週刊READING LIFE vol.166

卵とお砂糖、小麦が奏でるハーモニー《週刊READING LIFE Vol.166 成功と失敗》


2022/04/25/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あー、美味しい、幸せ」
 
最近、お気に入りの洋菓子店を見つけた。
自宅からは自転車で10分ほどの住宅街にあるお店だ。
素材にこだわり、素材を大切に活かすように作られたそのお店のケーキは、どれもパティシエさんたちが丁寧にモノづくりをしていることが伝わってくる。
食べる者を幸せにするお味だ。
 
私は、甘いものが大好きだ。
食事もお菓子もたくさんはいただけないが、食べたいときに、食べたいスイーツを少し口に出来ると幸せこの上ない。
子どもの頃から、生活の一部にスイーツ、お菓子がずっとあった。
実家の母が、小学生の頃から家でよくお菓子を作ってくれたのだ。
 
母は、私とは正反対の性格でとにかく社交的な人だった。
いつ、どこで、どんなふうに知り合うのか知らないが、わが家にはいつも母の友だちが集まっていた。
時には、リボンや布、パン粘土などでお花を作ったり、籐のカゴを編んだり、組みひもを作ったりもしていた。
それから、お料理作りやお菓子作りも。
母のお友だちから教えてもらったレシピで、これまでに食べたことがないような目新しい手の込んだお料理を作ってもらうと、子どもながらに嬉しかった。
 
中でも、お菓子を作ってくれる日は最高だった。
丸い円形の型で焼くエンゼルケーキやマドレーヌ、ビスケットなど。
小学生の時、学校から帰ってきて、玄関のドアを開けた瞬間、甘い香りが漂ってくると、もうそれだけで嬉しくなった。
例え、その日、学校で嫌な事があったとしても、一瞬にして幸せな気持ちに変えてくれるのだ。
お菓子は、ただ甘くて美味しいだけではなく、人を幸せな気持ちにしてくれるんだということを私は小学生の時から感じていた。
 
やがて、私が中学、高校生となってゆくと、大好きなお菓子を自分でも作るようになっていった。
最初に作ったのは、母が作ってくれていたお菓子のレシピを真似たマドレーヌだったと思う。
素朴な材料だけに、小麦の香り、バターのコク、砂糖の甘さがたまらなく美味しかった。
 
それからは、自分で買ったお菓子の本からも選んで作っていった。
スポンジケーキ、シュークリーム、デコレーションケーキなど、お菓子作りでは難易度が高いものにも挑戦していった。
やってみると、私のお菓子作りはどんどん上達していった。
 
お菓子にも流行りがあるが、当時、デコレーションケーキの周りに、チョコレートをコーティングしてあるモノがあった。
洋菓子店でそんなしゃれたケーキが並んでいるのを見て、スゴク素敵に思えて、お菓子の本を見ながら挑戦したことがあった。
いつものようにスポンジケーキを焼いて、冷めてからスポンジケーキを半分に切って、生クリームを塗り、季節のフルーツをはさんで。
全体にも生クリームを塗ってから、さらにチョコレートをケーキの周囲にアクセントとして着けてゆくのだ。
ちょっと技ありな、チョコレートのコーティングは、セロファンに溶かしたチョコレートを細長くなるように塗ってゆき、チョコレートが固まらないうちに、デコレーションケーキの周囲に貼り付ける。
時間が経ってからセロファンをはがすと、真っ白だったデコレーションケーキの周囲に、チョコレートのコーティングが完成する。
まるで、お菓子屋さんのケーキのような仕上がりに、当時とても感動したことを今でも覚えている。
私自身、密かにお菓子作りの才能があるんじゃないかって、自画自賛したりもしていた。
 
お菓子作りの鉄則は、正しい計量だ。
例えば、お砂糖の量を間違えると、スポンジケーキの膨らみにも影響する。
お料理では目分量でも美味しく作れても、お菓子作りは別物だ。
生クリームの泡立ても、七分立てなのか、ツノが立つまでしっかり泡立てるのか、それぞれの指示に従うことが大事だ。
その用途によって、生クリームの状態も変わって来る。
元々、几帳面な性格だった私には、そんなお菓子作りがとても向いていた。
 
ところが、ある時、デコレーションケーキを作ろうと思ってスポンジケーキを焼いていたのだが、焼きあがってオーブンから取り出してみると、いつものように膨らんでいなかった。
 
ちなみに、スポンジケーキは、膨らみが命。
しぼんでしまうと、見た目もそうだが硬い触感となり、あのフワフワしたケーキの優しい口当たりには程遠くなってしまう。
計量はいつも通りだし、材料はいつも使っているモノばかりだったのに。
そうなると原因は泡立てではないかと思ったのだ。
当時、家庭でも電動泡立て器を使うようになっていて、それを使って泡立てたのだった。
これまでとの違いは、そこにしか見出せなかった私は、もう一度一からスポンジケーキを焼くことにした。
同じようにきっちりと計量して、全卵の泡立ては手でやることにした。
この泡立てという作業は、とても力が必要だった。
それに、泡立てるには相当な時間がかかった。
スポンジケーキを焼く工程の中で、これに一番神経と時間をかけていたと思う。
 
