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週刊READING LIFE vol.160

あんなに何度も読んだ「嫌われる勇気」のアドラーの教えを忘れてしまった私が冒した過ちについて《週刊READING LIFE Vol.160 まさか、こんな目にあうとは》

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2022/03/07/公開
記事:吉田みのり(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「はい、あなたは今日でクビです。ご苦労様でした」
 
ある日突然、こんな宣告を受けてしまったら?
人生において、そうそう経験することではないと思います。
そんなことは、私の人生においては起きないことだと思い込んでいました。
しかし先日、それは唐突に、まったくの予想外の方向から「クビ宣告」がやって来て、私の前に立ちはだかりました。
 
私は在宅のケアマネジャーとして働いています。要介護認定を受けて自宅で生活している方々が、介護保険サービス(ヘルパーさんに来てもらうとか、デイサービスに通う等)を利用するためにサービスの調整をしたり、書類を作成したり、多岐に渡る業務を担当していますが、要するにお年寄りが介護保険サービスを利用しながら自宅での生活を続けられるようにサポートをしていく役割です。
 
この2年ほどのコロナ禍において、デイサービスやショートステイでコロナウィルス陽性者が発生してしまうと、その状況にもよりますが、保健所の指導で一定期間サービスが休止してしまうという事態が多く発生しています。そうなると、利用しているご本人はもちろん、ご家族も困ってしまいます。困ってしまう程度ならまだいいのですが、サービスを利用しないと生活が成り立たないから利用している方も多く、「お休みになりますか、はい、そうですか」とはならないのです。
「デイサービスに行けなかったら、仕事に行けないじゃないか! どうしてくれるんだ!」とか、「泊まる(ショートステイ)予定だった1週間分の介護は誰がするのよ! 面倒をみる人がいないから申し込んでいたのに!」など、ご家族から怒りの電話がかかってきて、怒鳴られたことも多々あります。
もちろんお困りなのはわかります。でもこんな世の中の状況で、施設側も精一杯の感染対策はした上でのことですから、誰が悪いのかなんて、それはコロナウィルスが悪いわけで、施設側に文句を言われても、ケアマネジャーに文句を言われても、どうにもならないのです。でも、どんなに理不尽なことを言われようと、ご本人やご家族が大変で困っているのは事実ですから、困る度合いが最小限で済むように、他に空いているショートステイを探したりヘルパーに来てもらえるようにとサービスの調整を必死にしているのです。
もちろん、お年寄り自身やそのご家族が陽性者となってしまい、サービスを利用できなくなってしまうこともあります。コロナ陽性者でも対応してくれるヘルパー事業所や訪問看護事業所を探して対応してもらうなど、イレギュラーな事件も多々あります。
 
このような状況で、担当している中で、まさに老老介護の、要介護1の認定を受けている80代前半の妻が、要介護5の一番重い認定を受けている80代後半の夫の介護をしているご夫婦がいました。娘さんはいらっしゃるのですが、夫の転勤で県外在住で日常的に介護に協力することはできません。そんな状況なので、週の半分はショートステイで過ごし、残りをデイサービスに行ったりヘルパーに来てもらって自宅で過ごす、というペースで生活してきました。
しかし、この方が利用しているデイサービスやショートステイでもコロナウィルス陽性者が発生して利用できないことが何度かありました。そのたびに他のサービスを調整して、私としてはできる限りのことをしてきたつもりです。
そして、コロナ禍だからなのか、市内のショートステイの予約がどこも取りづらい状況が続いています。それは、施設入所をしてしまうと今は一切面会ができないため、施設入所を検討していても見送る方が増えているからなのか、統計が出ているわけではないのでわかりませんが、その方がいつも利用しているショートステイの予約が取れないことが増えました。でもショートステイの予約を取れないからと家でずっと過ごすのは難しいため、他のショートステイの申し込みをすることになり、予約状況に応じて2~3か所のショートステイを利用するようになりました。
希望のショートステイの予約が取れないと、その都度妻から文句を言われました。申し込みをちゃんとしていないのではないか! 忘れていたのではないか! と。ショートステイの申し込みは施設にもよりますが、だいたい2~3か月前なので、私は申込開始当日の朝いちばんに申し込み手続きをして、施設側にもきちんと申し込みができているのかを必ず確認しているのです。でも、それを妻に説明しても伝わらず、それにショートステイに何件の申し込みがあって、それをどうやって振り分けているのか、施設側は「申し込みに対し公平に振り分けています」としか説明してくれないため、その説明で納得がいかないのであれば直接ショートステイに問い合わせてみては、等と伝えても理解してくれません。すべてはケアマネジャーの責任だと思っているようでした。また、妻が娘さんにもそうやって文句を言っているようで、娘さんからも「ちゃんとケアマネジャーとしての仕事をしてください」とクレームの電話を何度か受けました。
でも、それでもその妻とは信頼関係が築けていると思っていました。夫の方は意思疎通が困難なためどう思われているかは確認が難しいのですが、妻の方は何かあるとすぐに私を頼って電話をしてきていましたし、その都度私で対応できることは、常識の範囲内でですが、ケアマネジャーの仕事の範疇を超えることでも協力してきました。文句を言われることもありつつも、基本的にはいつもニコニコと迎えてくれ、「いつもありがとう。助かっています」との言葉もよくいただいていました。
 
