週刊READING LIFE vol.164

苦手を「つまらない」と決めつけて逃げるのは終わりにしたい《週刊READING LIFE Vol.164 「面白い」と「つまらない」の差はどこにある?》


2022/04/04/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
山のように積み上げられた束を母が手早く縛っていく。
 
必死に戦ってボロボロになった中学受験。1年しか通わなかったけど、友達や先生に恵まれた小学校。
 
その思い出の数だけ、参考書や教科書、ノート、書類、全てを部屋からリビングに出した。
 
終わった……。
 
後ろには戻れないから、新しい私に、なる!
行きたかった学校ではないけれど、中学校に入ったら新しい生活が始まる。
 
そして私は、目指すのだ。
 
マッドサイエンティストを……!
 
 
 
 
なぜマッドサイエンティストかと問われたら、理由はよく覚えてない。
多分、伝記を読むのが好きだったから、キュリー夫人とかエジソンとかそんな人たちみたいになりたいな、とか、そんな単純な理由だったんじゃないだろうか。
 
分からないけど、とにかくただの科学者じゃないのだ、クレイジーな化学者になるのだ!
まあ、音感だけで、そう思っていただけなんだろうけど。
 
中学校の受験が終わったから、とにかく自由に好きなことをしたかった。お小遣い貯めて、ビーカー、フラスコ、試験管、アルコールランプにリトマス試験紙買って、薬品は、薬局に行ったら買えるかな……。
 
中1目前の女子ならば、そろそろ、ファッション雑誌にも手を伸ばして、背伸びもするような時期に差し掛かろうと言うのに、私は間違いなく変わり者だった。
 
小学校の頃から、理科の実験が大好きで、理科室のちょっと独特な薬品臭が大好き。学校の集団接種でみんなが怖い、痛いと泣いている横で、注射の薬剤が腕に吸い込まれていくことにワクワクして、その一部始終をうっとりと眺めては、看護婦さんに、「怖くないの?」と笑われたこともある。
 
中学受験の理科の教科で、沢山の試薬や化学反応や実験の知識を暗記しながら、これをいつか自分の部屋の棚に並べていきたい……と妄想しているだけで勉強が頑張れた。
 
残念ながら、家の部屋を実験室に改造することは許してもらえなかったけれど、学校には物理化学部という部活があって、迷わずそこに入部してしまった。
 
蓋を開くと、ごく普通ののんびりした文化系学部だった。スライムを作ってぷにぷにとつついたり、カルメ焼きを作っておやつ代わりに食べたりと、5年間を費やした割には、記憶に残っているような目覚ましい研究などは一切ない。
 
そんな理系女子一直線と思われた私が、理科系科目をつまらないと、敬遠するようになったのはいつくらいからだろうか。
 
薬品が大好きだったから、化学系に進みたいな、とか、薬剤師も面白そうだなとかそんなことは漠然と考えていた。理科は確かに、高校生の初めくらいまでは成績も良かったハズだ。
 
でも、高校に進学して、数学でつまづいた。そこら辺からにわかに理系に進むことに不安が出てきた。理科は化学に進化して、だんだん複雑になり、元素記号はなんとなく覚えたけど、原子に手があって、それが別の原子の手とくっつきだして色んな形になりだしたあたりから、私の頭の中で記号がグルグルと踊り狂って、ついに化学への興味が崩壊した。閉店サヨナラとばかりにシャッターが下りる音がしたのは高1の終わりぐらいだった。
 
全ての勉強が色あせてつまらない。正解だけをたたき出し、偏差値だけが正義の勉強。
 
結局、得意分野をかき集めて、間違いなく文系科目の方がマシだった私は、マッドサイエンティストにも薬剤師にも別れを告げた。面白さ、ワクワクすることよりも、無難に進学できる道を選ぶことしか、できなかった。

 

 

 

もうこんな図にお目にかかることなんて一生ないと思ってたわ……。
 
頭の中で、コビトがチーン、と鐘を打っているような感じ。今日もまた、ちんぷんかんぷんの闇に飲まれそうになる。
 
画面の前で、先生が丁寧に、生物の呼吸の代謝で起こるエネルギーの産生について説明してくれている。この説明、1年間に先生から何十回同じことを繰り返してもらっただろう……。
 
私は、1年ほど前から、縁があってとある分野のアドバイザーの資格を取って活動していた。それには、人体の呼吸の代謝や人体内での酵素の働きなど、詳しい解説には、私が高校時代にシャッターを下ろしてきた化学式たちがたんまりと登場する。
 
最初は、苦手意識が前面に出るから、目がチカチカするし、お手上げ状態だった。しかも一緒に学んでいる仲間はリケジョが多くて、そのやり取りときたら日本語にすら聞こえない。
 
劣等感で度々打ちのめそうになるたびに、先生が呆れながらも、優しく私のことを救いあげてくれた。
 
最初に聞いた頃には、1/3くらいは理解が追いつかないから、つまらなくて右から左にスルーしていった。こんなの全然面白くないよ! こんなの分からなくても、アドバイザーとしてはちゃんと話もフォローもできるもんね! そうやって思って、見て見ぬふりをして放っておいた時期もあった。
 
そんな時に、私はちょっとしたバッシングにあった。
 
私が開催しているお話会の内容を聞いたこともない人から、私の話は体調に悪影響が出る可能性があるから気を付けた方がいいという、一方的な誹謗中傷の攻撃を受けた。怒りよりも、自分が理路整然と立ち向かえない自分への腹立たしさの方が先に立った。
 
