週刊READING LIFE vol.166

犬に似たい飼い主《週刊READING LIFE Vol.166 成功と失敗》


2022/04/25/公開
記事:吉田みのり(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
 
 
犬は、飼い主に似る。
よく言われることだし、犬と暮らす者としては、たしかにな、とも思う。
飼い主が穏やかなら、犬も穏やかなことが多いし、怒りっぽい飼い主なら、犬もすぐに吠えたり落ち着かないことが多い。
犬を飼っている友人たちを観察してみると、たしかに似ているな、と思うことも多々ある。
そして、我が家の愛犬も、飼い主の私によく似てしまったのではないかと思う。
それも良くない部分ばかり、似てしまったのではないかと……。
 
愛犬は、迎えるまでの経緯はいろいろとあり、劣悪な環境で過ごしていたようだったが、しかし生まれて数か月で我が家へ迎えた。だから、そこから飼い主次第で、しつけ次第で、それまでの経緯は挽回できたはずだった。
しかし、急ごしらえの浅はかな知識しか持ち得なかった私は、ことごとくしつけに失敗し続けることとなってしまった。
 
愛犬は、飼い主以外の人間が苦手で、そして人間以上に他の犬がとにかく苦手で、その恐怖心を振り払うために吠えてしまう。
かなり距離が離れていても、散歩中に犬を見つけたならば、その姿が見えなくなるまで吠え続けてしまう。
このままでは愛犬も苦痛だし、周りにも迷惑をかけてしまうから、頑張って克服させようとした。しつけ教室へ通ってみたり、犬を飼っている友人と一緒に出かけて慣れさせようとしてみたり。
しつけ教室という空間では吠えなくなったし、多少他の犬への免疫もできた。友人の犬とも、仲良くはできないにしても落ち着いて過ごせるようにはなっていった。しかし、このコロナ禍で友人と頻繁に会うことは難しくなり、この作戦は2年前に頓挫したまま、結局私に似て人見知りで、なかなか他の人とも犬とも打ち解けられない性格のままだ。
 
そして、散歩でも、気分屋の私にそっくりな行動を取るようになってしまった。
飼い主の横について、飼い主の歩調に合わせて歩くこと。リードを引っぱって好き勝手な方向へ行かないこと。それが飼い主と犬の両方の安全を確保できる、周りにも迷惑をかけない、基本の散歩スタイルだ。
しつけ教室で教わった通りに、また本やネットでも勉強して、基本の散歩の練習を繰り返してきた。
難しいことではない。犬が好き勝手な方向に行ってしまいリードがぴーんと張ったら止まる。アイコンタクトを取りながら飼い主の歩調に合わせて歩かせる。これを繰り返していけば、犬は好き勝手な方向へ行ってはいけないと学ぶし、興味があるものを見つけてその方向へ行きたいときは、アイコンタクトで意思表示をするようになる、そうやってコミュニケーションを取りながら、安全に散歩ができるようになると。
言われた通りに、散歩のたびに練習した。
練習の成果はあり、基本的には、私の左側について、私の歩調に合わせて歩いてくれる。アイコンタクトだってしっかり取れる。しかし、興味があるものを見つけたり、匂いにつられたりすると、途端に自分の行きたい方向へ走り出し、リードをぐんぐん引っぱって進もうとしてしまう。
これを直そうと頑張ったのだが、私の一貫性がなく、挫折を繰り返してきた。
少しうまくできるようになると、私も油断して犬の好きなように歩かせてしまう瞬間がある。人通りが多かったり、狭い道で、犬が好きに引っ張っても止まれずそのままやり過ごしてしばらく歩いてしまう。そうすると、今までの積み重ねはむなしく、愛犬は「なんだ、好きにしていいのね」と好き勝手な行動を取るようになる。地道な努力を積み重ねてほぼできるようになっても、崩れるのはたった1回の失敗だったりする。
たった1回の失敗で、またスタート時点へ逆戻りだ。
犬が好き勝手に歩いていては、予想外の方向へ行くのを止められず事故に繋がってしまうこともある。実際、事故にはなっていないが、危ないと思った場面は何回かあった。
 
何度もこれは克服しようと頑張って、挫折して、また気まぐれに頑張って、ということを繰り返してきた。だから、私が悪いのだ。毎回徹底的にはやらずに中途半端だから、愛犬だって何が正しくて、何が悪いのかがわからない。
 
1歳になるまでには……。
あ、もうすぐ2歳、2歳は犬で言ったら立派な大人、それまでには……。
あれ、いつのまにか、もうすぐ3歳、3歳までにはしっかり散歩ができるようになりたい。しつけ教室の先生も、2歳くらいまでに頑張った結果が、突然3歳か4歳頃にできるようになることもあると言っていた。
んん4歳? 4歳って言ったらもう大人というか、中年にさしかかる年齢。
5歳……。どうしたらいいのだろう。でも、基本的には落ち着いて散歩ができている。少しは成長していると思う。でも、できないことも多々ある。このまま年を重ねていくのか? このまま年を取っても好き勝手に引っ張ったり、他の犬に吠えたり、それは体力を奪うし、俊敏性を失っていくと、ますます危険が大きくなってしまう……。
 
