週刊READING LIFE vol.192

ストリップ劇場で手を合わせ、私はただただ涙にくれた《週刊READING LIFE Vol.192 大人って、楽しい!》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/07/公開
記事:前田光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「だったら、ストリップ劇場に連れてってくれない?」
 
友というものは本当にありがたい。
離婚して大きな転機を迎えた人生を恐る恐る再スタートさせたとき、「おされカフェでこぎれいに茶なんか飲んでないで、もっと不良になれ! 居酒屋で飲みつぶれろ! 徹夜でゲームしろ!」というメッセージを古い友人からもらった。
私がSNSに投稿した、当たり障りのないコメントを付けたカフェでの写真を見て、らしくないことやってんじゃねえ! 優雅なふりして茶なんかすすってカッコつけてんじゃねえ! なんもかんも吐き出せ! おまえのやりたいことは何だ? もっと弾けろ! とはがゆく思ったのだろう。
それに対し返信したのが上記だ。
 
前々からストリップ劇場に行ってみたい、ストリップショーを見てみたいと思っていた。きっかけは花房観音さんの著書と彼女のツイッターだ。女が行くところではないと私は思い込んでいたのだが、花房さんは全国のストリップ劇場に足を延ばすという。そうなのか、女が行ってもいいのか。なるほど、こういうのを目からうろこというのだなと思った。
 
その流れで自然と花房さんのエッセイ『ヘイケイ日記 女たちのカウントダウン』に手が伸びた。
この本の中では私と同世代の著者が、これ以上はないほどあけすけに体や性のことを語っていた。きれいごとではないあれやこれやの話がポンポン出てくるので確かに読む人を選ぶ本だとも思うが、もし目をそむけたくなるのなら、どういうものであれ心に疼く何かがそこに描かれているということだ。著者の筆致がまっすぐで本当に小気味よかったので、一気に読み進んだ。
だが、あるところで目が止まった。
それは筆者が「AVの撮影現場」や「女の人が裸になる場所」に出入りするようになったことで、生の女性器を見るようになったこと、そして最初は見ることに罪悪感を持っていたが、見慣れていくうちに「体の一部なんだな」「女性器って、可愛いかも」と思うようになった、というくだりだ。
そうなのだ。なぜ私たちは、自然に持って生まれた自分の体を卑下しながら生きているんだろう。
この疑問自体は前々から持っていた。そしてそれに対する答えとしては、著者がそのあとに書いている「女性器は、本来、崇め祀られるような尊いものだったのだ。何しろ、子どもを産むところなのだから、生命の源だ」と同じ結論に達した人は多いと思う。私もそうだった。だけど花房さんは実際に実物を見てそう語っているところが私と違う。
頭の中でつじつまを合わせた理屈ができあがれば、心が納得するとは限らない。
そして私は理屈ばっかりの頭でっかちなくせに全然実感は伴っていなくて、花房さんは全身で腑に落ちているようだ。だったら花房さんと同じ世界を見てみたい、私も腑に落ちてみたいと思ったのだ。
 
藪から棒にストリップ劇場へのアテンドを頼まれる羽目になった友人は意外にも、
「いいよ。女の人一人だと入りにくいもんね。僕が連れて行ってあげるよ」
と二つ返事で引き受けてくれた。
そして、
「見たら今まで持っていた『ストリップ』のイメージがガラッと変わると思うよ。ただ単に服を脱いで裸を見せる場所じゃないから。コロナ前はよく海外からのお客さんを連れて行ってたんだけどさ、最初は彼らもよこしまな動機で行くんだけど、ショーが終わるとみんな、想像していたのと全然違っていた、本当に素晴らしかったって言うんだよ」
と言った。
何と私は、友人の中でもストリップ劇場に一番一緒に行ってもらうにふさわしい人にお願いしたのかもしれない。
 
浅草で待ち合わせた私たちは開演時間まで浅草寺をブラブラしてから、老舗と言われる浅草のストリップ劇場に向かった。
浅草寺ではおみくじを引いたら大吉が出た。こいつぁ春から、縁起がいいや。
 
劇場の入り口にはたくさんの花が飾られていて、よく見ると「〇〇さん江 祝 ご出演おめでとうございます ファン一同より」などと書かれている。
私が不思議そうな顔をしていたのだろう。友人はこちらを見ると「ここに通ってくるお客さんは、ダンサーの女の子たちを本当に応援する気持ちでいっぱいなんだよね。中に入ったら分かると思うけど、みんなが踊り子さんを育てている気持ちでいるんだよ」と言った。
 
ゆるいカーブを描いた階段の壁には出演する踊り子さんの写真が飾ってあって、それを眺めながらゆっくりと階段を上り切ると右手にチケット売り場があった。
入場料金には、一般、学割・シルバー割、女性割、カップル割というのがあって、友人は「カップル割だと安いからそれで買っちゃうね。あ、ここは僕のおごりで」と言いながら、慣れた様子でチケットを買うと私に半券を二枚とも差し出した。
「はい。今日の記念に取っときなよ」
 
