週刊READING LIFE vol.164

大学入試の回文大好き「ケイコさん」が教えてくれた勉強の面白さ《週刊READING LIFE Vol.164 「面白い」と「つまらない」の差はどこにある?》


2022/04/04/公開
記事:村人F (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「小池ケイコさんは、なぜか回文が大好きで毎日回文のことばかりを考えている」
 
大学入試問題を試しにやってみて、この文に出くわした私の心境を答えよ。
こんな文言が頭に浮かんでしまった。
 
そう、これは大学入試の文章である。
大学入試共通テスト令和4年度「情報関係基礎」
この第2問の冒頭文だ。
 
本試験は大学入学における第一関門だが、今年は特に酷かった。
平均点がかつてないほど低かったのである。
そのため、いたるところで受験生たちの阿鼻叫喚の声が響いていたという。
この地獄の中にこんな問題が紛れ込んでいたのである。
冒頭だけでも勝負の場面にふさわしくない感じがビンビンだ。
 
これは以降の本文も変わらない。
実物を見ていただこう。

 

 

 

問1 次の文章を読み、空欄(ア)、(ウ)、(エ)に入れるのに最も適当なものを、後の解答群のうちから一つ選べ。また、空欄(イ)に当てはまる数字をマークせよ。
 
※筆者注:掲載メディアの都合上、分数は「6 ÷ 4」のように割り算で示した。
 
文字の並びを逆順にしても元と同じになる文字列を回文という。例えば、「えとをとえ」や「ようかんかうよ」は回文であるが、(ア)は回文ではない。ここでは文字の並びのみに注目し、読み方や意味は考えない。
小池さんは常々世の中には回文ではない文字列も存在することを残念に思っていた。しかし、幸いなことに長さ1の文字列は回文なので、どんな文字列も回文を連結して作れることに気付いた。その際、連結する回文の数が少ない方がより幸せに感じられたため、ある文字列を作るために連結する最も少ない回文の数でその文字列の長さを割った値を、その文字列の幸いさと呼ぶことにした。例えば、長さ6の文字列「こしたんたん」は
・「こ・し・た・ん・た・ん」の6つの回文の連結、または
・「こ・し・たんた・ん」の4つの回文の連結で作れ、4つが最も少ないため幸いさは6 ÷ 4 = 1.5 である。同様に、長さ8の文字列「とらのこのこのこ」の幸いさは(イ)である。長さnの文字列の幸いさは、それ自身回文であるときに最も大きく(ウ)となり、文字列中に長さ1の回文しか現れないときに最も小さく(エ)となる。
 
・(ア)の解答群
(0) うといすいとう
(1) えのとらとらえ
(2) またまたさいかいさたまたま
(3) しましまましまし
 
・(ウ)、(エ)の解答群
(0) 0
(1) 1
(2) 1 ÷ n
(3) n ÷ 2
(4) n
(5) n(n – 1) ÷ 2
 
引用元:大学入試センター(2022). 『令和4年度大学入試共通テスト問題 情報関係基礎 第2問』. https://edu.chunichi.co.jp/site_home/center/pdf/2022johokankei_q.pdf
※筆者注:答えと解説は本記事の末尾に示す。

 

 

 

いかがだろうか。
なお問題は以降も続き、最終的には「ガタイイイタイガーガイタ」という文を元に、回文について考えることになる。
 
牧歌的すぎる。
この科目と同じ時間に行われていた「数学Ⅱ・B」は過去最悪の難易度だった。
多くの受験生が己の未来に絶望する羽目になっていたのである。
その一方で、こんなクイズ本みたいな問題が出されていたのである。
 
