週刊READING LIFE vol.160

突然現れた「夢の国」《週刊READING LIFE Vol.160 まさか、こんな目にあうとは》


2022/03/07/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「え~っ、もう降りるの?」
 
そう、あれはどれくらい前のことになるだろう。
ハワイ、オアフ島へと家族で遊びに行ったときのことだ。
関西国際空港に到着したのだが、私は思わずそんな言葉を口走ってしまったのだ。
 
 
私が短大を卒業後、大阪市内の商社で働き始めたのは、1984年のことだった。
働き始めてわかったのは、商社にはお盆休みというものがなかった。
海外を相手に商売をしているので、日本の習慣や行事に合わすことなく、会社は営業を続けているのだ。
そんなことから、当時は夏季休暇という有給休暇が個人それぞれに数日間貰えて、6月~9月の間に、使うことになっていた。
なので、同期入社の友人と、入社して2年ほど経った年の6月にハワイに行くことにした。
 
私は、それまで海外へは行ったことがなく、それが初めての海外旅行となった。
同期入社の友人は、短大の時、その大学のハワイ学舎に短期留学をしていたこともあって、ハワイの良さを良く知っていた。
たまたまその年は、お世話になった先生も滞在中ということで、一緒に行くことにしたのだ。
 
初めて降り立つ、異国、ハワイの地は、何を見ても、何を食べても新鮮でワクワクしたのを覚えている。
当時、まだ日本にはなかった、ハーゲンダッツでアイスクリームを食べた時の感動も忘れられない。
街を歩いていると、通り過ぎるハワイ現地の人、欧米からの旅行客からは、決まってココナッツオイルの香りがした。
 
「ああ、ハワイに来たな」と、思った瞬間を今でも覚えている。
 
私が子どもの頃から見ていたクイズ番組では、その優勝賞品がハワイ旅行だった。
確か、週末の夜の放送で、家族とご飯を食べながら見ていた。
その番組では、冒頭に「ハワイへのご招待。10問正解して、夢のハワイへ行きましょう!」というセリフが毎回言われていて、ハワイとは夢の国と言っていた時代もあったのだ。
 
そんな子どもの頃から憧れていた夢の地、ハワイ。
海も、空も真っ青に澄んでいて、時折吹く風は肌に心地よく、波の音が身体を内側から癒していってくれるようだった。
同期入社の友人のお世話になった先生が、1日かけてオアフ島の名所を案内してくれた。、ダイアモンドヘッド、タンタラスの丘、パンチボール、パールハーバー、どこもみんな素敵だった。
また、ハワイに慣れた友人とはバスを乗り継いで、遠く離れたサンセットビーチに行ったり、免税店で買い物を楽しんだり、心から満喫出来た旅だった。
初めての海外旅行で、その魅力にハマったのだ。
 
それから私も結婚し、子どもが生まれて2年ほどが経ち、子育てにも慣れた頃、実家の母が時々言う言葉が気になり始めた。
 
「死ぬまでに一回、ハワイに行きたいわ」
 
自分のことは何でも自分でやり、友だちとの交流も活発だった母。
国内の旅行はそんな友人たちとよく行っていたのだが、海外となるとそうはいかないらしい。
やっぱり、言葉や治安、通貨の違いなど、ちょっとハードルが上がるらしい。
だから、是非とも、家族、娘と行きたいんだろうということはわかった。
 
「今、死んでもらったら悔いが残るわ」と思い、母、私、娘、そして妹も誘い、女ばかり4人、3世代のハワイ旅行に行くことになった。
私が初めてハワイに行った、1980年代の半ばは、ハワイは新婚旅行の聖地だった。
ちょうど、6月だったこともあって、現地でのオプショナルツアーに参加すると、周りは全て新婚カップルばかりだった。
大人のバカンスの地、そんなイメージだった。
ところが、それから10年ほどが経つと、そこはファミリーの聖地となっていた。
年配者、子どもに優しい街になっていたのだ。
トロリーバスが周回し、観光スポットは簡単に巡れるので、言葉に苦労して現地のバスに乗ることもなくなった。
ABCストアという、ハワイのコンビニはたくさんあって、そこには簡易のベビーカーや幼い子ども用の水着やビーチサンダルなど、なんでも揃っていた。
一年を通して気候がよく、治安も良く、日本語も通じやすいハワイ。
初めて訪れた母は大喜びで、到着したその日に、「また来たいわ」というくらい、気に入っていた。
そんなハワイを気に入った母を、私はその後何度もハワイへと誘い、旅行をした。
年齢の割に元気で、物おじしない母。
しかも、食事面でも、何でも食べられる母は、何一つ困ることがなかった。
ハワイの空気にとても合っているようだった。
 
