週刊READING LIFE vol.192

いつも心に、オダ・ユージ《週刊READING LIFE Vol.192 大人って、楽しい!》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/07/公開
記事:石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
大人って、楽しいんだろうか。小さい頃、ふと疑問に思ったことがある。
一番身近にいる大人である両親を見てみても、普段はほとんど仕事場と家との往復のみで、これといって何かを楽しみに生きているという感じがしない。
小学生だった僕にとって、毎日の学校生活がとても楽しくワクワク感に溢れたものであったがゆえに、両親が毎日仕事を終え、疲れて帰宅し、テレビの前でバラエティをみながらだらけている姿を見ていると、不安になってしまったのだ。
自分もいつか大人になると、こういうふうに日々に疲れ、楽しくなくなってしまうのではないか、と。
 
しかし、そんな僕の前に、ヒーローが現れた。
俳優の織田裕二さん、つまりオダ・ユージである。
レインボーブリッジが封鎖できない、あの、織田裕二さんである。
 
ちょうどテレビに夢中になっていた小学校低学年の頃、初めて熱中したドラマが『踊る大捜査線』だった。織田さん演じる青島刑事が事件解決に奮闘する刑事ドラマの大人気シリーズで、映画化・スピンオフ作品など、当時は社会現象にまでなったヒットドラマだった。
刑事ドラマ特有のスリリングな物語の展開や、当時としては珍しかったのか、警察の内部事情にまで切り込んだ作風が評価されている作品だが、小学生の僕にとってはそんなことはどうでもよかった。僕の目にキラキラと輝いて見えたのは、織田さん演じる青島刑事が、些細なことでも表情豊かに、子供のように笑ったり泣いたりする姿だった。
 
あまりにもいつも見ている“大人”と印象が違うので、まだ漢字もろくに読めなかった僕は、母親にこの「子供みたいな大人」は誰なのかと尋ねた。多くの女性ファンと同じく、彼のあどけない笑顔の虜になってしまったのである。なるほどオダ・ユージさんというのか。僕は、当時覚えたカタカナの響きで彼の名を覚えた。
それ以来、僕の目標は「子供みたいな大人になる」になった。今考えると、実に単純である。
 
 
大人になる、とは、どういうことだろう。
お金を稼ぐこと、仕事をすること、税金を納めること、その答えは人それぞれで千差万別だ。人によっては「恋をすること」と、ロマンティックな回答が得られるかもしれない。
当時、僕の周辺はつまらなそうに生きている大人が多かった。
(これに関してはかなり偏見があると思うが、小学生当時の感覚なのでご容赦いただきたい)
毎日、満員電車に揺られて職場に行き、夜まで仕事をして、家に帰る。毎日がその繰り返しで、日々のワクワクや胸躍る出来事など無い、そういう存在が僕にとっての“大人”であった。そんな大人にはなりたくない。
『踊る大捜査線』の青島刑事、つまりオダ・ユージさんのように、表情豊かに日々を生きていた。毎日が楽しく明日が待ち遠しい、そんな大人になりたい、いやなってみせると小学生時代のヤンチャな僕は心に誓っていたのである。
 
 
しかし、現実を見てみると、どうだろうか。
現在、僕は舞台を中心に俳優として活動している。確かに、普通の方から見れば「やりたいことがやれていいわねぇ」と思われそうだが、実際そんなに楽しいことばかりではない。
星の数ほどいる売れてない俳優の一人である僕は、もちろん俳優としての収入だけでは生活できないので、ライスワークとして他に収入源を持っているのが現状だ。収入割合としては、当然ライスワークの方が大半を閉めているので、金銭的な意味で考えると、僕の仕事は俳優とは言えないだろう。舞台演劇の俳優のギャラというのは、規模の小さな舞台公演
ではスズメの涙ほどのものである。
なので日々のスケジュールとしては、ライスワークに勤しみながら、余暇で俳優活動をしているような形になる。普段はそれでも演劇がやりたいので、自分を納得させて仕事に稽古に邁進しているが、舞台の本番が近づいてくると、ライスワークに出勤するのが億劫でしょうがない。演劇だけ出来ていれば、どんなに楽しいだろうと、今でもよく考える。
楽しいことだけできていれば、僕もあの頃憧れたオダ・ユージのようになれたかもしれないのに、と思うのである。
 
