週刊READING LIFE vol.156

自分が自分を扱うように世界から扱われる《週刊READING LIFE Vol.156 「自己肯定感」の扱い方》


2022/02/08/公開
記事:九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
東京に雪が10センチ積もった朝、郵便受けに年賀状が届いていた。
小学校の担任の先生からだった。
懐かしい先生の字で書かれたメッセージを読んで、こみ上げてくるものがあった。
「あなたは小学校のとき、クラスで一番賢い子でした。どんな状況であってもできる人です」
泣いた。
 
どういう感情で泣いているのかさえわからないほど、こみ上げてくものは大きかった。私を認めて、何十年も経っても遠くから見守ってくださっている。いなかの小学校のクラスで一番というのはたいしたことではないけれど、小学校の先生が私のことを覚えていてくださって、いまだにこうして力強く励ましてくれることに、とてつもなく感動した。
 
小学校のとき、IQテストがあった。結果は誰も知らない。先生がこう仰った。
「IQの結果を本人に知らせるのは愚かなことです」
先生は、勉強ができるとかテストでいい点がとれるとか、そういうことよりも、友だちをどう呼んでいるかとか、どんなふうに接しているかとか、何が好きで得意なことなのかといったことを大切にしている感じだった。成績表はよかったけれど、賢いと言われたことはなかった。
このメッセージを読んで、どんな困難をも賢く生き抜く力があるよ、ということを伝えてくださっているのだと感じた。
 
諦めるな
できる
 
小学校の担任の先生は、私は2人の先生にお世話になった。2年生までの女性の先生だった。私は人見知りが強くて、1年生のとき友だちがいなかった。コミュニケーションがうまくとれない私を気遣ってか、授業で滅多に手を挙げない私が手を挙げると、必ずあててくれた。
小学校3年生から卒業するまでの4年間は、ずっとその日に届いたお年賀状の先生だった。そして、2年生のときに唯一できた親友と卒業まで同じクラスだった。私に配慮してのことだったとしか思えない。私は友だちができて、その友達が授業でいつも手を挙げていたので、私も手を挙げるようになった。が、なかなかあててもらえない。いつも挙げていたからだと思う。私も親友も競ってあててもらえるようにアピールしていた。
4年間、私を見ていてくれた先生が、何十年も経っても私を信じてくれている。私を応援してくれている。このことが、私をどれだけ勇気づけ、支えてくれるだろうか。寒い雪の積もる朝に、心が熱くなった。私が自分の能力を最大限に発揮することが、唯一の先生への恩返しだと思う。

 

 

 

それから数日後、表参道の乗換で、呼び止められた。
振り返ると、若い男性が、「ナンパじゃないけど、タイプだから声をかけました」と言っている。素直に、「ありがとうございます」と言うと、連絡先を教えてもほしいと言う。
いかにもあやしい。けれど、好奇心旺盛な私は、おもしろそうだから、連絡先を交換した。私の周りにはいないタイプだった。その場で別れてから、試しに、私があのとき何を持っていたのか尋ねてみた。見てないと返事がきた。やっぱり。私への関心が感じられない。いけばなの帰りで、大きな梅の木を持っていたのに。
ときどき、とても短いメッセージが届く。
「ふつうに働いているふうに見えなかったから」と送ると、「ありがとう」と返ってきた。
「ありがとうなんだ」と思った。褒めているつもりは全然ない。でも、褒められていると思うのか、それとも、なんでも「ありがとう」と返すマニュアルなのか、私にはとても不思議な返答だった。新鮮なスタンスだと嫌味ったらしく伝えると、「照れちゃう、ありがとう」と返ってきた。本当にすごい。そんな受け止め方ができるなんて。
恋愛商法か何かで、とにかく「ありがとう」と返すというテクニックがあるのかと思うほど、他の人からも、別に褒めたわけでもないのに、その返信で「ありがとう」って返す?と不思議に思ったことがけっこうあった。
でも、本当に、褒められていると思って、「ありがとう」と言っているのなら、それはすごい自己肯定感だなと思う。
私は、責められているとすぐに思ってしまっていた。いつも怒られるのではないかとびくびくして、何か言われると、責められていると思ってしまう傾向がある。
自分が、言われた言葉をどう受け止めているかで、世界は変わる。自分がいつも褒められていると思っていれば、褒めてくれて「ありがとう」が出てくるのだろう。
自分が思っている世界が、目の前に広がっている。
自分がいいように思えば、いい現実になる。
私は周りから責められていると思う以上に、自分自身が自分を責めてダメ出ししていることに気がついた。もっとよくなりたいという思いが強すぎて、今の自分を認めていない。自分を認めていないから、私さえ我慢すればとか、私だからいいかとか、適当に扱っていた。そうすると、周りから適当に扱われる。自分を最優先にして最上級に大切に扱わないと、周りからも大切に扱われない。

 

 

 

 