これが英語のような王道科目だったら伝説級の問題としてSNSを賑わしたことだろう。
しかし、そんなことに決してならないのがマイナー科目『情報関係基礎』の宿命である。
なにせ、選択する理由が全くないのだ。
いわゆるIT系の知識を問うている試験なのだが、このメインターゲットになるIT系志望者は全員、同時間帯に行われている「数学Ⅱ・B」を受けることになる。
そうでなければ二次試験の受験資格を得られないからだ。
そのため、この科目をわざわざ選ぶのはよほどの暇人になる。
実際50万人いる受験者のうち、362人しか受験していない。
そのため誰も話題にしなかったのである。
私が解いてみた理由も、今年度から本科目が「情報Ⅰ」という名前で必修に格上げされたからだ。そこでゆるキャラに出くわしてしまったのである。
 
だが、この回文大好き「ケイコさん」に対する印象は「なんで入試にこんなふざけた問題を出したんだ」という悪いものではない。
むしろ真逆だ。
 
面白い。
この問題を解いて心からそう思ったのだ。

 

 

 

考えてみると、入試問題ほど「つまらない」を代表するものはない。
高校、大学と次のステップに進むために乗り越えなければいけない壁だから、辛い感情しかわかないイベントだろう。
そしてこの対策のために行う勉強も同じく、つまらないものになる。
小学校から親やら先生やらに無理矢理やらされ、貴重な夏休みも宿題が影を落とす。
そしてやる理由を聞く度「これらはよい大学に入るために必要なんだよ」と言われる。
だから多くの場合、就職した後は一切しなくなる。
行う理由が無くなったからだ。
結果、勉強に対する悪い印象だけが残り続けることになる。
 
しかし、回文大好き「ケイコさん」はどうだろうか。
確かに真剣勝負の場でこんなのを出されたらブチ切れたくなる気持ちはわかる。
ただそれを抜きにしても、面白そうに思えないだろうか。
回文という教育番組で聞いたことがあるようなテーマを、問題を通して様々な角度から見ていくわけである。
引用した部分だけでも、小学生向けの算数クイズにそのまま使えそうだ。
少なくとも私はこの問題を周りに言いふらしたくてたまらない。
そしてこの事実は、勉強の真の姿を示しているように見える。
 
よく考えてみると、学ぶことが100%つまらないということはない。
雑学番組は今も昔も人気である。
また化粧品や鉄道など、自分が好きなことに関してならいくらでも勉強できるだろう。
要するに嫌だと感じるのは、やらされているからなのだ。
逆に言うと、やりたくてやれば勉強も面白いのである。
 
だが、多くの場合それに気付くことなく人生を過ごすことになる。
やらなければいけないことが勉強から仕事に変わるからである。
そのため貴重なプライベートの時間を、わざわざ悪印象の詰まった学びに使おうなんて発想が無くなるのだ。
そして子どもに対しても、かつての自分を思い出しながら「嫌でもやらなきゃだめ」と説教することになる。
こうして本来面白いはずの勉強は、「つまらない」の王者として君臨する羽目になるのだ。
 
しかし現代の状況を考えると、この打破を本気で考えなければいけないように思う。
勉強に対するイメージが、そのまま仕事に移り変わっているからである。
 
多くの人にとって働くのも同じように、つまらないことである。
働き方改革の流れを見ていてもそれは明らかだ。
第一目標は労働時間の削減である。
この流れができるのは「仕事はつまらない」という前提によるものだろう。
だから残業時間を削って、プライベートの時間を確保する話になるのだ。
そしてSNSで毎日のように「早く帰らせろブラック企業」という声が飛び交うわけである。
 
だが、この元凶になっている「働くことはつまらない」という空気感。
これは勉強から生まれたのではないだろうか。
社会人になりやらされることが勉強から仕事に変わるのだから、そのときに印象がそのまま継承されるのも自然の流れである。
そのため労働時間も短くなるよう望むのである。
 
しかし、つまらないと思いながら仕事を続けるのが果たしていいのだろうか。
いくら時間を少なくしても、人生の大半を費やすことである。
それを嫌なことにしてしまったら、精神が持たなくなるのは時間の問題だ。
だから働き方改革で本当に変えなければいけないのは「仕事は嫌だ」というイメージではないだろうか。
 