やっとのことで、しっかりと泡立った全卵に砂糖を加え、小麦粉を混ぜ込み、祈るような思いで2回目のスポンジケーキをオーブンに入れた。
甘い香りが立ってきて、期待が高まっていったのだが、焼きあがったスポンジケーキを出してみると、2回目も上手く膨らんでいなかったのだ。
その時、すでに夜の12時を回っていた。
私は一生懸命やったのに、思ったような結果が得られずとてもがっかりしたのを覚えている。
 
こんなに一生懸命にやったのに、また失敗だ……。
一度目は、泡立て器で泡立てたから、泡の質が違ったのかと当時、学生だった私なりに仮説を立て、すぐにやり直したのだ。
二度目は、自分の手を使って、これまでのように泡立てをしたのに、結果は残念なものとなってしまった。
 
そういえば、このスポンジケーキ事件があって以来、私はお菓子作りから遠のいていったように思う。
あんなに楽しかったのに。
あんなに得意だと思っていたのに。
母を真似て作り始めたお菓子作り、自分でもあれこれレシピを試して、楽しかった。
難しいと言われるスポンジケーキを作っていた時、いつも上手くできたのに、あの一度だけ、これまでのように膨らまなかったことがとてもショックだったのだ。
 
「失敗した」
 
趣味の範囲であった私のお菓子作り。
何を作っても、いくら作っても、誰からも文句も言われず、自由に作らせてもらっていた。
材料だって質の良いモノをふんだんに、スポンジケーキ2台分も使わせてもらったのに。
家庭でお菓子を作ってみるとよくわかるが、お菓子作りの材料は、そこそこお金がかかる。
卵を数個使うし、グラニュー糖に小麦粉も要る。
クッキーを作るときには、大量にバターも必要になってくる。
そんな材料を揃えて作ったのに、思い通りの出来にならなかったことは、めちゃくちゃショックだった。
あんなにも夢中になっていたお菓子作りだったけれど、私は一度の失敗で気持ちが萎えていってしまったのだ。
 
今思うと、お菓子作りのプロでもない私が、日々、自分と家族や友人を喜ばせるために作っていたお菓子だったのに、いつしか最高の結果を求めていたのだ。
家庭でのお菓子作りは、一から材料を揃え、手間がかかる行程を経て、完成したときのあの甘い香り、周りの人を幸せにすることが醍醐味だったはずなのに。
いつしか、完璧な結果だけを求めて、そうでないとすべて失敗だと決めつけてしまっていた。
お菓子屋さんやプロのパティシエならば、毎回、その作品のクオリティが追及されるだろう。
でも、素人のお菓子作りなのだから、少々カタチがいびつでも、少々スポンジケーキの膨らみが悪くても、一生懸命作ってもらったことや、贅沢な材料で作った美味しさを味わうことが出来たらいいのだと、今ならばそう思う。
 
そこには多分、何かをやるときには、成功しなければいけないと、心のどこかで思い込んでしまっていたのかもしれない。
きっと、勉強や運動でも、成績や成果を求められる時代の真っただ中にいたからかもしれない。
完璧に出来ないと、知らず自分で自分を責めてしまい、楽しかったはずのお菓子作りだったのに、やめてしまったように思う。
 
趣味のお菓子作りには、失敗なんてなかったのかもしれない。
お菓子作りを仕事としているものならば、完璧を求めるのもわかる。
でも、あの学生時代に趣味だった私のお菓子作り。
その出来栄えが、少々不出来であったとしても、その作る行程がまず楽しかったのだ。
上質な材料をふんだんに使う贅沢さ。
何よりもあの、卵と砂糖とバター、小麦粉が奏でる甘い香りの幸せなハーモニー。
それを味わうことがどんなことよりも、一番の醍醐味だったのだ。
 
今ならばあの時の2個のスポンジケーキ作りに対して、私はこう思うな。
 
膨らみは確かに残念だったかもしれない。
いつもならば、もっと上手に膨らんでいたのかもしれない。
でも、あの時も丁寧に材料を計量し、レシピに従って正しく作っていたよね。
その結果、思うようなモノに仕上がらなくても、その工程を楽しんだよね。
そして、スポンジケーキが焼けた甘い香りに幸せを感じ、それらすべてを味わえたよね。
そうだとしたら、私のあの日のお菓子作りは失敗ではなかったんじゃないかな。
 
趣味のお菓子作りに、成功、失敗なんてきっとなかったんだよね。
ただ、一生懸命に作ったのに、残念だと思っただけだったんだよね。
 
そんなふうに、30年以上も前の私のお菓子作りの体験を、今、お気に入りの洋菓子店の美味しいケーキを口にするとき、ふと思い出すことがある。
お菓子作りを楽しみ、一生懸命やっていたあの時の私が蘇る。
そんな自分を今では労い、健気だったと思うこともできる。
 
ああそれにしても、やっぱり卵とお砂糖、小麦が奏でるハーモニーは、いつでもこうやって人を幸せにしてくれるね。
丁寧に焼かれたしっとりとしたスポンジケーキと、程よい甘さの生クリームを口にほおばると、そんな思いが湧いてくる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。

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2022-04-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.166

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