週刊READING LIFE vol.164

どうせ私、つまらない人間ですけど、なにか?《週刊READING LIFE Vol.164 「面白い」と「つまらない」の差はどこにある?》


2022/04/04/公開
記事:いむはた(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
私はつまらない人間です。
 
程度の差こそあれ、誰しもこんな思いを抱えているのではないだろうか。
 
それは、例えば、友人のSNSを見たとき。抜けるような空と紺碧の海、ゴージャスなホテルの部屋に、見ているだけでお腹がなりそうな食事、そして満面の笑顔、そんなものを見せつけられたとき、あぁ、それに比べたら、私は、なんてつまらない人間なのだろうと思ったり。
 
それは、例えば、仕事での成果があがらないとき。自分に任せられるのは、誰でも代わりがきくような仕事、それとも、誰もやりたがらないような汚れ仕事。それに比べて、あの人は、みんなに注目される仕事を任されて、実際、あの人自身が注目を集めていて。やっぱり、つまらない人間には、つまらない仕事がお似合いなのか、そんな風に思ったり。
 
もちろん、ぼくもその一人。
 
思わず下を向いている自分に気づき、視線を上げて夜空を眺めてみれば、数えきれないほどの星々。こんなにもたくさんの星があるのなら、自分にだって、きっと生きる場所があるはず、そう思いながらも、どこかから、こんな声が聞こえてくる。
 
お前に見えている星は、すべて自ら光を放つ恒星。お前にできることなど、せいぜい誰かの光を反射する程度。そんな光で、夜空で輝けるはずがない。所詮、お前は、誰かの周りを、クルクルと回るだけの衛星。太陽の光を反射するだけ、地球から離れたくても離れられない、近づきたくても近づけない、月のようにどこにも行けない生き方がお似合いだ、と。
 
そうなのだ、実際、ぼくの仕事は、汚れ仕事、誰もやりたがらない仕事だ。経理という仕事に20年以上関わってきたけれど、この仕事が注目を浴びることは皆無だと言っていい。やることと言えば、日々の伝票処理、金銭の受け払い、それを月末にまとめて、はい、今月の成績は、こんなでしたと、おえらいさんに報告する、それだけだ。
 
そう、経理という仕事は、地味で、細かくて、正しくできて当然で、褒められることはなくて、間違えたら、とんでもなく怒られる。お客さんを取ってきたり、新しい企画を考えたり、なんて加点の機会はないから、減点だけが記録されていく。やればやるほど、点数は失われていき、ゲームオーバーになるのを待つだけ。こんなゲーム、いっそのこと、何もしない方がいい。
 
だから、経理はつまらないと言われるのだ。誰もやりたがらないのだ。かといって、いまさら、ぼくにできることなど、ほかにない。結局のところ、営業・企画といった主役たちの周りを、クルクルと回り続けることしかできない。ほかに行ける場所など、どこにもない。まあ、それも仕方ない、だって、ぼくは、つまらない人間なんだから。
 
そんな他人軸でしか生きられない、ぼくが任されたのは、やっぱり誰もやりたがらない、汚れ仕事。しかも、それが経理部内の汚れ仕事、汚物の中の、汚物を拾う、とでもいうのか、ここまでくると、自分の汚れっぷり、つまらなさっぷりも、たいしたものだといいたくなる。任せられたのは、今まで誰も手を付けなかった、部内でやり取りする文書の見直し、統一化。
 
みなさんも経験、ありませんか。あそこの部署からもらうこの資料、もっとこんなだったらいいのに、と思うこと。実際、使いたいのは、ここの数字と説明だけ。それなのに、こんなに壮大で立派な資料を送ってきてくれる。頼んでもないのに、丹精がこもっているのかどうか、それはわからないけど、たっぷり時間をかけて、作りこんできてくれる。
 
だからと言って、必要な情報すべてがきちんと揃っているわけじゃない。だから、こちらで、付け足し付け足し、資料を作っていく。きっと同じデータソースなんだろうけど、あっちで一緒にやってもらったら早いんだろうけど、そう思いつつも、なんとなく頼みづらい。
 
相手の方だって事情は同じ。こんな手の込んだ資料、送った先が何に使っているのか、わからない。きっと、たいして役にたっていないんじゃないか、これを作らなくて済むのなら、残業だって、ずいぶん少なくなるはずなのに。でも、使ってないでしょ、なんて話、なんとなく、自分たちからは話しづらい。
 
