日本人の脳にインストールされた呪文《週刊READING LIFE Vol.181 オノマトペ》
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2022/08/15/公開
記事:北見綾乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
私は幼い頃からずっと、ぼーっとして過ごすのが好きだった。動作ものんびり、ぐうたら生きてきた自覚がある。ナマケモノのように、じーっとし過ぎて体のどこかに苔が生えていたとしても、不本意ながら周囲の人たちに「アイツなら」と納得されるだろう。
先日弟に久しぶりに会ったところ
「お姉ちゃん、昔『自分で料理を作らなきゃいけないくらいなら、餓死する』って言っていて衝撃だった」
などと暴露されて我ながら唖然とした。
その場では子供たちもいた手前、記憶にないと言い張ったが、内心はこう思っていた。確かに昔の私なら言いかねない……。
そんな私だが、好きで面倒くさがりに生きているわけではない。
実はテキパキとあらゆることをそつなくこなす人、そういう人にものすごく強い憧れを持っていたのだ。特に小学校、中学校と学年が上がるにつれ、自分はこのままではいけない、という強迫観念も強くなっていた。
高校生の頃だろうか。何かおっくうなこと、特に家事などの作業を行う前に自分を奮起させる呪文を編み出した。これがなんとも効果てきめんで、我ながらすばらしい成果に驚くことになる。どんな呪文かというと単純明快。
「テキパキ、シャキシャキ」
そう唱えるだけである。小声でこの呪文をリズミカルに繰り返し唱え、それに合わせて行動を始めると、こんな私でも不思議と自然に素早く動作ができるのだ。突然憧れのテキパキ人間に変身できたように感じられた。
毎日受け持っていた皿洗いの前。「うわぁ、イヤだなぁ」と思っても、この言葉を唱え始めれば、「よし、チャチャッと終わらせてテレビ見よ!」となったし、親戚での集まりで準備の手伝いをする際にも、フットワーク軽く、いつもより多くのアンテナが立ち、少しは気の利いた人間になれた気がした。実際にそうなれたのかどうかは、正直周りの声を聞いていないので分からないが、自己満足による成功体験も成長の大切な一助になる。
大人になった今では、「面倒くさい」の気持ちをお酒で紛らわせる反則技も覚えたこともあり(キッチンドランカー一直線)、あまりこの呪文を使うことはない。が、改めて試してみたところ、今でもしっかり効果は感じられる。
また、他にも気持ちを切り替える言葉を持っている。
例えば寝る前に、グダグダとあれはどうしよう、これは困ったなと脳内会議が始まってしまうときがある。議論が白熱してくると、頭が冴えてきてしまい、心臓もドキドキしてなんだか眠れなくなる。そんな自分の状態に気づいたときは、すぐスイッチをオフするイメージを持ちながらこういうのだ。
「パチン!」
今日のお悩み会議は終わり、の意味である。残念ながら百発百中ではないのだが、たいていの場合はこれで頭の暴走がしずまり、静かに眠りに入っていけることが多い。
これも一種の呪文といえるだろう。
こんな私のヒミツの呪文をあれこれ思い返してみると、よく効くものには一つの共通点に気づいた。
すべて、オノマトペ、なのだ。
もし、「テキパキ、シャキシャキ」を「手早く、素早く」と、「パチン」を「スイッチオフ」や「おしまい」と置き換えてみる。何も言わないよりは効果はあるかもしれないが、オノマトペの持つ言葉のパワーには負ける気がする。
もしかするとオノマトペは呪文として、一般の単語よりより強いパワーを秘めている言葉なのかもしれない。
オノマトペ。擬音語ともいうが、日本語は世界にあるさまざまな言語の中でもオノマトペが発達している言語のひとつだ。「日本語オノマトペ辞典」(小野正弘編 2007年 小学館)には、約4500語のオノマトペが収録されているが、実際にはもっと多くの語が存在しているだろう。
病院の診察現場で症状を説明する大事な場面でも、ご存知の通りオノマトペが多く使われている。
頭がガンガンする。胃がムカムカする。シクシクいたむ。ヒリヒリする。
これらの症状を生まれて初めて味わったときも、これが“ズキズキ”だ、これが“チクチク”だ、ということは何となく理解できた。あなたもそうではないだろうか。細かく説明しなくても、たった2、3文字の音の組み合わせで日本人のほとんどが同じイメージを共有できているというのは不思議だ。それと同時にすごいことだと思う。
