週刊READING LIFE vol.164

趣味と職業の共通点《週刊READING LIFE Vol.164 「面白い」と「つまらない」の差はどこにある?》

thumbnail


2022/04/06/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
Youtubeを見ていたら突然止まらなくなり、気が付いたら数時間見ていたという経験はないだろうか?
 
実は最近急に「砥石」を買いたくなった。
砥石とは当たり前だが「刃物を研ぐ」ときに使う、あの研磨用の石である。
買ってきたときに妻からは「なんで?」という顔をされた。
 
それもそうだ。今まで一度だって家にあった包丁を研いだことなどなかったからだ。
ただ、これまでに何度か包丁が切れなくなったときに、100円ショップなどに売っている「包丁を4、5回通すだけで切れ味がよみがえる」と書かれた、簡易的な包丁研ぎ器を購入して使ったことはあったが、正直言って全く効果はなかった。だから私の家では包丁は消耗品と考え、高価なものは買わずに1,500~2,000円程度のスーパーで売っている安物を買って、1年使ってみて切れなくなったら、新しいものに買い替えることにしていた。
 
そんな私が突然「砥石」を買ってきて、包丁を研ぎ始めたのだから、妻も「おいおい、どうした急に」と驚いたのである。しかし、なぜ私は突然砥石を買いたくなったのだろうか?
それがあるYoutuberが上げていた動画を見たのがきっかけだったのである。
 
もしかしたら知っている方もいるかもしれないが「圧倒的不審者の極み」という名前からして超怪しいYoutuberがいる。この人は包丁や刃物をとにかく研ぐだけの動画を上げているのだが、登録者数が350万人を超る人気Youtuberなのだ。
 
ちなみにこれがどれだけスゴイ人数かというと、登録者数で比較すると
 
中田敦彦のYouTube大学:450万人
Yoasobi公式チャンネル:370万人
メンタリスト DaiGo:220万人
Mr.Children Official Channel:134万人
Bz Official Channel:81.9万人
(2022年3月現在)
 
なんと全くの素人の包丁研いでいるだけの動画が、いま人気絶頂の「YOASOBI」とほぼ同じ。さらに言えばミスチルやBzの2.5~4倍もの登録者数がいるというのだから、どれだけ異常な人気なのか分かっていただけただろうか。
 
当然私も「圧倒的不審者の極み!」のYoutubeチャンネルは登録している。
(そういえばどことなく、この名前はミュージシャンっぽい気がする)
 
そして彼の動画を見ているうちに自分も包丁を研ぎたくなり、会社帰りにたまたま日用雑貨店で目にした砥石を買って帰ってきてしまったのである。これが私が砥石を買ってきた経緯だ。そして私は40歳を過ぎて初めて砥石で包丁を研ぐ経験をすることになった。
 
ちなみに砥石にはその粒度の違いによって種類が分かれており、大雑把に分けると「荒砥石」「中砥石」「仕上げ砥石」に分けられる。一般家庭の包丁であれば「中砥石」で問題ないとのことだったので、私もそれを購入した。中砥石は使う前に十分に水分を含ませてから使うと書いてあったので、ボウルに水を張りその中に10分ほど浸した。そしてボウルから砥石を取り出して、包丁を砥石にあて研ぎ始めると、Youtubeで見た、あの「シャッ、シャッ」と包丁が擦れる音がして私は心の中で「おお!!」と思わず叫んでしまった。
 
2~3分ほど研いでみて、親指で刃先を触ってみると、若干だが「刃」が出ているのを感じることが出来た。今まで全く手入れをしていなかっので、最近では「切る」というより、力で押して引きちぎるといった感じだったのが、それが研ぎ始めて数分で「刃」らしきものを感じることができたのである。それからまた数分、裏表ともに研ぎ終わった時点で大根を切ってみると、スッと包丁が入る感触があった。
 
「おほう、切れる!!」
 
私は包丁が切れるようになったことに軽い感動を覚えた。
 
しかし、このとき自分が想像していたほどは切れ味が良くないことも同時に感じた。
「圧倒的不審者の極み」の動画ではもっとスパッと、スゴイ切れ味になっていた。もちろん彼は中砥石からさらに仕上げ砥石で磨き上げていたし、技術の差もあることは十分理解していたが、それにしてももっと切れるようになることを想像していたのだ。
 
