週刊READING LIFE vol.193

夜はやさしい《週刊READING LIFE Vol.193 夜の街並み》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/14/公開
記事:冨井聖子(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
 
 
夜の街に、飛び出した。
 
生まれて初めて、飛び出した夜の時間は、幼い私を圧倒するのに十分なパワーを持っていた。
甘さも、苦さも、上澄しか経験してないような自分が、あまりにも馴染めていない、そんな気がした。
「お子様の来る時間じゃないわよ」
と、色気の香りたつ美人に断られるかのごとく、【わたし】という生き物を受け入れてくれない気がした。
 
北海道の片田舎。
バスだって1時間半に1本。
そんなところに住んでいた。
繁華街までは、遠い。
父が飲みに行っても、帰りのタクシー代で、もう一軒いけるほどかかる。
必ず母にお迎えコール。
ため息をつきながらも、背に腹はかえられぬと、迎えにいく母がいた。
そんな場所だからこそ、夜は子どもの時間ではなかった。
遠くで聞こえる生き物の声。
森の奥から聞こえるガサガサとした風の音。
登下校に、リスに会える。
ときどき、クマが出たと言う警報がなり、集団下校になる。
夜のバス停にはカブトムシがいることもある。
夜、母と一緒にコンビニにいくと、道路を自分のもののように歩くキツネに出くわす。
そんな場所なのだ。
だから、夜は人間の時間ではない。
野生動物が生息する時間だった。
だからこそ、初めて飛び出したとき、おめおめと家の中に戻ったのだ。
「わたしは、まだ夜にふさわしくない」
と、自信をなくして、親に守られた家の、自分の布団の中に丸まったのだ。
 
夜の街が、やさしいと思ったのはいつだっただろう。
 
誰かを好きになるときに、理由なんかないように、いつの間にか、包み込んでくれるような闇が愛しくなった。
自分が溶け込む感覚がうれしくて、気づくと虜になっていた。
 
夜の街はやさしい。
 
お日様が上がっている時間に、正論だと叫ばれているものが、すべて野暮に変わるから。
非常識だと言われているものが、すべて受け入れられる。
そんな時間だから。
 
毎朝、ひげを剃り、しっかり髪の毛をセットして、スーツに身を包む。
子供たちとともに、朝食をかこんで、
「行ってきます」と出勤していく。
ごくありふれた【父親】の顔を持つ男性たち。
親としてだけでなく【上司】や【部下】として、社会で働く人たちがいる。
淡々と仕事をし、実績をあげていく。
クレーム電話に誠意で対応し、お小言も聞き流し仕事を遂行する。
嫌だな、という気持ちは、無の仮面の下に隠し、無愛想と無口でやり過ごす。
しかし、ひとたび、夜の世界に繰り出せば、そんな時間は頭の片隅に追いやられるのだ。
お酒の力を少しだけ借りて、本来の自分に戻ろうと足掻く人たちで、あふれていた。
 
「この人って、こんなに明るかったんだ」
と気づくこともある。
指示を飛ばし、バリバリ働く姿からは、その片鱗さえ、日常に出てこない。
 
「この人って、こんなに面白かったんだ」
と思うこともある。
お茶を出しても、ニコリともしないのに。
そんな考え方をもっているのなら、もっと前に出ればいいし、もっと話してみたいと思ったりする。
 
「そんなにも、饒舌にしゃべれるのか」
と驚くこともある。
普段、無愛想と無口がすぎる。
この席にならない限り、知らなかったことでもある。
 
「そんなにも、熱意を持って仕事をしていたのか」
と改めて知ることもある。
あんなに淡々と仕事をしているのに、その情熱を隠すのがお上手ですこと。
 
知らないあなたに会える。
知らなかった一面を見れる。
 
たしかに、良いところばかりではない。
幻滅することもあったけど、どちらもその人で間違いないのだ。
人との距離感を間違って、失敗する人も見てきた。
愛だの恋だの、すったもんだで、セクハラまがいの人もいたりする。
とはいえ、お日様の出ている時間にしてしまうと、セクハラライン、スレスレかアウトだとしても、夜の時間だったら冗談で終われることもある。
 