なぜだろう。
オノマトペから感じるイメージにはある程度法則があるのだ。特に口の中での音の発声方法に大きく関わっているといわれている。それが体感的な理解のしやすさにつながっているのではないだろうか。
例えば子音としてpがつく音(パ・ピ・プ・ペ・ポ)は唇を合わせ、空気の流れを止め、唇を張った状態から一気に空気を出しながら発声する。そこから、風船が割れるときのような張りつめた表面のイメージにつながっている。また、出した後に空気がワッと広がる感覚から、においや光が広く広がるイメージもある。
sがつく音(サ・シ・ス・セ・ソ)は口内の空間を狭くして、空気を擦るような発声をすることから「摩擦音」と呼ばれる。そこから、滑るイメージやそこから速い運動を連想させるようになっている。
また、これらに濁音がついた音(pならb、sならz)は元の音と同じイメージを継承しながら、さらに強い、重いという印象がある。濁音は口の中で空気の流れを阻害することによって生成される「阻害音」と言われるもの。音の生成時に非濁音より強い力が必要ということが「強い」、「重い」というイメージを加えるのに無関係ではないだろう。
このように日本語のオノマトペは発声しているときに口の中で得る感覚と意味が結びついているのだ。そういう側面からもオノマトペを発声したときの「しっくりくる感覚」が生まれるのではないか。
オノマトペを自己暗示として使うと大きな効果がみられるのは、この感覚と密接に結びついているということが大きく作用しているのではないかと思う。
さらに、日本語のオノマトペの意味の構成は実は上記で説明した以上に複雑だ。「オノマトペの謎」という本の1章「『スクスク』と『クスクス』はどうして意味が違うの?」の中には、もう少し複雑な音と意味のつながりが紹介されている。第一子音で使われる場合と、第二子音で使われる場合とで、表す意味が異なるというのである。
実際にその感覚を言葉で説明していこうとすると非常に難しいが、驚きなのはこれらのことを私たちはすでに共通の認識を感覚的に身に着けているということだ。
そして、日本語を話す我々の脳にはこの素晴らしいオノマトペという呪文の言葉がすでにインストールされている。これをトコトンうまく活用しない手はないのではないか。
身体を動かすという面ではオノマトペはスポーツとの親和性も高いということは、誰もが多かれ少なかれ実感をもって体験しているところだと思う。
私も半年前からスイミングスクールに通い始めたのだが、体の動きをオノマトペにして、リズミカルに唱えれば泳ぎがスムーズになるということを体感した。
バタフライのリズムがうまくつかめなかった私にコーチが「ドーンドン、ドーンドン」というキックのリズムを口頭で教えてくれたが、強弱も含めてそれに合わせて動かすことで、すぐコツをつかむことができた。これが、「ドーンドン」ではなくて、「ピョーンピョン、ピョーンピョン」ではタイミングはつかめてもうまく力が入りそうにない。リズムとともに、どのオノマトペを当てるかというのは大事だ。
身体をうまく動かしたいとき。怒りや緊張などの感情を鎮めたいとき、逆に気持ちを奮い立たせたいとき。こんなときにはぜひ、オノマトペの呪文を試してみてほしい。いろいろ試して自分にしっくりくるものを使うのがおすすめである。
行動を起こす起爆剤になるオノマトペの呪文。もしかすると、あなたの人生を変えるかもしれない。
参考:「オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで」 窪薗晴夫編(岩波化学ライブラリー)
□ライターズプロフィール
北見綾乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京都在住。外資系企業のプレイングマネージャーとして心と体を消耗しながら働く傍ら、2022年2月から天狼院での文章修行を始める。
心がじんわり温かくなり、“ちょっと一歩踏み出してみようかな”……そんなきっかけになってもらえるような文章を目指す。ランニングが趣味。
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