それから1週間ほど包丁を使っていると、また切れ味が落ちてきたような感覚がした。ネットで調べてみると、一般家庭でも1か月に一回は研いだほうが良いと書いてあったのだが、それにしても自分が研いだ包丁は鈍るのが早いなと思った。これは間違いなく自分が研ぐのが下手だからだろう。
 
それから何度となく包丁を研いでみたが、やればやるほど、自分が下手なのがよく分かった。
刃を触ってみれば、刃の出方にムラがあることがよく分かった。また自分が買った砥石も簡易的なモノだったので、そもそも小さいのである。そのため何度も包丁をあてる場所を変えないと全体を研ぐことが出来ず、これもムラを作る大きな原因になっていた。
 
もちろん「弘法筆を選ばず」という言葉があるように、本当に上手な人はこの簡易的な砥石でも私以上に研ぐことは出来るのだと思うが、素人がゆえに道具が悪いとさらに結果がでないということもありそうだなと感じた。そこで私はネットで調べて評価の良かった「中砥石」と「仕上げ砥石」を購入しなおして、研ぎの技術を高めようと努力し始めたのである。
 
もしいま人から「趣味は何ですか?」と聞かれたら、私は「包丁研ぎです」と答えるかもしれない。
人は何がきっかけで物事に興味を持つのか本当に分からないものである。
 
今では時間があるときに他の包丁研ぎのYoutube動画を検索するほど、包丁研ぎにハマっている。
「圧倒的不審者の極み」が350万人もの人から支持されている理由も、今となっては理解できる。これは私の勝手な仮説だが、おそらく男性はこういった道具にこだわるのが好きな「脳のバイアス」があるのだと思う。もちろん男性の中にも全く興味のない人もいるし、女性でも興味を持つ人はいるので、一概に男女差ということでもないのだろう。
 
そしてこういった「趣味」には一つの共通点がある。
それは「自分が好きだ」と感じていることである。
 
当たり前のことだが、この世の中で嫌いなことを趣味にする人はまずいない。
嫌いなことをしている人は、きっと「好きかどうか」とは違う理由があってそれを行っているのだろう。
 
そう考えると、辛いと思いながら仕事をしている人は、おそらくその仕事を本当は好きではないけど、しなければいけない理由が他にあるから行っている可能性が高い。それは「自分や家族の生活のため」かもしれないし「責任感のため」かもしれない。
 
しかし嫌いな仕事をしている人の理由を突き詰めて考えれば、ほとんどは「お金」のためではないだろうか?
人がお金を手に入れようと思うとき、最も簡単に思いつくのが「仕事」をすることだろう。
 
もちろん仕事を選ぶときには「お金」だけでなく、自分がやりたいことも考えるはずだが、それでも「お金」を全く気にせずに、その仕事を選んでいる人というのは、かなり少ないのではないだろうか?
 
私はコーチとして色んなクライアントへコーチングを行っているのだが、仕事で悩んでいる人の多くは、「お金」「やりがい」「人間関係」のどれかで悩んでいることが多い。
 
「お金は良いけど、仕事にやりがいを感じない」
「やりたいことはあるけど、生活のためには諦めるしかない」
 
こういった悩みを持っている人はとても多い。
ここで考えなければいけないのが「職業とは何か?」ということである。
ちなみにコーチングの世界では「職業」をこう定義している。
 
「自分がやりたいことで、誰かの役に立っていること」
 
ここで大事なことは、職業の定義の中に「お金」の要素は入っていないということである。
これにはいくつか理由があるが、特に考えてほしいのが、個人の本当の幸せとお金には実はほとんど関係がないことを知る必要があるためである。
 
これはノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授の研究で明らかになったことだが、「年収800万円を超えると収入と幸福度は比例しない」というデータがある。
これは時代や国、物価によっても違いはあるが、日本とアメリカの平均年収はほとんど差がないことを考えると、この金額は日本人にも当てはまると考えていいだろう。
 