そんな風にあちこちの「なんとなく」が積み重なって、膨大な無駄な作業になっていく。誰にも求められない資料だけが、ひっそりと会社のサーバーに溜まっていく。それは、まるで誰にも聞かれることのない部内のうっぷんの掃きだめ。静かに、静かにうっ積していき、いつの日にか崩れ落ちる。
 
だから、いつかやってくるその日が来る前に、なんとかしろ、というのが、ぼくに与えられたミッションだった。
 
とは言え、ぼくが一人で決められることなど、ほとんどない。まずは手を付けたのは、各担当者へのヒアリングだった。
 
この資料なんですけど、どうして必要なんですか。
こっちの資料と、そっち資料、似ているように見えますけど、違いは何なんでしょうか。
あちらの部署からもらっている資料、こうして欲しいとか、何か要望ありますか。
 
そんな質問をすると、出てきたのは、不満、不満、そして、不満。
 
「どうして必要なんて、そんなことは知らない。昔から作っているから、ただそれだけ。要らないなら、要らないって、先方が行ってくるべきだ」
「似てるって、そりゃ、仕方ないでしょ。本当はこんな資料にしてほしいのに、どれだけ頼んだって、向こうはきいてくれりゃしない。だからこっちで、仕方なくやっているんだよ」
「要望? そんなの、腐るほど、あるよ。こっちの仕事に合わせて、そっちが変われって話。そしたら、我々だって考えるよ」
 
なんとなく予想はしていた。こんな返事が来ることは。すんなりと前向きな返事がもらえるなどと、そんな甘い期待はしていないつもりだった。ただ、それは、ぼくの想像を超えていた。
 
みんなが、みんな他人軸なのだ。誰かが言った、誰かの都合だ、誰かが変わるのなら、私も変わる。自分から、という視点はないのだ。
 
ぼくだって、人のことを言えるほど、立派な人間じゃない。同じ経理部として、負け癖が染みつている人間として、その気持ちはわかる。ただ…… ただ、これを他の部の人間が見たら、おえらいさんが知ったら、どう思うだろう。だから経理は、また、そんな風に言われてしまう。
 
なんとかしなければ、と思ったのかどうかは、わからない。ただ、ぼくは、動いた。よくわからないけれど、とにかく動いた。あっちの人がこう言っているけど、こちらの部署では、こんな風にしたらどうでしょうか、と間を走り回った。お互いが納得できる資料ってこんなものでしょうか、と自分が作った資料を見せて、意見を募った。そんなんじゃ、うまくいかないよと、双方からボコボコに言われることもあったけど、そんな時は、一人で頭をひねった。そして、また、こっちの意見を聞き、あっちに文句を言われ、と間を走った。
 
そんな風にしていると、他人軸で、負け癖がしみ込んでいると思っていた人たちの、こだわり、誇り、経理としての矜持みたいなものが、ちらほらと見えるようになってきた。
 
この資料は、どうしても変えられない、頑なにそう言っていた人は、資料に込める想いがあった。うちの会社のシステムは、ここが弱い、だから、それをカバーするためには、こんな資料を作って、きちんとチェックする必要がある。二度手間に見えるかもしれないけれど、経理マンとして、間違った数字を出すことだけは、許されない。そんなことがあったら、自分自身を許せない。だから、この資料は必要なんだ、と言ってくれた。
 
やればできるなんてことは、わかっている。でも、その「やる」ができないんだよ、という人には理由があった。人気のない経理、人は少しずつ去っていく。そんな中、今、残っている人たちは、それでも私たちがやらなければ、と頑張っている。週末出勤だって、必要となれば、やってくれている。そんな彼らに、これ以上、やればできるなんて、いうことはできない。今がベストだなんて言うつもりは決してない。だけど、だからと言って、無理を強いて崩壊させることなど、もってのほか。だから、やればできるのかもしれないけれど、やらないんだ。それが、おれが経理部のため、いや、経理が会社のためにできることなんだ、と想いを語ってくれた。
 
もちろん、すべての人が、そんなキラリと光る熱い想いを持っていたわけじゃない。相変わらず冷めたままという人も多数いた。でも、そんな彼らも、決して光を放っていないわけではなかった。それぞれの部署にいる自ら光を放つ人の周囲で、できることで力を尽くしていた。どんなに地味でめんどうくさい仕事だって、どれだけ日の当たらない仕事だって、自分のできることで役に立とうと必死だった。その姿は、確かに光を放っていた。小さな恒星の小さな反射光ではあるけれど、確かに光っていた。
 
そんな彼らは、小さな「系」のようだった。真ん中にいる恒星だって、決して大きいわけじゃない。その周囲の星なんて、会社という大宇宙の中では、芥子粒のように小さな存在、反射で光っていても、誰かにも気づかれることはない。でも、そこには確実に「系」があった。人と人とが、想いでつながる「系」があった。
 
