週刊READING LIFE vol.192

大人が持つ“大いなる力”《週刊READING LIFE Vol.192 大人って、楽しい!》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/07/公開
記事:小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

 
 
“大いなる力には大いなる責任が伴う”
これは突如スパイダーパワーと言う超人的な力を手にし、スパイダーマンとして悪と戦う高校生ピーター・パーカーに親代わりである叔父がかけた言葉だ。
 
大人になるってどういうことなのか、子供の頃からずっと考えていた。
堂々と外でお酒を飲める?
好きな服を着て好きなものばかり食べていられる?
大人になれば自分の思うように、好きなことに好きなだけ情熱を傾けられる?
いずれにせよなんて言い生活なんだろうか。
特に感じたのは私が高校生の時だ。
私は某大型玩具量販店でアルバイトをしていた。
そこには玩具だけでなく、ゲームやパズル、お菓子やベビー用品も売られていた。
 
“ずっと子供でいたい”
“大好きな玩具に囲まれて”
“大人になんてなりたくない”
そんなBGMを毎日のように聞きながら働いていた。
それだけ聞いていると
「そうだよな、子供でいたら楽だよな」
と思ってくる自分もいた。
高校での授業を終えて家に帰宅し、着替えて職場に行く。
平日夕方17時からの勤務はまず少年たちからの洗礼を受ける。
少年たちの目的はカードゲーム用のトレーディングカードだった。
ポケモンカード、遊戯王、デュエルマスターズ、マジックザギャザリング、プロ野球カードなど。
その中でそれぞれ派生したシリーズがあり、働いていた当時でも実に60種類のカードが店には揃っていた。
少年たちは限られた“お小遣い”と言う名の軍資金をもとに吟味して購入する。
盗難防止のため基本的にはレジの店員が手に取ったものを販売していたが、中には自分で選ばせてほしいという子もいた。
「もう1パック欲しい!」
「うわー!これまた出たよ!」
「やったー!欲しかったの出た!」
反応は様々だ。
そんな普段は1回に1パックほどしか購入できない少年たちも、クリスマスやお正月などと言った特別な日には普段より多めに購入することが出来る。
「今日は1パックじゃなくて箱で買いたいです!」
と目を輝かせながら嬉しそうに注文する少年たちは微笑ましかった。
夜にやってくるお客様は仕事帰りの大人たちが多かった。
さすが大人だけあって単位が違った。
「30番と31番1箱ずつで」
というように彼らの注文は大体が1パック単位ではなく1箱単位だった。
なんというかっこいい注文の仕方なんだろう。
これが大人買いと言うやつなのか。
高校生ながらにそう思っていた。
トレーディングカードに限ったことではない。
“プラレール”といった電車の玩具がある。
これらも値段の割に細かく作りこまれているのだが、それ以上に作りこまれているのが“Nゲージ”と呼ばれる電車の模型だ。
それもそのはずなのだがとても精巧に作られていて値段もそれ相応の値段だ。
子供が気軽に手を出せるような金額ではない。
“リカちゃん人形”や“バービー”とは違って瞳や髪の毛、衣装などがかなり精巧に作られた“ドール”と呼ばれるものは数万円単位だったし、ティディベアも10万円単位のものもあった。
夜に来る大人たちは平然とこれらのものを購入していく。
そして
「支払いはこれで」
と出てくるクレジットカード。
家庭科の授業の中でクレジットカードはどんなものなのかとか、仕組みとかは学んだけれど、これはまさに魔法のカードではないか。
いや、ますます大人ってかっこよすぎる。
それは大人がもつ“大いなる力”に見えた。
子供でいたいという気持ちもあるし、早く大人になってこんな大人買いをしてみたい。
レジで会計処理をしながら時々思っていた。
 