そして、先日、5歳と数か月が経過した頃。
あまりにも愛犬が好き勝手な行動を繰り返したことで、私は心が折れて、散歩に行くのが嫌になってしまった。
そこで一念発起。いやいや、今までも「今度こそ!」と何度もしつけのやり直しに取り組んでは、失敗してきたのだ。
しかし、本当に、今度こそ。愛犬のためだ。愛犬の安全を守り、楽しく散歩をするためだ。
それに、やり続ければ「失敗」ではない。中途半端だからいつも失敗になってしまうのだ。やり続けて、いつかしっかりできるようになれば、それがたとえ何年もかかったとしても、成功となるはずだ。
犬のしつけは何歳からでもできると、しつけ教室の先生やベテラン飼い主さんたちは口を揃えて言う。
だから、きっと、できる。
強い意志を持って、基本に忠実に。愛犬が引っ張ったら必ず止まる。引っ張ったら進めないのだということを徹底する。そのためには必ず止まることができる広めの道路で、人も車も少ない場所で練習する。
そうして決意して、頑張ってみたところ、最初はもちろんいつも通り「好きにさせてよ!」と引っ張っていたのに、30分もしないうちに、しっかり横について、私の歩調に合わせて歩いてくれるようになった。しかし、やはり引っ張ることもある。でも、その都度私が止まる。そうしたらすぐに愛犬も止まって私の横に戻ってくる。
翌日も、その翌日も、基本に忠実に散歩をした。そして、日を追うごとに、どんどん愛犬は成長していく。
今まで、中途半端でも教えてきたことは、愛犬の中にちゃんと根付いていたのだ。ただ、私が気まぐれにやったりやらなかったりするから、愛犬もそれでいいと思っていたのだ。
やれば、できる、愛犬は。
出来ないのは、私、飼い主だった。
犬は悪くない。悪いのはすべて飼い主。
私が徹底できないことを、愛犬が悟って行動してくれるわけがない。
犬に「例外」はない。
いくら飼い主が「人が多かったから、道が狭かったから、今のは例外だよ」とか「たまには特別ね」なんて言ったところで、それは理解してくれない。
人間だって、「ダイエットは明日から」とか「チョコレートをひとつだけ」とか言いながら例外を作って挫折していくのだ。犬ならなおさら、「この1回だけ」なんて例外は通用しないのは当たり前だ。
 
今も、お散歩修行は続いている。
もちろん、5年もうまくいかなかったことが、すぐにできるようになるわけはない。
でも、明らかに、私が真剣に取り組んでいると、愛犬のほうも真剣に散歩をしてくれる。そうやって取り組んで、少しでも愛犬の歩き方が良くなると、自然と笑顔になり、お互いに楽しくなる。頑張れば頑張るほど、プラスのスパイラルとなる。
今は、プラスのスパイラルになっていて、成功に少しずつ近づいているかと思う。
 
そんな私たちに、友人がとてもいい言葉をくれた。
「犬は、吠えるもの。そんなに神経質にならなくていい。散歩も、危ないことや人に迷惑をかけることは極力ない方がいいけれど、興味があるものや匂いにつられてしまうのも、犬の本能だから。
それに、みのりの犬には、他の犬にはない、いいところがいっぱいあるでしょう。芸を覚えるのも得意で早いし、外の世界は少し苦手かもしれないけれど、一緒に家で暮らすためのしつけは問題がないでしょう。インターホンには吠えるけど。いいところをちゃんと認めてあげなさい」
そうだ、自分のダメなところを責めるよりも、いいところを認めて伸ばすほうがいいと、よく本にも書いてある。
長所は必ずある。私にも、愛犬にも。
何歳になっても成長できる。私も、愛犬も。
まだまだ5年分のしつけを取り返すことはできないけれど、失敗では終わらせず、成功する日まで(きっとそれは一生ということなのだろうけれど)、諦めず愛犬と一緒に頑張っていきたい。
 
そうやって、数週間愛犬とともに頑張って思ったこと。
そして、犬と暮らして5年以上もたってから気づいたこと。
犬は、飼い主になんて、似ない。
飼い主ごときには左右されないのだ。もちろん、影響を受ける部分は多いとは思うけれど。
犬は賢くて、飼い主に合せてくれているのだ。だから、似ているように感じてしまうし、そうやって都合良く解釈してしまう。
犬は、飼い主の期待に一生懸命応えようとする。愛情深くて、忠誠心があって、努力家で。
でも、飼い主が手を抜けば、それは犬に伝わり、犬も飼い主の力量に合せて、「これくらいでいいか」と判断して行動しているのだ。
飼い主なんかより、ずっとずっと、うわてなのだ。
だから、私が愛犬に似たい。
愛犬のように賢く、愛情深くて、一途に一生懸命頑張れば、きっと人生が今より、より良いものになるに違いない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
吉田みのり(READING LIFE 編集部 ライターズ倶楽部)

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2022-04-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.166

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