ところが、ところが。
突然、この妻から「クビ宣告」をされたのです。
ケアマネジャーを変更してほしい、と。
理由は、ショートステイを希望通りに予約してくれないから、と。
 
ケアマネジャーやケアマネジャーが所属する事業所を選ぶのも、どのデイサービスやヘルパー事業所を利用するのかを決めるのも利用者自身か、そのご家族です。合わないとか何か理由があれば、それこそ理由がなくても選択権は利用者側にあるのですから、「変更したい」と言われれば、変更するしかありません。
「希望通りのサービスを調整してくれないから」は表向きの理由であって、私の人間性だとか対応の仕方とか、なにか問題があったのであれば本当のことを今後のためにも教えていただけないかと私からも申し出ましたし、私の上司も訪問してそう伝えましたが、「あなたはとてもいい人よ。いろいろと助かった。感謝しています。でも、ショートステイをいつもの所に行きたいのに、他の所に行かされることがあるから、夫がかわいそうで……」と。
本当に理由がそれだけなのか、言いづらくて言わなかったのかはわかりません。でも、あっけらかんとした明るい性格で、ケアマネジャーを変更してほしいということはなかなか言いづらいことだと思うのですが、突然いつもの会話をしている中で「変更してほしいんだけど」と屈託なく言われたので、理由は本当にそれだけなのかもしれません。
ケアマネジャーを変更したところで、希望のショートステイが毎回取れるかはまた別問題だと私からも上司からも説明しましたが、それは納得されませんでした。もともと思い込みが激しく、自分が思い込んだらどんなに誰が説明してもそれは納得しない人なので、仕方がないのかもしれません。でも、変更したところで同じことの繰り返しでは、ご本人にもご家族にも、後任のケアマネジャーにも結局は迷惑をかけることになってしまうため、何度も説明しましたが、最後まで理解してもらうことはできませんでした。
 
こうして「クビ宣告」を、ケアマネジャーの仕事を約3年してきて初めて、そして今のところ会社をクビになるという経験もないので、人生初の「クビ宣告」を受けることとなってしまいました。
利用者様とケアマネジャーは、人間同士だから合う、合わないもあると思います。実際に上司が担当していた方から変更の要望があり、引き継いで現在私が担当しているケースや、他の事業所から引き継いでほしいと依頼がきて担当しているケースも数件あるので、そこまでめずらしいことではないかとは思います。
しかし私としては、自分が担当している中でも、要介護5の夫のサービス調整は、それこそコロナ禍でイレギュラーなことも多く大変でしたし、妻の介護負担が減るようにと頑張ってきました。妻の思い込みが激しく理不尽な要求や文句にも、私なりに一生懸命対応していたつもりだったのに、それなりに信頼もされていると思っていたのに、「クビ宣告」が突然で衝撃的すぎてかなり落ち込みました。
 
