fbpx
週刊READING LIFE vol.160

中国で受けた中国語口語試験はメンタルも試される試験だった《週刊READING LIFE Vol.160 まさか、こんな目にあうとは》


2022/03/07/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE公認ライター)
 
 
受験票を見せ、指定された場所に荷物を置いて部屋に入ると、人の多さに一瞬たじろいだ。前回試験を受けた時には私を含めて受験者は3人しかいなかったのに、今日は珍しく多い。西洋人とおぼしき人たちが十数名座っていた。
 
中国語の口語試験を受けるのは、これが2回目だった。試験は初級、中級、高級の3つに分かれているが、その日、中級の受験者は私ともう一人、韓国人と思われる男性の二人だけで、残りの西洋人たちは更にレベルが上の高級の受験者だった。
 
「彼らは皆、高級を受けるのか。さすが西洋人はスピーキング能力が高いんだな」と思いながら自分の席につく。
 
この試験は、各自ヘッドセットをつけて、自分の席のパソコンにダウンロードした問題に従って、読み上げられた中国語をそっくりそのまま復唱したり、与えられたテーマに対して自分の考えを中国語で述べる試験だ。
 
席に座ると、ヘッドセットの事前チェックをする。前回の試験では、音は聞こえないし、自分の声も録音できないトラブルを経験した。中国の試験会場ではそうしたトラブルはよくあることだと聞いていたので、「きたきた、見事に当たったぞ!」と思う位で、あまり動揺しなかった。
 
「さて、今回はどうかな?」と思いながら事前チェックをすると、今回は問題ない。
 
「お、今回はちゃんといけそうだ!」と安心して、試験問題のダウンロードを始めようと、受験番号と試験官から渡されたパスワードを入力し、ログインボタンをクリックした。
 
あれ? 反応が無い。
 
もう1回ログインボタンをクリックする。
 
画面はピクリとも動かない。
 
「なんで? 番号間違ってないよね?」
私は入念に番号を確認しながら、もう一度ログインボタンをクリックした。
 
だめだ。画面は全く変わらない。
 
「うそでしょ。ログインできないじゃん」
若干焦りながら試験官の人を呼ぶ。
 
試験官はパソコンを再起動したり、他のパソコンでログインを試みようと頑張ってくれたが、何をしてもログインできない様子だ。もう一人の中級受験者も同じ症状のようで、他の試験官が対応していた。
 
「ちょっと北京の本部に問い合わせるから、焦らずに待ってて」と言われ、そのまま待っていると、試験開始の時刻になった。
 
すると、同じ部屋にいた高級の受験者たちが一斉に回答を始めた。
 
「おー! 高級の受験者がどういう風に回答するのか観察できるチャンスじゃん」
将来は高級を受験したいと思っていた私は、これはよい機会だと思い、耳をそばだてる。
 
高級の1問目は、ある程度まとまった文章を先に聞き、聞き取った内容を要約して話す問題だ。しばらくの間、カリカリカリと鉛筆でメモを取る様子が伝わってくる。
 
「そうか、メモをとっていいんだ。知らなかった」
そう思っていると、一斉に皆が回答し始めた。ヘッドセットを装着していても、周りの声はかなり聞こえるのだ。
 
「後ろの女の人、すごい話してるなぁ。しかも流暢に話してる」
聞き耳を立てながら様子を観察していると、段々と話し終える人が増えて、静かになってくる。
 
「制限時間ぎりぎりまでしゃべり倒している人は、やっぱり少ないんだな」と思いながら、さらに耳をそばだてる。話している人が少ないから、他の人の話す声がよく聞こえるのだ。
 
私の後ろの女性はまだ話している。すると、それまで黙っていた別の受験者が、それと似た内容を追加で話し出したりするのが聞こえてきて、「それ、カンニングみたいなものじゃん」とクスっと笑える。
 
そんな風に観察している内に、20分程が経過し、高級試験はもう最後の問題になっていた。存分に高級試験の雰囲気を味わえたのはよいけれど、私たちの中級は一体いつから始まるのだろう?
 
すると試験官が来て、パソコンを再起動し始めた。そして、受験番号とパスワードを入力する。どうやらログインできたようだ。
「OK、じゃあ試験問題をダウンロードして」と試験官に言われて操作する。
 
さ、いよいよだ!
 
