週刊READING LIFE vol.157

一度壊れたメンタルは元には戻らないと理解しておくことが自分を守ることに繋がる《週刊READING LIFE Vol.157 泣いても笑っても》


2022/02/14/公開
記事:垣尾成利(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
「一度壊れたメンタルは元には戻らない」
 
こう言い切ってしまうと、なんて悲観的なんだ…… と言われてしまうかもしれないけれど、自分自身の経験を踏まえて、一度壊れたメンタルは元には戻らない、心に受けた傷は消えないと考えておいた方が良いと思うのだ。
 
完全に治ったほうが良いか? と自分に問いかけてみる機会は何度となくあったけれど、元には戻らない、それでいいと思う。
 
なぜなら、メンタル不調に陥っていた時期に感じた気持ちや経験したことは、記憶から消えてはいけない、忘れてはいけないからだ。
 
もし、完全に元に戻ってしまったらどうだろう?
病んでしまう前の状態に戻れるのだろうか?
果たして元の状態に戻ることが本当に良いことなのか? と言うと、それは良いことだとは思わない。
完全に元に戻らなくていい、戻ってしまってはいけないんだ、と思っている。
 
無病息災より一病息災、不安の種がそこにある事を意識して生きる方がまた同じことを繰り返さないためにも有効だからだ。
 
気を付けておかないとまた同じことになるぞ、という警鐘を鳴らす意味においても、完全に元に戻らない方がいいのだ。

 

 

 

ちょうど三年前、三ヶ月の休職期間を経て仕事に復帰した。
早いものでもう三年が経った。
 
適応障害という診断を受けたのだが、たった三ヶ月だったけれど自分の体が自分のものではないと感じるくらいに無気力で何をするにもしんどさを感じてしまい、思うように動けない状態が続いた。
 
最初の一か月は気力のメーターが見事に空っぽになってしまい、全く充電できないままに寝て起きて食べてボーっとしてまた寝る、の繰り返し。
二か月目に入る頃にようやく少し動こうと思えるようになり、三か月目でようやく職場復帰を前向きに考えられるようになり始めた。
 
しかし、実際に復帰してみると、自分でも意外なくらいに体調は元の状態に程遠いもので、簡単にできていたようなことが何倍も時間がかかってしまい、「こんなはずじゃなかったのに……」と自己嫌悪に陥ることが何度もあって、まだ早かったのかな? と思うこともしばしばあった。
 
日に日に、状態は少しずつ改善していったのだけれど、三年経った今でも、依然と同様に動けているとは思えないこともあるのだ。
 
今は、見た目にはメンタル不調に陥ってしまった以前と変わらない生活ができているのだけれど、人にはわからないような小さな違和感がずっと残っていて、あの時受けた心の傷は、記念碑を建てたかのように、いつも、どこから見ていても目に入るところにあるなぁと感じ続けている。
 
この小さな違和感は、無視しようと思えば無視できるようなものなのだけれど、排水溝に詰まるゴミのように心の中に溜まっていっては何かしらのアラームを鳴らしてくるのだ。
 
その一つが緊張性頭痛だ。
キャパを越えるような状態が続き始めるとまず最初に予兆として現れるのが緊張性頭痛だ。
 
過積載だぞ、気をつけろ。 スピードを落として荷物を降ろせ。
そんなアラームが鳴るのだ。
 
壊れてしまった時にもこの予兆は経験していたのだけれど、その時は無視して突っ走ってしまっていた。
 
もうひとつは自分自身に対して感じる怒りだ。
こんなこともできないのか? これくらいできなきゃダメだろう?
自分で自分を責める気持ちが強くなって、自分の状態を否定してばかりいた。
この、自分に向いてしまう怒りも、壊れる前は負担に感じるものではなかったのだけれど、これも、ほら、悪い兆候が出ているぞ、このままだと危険だぞ。
そんなアラームとなって鳴り響くようになった。
 
自分への怒りに対するアラームも無視し続けたのだけれど、ダメージは大きかった。
誰かに怒られるのも堪えるけれど、それ以上に自分に責められるのはダメージはもっと大きかった。
一番指摘されたくないことをグサリと刺しにくるのだから溜まったものではなかった。
 
以前は、なにくそ!! と踏ん張ることができていたし、悔しさは困難を乗り越えるためのエネルギーにさえなっていた。
でも、結果は良くないものとなってしまった。
 
自分の置かれた立場に感じていた、無理しなければならない状況と、自分を責めて受けるダメージの両方を抱えきれなくなった結果、限界を超えて動けなくなってしまったのだった。

 

 

 