そしてこの解決の鍵が、回文大好き「ケイコさん」にあると思うのだ。
彼女の示した問題は面白い。
回文の仕組みを解析し、いろいろな法則を見つけていく。
日本語と数学が融合した興味深い内容だった。
回文について一日中考えたくなる気持ちもわかる良問といえよう。
 
このことは他の勉強も同じく、楽しいことを示している。
それは「情報関係基礎」の他の問題を見てもわかる。
第3問に出ているのはあみだくじを作るプログラムについての問題だ。
こちらは仕組みをしっかり考える必要のある骨太の内容である。
これ以上に業界の奥深さを示すものはないだろう。
 
そしてこの流れは他の科目にも派生する。
プログラミングに必要な数学と国語、そして英語。
実現したいことの例が詰まった社会と理科。
いずれも突き詰めれば面白いことだらけなのである。
このように「ケイコさん」の問題は、勉強全体の魅力が高まっていく未来を示してくれた。
 
もしかすると、「情報」が必修化される意義はここにあるのかもしれない。
一般的にはIT系の知識を強化するためと言われている。
しかし、この科目は人々を魅了した「ゲーム」を含んでいる。
ファミコンもPS5もSwitchも、この教科で得られる知識なしには生まれないのである。
ならばこの基礎になっている分野もまた、面白いに決まっているのだ。
つまり「情報」を通して勉強の魅力を伝えることこそ、最大のミッションだと言いたいのである。
そうすれば、卒業後に触れる仕事も同じく面白いことに気付けるはずだ。
これこそ、真の働き方改革と言えよう。

 

 

 

「情報」が今年度から必修化されたことにより、大学入試共通テストでも2025年から必修になる。
これにより、英語や数学のような花形と並び立つことになる。
 
しかし、そうなっても今年度の「情報関係基礎」で示した遊び心は忘れないで欲しい。
この問題はつまらないはずの入試の中で、勉強が持つ楽しさを全面に出していた。
これを必修科目の中でも出すことができれば、受験生に対して面白さというオアシスを与えてくれるはずだ。
 
そしてこの流れが続けば、仕事に対するイメージも変わっていく。
なぜなら、仕事も学びの連続だからだ。
ならば、同じく面白くできるだろう。
これこそが働く最大の原動力なのである。
 
回文大好き「ケイコさん」は、誰よりも楽しく学ぶ人を示した。
そして彼女はすべての文を愛する回文に分割した。
ならば私たちの人生も同じように、愛せるものに分けられる道があるはずだ。
これを探すことこそ、人生を最大限に面白くする手法である。
 
私も自分にとっての「回文」を発見できるよう働いていきたい。
これを得た先に、何十年も楽しみ続けられる未来があるはずだから。

 

 

 

・問題の答え
(ア) 1、(イ) 2、(ウ) 4、(エ) 1
 
・解説
(ア) 「えのとらとらえ」のみ回文ではない。
 
(イ) 「とらのこのこのこ」の連結する回文の数が最も少なくなる場合は以下となる。
・「と・ら・のこの・このこ」の4つの回文の連結。
・「と・ら・のこのこの・こ」の4つの回文の連結。
よって8 ÷ 4 = 2が答え。
 
(ウ) 文字の長さがn、連結する回文の数が1になるので、
n ÷ 1 = nが答え。
 
(エ) 文字の長さがn、連結する回文の数がnになるので、
n ÷ n = 1が答え。
 
※nのような文字が出たときは「9」のように具体的な数字を入れて考えるとわかりやすい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
村人F(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

名乗る名前などございません。村人のF番目で十分でございます。
秋田出身だが、茨城、立川と数年ごとに居住地が変わり、現在は名古屋在住。
読売巨人軍とSound Horizonをこよなく愛する。
IT企業に勤務。応用情報技術者試験、合格。
2022年1月から、天狼院書店ライターズ倶楽部所属。

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2022-03-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.164

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