実家に帰ったとき、母と二人で善峯寺を参拝した。私が行ったことがなかったから、行きたいと言った。京都の西山にあって、車でないと行けない山奥だ。お寺は山の上にあって、山門からゆっくり登っていく。上まで登ったら休もうと言っていたけれど、上には大きな木の下に、すこし腰掛けられる高さの囲いがあるだけだった。
「ここに座って休もう」
と私が座ると、
「こんなところで?」
と言って、母は座らなかった。
ちょっと意外だった。
きれいな休憩所でないと、私が座るのにふさわしくないと思っているということだ。
母は、父にいつも怒鳴られても、黙って耐えていた。何も言い返さなかった。そのことに、私は無意識に、何か言い返せばいいのにと思っていたのだと思う。自分を怒鳴り散らす人から、自分を守るために。自分の尊厳を守るために。
母はそれをしなかったと思い込んでいた。
それに、母はいつももったいないと言って、父に買ってもらったよそ行きの服をなかなか着ない。着ないともったいないと言っても、汚れたらとか、なくしたらとか、いろんな心配をして、なかなかいいものを身につけようとしない。自分は安物でいいと思っているとしたら、自己肯定感は低い。だから、こんなところで座るのは嫌という母が、自分を大切にしているということがわかって、なんだか嬉しかった。
 
お正月に、母を食事に連れて行ってあげると言うと、鉄板焼きがいいと言った。見晴らしのいいホテルのレストランで、最高級のおもてなしをしてもらう。いつも安い方でいいという母が、「ご飯は、別料金で蟹の入ったご飯にできますが、いかがですか?」と尋ねられて、嬉しそうに「蟹がいいです」と言った。母は蟹も食べたかったのだ。遠慮とかしないで、素直に食べたいものを言うって大切だなと感じた。蟹入りのオプション料金だけでいつものランチの3倍ほどしてびっくりしたけれど、母が喜ぶのは、私も嬉しい。
母が母自身のおもいを大切に扱っていることがわかって、なんだかとても安心した。母は幸せなんだと思えた。

 

 

 

 

髪を切ってもらっている人から、
「率直に申し上げると、
私じゃない方が良いと思うよ。
切ってもらう人を変えるといい!」
と言われた。
 
驚いた。
お客さんに、他に行ったらと言うなんて。
私は波動が合わなくなってしまったのかと思って、悲しくて、ショックだった。
 
「どうしてですか?」
と尋ねると、ただ
「そう思ったからよ―」
とのことだった。
 
心の中に暗雲がたちこめた。信頼している人が離れていくのが怖い。いや、自分が信じて頼っている人から離れるのが怖い。不安な気持ちになる。
 
私は、ハッとした。またしがみつこうとしていた。この人がすごいと思ったら、その人の下に入ってついていこうとする。自分の判断力を見失う癖がある。それが発動しかけていた。
 
自分を保つために、適度な距離がいる。自分軸を太くしっかりと育てるために、もう私じゃない方がいいと、私のために言ってくださっている。ただ仕事のためなら、来てもらったほうがいいに決まっている。
 
覚悟した。これを最後にしようと決めた。自分をちゃんと育てる。自分のおもいを蓄える。もう我慢できないといって動きたくなるまで、自分の思いをためるといいよと言われた。
 
自分を好きになると決める。
周りに正解と求めず、自分を信じると決める。
 
 
それから時が経ち、ふいに人から、あの人にカットしてもらったらと勧められた。初めて行くと、サロンには木がたくさんあった。私は木が大好きで、それだけで嬉しくなった。髪を伸ばしていきたいけど、今似合う髪型にしてほしいと伝えると、
「度胸いるけど、襟足切りますか?」
と言われた。
度胸ある私でいたい。
「襟足すっきり切ってください!」
もあもあしていた襟足がなくなった。すっきりした。ショートにしてなんとなく気がついていたが、私の襟足くんは、上に向かって生えていて、うまくおさまってくれない。ぼうぼうになってしまって決まらないから、それなら、切ってしまおうというわけだ。しかも、頭の形が、右が出っ張っていて、左がぺたんとしているから、分け目を変えたほうがバランスいいよとのことだった。
 
知らなかった。初めて分け目を変えてみた。また、新しいスタイルになった。
「きれいな首がみえて、かわいいよ」
そう言ってもらえた。
自分で襟足を触ってみたら、カットされた髪の先がさわさわしていて心地いい。新しい私で、新しい人生が見える気がした。
 
自分の人生は自分でつくっていく。
私が望むように。
 
髪を切るのは新しい自分になる儀式。
どんどん生まれ変わる。
さらに幸せな私になるために
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

同志社大学卒。陰陽五行や易経、老荘思想への探求を深めながら、この世の真理を知りたいという思いで、日々好奇心を満たすために過ごす。READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部で、心の花を咲かせるために日々のおもいを文章に綴っている。

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2022-02-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.156

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