週刊READING LIFE vol.156

ヌード劇場「まさご座」《週刊READING LIFE Vol.156 「自己肯定感」の扱い方》


2022/02/08/公開
記事:青木文子(天狼院公認ライター)
 
 
ストリップ劇場に行った。
 
岐阜の繁華街から少し外れた路地裏。少し離れたコインパーキングに車を止めて歩く。しばらく歩くと、薄暗い夜空の下に輝く「MASAGOZA」のネオンサインが見えてくる。一文字一抱えもある大きなネオンは赤赤と周りを照らしている。
 
劇場の扉はガラス戸だった。
扉を前にすこし躊躇する。女性の人もよく来ていると言うけれども、ほんとに入っていいのだろうか。一緒に行った加圧トレーニングのY先生と目を見合わせる。このY先生も女性だ。
 
扉の上には縦書きの看板。
昭和の雰囲気たっぷりのフォントで「ヌード劇場まさご座」と書いてある。
 
思い切って扉を押し開いて中に入った。
玄関には風呂屋の番台のような受付があった。初老の男性が立っている。女性二人組の私達をみても、表情を全く変えずに話しかけてくる
 
「まさご座は初めてですか?」
 
「は、初めてです」
 
「靴をお預かりしますね。こちらが下足札です。もし下足札をなくしたら、すべてのお客様が帰られるまで待っていて頂く必要がありますから」
 
靴のお預かりのシステムをやたら厳密に説明されて、下足札と引き換えに靴を渡す。靴のお預かりシステムよりももっと他に説明してほしいことがあるのに、その説明はない。靴を脱いであがった床は柔らかいカーペット敷きだ。周りの壁には微笑む踊り子さんの写真が何枚も貼ってある。そして注意書きの張り紙。「踊り子の身体には触れてはいけない」等々とこれまた細かくルールが書かれている。
 
「もう始まっていますからね。途中で入ってもらっていいですよ」
 
受付の男性に声をかけられて我に返る。足元がふわふわするのは、異次元へ迷い込んだからだろうか、それとも柔らかいカーペット敷きのせいだろうか。
 
MASAGOZAとはまさご座。
かつて全国に400軒あったというストリップ劇場の生き残りのひとつだ。ストリップ劇場と聞くと、あなたはどんなイメージをもつだろう。女性が脱ぎながら踊るところ? もっと際どいことをするところ?
 
ストリップ劇場は、全国でももう数えて20軒ないという。ちなみに愛知県最後のストリップ劇場「銀映」はもういまから10年前に姿を消している。
 
このまさご座はも岐阜県最後のストリップ劇場だ。芝居小屋からはじまったまさご座は、かつては三波春夫や村田英雄、宝塚のトップスターなどが来館した華やかな時代もあったらしい。
 
なぜ私がストリップ劇場に行こうと思ったのか。それはある日、行きつけのカフェのカウンターで隣に座り合わせた女性の言葉がきっかけだった。
 
「まさご座に行ってきたんですよ」
 
え? まさご座? あのストリップ劇場の?
 
「そうそう。とても良かったですよ。みせ方とか、工夫の仕方とか」
 
女性でストリップ劇場に来る方っているのですか?
 
「います、います。常連みたいな若い女性も何人もいて。一度言ってみるといいかも。なんだか不思議な世界でした。自分は自分のままでいいってそう思えて。また行きたいなって思っています」
 
話を聞かせてくれたその女性は、ベリーダンサーのお仕事をしているという。ベリーダンスのみせ方の参考にもなったと、生き生きとした華やかな表情で話をしてくれた。
 
そして、まさご座に来てしまった。
 
ふわふわしたカーペットの向こうにホールの入り口があった。年代物の分厚い扉だ。扉の外まで音楽の轟音が漏れ聞こえてくる。この扉を開けていいのだろうか。怖いものみたさと、未知への不安とがないまぜになって心をよぎる。ここまで来て帰るわけには行かないと手首に力を入れて、グッと扉を開く。
 
