週刊READING LIFE vol.166

ドラァグクイーンになってみた《週刊READING LIFE Vol.166 成功と失敗》


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/04/25/公開
記事:青木文子(天狼院公認ライター)

舞台の袖からステージをのぞく。もう後戻りはできない。あのステージで踊るのだろうか。膝が震えてくるのを、足に力をいれて必死で止める。

場所は名古屋のライブハウス。ドラァグクイーンイベントの舞台。横15mほどの小さなステージをいくつものスポットライトが重なりながら照らしている。

MCの舞台紹介の声が聞こえてくる。

「ドラァグフィメールクイーン4名による舞台です。カリデカチュアちゃんは本日がデビューです!」

私のドラァグクイーンネームは「カリデカチュア」。
そう、今日は私のドラァグクイーンデビューの日なのだ。
舞台袖で足が震えながら立っている私はいつもの私ではない。ピンクのヒョウ柄キャットスーツにコルセット飾り、そしてマゼンダのスパンコールの18cmピンヒール、頭にはピンクのソバージュのウィッグをつけた出で立ちだ。

ドラァグクイーンをご存知だろうか。
ドラァグクイーンとは女性の姿で行うパフォーマンスの一種のことをいう。まとっている衣装の裾を引き摺る(=drag)ことからドラァグクイーンと呼ばれる。男性が女装をすることをそう言う場合もあるし、私のように女性が女性性を強調したパフォーマンスをすることもドラァグクイーンという(女性の場合はフィメールクイーンという言い方もする)。日本で言えばマツコ・デラックスさんがドラァグクイーンでもあるし、様々なタイプの方がおられるので一括りに定義ができないのがドラァグクイーンである。

なぜドラァグクイーンの舞台にでることになったのか?

きっかけは昨年の11月だった。ドラァグクイーン体験をしてみたのだ。ドラァグクイーンメイクをしてもらって、ウィッグをかぶり衣装を身につけて写真を撮るという体験。短時間でまるっとドラァグクイーンになってみる!というものだった。名古屋にライラさんというドラァグクイーンの方がいる。彼が主催するライラカンパニーの企画がドラァグクイーン体験だった。

鏡の中に写った自分は別人であった。もっといえばそれが誰だかわからなかった。なにかわからない胸の奥が動いた。そして、思わず申し込んだのが、ドラァグクイーン養成コースだった。

ドラァグクイーン養成コースは10回のメイクやウォーキング、ダンスのトレーニングの最後にライラカンパニー所属ドラァグクイーンとしてショーデビューするというコースだ。

勢いで申し込んでからよくよく聴いてみれば、私は養成コースの第3期生。第1期生は忙しさもあって養成コースを途中でやめ、第2期生の先輩はおひとり。そして第3期生も受講者は私ひとりだという。

なんだか大変なところに申し込んじゃった、それがその時の印象だった。では、なぜ申し込んだのだろう。何かのため、とかではなかった。ただ心の奥で何かが動いたからだった。そうして今年の2月にドラァグクイーン養成コースがはじまった。

はじまってみれば、面食らうことの連続だった。顔半分を見本メイクしてもらってもう半分を自分でメイク、その次にはもうすべて自分でフルメイクというどんどん先に進んでいく学びのスピード。

そして養成コースも5回ほど進んだところで、デビューの舞台練習が始まった。一人の舞台ではなく先輩ドラァグクイーンと4人での舞台だ。

前々日に事件が起こった。
前々日ピンヒールダンスの練習をしていた時に、当日舞台で履く予定の18cmピンヒールパンプスが壊れたのだ。ヒールダンス用のPleaserというブランドのもの。慌てて本番用のピンヒールパンプスを探そうとネットで探したものの、今からではネット店舗では間に合わない。名古屋や岐阜で店頭取扱を探したけれどもこれもみつからない。もちろん他のブランドでもいいのだが、ピンヒールだったらなんでもいいわけではないのだ。当日の衣装にあっていてヒールが高くて
かつ踊れるヒール。

どうしたものだろうとライラさんに相談すると

「大須のOTTO LAGO (オット・ラーゴ)さんならきれいなピンヒールおいてあるかも」

とLINEをくださった。

前日の練習の前、時間をつくってそのお店を訪ねてみた。
土曜日の大須は人混みでごった返していた。商店街のアーケード、雑居ビル2階にこぢんまりとOTTO LAGOの店があった。

「あの―――」声をかけてみるものの、人気がない。
どこから仕入れてきただろうかと首をかしげるような不思議なデザイン奇抜な色の服。するとそこに長身、短髪(紫)のきっぷの良い店主が現れた。店主はエミ姉さんといった。

私が事情を話すと

「あ---ライラさんのところのね。でもねぇうちのブーツは大きいサイズが多いのよ26cmとか。お姉さんは足何cm。23.5かぁ。それだと大きいかもね」

「衣装って何色?」

聞かれるままに衣装の写真を見せる。

「素敵じゃない! ピンクね?」

う---ん、と沈黙したまま姉さんは考え込んだ。きっと頭の中の店舗在庫を検索しているのだろう。

「あ、ちょっとまった! あれならいいかも!」

店の奥から出してきてくれたのは25cmの全体がピンクスパンコールの
ピンヒールブーツ。通常23.5cmの私の足にはたしかに大きい。

「そこに100円ショップあるから中敷き買ってきて入れたら行けるかもよ?」

さっそく中敷き2枚買ってきて入れてみたら、ぴったりと足にあった。衣装にも色あい的にあうし、ショートブーツなので足首固定されている分最初のピンヒールパンプスより歩きやすい。