やっぱり、夜はやさしいのだ。
 
わたしの住んでいたところは、田舎だからこそ、自然な美しさにあふれた場所でもあった。
夜のバイト終わり。
当時付き合ってた人と、車で帰るのが常だった。
バスなんか21:00には終わってしまうから。
同じシフトになると、何も言わずにどちらかが待ち、いつも送ってくれた。
「待ってるね!」
なんて連絡もない。
でも、何かと仕事をしながら待ってるのだ。
その時間がデートでもあり、その時間が大切で、心がふかふかになる。
仕事の反省会をしながら帰ったり、気が向くと深夜のマクドナルドのドライブスルーに行ってみたり。
わたしは飲み物だけ頼んだが、そんな時間からビックマックセットを食べる彼に、唖然としたのを覚えている。
23:00を過ぎても、たくさんの店が開いていて、人が働いていた。
しんと静まった我が家の周りとは違い、いろんな人の多種多様な人生が転がっていた。
「夜は怖くないよ」
と教えてくれたのは、彼かもしれない。
 
あるとき、あまりにも疲れていて、わたしが寝てしまったことがある。
 
「ついたよ」と、やさしく起こされた。
そのとき、目の前に広がった景色は今でも忘れない。
空にはたくさんの星が瞬き、眼下には街のネオンが輝いていた。
空も地上も同じようにキラキラしているのに、車の周りは真っ暗。
鬱蒼とした木々が立ち並ぶ。
外は冷たい風が吹きグロテスクな様相なのに、車内は正反対の空間だった。
「はい」
と、まだあたたかい缶のココアを渡された。
いつ買ったのかすら、わからない。
それだけぐっすり寝てたようだ。
それをゆっくり飲みながら、何かを話すわけでもなく、街のネオンが消えていく様子を2人で見ていた。
ひとつひとつの光のなかに、何人かの【人間】がいて、たくさんの【人生】が詰め込まれている。
たくさんの笑い声や、静かな涙があるのだ。
普段言えないことがこぼれ出たり、強がってるヨロイを脱ぐ時間。
ひとりひとりが、ロボット化した日常から、本来の自分に還っていくのだろう。
彼の寝息を聞きながら、そんなことを思った。
「もう少しだけ、もう少しだけ……」
と、ネオンの消える様を見ていた。
起こすこともなく、そのままにしていた。
空っぽになった缶を握りしめたまま、星を見つめた。
「いつ帰るのだろう……」
と思いつつ、この時間を楽しむことに決めた。
星が、本当に瞬くのだと発見したのも、このときだ。
いつのまにか、帰るのが惜しくなる時間だった。
今でも、この時間は、大切に、思い出の箱にしまっている。
 
夜に染まった男性に、違う一面があるように、社会で戦う女性たちが、少女に戻るのも、夜なのかもしれない。
 
社会に出て働くようになると、どうしても外では戦うようになる。
泣きたいほど悔しいときに、会社で泣くわけにいかない。子どものように泣くのはやっぱり難しいし、グッと堪える場面が多い。
飛び上がりたいほど嬉しいときに、ジャンプをしながら喜ぶわけにもいかない。小さなガッツポーズはしても、周りの目があるから。
「すごいねー! よかったじゃん」
と言われても、ある程度、謙遜して話を終わらせる。
ほっと一息つきたいときに、完全にオフにするわけにもいかない。
そのあとは、気持ちを切り替えて仕事に向かわなきゃいけないのだから。
そんな場面がたくさんある。
 
戦いたいわけじゃないのに、戦わざるを得ない。
 
社会に出て働くだけではなく、母親という職業もそんな一面がある。
思い通りにならない子どもたちに振り回されるのだ。
手を抜いたら死ぬかもしれない不安。
暗いニュースに飲み込まれ、どうしようもない感覚と闘いながら、日々を過ごすこともある。
社会に取り残された孤島のようにもなるし、
SNSを見てしまって
「もっと上手に子育てしてる人がたくさんいる」
と落ち込むこともある。
「本当に、この子はこのままでいいんだろうか」
と悩んだり、考えたり、心配したり。
それでも大丈夫と、おおらかに考えられたらいいけれど、そう思える日と思えない日が波のようにやってくるのだ。
そんな漠然とした不安を聞いてほしいのに、パートナーには分かってもらえないこともある。
そのたびに、しっかりしなきゃって思い直す。
母になったのだから、と、子どもたちに誓う。
そう、しっかりしている自分を、どんどん作り上げていくしかないのだ。
強がって、戦って、子供を守り育てる。
 