つまり年収800万円までは収入が増えていればその人の幸福度は上がっていくが、それを超えると年収が増えたとしても幸福度は比例して伸びないということである。もし本当にお金が増えることが個人の幸せと相関があるのであれば、収入が増えれば増えるほど幸福度も高まっていくはずである。しかし実際にはある一定の水準を超えると相関性は薄れてしまうのである。つまり、自分の本当の幸福度を考える時には「お金」の要素を外して考えないといけないということである。
 
しかし、多くの日本人はこの「お金」と「やりがい」を分けて考えることが苦手なのだ。
今でこそ副業を解禁し始めた企業も増えてきたが、これまでの日本では「職業は一つ」ということが前提にあった。私たちの親も、その親もずっと職業は一つだったので、日本人の中にはその考えが根付いている。
 
しかし、よくよく考えれば仕事を一つしか持てないというのは、おかしな話である。
例えばプロミュージシャンを目指して頑張っている人は、おそらくその途中段階では音楽活動で食べていくことは難しいので、アルバイトをしてお金を稼いでいるのではないだろうか。
 
ではその人に「あなたの職業は何ですか?」と聞いたら、おそらくその人は「ミュージシャンです」と答えるのではないかと思う。もしかしたら恥ずかしくて言えないという人もいるかもしれないが、心の中では「自分はミュージシャンだ」と思っているはずだ。
 
つまりお金を稼ぐ行為と職業は必ずしもイコールではないのである。
しかし日本においては「就職活動」という慣例があるため、学校を卒業したら会社に就職して、その1社のみで仕事をして、そこから給料としてお金を貰うことが前提のため、そのおかしさに気が付かないのである。
そのため、職業を選ぶときに自分の生活のために「お金」の要素が入り込んでしまい、「やりがい」と「お金」の間で悩むことになるのである。
 
そこでこの問題を考えるときに役立つのが「趣味」なのである。
実は「趣味」と「職業」は極めて近い概念なのだ。
 
趣味の定義は「誰の役にも立たないけど、好きだからやりたいこと」である。
例えば先ほどの包丁を研ぐという行為は、研いだ後の包丁は料理に役立つかもしれないが、基本的に研いでいる最中は誰の役にも立っていない。単に自分が研ぐことが楽しいから研いでいるだけである。
しかし、この「趣味」で行っていたことが、誰かの役に立ち始めたときからそれは「職業」に代わるのである。
 
Youtuberの「圧倒的不審者の極み」もおそらく最初はたんに包丁を研ぐのが好きで、趣味として研いでいただけだったはずだ。実際には彼の職業は分からないが、おそらく「研ぎ師」として誰かの包丁を研いで生計を立てていたわけではないはずだ。
 
ところが彼は、自分が包丁を研いでいる動画をYoutubeにアップし始めたとたん、その動画を見て私のように「包丁研ぎ」に興味を持つ人たちの心をつかむことが出来た。つまり実際に誰かの包丁を研いであげることで役立に立っているのではなく、人々に興味を湧き立たせるという形で貢献をしているのである。
 
その瞬間から、彼の「趣味」は「職業」に代わったのだ。
また「職業」と「お金」は関係ないとは言うものの、実際彼の動画は再生回数が数千万回を超えるものもあり、おそらくその動画一本で広告収入として数百万円は入っているはずである。
このように自分の「趣味」を誰かの役に立つように変えることで「職業」にすることが出来るのである。
 
世の中には自分がやりたいことを職業にしている人はたくさんいる。
その時に「いくら稼げるか」という視点を一度外して「自分が本当に好きなことは何なのか?」「自分は本当にそれを面白いと感じるか?」という視点で考えてみる必要がある。
 
それでどのくらいのお金を稼ぐことが出来るかは、実際にそれがどれぐらいの人に役立つかによって変わるのである。包丁の「研ぎ師」では数百人かもしれないが、youtuberとしてなら数百万人、数千万人に影響を与えることも可能なのである。
 
これからの時代仕事は、会社ではなく本当の意味で「職業」で選ぶ時代になると私は考えている。
ぜひ皆さんも自分の「趣味」と「職業」を見つめなおし自分が本当にやりたい仕事を探してみてはいかがだろうか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2022-04-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.164

関連記事