本番用のピンヒールパンプスが壊れた時に「失敗した」と思ったが、その失敗はこのピンヒールブーツにつながっていたのだった。

エミ姉さんにお礼を言って前日の練習に入った。
前日にはゲネプロがあった。ゲネプロとは本番と同様に行う最終リハーサルのことをいう。曲からの振り付けのタイミング、立ち位置の最終チェック、そしてそれを動画に撮ってのフィードバック。

ゲネプロからの帰り道、私は車の中で泣いていた。
最後の最後まで思うような動きができなかったのだ。短い言葉でそれを指摘されたが、動けていないことは自分が一番良くわかっていた。短い言葉のみの指摘であるがゆえに余計にそれは心に刺さった。

もともとドラァグクイーンをやろうなんて、ましてそれで舞台で踊ろうなんて無謀だったのだ。他の教科はともかく小学校時代の通知表の体育は「2」であった。悔しかった。情けなかった。どうしてできないのだろう。

帰り道の高速道路。前の車のテールランプをみながら考えた。できないことだらけだ。できないのは自分が挑戦したからだった。もし、挑戦しなければこんな気持を感じなくて済んだのだ。では、挑戦しないほうが良かったかといえばそうではないのだ。

私は成功したかったのだろうか? 私は失敗したかったのだろうか?
私は挑戦してみたかったのだ。心が震えることに対して。

ドラァグクイーン養成コースを受講することを迷っていた時に、何人もの人に止められた。

「それ、なんのためにやるの?」
「別に仕事につながらないよね?」
「イメージ落とすんじゃないの?」

確かにプラスマイナス、損得で考えたらやめておくという選択肢になるだろう。それに対して、私の背中を押してくれる何人かの人がいた。その中のひとりが私に言った。

「何かをやりたいってね、思ったらやればいいのよ。それをやらないとね、いつまでも、あの時あれをやっていればなって後悔が残るから」

そもそも成功とはなんだろうか? 失敗とはなんだろうか? もし失敗があるとすれば、「あのときあれをやりたかった」と後悔することだろうと思った。

当日の舞台。イントロの音楽が始まった。先輩ドラァグフィメールクイーンが軽やかに舞台に踊り出る。そのあとに続いて私も舞台へ一歩出る。その途端、舞台のスポットライトに目が射抜かれた。薄暗い袖から出た舞台は明るくて、まばゆい光に客席も何もみえない。

スポットライトの中、腰を振りながらウィーキングする。客席に背中を向けてリズムを取りながら、歌が始まると同時にターンして振り返る。

練習で言われた言葉が頭に蘇る。

「最初の振り返るところで舞台を一瞬でつかむの。この舞台はあなたのデビューの舞台なの。デビューは一生に一度しかないの。上手いかどうかではなくて最後はパッションなの」

ライラさんが舞台に選んだ曲はドラァグクイーングループThe AAA Girlsの「Pride or Die」だった。

直訳すれば「誇りか死か」。
意訳すれば「誇りを捨てるなんて死んだも同然よ」とでもいえばいいだろうか。

この曲は、ドラァグクイーンの歴史的な事件「ストーンウォール事件」を題材にしたものだ。1969年。ゲイバーの「ストーンウォール・イン」で店に踏み込んできた警官が店員を逮捕したことに、その場にいた人たちが警察官に抵抗したという事件だ。

この曲の終盤にソロの長台詞がある。
ストーンウォール事件を語り、それによってLGBTQ運動が生まれたことを語り、人々に一緒に立ち上がろうと語りかけるセリフだ。

私がそのセリフを言うことになっていた。
無我夢中で踊ってきて、ラストソロのセリフへの間奏。舞台の中央に進み出た私の目に客席がくっきりと見えた。そして観てくれているひとりひとりの顔が見えた。

そして私は語りかけたのだ。

1969年6月28日の早朝、マンハッタンのゲイバーストーンウォール・インが警察に襲撃されましたこと。人々が抵抗してレンガが投げられ、血が流され、そして運動が生まれたこと。さあ、みんなそれぞれにみてそして立ち上がろうと。

気がつけば舞台は終わっていた。時間にすればものの数分だった。出来がどうだとか、それはもうどうでも良かった。

大人になればなるほど、人は自分の想定内の世界にとどまろうとする。想定内の世界とは、自分が理解できる世界、自分なりに動ける世界だろう。想定外の世界はわからないことだらけだ。想定外の世界にあるのは、できないこと、やったことのないこと、失敗すること。

そんなことを思いながらめくった今日の日めくり。
そこにイギリスのかつての首相、ウィンストン・チャーチルの言葉が書いてあった。

「成功とは、情熱を失わずに失敗から失敗へと突き進むことである」

人生とは舞台に立つようなものかもしれない。そこには成功も失敗もない。ただ、それをやりきることだけ。その時の自分の全力で向かい合うだけ。だとしたら一番の失敗は、なにかにトライしないまま人生を終えてしまうことなのかもしれない。

□ライターズプロフィール
青木文子(あおきあやこ)

愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティングゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23rd season、28th season及び30th season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。

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2022-04-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.166

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