病んでしまう前は、自分はメンタルは強いと思っていた。
簡単には心折れることなんて絶対に無い、どんな困難でも跳ね除けて頑張れる、そんなふうに思っていた。
小学生の頃からずっと武道を続けていて、大学ではとても厳しい部活の四年間を経験した。
それに比べれば職場の上下関係なんて楽勝だと思えていたのに、壊れる時はあっと言う真だった。

 

 

 

私が病んでしまった一番の原因はなんだったのか? と言うと、「理不尽さ」を処理しきれなかったことだったのだろうと思っている。
 
納得感のない指示や、不公平、不平等に感じる負担感の差、こういうものは世の中にはつきものだ。
そんなことはわかっていたけれど、それを想定外の威力で振りかざされたものだから、ひとたまりもなかった。
 
「ああ、もうダメだな。これには応えられないや」
そう感じていたのに、逃げることができなかった。
 
もっと早く逃げておけば、壊れずに済んだのかもしれないけれど、動けなくなって初めて、やっぱりダメだったんだな、限界を超えていたんだな、と気付いたのだった。
 
実はこの数年前にも同じような不調を経験していたのだけれど、私はその時経験したことをすっかり忘れてしまっていて、全く活かすことができなかった。
 
心に大きな傷を受けていたのに、その傷口は完全には塞がらないことを知らなくて、治ったと勘違いしていたのだ。
 
完治しないのに、治ったような気になっていて、傷口を守ることを全く考えなかったのだ。
緊張性頭痛や、必要以上に自分を責める思考パターンに陥っていたのに、それが危険を知らせるアラームだということに全く気付いていなかったのだ。

 

 

 

もしあの時、気付いていたらどうなっていただろうか?
メンタル不調は完全には元に戻らないということを理解していたら、もう一度壊れる前にさっさと逃げることができていたのだろうか?
 
メンタル不調で受けた傷口は完全には戻らないとわかっていたら、もっと早くに違った対処ができていただろうな、と思う。
 
私の失敗は、前回の苦しみを忘れてしまったことだった。
その結果、気付いたら身動き出来なくなっていたのだった。
 
だから、もう以前のようにはいかない、元には戻れないということを忘れずに傷を背負って生きていくことにした。
 
メンタル不調経験者だということを隠すことをせず、逆に経験者なんだと言うことを自分から言うようにしたのだ。
 
そのせいで失ったものもあるけれど、得たものの方が多いように感じている。
 
壊れる前と比べると、弱い人の気持ちを理解しようと思う気持ちは強くなったし、職場やコミュニティでの自分の立ち位置や関わり方を明確にすることを大事に考えるようになった。
 
自己犠牲の精神は大切だと思っていたけれど、自分の健康を守ることが最優先で、無理をしてまで背負うことは必要ないことだと考えるようになった。
 
どこまで背負うのか? どこまで関わるのか? の線引きを明確にすることで関わることと関わらないことをしっかりと分けることができるようになり、闇雲に関わって背負うことを止める選択ができるようにもなった。
 
それでも時折アラームは鳴るけれど、立ち止まれるようになったのは大きな進歩だと思えるようになった。

 

 

 

今、自分はメンタルが強いと思って無理ができている人ほど、メンタルは一度壊れてしまうと二度と元には戻らないということを心に留めていて欲しいと思う。
 
私は、壊れて初めて気付いたけれど、わざわざ壊れなくても経験者の言葉を汲み取ることで疑似体験をすることはできるから、できることなら避けて通って欲しいと思っている。
 
もし、不幸にもメンタル不調経験者となってしまったなら、完全に治すことは無理だということを忘れないでいてほしいと思う。
治らないことを悲観的に受け止めるのではなく、治らないからこそ自分を大事にするんだ、と考える材料として活かしてほしいと思う。
 
治療を続ければ、日にちが経てば、少しずつその苦しみは薄れ、忘れていくこともできるかもしれないけれど、忘れてしまうといつかまた同じことを繰り返してしまう危険があるから、傷口は見えるところに置いたまま生きていくことを考えてほしいと思う。
 
泣いても笑っても自分の人生をどう選択するかは自分次第だから、心と体の健康を守ることを第一に考えながら、一度壊れたメンタルは元には戻らないことを忘れずにいてほしい。
 
そうすることが結果的に自分を守ることに繋がるのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
垣尾成利(READING LIFE編集部 ライターズ俱楽部)

兵庫県生まれ。
「誰かへのエール」をテーマに、自身の経験を踏まえて前向きに生きる、生きることの支えになるような文章を綴れるようになりたいと思っています。

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2022-02-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.157

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