そう、他人軸で生きている、そんな風に思っていた彼らには、ちゃんと軸があったのだ。彼らは、彼らの世界をきちんと存続させているのだ。そこには想いも、気概も、誇りもあった。それが、軸が無いように見えたのは、ぼく自身に軸が無いからだ。ぼく自身がグラグラと動いているから、ほかの人の軸が分からなくなってしまったのだ。不安点な自分の視点に気づかないで、相手が動いていると責めていたのだ。
 
だからぼくは思ったのだ。想いでつながる「系」の点在、それが経理部ならば、ぼくは「系」をつなげる存在になればいい。軸が無いのがぼくならば、むしろ、それを逆手にとって、ほうき星のように、どこの系にも属さずに、旅するように、たただた「系」の間を飛び回る。
 
軸が無いからこそ、自由に動けるのがぼくなのだ。あっちの「系」で集めた情報を、こっちの「系」にもっていく。うまくいけば、それでいい。うまくいかないときは、すこし軌道を大きくとって、自分の頭で考える。自分の中で熟成させる。そして、また、あっちから、こっちへ、とグルグルと飛び回ればいい。そこに落ちている塵を拾いながら、ぼくが育んだ種をおとしながら。
 
そんな、ごみ収集車のような、それとも、たまたま落としたフンの中に種があった鳥のようなことをやっているうちに、不思議なことが起こった。それは、「系」同士が話すことになったのだ。会議を設定して、お互いにどうしたら、もっと幸せになれるのか、どうしたら「経理部」として、もっと会社の役に立てるのかを、相談することになったというのだ。そして、そこに、ほうき星である、ぼくも招待されたのだ。
 
議論は白熱した。相変わらず、みんな、主張ははっきりしている。でも、以前とは確実に違うのは、誰もが、相手を責めていない。誰もが、一緒になって、どうすればいいのかを熱く語りあっていた。そして、その結果は……
 
残念ながら、答えは出なかった。議論は継続ということになった。つなぎ役の、ぼくにもできることはなかった。まあ、それも仕方ない。何年も別の宇宙に住んでいた星たちだ。簡単には、同じ「系」には、なれないだろう。
 
ただ、それでも、つなぎ役としての役は果たせた。実際、彼らはいま、ぼく無しでも、手をつなぎあっている。ともに手を取り歩み始めようとしている。汚れ仕事かもしれないけれど、誰もがやりたくないと思う仕事かもしれないけれど、ぼくだけが見つけられたものがある。今まで誰も気づかなかった、きらりと光る星と、その星を中心とした想いがつなぐ小さな「系」がそれだ。そして、その「系」たちが手と手を取って歩き出す姿、その瞬間に立ちえた、こんな仕事でも、おもしろいことがあるんだな、そう思った時のことだった。
 
「系」の中心星が一人、ぼくのところにやってきた。そして、こう言ってくれたのだ。
 
ありがとうございます。いままで、なんとなく、やらなきゃいけないと思っていたことに、手を付けるきっかけができました。自分の部署内もそう、どこかの部署間ともそう、間に入ってもらって、ぼくたちの立場をわかってもらって、その上で、つないでもらって、なんだか、いままで、ため込んで、目詰まりしていたものが、スーっと流れていったみたいです。
 
なるほど、目詰まりが流れていくか、なんだか腑に落ちた気がした。ぼくの役目はそういうことか。間に入って、つまりを取って、流れをよくしてって、うーん、どうやら、やっぱりそういうことらしい。ぼくは、つまらない人間なんだ。ぼくの役目、それは、ほうき星のように、人と人の間を飛び回り、つまりを取って、流れを良くする、つまらないようにするのが、ぼくの役目。そう思うと、この仕事、ますますおもしろくなってきた。
 
よし、これからも、ほうき星として、つまりを取りまくるぞ、と思ったとき、ふと浮かんだのが、ほうき星のしっぽだった。そういえば、あれって、確か…… 尾も白い。うーん、間違いない、ぼくは確かにつまらない人間だ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
いむはた

プロフィール 静岡県出身の48才
大手監査法人で、上場企業の監査からベンチャー企業のサポートまで幅広く経験。その後、より国際的な経験をもとめ外資系金融機関に転職。証券、銀行両部門の経理部長を務める。
約20年にわたる経理・会計分野での経験を生かし、現在はフリーランスの会計コンサルタント。目指すテーマは「より自由に働いて より顧客に寄り添って」

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2022-03-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.164

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