ハワイをとても気に入って、何度も行くことになって、私たち家族はハワイにタイムシェアの物件を購入することになった。
タイムシェアとは、文字通り、一軒の物件を1年間、それぞれ1週間程度の日程で分割し、それぞれのオーナーが予約して使うことが出来るシステムだ。
私たちが購入したのは、当時、オアフ島、ワイキキのホテル内に建設されたコンドミニアムだった。
コンドミニアムなので、キッチンはオーブンや電子レンジ、食洗機も完備され、洗濯乾燥機もついていた。
レストランで食べきれなかった食事を持ち帰っても温められたり、大量の洋服を持って来なくても良かったり、本当に助かった。
暮らすように過ごすことが出来るので、ホテルの滞在以上にリラックスできた。
 
そうそう、日本人の利用が多いこともあって、炊飯器もあったので、ご飯を炊いておにぎりを作ったり、お味噌汁やお素麺を作ったり、なんでもないような、簡単な日本食も、ハワイで、コンドミニアムで食べるととても美味しく感じられたものだ。
タイムシェアの物件に泊まるようになってからは、旅行の荷物の中に、お米や味噌、味付け海苔、ふりかけなど、これまでになかった日本食の材料が加わったのが面白かった。
 
そして、何度目かの母と私たち家族とのハワイ旅行から帰国の日のことだった。
ホノルルの空港に到着して、JALの搭乗の手続きのカウンターで、スタッフに言われたのだ。
 
「申し訳ございません。実は、ダブルブッキングになっていまして……」
 
「えっ、ダブルブッキング?」
 
初めてのことで、私は驚いてしまった。
でも、すぐにスタッフは、同じ便で代わりの席を用意できたことを告げてくれて、私たちは胸をなでおろした。
その時、こんな言葉を言ったのだ。
 
「ビジネスクラスの方でご用意できました。お席が少しバラバラになりますが申し訳ございません」
 
いや、申し訳なくないだろう。
ビジネスクラス?
全然、いいじゃない!
ちなみに、ビジネスクラスに乗るのは、これが初めてだった。
それが、ダブルブッキングのおかげで。
 
ワクワクしながら搭乗すると、当たり前だが座席の一番前、コックピットのすぐ後ろにそのビジネスクラスの席はあった。
ちょうど、飛行機の前の部分の尖ったカタチに合わせて、席は窓側に2席ずつ配置されていた。
真ん中には、さらに二席。
「お席がバラバラで」ということだったが、全然近くにいる訳だから、何一つ困ることなんてない。
それよりも、ワクワクするばかりだった。
座席のシートからして違っていた。
高級なマッサージチェアのような大きさで、リクライニングも細やかだった。
何よりも、食事が嬉しかった。
布製のランチョンマットを敷いてくれて、食前酒もガラスの器で出してくれた。
食事は、コース料理の様に、一品ずつに出してくれて、こちらの食器も陶器だった。
どれも上品なお料理で、まるでレストランでコース料理を食べているかのようだった。
選べるお酒の種類や格も高かったように思う。
当時、小学生だった娘も隣の席で嬉しそうだった。
離れた窓側に座る母も、喜んでいるのが見えた。
なんだか、ハワイ旅行だけでも楽しくて仕方ないのに、こんな最後にオマケのようなもてなしがあって、最高の気分だった。
 
それから、ビジネスクラスに乗りなれているのだろう、周りの乗客の行動を見ていてわかったのだが、カップ麺やアイスクリームはいつでも言えば食べられるのだ。
座席に置かれてあったメニュー表を引っ張り出してみると、やはりそう書いてあった。
なので、娘と一緒に、カップラーメンやアイスクリームも平らげた。
ずっと座っていて、あまりお腹が空かないのだけれど、嬉しいとなんでもオーダーしてしまうものだ。
そんなワクワクするような、初めてのビジネスクラスの搭乗体験。
ゆったりした空間で、最高のおもてなしを受けて。
気分はこんなにも変わるのかと、本当に心に残る旅となった。
でも、そう、でもさ、その時に思ったのだ。
 
「まさか、まさか、こんな目にあうとは……」
 
「どうしよう、もう、これから先の旅行で、エコノミークラスに乗れないじゃない」
 
本当にどうしようかと思いながらも、ちゃっかりとダブルブッキングの恩恵を存分に楽しめたのはありがたいことだった。
そう、もう一つの「夢の国」が、まさか空の上にあったとは。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。

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2022-03-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.160

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