室内は薄暗かった。
小さい円形のホール。目がなれてくると周りの壁は鏡張りだとわかった。人数は数十人も入ればいっぱいだろうか。舞台からせり出して客席の真ん中に小さなお立ち台がある。スポットライトが照らし出すお立ち台では、ちょうど踊り子さんが上半身もあらわにポーズを決めているところだった。
 
思い切って開けた扉の向こうは薄暗いホールだった。
ホールの中もカーペット敷だった。まばらにしかいない観客の合間で席を探す。客席中央の円形のお立ち台の周りはグッと低くなっていて、そこからお立ち台を囲むように階段の段々ができている。その段々が客席として座れるようになっている。一緒に行ったY先生と空いている場所をみつけてすわる。お立ち台が目の前にある近い席だ。
 
あらためてみわたす客席は、十人ちょっとの観客がいた。
お立ち台ではいわゆる御開帳ポーズになっていた。女性が足を広げてあそこをあらわにするポーズだ。観客はざわめきもせず、と言って冷ややかでもなく、音楽の中で女性に目をやって身じろぎもしない。一人の男性が踊り子さんに近づく。手には折ったお札。踊り子さんは手慣れたふうに胸で挟んで受け取る。
 
ここは一体どこだろう。なぜ私はここにいるのだろう。頭がぐるぐるしていきた。その内に曲が終わり、スポットライトが消え、踊り子さんが舞台の袖に引っ込んだ。
 
会場にパッと明るくなった。照明がついたらしい。
 
舞台の袖から、先程の踊り子さん舞台中央に出てくる。にこやかに頭を下げて客席に挨拶をしている。打って変わった雰囲気の会場にアナウンスが入る
 
「それでは今から撮影タイムに入ります」
 
もう一度舞台袖に戻った踊り子さんが、なぜだか私物のかばんをもって再度舞台に出てくる。衣装は先程の衣装のままなのに、私物のかばんを下げたとたんに、生活感たっぷりになる。
 
踊り子さんはそのまま舞台端の方に座ると、その前に撮影したい観客が並ぶ。1回500円で踊り子さんの写真を近くから撮っていいというのが撮影タイムらしい。
 
踊り子さんと観客は、ほとんど顔見知りらしい。若い女性としての踊り子さんの言葉と観客の言葉のやり取り。親しげに声を交わしてカメラのシャッターを押している。
 
その時の私は、きっとキョロキョロとそれを観ていたのだろう。少なくとも常連さんとは違う空気を出していたのだと思う。
 
何人目かの撮影をし終わったあとで踊り子さんがこちらを向いた。舞台袖の踊り子さん、私の座ったところは数メートルも離れていなかった。
 
「はじめて来ました?」
 
ぶっきらぼうでもなく、慇懃無礼でもなく、ごくごく普通のやさしい声だった。
 
「え、えぇ、はじめてです」
 
一緒に来たY先生とドギマギして答える。
 
「ありがとうございますね。次の踊り子さんもとっても素敵なので楽しんでいってくださいね」
 
踊り子さんはそう言ってくれた。
等身大の声だった。踊り子という立場も、営業としての響きもなかった。そのことが場違いに思えたけれど、その場違いは逆にあたたかだった。その声に撮影タイムで並んでいた常連さんたちの何人かかすかにうなずいた。そのうなずきの中に共感と同意がこもっているのが感じられた。
 
ここはストリップ劇場のはずだ。
なんだろう、このつながりは。
なんだろう、このあたたかいものは。
 
次の踊り子さん、そのまた次の踊り子さん。
一人大体持ち時間は20分。どの踊り子さんもまずは舞台での踊りを披露する。着物での日舞風あり、ドレスでのバレエ的な踊りあり、ミニスカートでのチアリーディング風あり。そしてひとしきり踊りが終わると、今度は客席中央のお立ち台にしずしずと進んで、そこでもろ肌を脱ぐ時間に入る。
 
率直に言えば、どの踊り子さんも飛び切りの美人というわけではない。身体のプロポーションも素晴らしく美しいというわけではない。それでも、今そこで自分を晒しているという矜持が伝わってくる。自己肯定感があるとかないとか、そんな問いが入り込む隙間がないほど、どの踊り子さんも堂々としている。
 
