れてきた。
受験生がナイフを振り回し、他の受験生を刺したらしい。
どうしてそんなことをしてしまったのか、そこまでのその犯人の受験生に対して、なんらかのケアが出来なかったのかなど、勝手な想像は膨らむ。あくまで想像することしかできないし、「わかるよ」なんて口が裂けても言えないが、彼は自分の道が閉ざされてしまう恐怖と戦っていたのではないかと思う。
自分が想像していた道が、王道だと思っていた第一志望が、いつの間にか閉ざされて進めなくなってしまう感覚。足をぬかるみに取られて、それ以上進めなくなってしまう絶望感。
想像するだけで、胸が締め付けられる。
 
全国共通テストは終わった。これからまだまだ試験が待っている受験生も多いと思う。
もし受験の合間にこの文章を読んだのなら、どうか気楽にやってほしい。
第一志望に落ち続け、自分の理想とは外れたルートを通った“おかげ”で、僕は今とても楽しくこの文章を書いている。俳優と自称していながら、成り行きでライティングをやっている。
人生の分岐点で、何か決まると思わないでほしい。
うーん、もちろんなんかしらの可能性は消えるんだけど、同時になんかしらの可能性は生まれるんだ。だから、気にすんな気楽にいこう。
少しだけ先輩からの、のんびりとしたアドバイスぐらいに、軽〜く受け取ってほしい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1989年生まれ、横浜生まれ横浜育ち。明治大学文学部演劇学専攻、同大学院修士課程修了。
舞台俳優として活動する傍ら、演出・ワークショップなどを行う。
人間同士のドラマ、心の葛藤などを“書く”ことで表現することに興味を持ち、ライティングを始める。2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。

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2022-01-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.155

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