希望のショートステイが予約できず、何件電話して空いているショートステイを探したと思っているの!? 何か困ったらすぐ電話してきて、外回り中で対応できないこともあったけれど、でも対応できるときは雨だろうと強風だろうとすぐに自転車で駆けつけていたのに! 理不尽な文句にもたえてきたし、娘にまで予約が取れないのはケアマネジャーのせいだとクレームを言われても、頑張ってきたのに。クビ!! どういうこと! こんなに尽くしたのに、どうして私が、こんな目にあわなくてはいけないの!
今までの数々の理不尽な場面がよみがえってきて、私の心の叫びは止まりませんでした。
 
しかし、心や頭の中が黒い言葉に支配されてどんどん真っ黒くなっていくうちに、「これだけやってあげたのに」と思っている自分がいることに気がつきました。
これって、いつぞやの、なにかに似ているような……。
そうそう、以前付き合っていた人にすごく尽くしたのに裏切られたときの、心の中に渦巻いていたことと、なんら変わりはないではないですか……。
私は、思う程度に大小はあれど、「これだけ私はやってあげたんだから」と相手に見返りを求める気持ちが強くなってしまう傾向があります。
それは、以前から自覚がありました。それが自分自身を苦しめていることも自覚できるようになったので、自己啓発本を読んだり、人生経験を積み重ねつつ諸先輩方からもいろいろと学んできたつもりでした。
 
これは、「嫌われる勇気」(著者:岸見一郎、古賀史健 ダイヤモンド社)に帰らなくてはなりません。
「嫌われる勇気」が話題になって随分たってから私は読んだのですが、革新的で、学びが多すぎるのですがすぐには理解できない部分も多く、何度も読みましたし、オーディオブックでも繰り返し聞きました。そうやって、アドラーの教えを自分の中にしみこませたはずだったのに、忘れてしまっていたのです。
今回は、本で言われているところの『課題の分離』ができておらず、『承認欲求』を満たそうとしてしまっていました。自分の言動に対し、相手がどう受け取るのかは相手の課題であって、私が踏み込める領域ではありません。自分の課題に対して精一杯取り組んでいるつもりでしたが、それすらも足りない部分がたくさんあったのです。それなのに、自分の課題すらままならない状態で他人の課題に踏み込み、「理解してくれるはず。感謝してくれるはず」と勝手に期待して承認欲求を満たそうとしてしまっていました。
 
彼氏に尽くしてその見返りを求めるのはともかく(これもどうかとは思います。そしてこの過ちは二度と繰り返すまいとは思っています)、仕事で担当した方、しかも相手はお年寄りの老老介護をして必死に生きている方に対して見返りを求めるとは、なんたることでしょうか。福祉に携わるものとしてあるまじき行為で、そもそもの仕事のスタンスが間違っていました。
 
これもひとつの学びです。それも大きな学びをいただいた貴重な「クビ宣告」です。
「クビ宣告」は本当にショックで落ち込みましたし、やけ酒ですさんだ夜も過ごしてしまいました。「なんで、私がこんな目に! こんなに頑張っているのに!」と自分を正当化して、人のせいにしたい思いも強くありました。今まで担当している方からケアマネジャーを変更してほしいなんて言われたことはなかったので、私は担当している方との信頼関係が築けているのだと過信してしまっていました。でも、そういう風に中身も根拠もなく自信満々だったことや、無自覚に他人の課題に踏み込んでしまい、承認欲求を満たすためにそれを強要するような言動が端々に出てしまっていて、それで信用を失ってしまっていたのかもしれません。
この学びを無駄にせず、これからもう一度「嫌われる勇気」を読み直して、また明日からの仕事に励もうと思います。
そして、アドラーが言う「幸せとは、他者貢献である」ということが本当に理解できるように、そうやって仕事できるように、仕事以外でもできるようになりたいと思います。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田みのり(READING LIFE 編集部 ライターズ倶楽部)

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2022-03-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.160

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