そんな私も20歳を迎えていわゆる成人になった。
ただあれだけあこがれていた大人になったんだという実感はなかった。
選挙にも参加できるようになるし、堂々とお酒も飲める。
吸いたければタバコだって吸える。
あれだけあこがれた魔法のカード、クレジットカードも作ることが出来るのだ。
だがなぜだろうか。
しっくりこない。
それはまだ学生の身だったからなのか。
まだ親に学費を払ってもらい、学生がゆえに親の承諾など必要な場面もあり、年齢的には成人していても私はまだ“大いなる力”を手にしていなかったのだ。
国家試験に合格して、長年目標にしてきた臨床検査技師の資格を取得し、病院への就職が決まってようやく私は“大いなる力”を手に入れることが出来た。
私も大人の仲間入りだ。
この時はひしひしと感じていた。
 
しかし社会に出て、実際に働き始めるとそこには“大いなる責任”が伴うようになった。
こちらはつい先日まで学生で、教室で教科書とにらめっこしていた身。
社会は容赦ない。
制服を着ていれば新人であろうがベテランであろうが、その施設の職員なのだ。
「私は新人なので何もできません。わかりません」
は通用しない。
それに今までは何か問題が起きると親や学校と言った第3者が守ってくれるということが多かった。
アルバイトをしていた頃も、バイトの身である自分が何かやらかした場合、大きな責任を負うのは会社や社員なのだ。
自分が社員という立場になれば当然、基本的に自分が起こしてしまった問題を片付けるのも責任を負うのも自分自身。
自分の都合で遅刻や欠席でもしようものなら容赦ないし、書類も期日までに提出しなければ受け取りはおろか手続きすらしてもらえない。
好きなことばかりもできない。
嫌なことから逃げてばかりもいられない。
大人って自由だと思っていたけれど、実際は囚人のように鎖に繋がれたようなものだな、と上司や先輩に怒られ涙しながらひしひしと感じていた。
だがそんな暗いことばかりではない。
“報酬”と言う名の喜びがある。
それは給料であったり、自分へのご褒美であったり。
初めての給料をもらった日のことは今でもはっきり覚えている。
上司からは
「ご苦労様」
と給与明細が入った袋を手渡され、いつも怖い先輩からは
「1か月よく頑張ったね。来月も頑張ろう」
と温かい言葉をかけてもらった。
通帳に記帳をするとそれまでに見たこともない金額が一気に振り込まれていた。
仕事を覚えるためにと必死に食らいつき、たくさん怒られ涙して、勉強も改めてやり直した。
そんな自分の1か月の働きに対する目に見えた報酬。
初めての給料を引き出して買うものは、最初から私は決めていた。
 
 
“マロングラッセ”である。
 
“マロングラッセ”は時々祖父が
「お父さんたちには内緒だよ」
とこっそり食べさせてくれた思い出の味。
栗と砂糖の絶妙な甘み。
私はすっかり虜となっていた。
とはいえ、子供の小遣いで気軽に買えるものではない。
初めての給料はこの“マロングラッセ”を箱で買うことを決めていた。
仕事を終えて給料を下ろし、百貨店の大好きなマロングラッセがある店へ直行した。
「いらっしゃいませ。お決まりでしょうか」
「これ下さい」
と一番量が入った箱を注文した。
そして下ろしたての給料で支払った。
なんと清々しいのだろうか。
家に帰ると早速私は自分で社員として働き、手にした給料で購入したマロングラッセを食べた。
変わらない栗と砂糖の絶妙な甘み。
だがそこに自分で得た“報酬”という味が加わり、何とも言えない特別な味だった。
アルバイトをしていた頃夜に来ていた大人買いをしていくかっこいい大人たちも同じ気持ちなんだろう。
大人はきっとこれがあるから楽しいのだと思った。
そんな“大いなる力”を手にした私は完全に驕り高ぶっていたのだと思う。
 