苦手なことを、つまらないと全て放り出してきたツケが回ってきたんだ。我が子には、「苦手な分野を作らない方が、可能性が広がるよ」なんて言ってるくせに、自分は苦手なことはつまらないと放り出して逃げている情けない私。
 
よし、やっぱり、ちゃんと勉強しよう。1回聞いてシャッターが下りるなら、こじ開けて、10回でも100回でも、聞こう。人に何か聞かれても自信を持ってすぐに答えられる、人が何か不安や恐怖があったときに知識でそれを取り除きたい。それがアドバイザーの役割じゃないか。
 
どうしてもつまらないと思うなら、面白いと思えるまで何百回だって聞けばいい。
 
とにかく私は、知りたい。
 
高校の時とは、違う。定期試験や大学入試が終わったらそこで終わり、ではない。何度聞いてもちゃんと答えてくれる先生と仲間がいるし、勉強しないといけない範囲はそんなには広くない。だったら、とことん、取り組んでやる。
 
そう決めて、諦めずに何度でも話を聞いて勉強しようと決めた。
 
そうやって、同じ部分を何度も何度も目にするようになって、ようやく少しずつだけれど、目が慣れていった。
 
苦手意識や劣等感を振り払いながら勉強するのは、なかなか根気がいる。
 
つまらなくて興味が閉じそうになる……、そんな気持ちの葛藤で揺らぐ姿を、先生が画面越しに見守ってくれているのがわかった。
 
「スミマセン、物覚えが悪くて」
 
そうつぶやいた時に、先生が私に聞いてきた。
 
「あなたにとって、こういうちょっと難しいな、と思うような図が出てくるとどんな風に感じるの?」
 
「えーと、色んな記号と沢山の図がグルングルン回って拒否反応が出る感じですかねえ」
 
先生は、京大の理系の学科で教員をしていたくらいだから、文系で数学も化学もちんぷんかんぷんな私みたいな人間がどう思っているかの方が興味深いのだろう。
 
何度も何度も根気強く同じ部分を教えてくれる先生に申し訳ないし、できない自分をここまでさらけ出すのも恥ずかしい。
 
けれど、逆に、京大で教鞭を取るくらいまで、理系の世界を突っ走ってきた先生にとっては、化学式ってどんな世界が展開しているんだろう? 興味がわいて、「先生にはどう見えるんですか?」と投げかけてみた。苦も無く学ぶことができた人の頭の中をのぞいてみたかった。
 
「普段、自分の中にバラバラに色んな情報が入って来るでしょう? わからないことをインターネットで調べてみたりして、そういう情報もどんどん眺めていると、ある時それが、あれとこれとそれを繋げたらどんな風になるのかなって、思いつくわけ。そうすると、アラ、不思議。なるほど、こういうことだったのか、っていう仮説がつながることがあるんだよね」
 
先生は、とても嬉しそうに含み笑いをしながら語ってくれる。その楽しそうな姿は、虫を追いかけまわしている少年のように若々しく見える。先生は、専門分野だけに固執しないから、教えてくれる知識や考えはいつだって新しくて面白く、腑に落ちる。なんでこんなことが知られてないんだろうと思うくらいきれいにつながっていてわかりやすい。
 
ああああ、覚えるのはちっとも面白いと思えない化学式も知っていたら、頭の中でそんな面白い出会いが起こるんだなあ……! でも、その世界に飛び込むには、沢山の難しい記号が出てくるし、ましてや海外文献だったら英語だし、いや、論文なんて日本語で書かれていても堅苦しくてよくわからないし……。
 
でも、いいなあ、先生の目の前で広がり繋がっていく世界は、ワクワクしていて、楽しいんだろうなあ……!
 
私が、小さい頃にカッコイイって憧れたキュリー夫人もエジソンも、そんなふうに沢山のワクワクに囲まれていたのかもしれないなあ。
 
中学生の時にもしも、本気でマッドサイエンティストの道をひた走って、「苦手なこと」をつまらないことだって決めつけずに乗り越えていけていたら、私も、先生みたいな、知識と知識がつながって新しい仮説とかに、ドキドキワクワクできたかな、そんな面白さに、たどり着けていたのかな。
 
先生に出会えて、私は、新しい学びの扉を開くことができた。
 
今まで自分が逃げてきたことも、繰り返し話を聞くことで少しずつだけど理解できるようになってきたし、理解できればつまらないと思っていたことは、面白いと感じられるようになってきた。先生のように、色んな情報を拾い集めて仮説がつながっていくようなところまでは全然いけないけれど、高校生の時につまづいたことの奥に面白さがあることを知ることができた。
 
「面白い」と「つまらない」の境界線はいつだって自分自身が引く。簡単に、好きなところに、自由に引けるその境界線は、自分の気持ちが負けなければ、いつだって書き換えることができるし、「つまらない」の先に面白いがあることだって、ある。
 
苦手だったからつまらないと決めつけて、その先の面白さにたどり着けていないこともきっと沢山あるはず。
 
まだまだこれからもワクワクと面白いことを発掘していきたいから、苦手を「つまらない」と決めつけて逃げることが減らせるといいな。
 
新しい「おもしろい」の芽は、「つまらない」の下に隠れて、私が見つけてくれるのを待っているかもしれないのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

自称広島市で二番目に忙しい主婦。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、自分らしい経済活動の在り方を模索し続けている。2020年8月より天狼院で文章修行を開始し、エッセイ、フィクションに挑戦中。腹の底から漏れ出す黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写をとことん追求したい。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。

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2022-03-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.164

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