と、その時試験官が何やら言っているのが聞こえた。どうやら試験が終わったばかりの高級の受験者たちも、もう一度試験やり直しみたいな感じのことを言われている。
 
まじか! あんな疲れるテスト、力を出し切った後で、もう一度やるって……。
 
だが、そんな状況でも、動揺している人や文句を言う人はいない。「皆タフだな。私だったら、もう一度やれと言われても、無理だな」と思っていると、中級の試験が始まる合図の音楽がヘッドセットから流れてきた。
 
試験のやり直しで待機させられている高級受験者たちは、まだ再試験が始まっていないとみえて、静かにしている。
 
シーンとした中で、中級の受験者は私を含めて2人だけ。
こんなシーンと静まりかえった中で、自分の回答が皆に聞かれると思うと、緊張する。
 
指示に従って、名前、出身国と受験番号を中国語で回答していくのだが、緊張して、自分の名前を噛んでしまった。
 
「自分の名前なのに嚙んじゃったよ」と焦りながら、「いかんいかん、集中集中」と最初の問題が読み上げられるのを待つ。
 
と、いきなり「第4問」の声とともに問題が読み上げられた。
 
「だ、第4問?」
 
1問目は? なぜ4問目から始まるんだ?
 
訳が分からないまま、読み上げられた単文を復唱する。
続いて「第5問」ときた。
 
「ちょっと待って待って。第1問から第3問はどうなった? これ、私だけに起きていることなんだろうか? もう一人の受験者は、普通に進んでいるんだろうか?」
 
前の方に座っている受験者の様子をチラっと見てみるが、後ろからだとよく分からない。もう全然試験に集中できなくなってきた。
 
「やっぱり、これはおかしいよね。絶対おかしいよね」
 
私は意を決して手を挙げ、試験官を呼んだ。すると、もう一人の受験者も手を挙げている。
 
「よかった。彼も同じだったんだ」と少しホッとする。
 
そこで、一旦試験は中断された。
そして、また試験官は、北京の本部と電話でやりとりし始めた。
 
「こんな試験ってある? ちゃんとしようよ。本当にどうなっちゃうのかな」
 
イライラと不安の混ざった気持ちで待っていると、高級の試験がもう一度始まり、さっきと同じ内容を受験者たちが回答している。
 
試験が終わってほっとしていたはずなのに、もう一度集中しないといけないのって、大変だろうなぁと思いながら、ひたすら待つ。
 
しばらくすると、目の前のパソコンの画面が切り替わった。
試験官がやってきて、「今度は大丈夫だから」と言う。
 
「本当だろうな?」と思いながらも、気を取り直してヘッドセットを装着した。
 
また名前や受験番号から回答するのかと思って心を整えていたら、今度はいきなり「第1問」と音声が流れ、何の前触れもなく試験が始まった。
 
「え? いきなり? ちょっと待ってよ。心の準備ができてないよ」
動揺したが、今は目の前のことに集中するしかない。
 
さっき流れた第4問から第6問は「回答済」扱いになっているのが、ものすごく気になる。でも、気が散ると問題を聞き漏らすので、1問ごとに集中して回答していく。
 
画面上は回答済になっていた第4問から第6問も普通に回答できて、ちょっと安心する。
 
その後はトラブルもなく順調に進み、無事試験は終わった。少し先に試験が終了していた高級の受験者たちと一緒に席を立った。
 
彼らは2度も試験を受ける羽目になったのに、悠然とした態度で、試験の出来具合いを話し合っていた。もし私だったら、どうだったかな。その場で文句を言う勇気は無いけれど、心の中は穏やかじゃなかったかもしれない。もちろん、2回目の方が上手く答えられた可能性もあるけれど、「はぁー、終わったー!」と気が緩んだ後に、もう一度試験って言われても、集中力を取り戻すのはかなり難しい。
 
「日本の試験会場だったら、絶対こんな事ないのにな」
 
私はそんな風に思う一方で、他の受験者たちの何事もなかったかのような雰囲気が羨ましくもあった。「そういうこともあるよね」と受け止める寛容さと、どんな状況にあっても、「それなら自分はどうするのが一番よいのかな」と、今自分にできる最善のことをしようと気持ちを切り替える、そんな心の持ちようでいることが大事なのかもしれない。コントロールできるのは自分の気持ちだけなのだから。
 
部屋の外の荷物置き場で自分のカバンからスマホを取り出し、電源を入れる。時刻は18時になろうとしていた。本来の試験終了時刻から30分位遅い時間だ。「なかなかいいネタになる経験をしたな」と思いながら、試験会場を後にした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からはライターズ倶楽部に参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せ、新世界をつくる存在になることを目指している。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2022-03-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.160

関連記事