だが、ふと立ち止まって考えてみる。
楽しいことだけしている人って、本当に存在しているのだろうか。
 
「好きを仕事に」を合言葉に、近年、子供に大人気の職業はユーチューバーだが、彼らだって楽しそうに見えて、それ相応の苦労をしているはずだ。
動画をアップするには、まず企画の内容を考え、準備をし、撮影、編集しなければならない。全てを一人でやっている人もいるだろうが、専門のスタッフを雇っている人もいると聞く。そうであればそのスタッフには給料を払っているはずだ。チャンネル登録者数が増え、再生回数が回って収益化へ至ればいいが、全チャンネルの中で収益化にまで到達するものは全体の極々わずからしい。人気が出なければ、動画で収益が入らないというプレッシャーもある。ただ楽しく動画に出演していればいい、という人の方が稀ではないか。
 
例えばこれは、やりたい仕事につけている人にも、同じことが言えるだろう。
教師になりたくて、頑張って教員採用試験に合格したはいいものの、現実と理想とのギャップに苦しんでいる同年代の教員を何人か知っている。
子供が好きで、保育士になったが、激務と低賃金で仕事を辞めてしまった知り合いもいる。
やりたかった仕事=楽しい、となるのは極々稀なことなのかもしれない。
子供と接するということが、やりたかったことだとすれば、おそらくそのほかの膨大な雑務や準備はひどく億劫になるだろう。「子供たちのため」と取り組めればいいが、毎日の仕事に疲れてくればそういうエネルギーも無くなってしまう。そうなると、ただでさえ煩雑な作業が、より億劫になってくる。負のスパイラルだ。
 
しかし、ここで僕は一つ提言したい。
いつも心に、“オダ・ユージ”を持つべきだ、と。
 
彼の魅力は、何にでも前向きなエネルギーに満ちていること、である。めんどくさい仕事を振られても、どうしようもない事態に陥っても、決して諦めず前に踏み出していく。
いつも“陽”の明るいエネルギーに満ちた彼が、心の中にいると思うだけで、自分もそうなれる。いや、正確にはそうなれるような気がしてくる。それでいいのである。思い込みでも、前向きになったもん勝ちである。
しかし忘れてはならないのが、オダ・ユージは落ち込まないわけではない、ということだ。
 
彼だって、ドラマの中で何回も絶体絶命のピンチに遭遇してきた。犯罪者に仲間を傷つけられたり、大切な人が目の前からいなくなってしまったこともあった。その度に彼は涙を流し、悔しさに吠えていた。
そのマイナスな出来事や感情を、無いことにせず、きちんと一度受け止めるということが大切なんじゃないかと思う。仲間が刺され倒れた時も、レイボーブリッジが封鎖できなかった時も、彼はその度“ちゃんと”憤った。怒り、悲しんだ。“陰”の感情もきちんと受け止め、その度に前に踏み出すエネルギーに転換させてきたのである。
 
社会人でいると、楽しいことばかりではない。
仕事の人間関係はめんどくさいこともあるし、日々様々なマイナスなことが起こり、“楽しくいよう”とする自分を邪魔してくる。好きな仕事をしていても、好きな趣味に没頭していても、なかなか「楽しい!」だけでは終わらない。ネガティブなことはいつでも「楽しい!」とい隣合わせである。
しかしそういう時に、心の中に住むオダ・ユージに問いかけるのである。
いや、正確にいうならば、彼と共にとのマイナスな出来事と向き合うのである。
本当に効果があるかどうか、なんて関係がない。思い込むことが大切なのである。そうすれば、おそらく多くの人が大人になって直面している“楽しくない”ことも、きっとその先の“楽しい”につながっていくように、前に一歩踏み出していけるはずだ。全ては考え方次第だ。
 
 
僕の「子供のような大人になる」という小さい頃の夢は、継続中である。
そういう大人が増えれば、それを見た子供は、僕のようにその人に憧れるかもしれない。その“オダ・ユージの連鎖”を生んでいきたいと思いながら、今日もライスワークで封鎖されていないレインボーブリッジを渡るのである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1989年生まれ、横浜生まれ横浜育ち。明治大学文学部演劇学専攻、同大学院修士課程修了。
俳優として活動する傍ら、演出・ワークショップなどを行う。
人間同士のドラマ、心の葛藤などを“書く”ことで表現することに興味を持ち、ライティングを始める。2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。
劇団 綿座代表。天狼院書店「名作演劇ゼミ」講師。

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2022-11-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.192

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