中に入ると、ちょっとスモークでも焚いてあるのかというような、全体的に白っぽい空気が照明の光に浮き上がっていて、おしろいのような何だか分からないけどいい匂いが漂っていた。
 
席にはまだまだ余裕があり、友人は「一番いいところは埋まってるけど、この辺もよく見えるからここに座ろう」と舞台に向かって右側の席に案内してくれた。やっぱり連れてきてもらってよかった。私一人だったら席選びは言わずもがな、あの階段に一歩足を踏み出す勇気すら持てていたかどうかも怪しい。
 
ショーの始まりを告げる音楽が大音量で響き渡ると、かわいらしい踊り子さんが登場し、音楽に合わせて踊りながら肌を露出させていった。
この踊りが、なんと驚くほど素晴らしいのだ。
本当に申し訳ないことだが、私はストリップを単に音楽に合わせて服を脱いでいくだけのものだと思っていた。ところが、彼女たちはみんな「ストリップ」というジャンルのプロダンサーだった。
切れのあるステップや、足元から頭の先まで一本軸が通っているようなターン、指先の微妙なカーブまで美しさを意識した手の動き、そして鍛え上げられた筋肉。毎日みっちりと練習していなければ、こんなふうに踊るなんて絶対にできないはずだ。しかも一曲が結構長い。1ステージ踊り切ったあとはへとへとなんじゃないか。
 
曲の盛り上がりが頂点に達すると、踊り子さんがバッと潔く服を脱ぎ捨てて、一糸まとわぬ姿になった。
そこには、羞恥などなかった。
それどころか、私の勝手な思い込みかもしれないが、「さあどうぞ、みなさん見てください! 見られて恥ずかしいものなど、私は持っていないのです」とでもいうような、自信と矜持があふれているとすら思ったのだ。
私は自分の体を、こんなにも堂々と肯定することはできるだろうか。
確かに私は、彼女たちみたいに若くも美しくもないし、ダンスも踊れないし、余分な肉がたくさんついている。
だけどそれは、恥じるようなことなのか?
それもまた、今まで生きてきた証の一つじゃないのか?
 
そんなことを考えながら見ていると、舞台の上の彼女は足の先を観客の方に向けて横たわり、曲に合わせて片足を高々と開いた。
すると、女性器が完全にあらわになり、周囲から拍手が沸き起こった。
 
考えてみれば、女性器にじっと見入るなんて生まれて初めてのことだ。
自分のだってまともに見たのは、出産時の会陰切開の痕が引きつれている感じがずっと消えなくて、不安になって鏡に映して確認したときくらいだ。それもチラ見だ。
 
だが、自分の女性器を、鍛え上げられた一人のダンサーの体の一部として見せてくれている踊り子さんを見ていると、恥ずかしがることも、卑下することも、目を背けることもないんだなと心から思った。そして、気づくと胸のところで手を合わせていて、目からは涙があふれていた。そして心の中では何度も、ありがとうと唱えていた。陳腐な言い回しだし、文字にするとなんだかパッとしないのだが、本当にそうだったのだからしょうがない。
 
カバンの中からハンカチを取り出しながら、感動して泣いちゃったよ、涙が止まらないと友人に言うと、え、そんなに感動したんだ、だったらホントに来てよかったね、と友人はどこまでも優しいのだった。
 
途中で休憩時間が入り、客席が少し明るくなった。なんとなく周囲に目をやると、同じ列の遠くの方にやはり女性が座っているのが目に入った。目が合ったような気がしたが、お互いマスクをつけているので表情が読めず、すっと目をそらしてしまった。顔がしっかり見えていたら、多分話しかけていたと思う。今の気持ちを同じ女同士で誰かと共有したかったからだ。
 
ずっと見ていたいと思っていたが、ショーはあっという間に終わり、私は顔を上気させたまま劇場をあとにした。友人は、
「ね、イメージが変わったでしょ? ストリップって、みんなが思っているようないかがわしいものじゃないんだよ。あの人たち、本当にプロでしょ。だからお客さんたちも、応援しちゃうんだよね」
と改めて私に言った。
見る前にも同じことを聞いていたはずなのに、今聞くと彼の言いたかったことが本当によく分かる。
だって、私もファンになっていたからだ。
私よりずっと年下の踊り子さんたちだったが、私は彼女たちのなかに命が生まれる源を見たのだと思う。
 
ストリップ劇場に入れるのは18歳以上と決まっている。
もっと早くに見ることができていたら、自分の体を恥じながら生きてくることもなかったかもしれないとも思うが、もしかしたら今のこの年になって見たからこそ、心をあれほど揺さぶられたのかもしれない。
世の中に偶然はなく、あるのは必然だけだとも聞く。
だったら、紆余曲折も間違いも挫折も喜びもある人生そのものが必然で、つまりは全部肯定すればいいのかもしれない。自分の体と一緒に。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
前田光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2022-11-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.192

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