週刊READING LIFE vol.164

つまらない呪いから自分を解き放つ万葉の言葉《週刊READING LIFE Vol.164 「面白い」と「つまらない」の差はどこにある?》


2022/04/04/公開
記事:宮地輝光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
春が近づくと、楽しみにしていることがある。
 
ホー ケケッ
 
おなじみの「ホ~~ホケキョ」とはまだ鳴けない、下手くそな新人ウグイスの鳴き声だ。
 
ウグイスの鳴き声は、わたしたちに春の訪れを伝えてくれる。だがウグイスは、はじめから上手には鳴けるわけではない。生まれて初めて迎える、春からの繁殖期を目前にして、オスのウグイスは「ホーホケキョ」と美しく鳴くための練習を繰り返す。その鳴き声の練習が、わたしは面白いのだ。
 
ホー ケケッ
ホー キッキョ
 
ウグイスは、はじめの「ホー」で息を吸い、「ホケキョ」のところで息を吐いているのだそうだ。はじめのころは、大きく息を吸えないため「ホー」が短く、吐き出す勢いが小さく「ホケキョ」がきれいに響かない。
 
ホ~~~~~
 
お、大きく吸えたぞ。上手く吐き出せるかな? と期待して耳をすましていると、
 
キョッ
 
と小さく短い音でしか吐き出さず、思わずズッコケてしまうこともある。
今日はどんな声を聞かせてくれるかな、とウグイスの鳴き声練習を面白がっているうちに、季節はすっかり春になる。
 
ホ~~~~~~ホケキョ
 
新人ウグイスも、美しくのびやかに息を吸い、キレよく息を吐き出し、響きのある鳴き声を聞かせてくれるようになる。
 
鳴き声を楽しめるのはウグイスだけでないし、春だけでもない。東京都内でも、カラスやスズメのほか、ヒヨドリやメジロ、ハクセキレイなどなど、さまざまな野鳥たちのにぎやかな鳴き声が、わたしたちの日常に響き渡っている。
 
そんなにぎやかな鳴き声も、不思議と普段はほとんど気にならない。だが、ふと気持ちが緩むと、たちまち鳥の鳴き声が耳に届く。そして、じっと耳を傾けていると、いろんな鳴き声が聞こえてきて、面白い。

 

 

 

当然だが、野鳥たちが鳴いているのは、べつにわたしたちを和まし、面白がらせるためではない。自分のパートナーにアピールしたり、仲間を呼んだり、仲間に危険を知らせたり、あるいは自分の縄張りを主張するために鳴いている。
 
擬人的にいえば、鳥たちは互いに話しをしているのだ。
〈話す〉という言葉には、相手との距離を縮め、相手に近づく意味合いがある。仲間とのつながり、距離感を近づけるために鳴いている鳥たちは、まさに〈話す〉という行為のために鳴いている。
 
〈話す〉という行為が相手との距離感を縮めるためのものであることは、新型コロナ禍の中で実感できたのではないだろうか。感染予防のため対面で会うことができなくなり、パソコンやスマホの遠隔ツールを用いて話しをするようになった。
 
もし、〈話す〉という行為と相手との距離感が無関係ならば、遠隔コミュニケーションになんの違和感も感じなかったはずだ。だが実際はどうだっただろう。はじめのうちは、違和感が多かったのではないだろうか。それはいかに日頃、〈話す〉という行為を通して、相手との距離を近づけようとしていたかを示している。
 
相手との距離を縮めるために〈話す〉。
それがわかると、わたしにはひとつの疑問が浮かびあがってきた。
 
なぜ〈はなす〉という音を、言葉としてつかうのだろうか?
 
どういうことか。
わたしが不思議なのは、〈話す〉という言葉が、〈離す〉と同じ音であるところなのだ。
相手との距離を縮め、相手に近づくための行為である〈話す〉と、相手を遠ざける行為の〈離す〉が同じ音。意味的には真逆の言葉なのに、なぜ同じ音を日本語ではつかっているのだろうか? と不可思議でならない。
 
想像するに、おそらく日本語の〈話す〉には、自分から言葉が離れる、という意味合いがあるのではないだろうか。言霊(ことだま)という言葉があるように、日本では古くから言葉に不思議な力が宿っているとされる。〈話す〉という行為は、言葉にのせて自分の一部が自分から離れていく。そんなイメージがあるから〈話す〉と〈離す〉が同じ音なのかもしれない、とわたしは考えている。

 

 

 

日本語以外の言語でも考えてみた。
たとえば英語で〈話す〉の意味を持つ言葉には、主に2つの単語が思い浮かぶ。
speakとtalkだ。
 
「わたしは日本語を話します」
この〈話す〉の場合、speakをつかって、”I speak Japanese”という。
 
speakは言葉の音を発する行為に重きを置いた表現だ。
「わたしは日本語を話します」の場合、日本語という音を発する行為を表現している。
 
一方、「わたしはあなたに話します」や「わたしはあなたと話します」の場合はtalkをつかい、“I talk to you”だったり、“I talk with you”となる。
talkは、誰が相手に対して言葉を投げかける行為に重きを置いている。
イメージとしてtalk toでは相手への一方向、talk withでは双方向のコミュニケーションだ。
 
このように話すという行為に対して、英語では、言葉を発する行為と言葉で相手とのコミュニケーションとる行為を明確に分けて表現している。
ところがだ。
日本語では〈話す〉というひとつの単語でひとまとめにしてしまっている。話すという行為への日本語の“解像度”が、英語よりも低いのだ。
 