それは働き出して10年が経とうとしていた頃だ。
私は仕事帰りに友人ととある立ち飲み屋に寄ることになった。
そこは期間限定で新潟の地酒が飲めるものだった。
八海山や久保田といった有名なものや、限定の銘酒がずらりとんでいた。
初めての立ち飲み、それになんと飲みやすいお酒なのだ。
その場の雰囲気もあり、今思えば私は完全に羽目を外して飲み過ぎていたのだ。
途中トイレに行きたくなり、用を足した後異変を感じた。
「気持ち悪い」
そこから私はトイレに籠城することになった。
私の異変に気付き、周囲の人々や警備員の人たちが集まってくる。
友人も私があまりに戻らないから心配で見に来た。
私が覚えているのは背中をさすってくれる見知らぬお姉さんと、夫に慌てて連絡を取ってくれる友人。後から聞くと同時に救急車を呼ぶものかとも悩んでいたそうだ。
 
「やっちまった……、でも気持ち悪い」
「飲みすぎちゃったんだね」
「はい、ご迷惑をおかけしてすみません」
「大丈夫よ、お酒の失敗なんていくらでもあるから。学んで気を付けたらいいんだよ」
「はい」
「とは言え、私も忘れてやっちゃうんだけどね」
 
と見知らぬお姉さんと会話していた。
しばらくすると仕事を切り上げ、車で駆け付けた夫が迎えに来た。
気付けば周りにはペットボトルの水やポカリスエットがお供え物のように何本か置かれていた。
その場を壊して迷惑をかけてしまった友人、見知らぬお姉さんたちや夫にとにかく謝っていた。
ちゃんと自分でセーブして、飲み方に気を付けて無茶な飲み方をしなければこんなことにはならなかった。
友人や夫、他人さまにも迷惑をかけることはなかった。
まさに“大いなる責任”である。
 
私は冬スノーボードをしにゲレンデへ行く。
ゲレンデは基本的に滑りやすいように機械で圧雪されている。
だが滑られるようになってくると圧雪されていない自然の非圧雪の雪で滑りたくなる。
ふわふわとしたなんともいえない浮遊感は一度味わえばやみつきになる。
とはいえルールがある。
コース外滑走禁止。
コースの外は当然圧雪機の入れない、非圧雪の箇所だ。
ゲレンデによってはゲレンデがわざと圧雪していないエリアを設けたりしている箇所もある。
その場合はこんな風に書かれている。
 
『ここから先は非圧雪の上級者向けコースです。実力に自信がなければ直ちに引き返してください。なおこのエリアでの事故や怪我に対して当スキー場は一切責任を負いません』
 
そこに入ればもう自己責任なのだ。
とあるスキー場でリフト終了まで滑っていたある日、リフトの係員に男性2人組が詰め寄っていた。
 
「仲間がコース外で滑ると言ってから戻ってきません」
「どうにかしてください」
「なんとかしてください」
 
その日、宿に帰るとそのスキー場で1名行方不明になっているというニュースが流れた。
ただこの晩は吹雪いていることもあり、残念ながら捜索隊は翌日になると報道されていた。
翌日から捜索していたのだろう、捜索ヘリが低い距離で飛び遭難者を探していた。
結局そのコース外で滑走していた人は助からなかったことを後から知った。
 
大人は自由だ。
なんと言っても自分で選択できることが大きい。
だがそれは単に自分勝手なことをしてもいいことではない。
そして自由には必ずリスクが伴い、責任を負う覚悟や高い意識が必要になってくる。
まさに“大いなる力には大いなる責任が伴う”のだ。
それさえ頭に入れておけば、“大いなる力”を手に入れた大人という立場はとても楽しい。
今私が子供に戻りたいかと聞かれると、今がいいと答えるだろう。
楽しいことばかりではないけれど、一度覚えてしまった“大人の喜び”という快楽を私は手放すことが出来そうにないからだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪生まれ大阪育ち。
2022年4月人生を変えるライティングゼミ受講。
2022年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
病院で臨床検査技師として働く傍ら、CBLコーチングスクールでコーチングを学び、コーチとしてクライアントに寄り添う。
7つの習慣セルフコーチング認定コーチ。
スノーボードとB‘zをこよなく愛する一児の母でもある。

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2022-11-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.192

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