気がつけば私もY先生も音楽に合わせて一緒に手拍子をしていた。私に話を聞かせてくれたベリーダンサーの人の気持がわかった気がした。
 
二人目の踊り子さんの時だった。ちょうどお立ち台を挟んで真向かいの客席に座っていた男性が立ち上がった。突然テープが投げ入れられた。幾筋もの真っ白いテーブ。コンサートで客席から投げいれられるテープだ。
 
男性が投げ入れたテープは舞台の上で綺麗に幾筋もの弧を描いた。ところが見上げるような高さで幾筋ものテープは弧を描ききったとたん、舞台に落ちることなく、スッと男性の手元に戻っていった。
 
また男性が立ち上がって次のテープを投げ入れる。
よく見れば、テープがすべて伸び切った瞬間に、男性が素早くそのテープを引き戻しているのだ。暗がりを通してみると、男性の手元にはいくつものテープが準備されているようだ。そして投げ入れたテープは引き戻したあとにまた足元にあるかごにしまわれている。
 
まるで職人技のようなテープの投げ入れと引き戻し。テープが舞台に落ちる前に引き戻しているのは踊り子さんへの配慮なのだろう。
 
踊り子さんと踊り子さんの舞台の間には休憩時間があった。
先程のテープの男性が入り口近くのベンチに座って作業をしている。近寄ってみた。手元の小さい機械でテープを巻き取っているようだ。思わず声をかけた。
 
「あぁ、これですか。これ、ひげそり機を改造して、モーターでテープを巻く装置を自作でつくったのですよ」
 
手元の機械にテープの端を挟んでスイッチを入れると、あっという間に白いテープが巻きとれていく。
 
これってコンサートとかで投げ入れるテープとすこし違いますよね?
 
「そうです、そうです。色々やってみて、いわゆる包装用のテープが一番うまくいくのでそれを使っています」
 
100円ショップでかったという折りたたみの編みのかごに、先程なげいれたあとのテープがはいっていた。投げいれたテープをかごに回収して、休憩時間にまた巻き取って次の舞台に備えるらしい。私の質問に答えながらも、男性は手をとめずに器用な手つきでテープを巻き取っては綺麗に並べていく。
 
これ、どのくらいやっているのですか?
 
「あぁ、もう10年はやっていますね」
 
10年! ご自身で始められたのですか?
 
「いや、これ先輩から教えてもらって、引き継いだのです」
 
男性は65歳だという。先輩から引き継いだストリップ劇場のテープ投げ入れの技術。気がつけば他の常連さんも手伝って、巻きやすくするようにテープを揃えたり、巻き取ったテープを受け取ってトレイに並べていたりする。この男性も他の常連の男性も、ここにエネルギーをもらいに来ているのだろうと思った。
 
3人ほどの踊り子さんを観たあと、帰路についた。扉の外はひんやりした11月の夜の空気だった。空には星がまたたいていた。コインパーキングまでの道のりを歩きながら、一緒に行ったY先生がポツリと言った。
 
「元気のない人いたら、悩んでないでまさご座に来てみればいいのにね」
 
脈絡のない発想だと思った。
元気がないなら、なぜストリップ劇場に来てみればいいのか。
 
「そうですね。私もそう思います」
 
私は思わずそう答えていた。Y先生の言いたいことがわかる気がしたのだった。
 
まさご座は日常の裂け目に存在する異界だ。自己肯定とか自己否定とか、遥かに越えた異界なのかもしれなかった。この異界に触れることで、人はなにか大切なものを受け取るのかもしれないと思った。自分もまたきっとまさご座に来るだろう。頭の片隅にそんな予感がした。
 
火照っている身体の胸いっぱいに息を吸い込んでみた。肺が内側からひんやりとした。冬の始まりの夜の空気で、異界から現実世界に連れ戻されたようだった。それでも異界に行った証拠に、自分自身の輪郭は来たときよりも、間違いなくくっきりとした線を描いているようだった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青木文子(あおきあやこ)

愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティングゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23rd season、28th season及び30th season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。

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2022-02-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.156

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