この解像度の低さは、日本の文化として、話すという行為にあまり重きを置いていないことを意味しているのだろうか?
日本にはかつて、寡黙が美徳とされることがあった。“空気を読む”ことが重要視されることはいまでもある。いずれも、話しをすることで意思疎通をはかることを重要視していない。そんな風潮は現代の日本社会にも根強く残っている。
 
それに、話しをする機会があっても、その話しがつまらなかったりする。その代表格は、学校行事の挨拶や結婚式のスピーチだ。通り一辺倒の挨拶や使い古された教訓が並び、無駄に長くて退屈だ。
 
なんであんなつまらない話をするのだろう、と誰もが聞いているときには思う。ところが、立場が逆転し、いざ自分が話す番になると、自分もつまらない話をしてしまう。
 
これはもう、呪いの類いではないだろうかと思えてくる。
〈話す〉と〈離す〉を同じ音で表現している日本語には、背後霊のように『つまらない』がつきまとう呪いがかけられているのではないだろうか。
 
〈話す〉以外の言葉をつかって、話しをする行為を表現できなければ、日本語にかけられた呪いは解けないかもしれない!
 
そう思ったとき、「面白い!」と感じたスピーチを思いだした。
リアルな話ではない。
ドラマ『まだ結婚できない男』のワンシーンだ。
 
このドラマでは、阿部寛さん演じる偏屈な建築士・桑野信介が、自身の建築についての講演や結婚式のスピーチを嫌々おこなうシーンがある。これらシーンがいずれも、すごく面白い。
 
たとえば、結婚式のスピーチの場面。
 
桑野の建築事務所で15年、一緒に働いてきた村上英治に頼まれて、嫌々渋々引き受ける。そのスピーチは、つい結婚する羽目になってもだの、結婚を後悔しても自己責任だの、万が一離婚することになってもだのと、結婚式では禁句の言葉からはじまる。さらに、英治のことを本当になんにもできない、何をやってもダメな男とこき下ろす。
 
いつもの桑野の皮肉が続くのかと思いきや、つらいことも逃げ出さない英治の人柄とその人柄に対する桑野の信頼感について訥々と話す。最後に、花嫁への「英治をお願いします」、そして英治への「おめでとう」のメッセージ。ドラマの演出抜きでも素晴らしいスピーチだ。
 
このスピーチの面白さは、ドラマを通して桑野や英治、そのほか登場人物のキャラクターやエピソードを視聴者が知っているからこそではある。だがもうひとつ、キャラクターやエピソードとは関係なく、桑野のスピーチを面白くしていることがある。
 
それは、桑野が語っていることだ。
 
英治や花嫁、そして結婚式の参列者に向けて、ゆっくり語りかけるようなスピーチ。
結婚式のシーンだけでなく講演会のシーンでも、聴衆に自身の建築設計のポリシーを語りかけている。
 
語りかけているその姿に、聞いている側は耳だけでなく、思考も、身体も心も、ぐっと引き込まれていくような感覚になり、面白いと感じられる。
 
ウグイスといった鳥の鳴き声を面白く感じられるワケも、その鳴き声がただ鳴き声を発しているのではなく、鳥たちが互いに語りあっているからではないだろうか。

 

 

 

そうなのだ。
〈話す〉以外にも、〈語る〉という言葉が日本語にはあるのだ。
 
〈語る〉という言葉には、話しを伝える相手がいる意味合いをちゃんと含んでいる。英語のtalkと同じ意味合いだ。この〈語る〉という言葉は奈良時代、万葉集にもでてくる言葉で、室町時代以降につかわれ始めた〈話す〉よりも古い言葉だ。
 
ならば、I talk to herという英語の訳は、「わたしは彼女に話します」ではなく、「わたしは彼女に語ります」とするべきだろう。
 
ただ、この言い回しは、現代の日本語としてやや不自然だ。おそらく〈語る〉という言葉が古い言葉だからというわけではない。〈語る〉という言葉をつかうことに、ある種の保身のための警戒心があるからだ。
 
というのも、〈語る〉という言葉には、何か隠し事をせず本音をさらけだす、という意味合いが含まれる。たとえば、『語るに落ちる』という言葉があるが、これはうっかり秘密ごとを漏らしてしまう意味だ。だから〈語る〉ことにどこか警戒心がある。よほど親しい人とでなければ、〈語る〉ことには躊躇いがある。
 
もしかしたらこれが、日本語にかけられていた呪いの正体かもしれない。
だから、この警戒心や躊躇いから自分を解き放つため、自分の姿を素直に相手に向け、語りかけていくことができれば、話しに『面白さ』がついてくるのではないだろうか。
 
どこまで自分を解き放つことができ、どれだけ相手に向けて語りかけていくことができるか。そこに『面白い』と『つまらない』の差が生じるのではないか。
 
グローバル化し、価値観が多様化する今の時代。さまざまな手段で多様な人たちとコミュニケーションをはかり、変化する時代に対応していかなければならない。
 
そんな時代でも、語りかけることで生まれる『面白さ』は、人と人とを結びつける普遍の力だと思う。だから“呪い”にしばられ、つまらない話ばかりしていては時代に取り残されてしまうという不安を感じる。
 
だから、呪いから自分を解き放ち、いつまでも柔軟で自由に生きるため、わたしは心の中で宣言してみようと思う。
 
「わたしは、あなたに語ります!」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
宮地輝光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

千葉県生まれ東京育ち。現役理工系大学教員。博士(工学)。生物物理化学と生物工学が専門で、酸化還元反応を分析・応用する研究者。省エネルギー・高収率な天然ガス利用バイオ技術や、人工光合成や健康長寿、安全性の高い化学物質の分子デザインなどを研究。人間と地球環境との間に生じる”ストレス“を低減する物質環境をつくりだすことをめざしている。

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2022-03-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.164

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