でも、本当は泣きたい日もある。
大声で涙が出るほど笑いたい日もある。
次の日のことを、なにも考えることもなく、ぐっすり眠りたい日もある。
子どもの寝相に、邪魔されずに眠りたい日もあるのだ。
私のことを知らない人だからこそ、話せる悩みも抱えてる。
「戦わなくていいよ」
「ここではありのままでいいよ」
そんなこと、誰も言ってくれない。
 
母として、働く女性として、社会で生きているだけで、それはできなかったりもする。
そんなヨロイを全て脱いで、ふっと自分に還る瞬間が、夜なのかもしれない。
 
少しだけお酒の力も借りるかもしれない。
心地の良い音楽に、身をゆだねているだけかもしれない。
誰かがもてなしてくれることに、酔っているのかもしれない。
誰の心配もせず、自分のことだけ考えられる時間に、身を沈めるだけかもしれない。
 
「自分には、こんな一面もあったんだ」
と思い出す時間。
だから夜はやさしいのだ。
 
こんなにも自由に、自分は笑えたんだ。
こんなにも屈託なく、素直に気持ちを言えるんだ。
きちんとしてなくてもいい。
自分らしくいてもいい。
この時間だけは、素直に出せるのだ。
 
男性が、無愛想と無表情と無口の仮面をつけるのならば、女性は、かわいく明るく元気な猫をかぶる。
 
お日様の出てる時間に、愛想笑いでやり過ごし、傷ついた心を、冗談で包み込み、何枚もの猫をかぶる。
悔しい思いを見ないことにして、猫をかぶる。
悲しい思いを見ないことにして、猫をかぶる。
素直に喜びたいのに、周りの目を気にして猫をかぶる。
 
そう戦ってるだけ。それが戦い方なのだ。
 
それが、いつの間にか、その猫が重くなっていく。
枚数が増えるごとに、どんどん重たくなっていく。
自分を守るための猫に、つぶされそうになる。
そして、はっと気づくのだ。
自分を大事にしてないなって。
 
その猫を1枚ずつ1枚ずつ剥がしていって、安心できる大好きな人にだけ、本当の自分を見せることができたなら、その時間はかけがえのないものになるんじゃないかなって思う。
 
日が差す時間は、品行方正な仮面をつける。
純粋無垢な猫をかぶる。
夜になったら、仮面も猫も脱ぎ捨てて、闇に溶け込んで、忘れかけた自分を垣間見るのだ。
 
本当は、人と話すのが好きじゃない。
それだって、夜なら許される。
1人でバーでしっぽりと飲もうじゃないか。
 
本当はかっこいい人が好き。
それだって、許される。
かっこいい人が集まるところに繰り出そう。
 
少しだけ色の混ざった言葉遊びが好き。
バーで隣になった男性と、愛も恋も吹っ飛ばして、色のついた言葉を投げ合う。
会社ではそんなタイプじゃないけれど、実はそんなことも、余裕綽綽でできる一面もあるのだ。
 
いろんな自分がいる。
いろんな面がある。
 
夜の闇に溶け込んで、そんな自分も思い出すだけなのだ。
小説のような「もしかしたら」がたくさん転がってるのだから。
 
スーツを着て、当たり前のように働いている男の人たちが、妖艶な衣装に身を包み、派手なメイクで舞台に立っているかもしれない。
もしかしたらドラッグクイーンのように。
清純派と呼ばれるような癒し系の女子社員が、黒いボンテージに身を包み、男性たちに傅かれてるかもしれない。
ちょっと自信のなさそうな細身の男の子が、実は夜には可愛らしいお洋服を着て、街を歩いているかもしれない。
近所で評判のいいお母さんと言われる女性が、もしかしたらたくさんの男性を転がして、貢がれているかもしれない。
 
それの何がいけないのだろう。
なぜ、二面性があるとか、裏表があるとか、言われるのだろうか?
事実は小説より奇なり、と言うではないか。
 
夜だから、きっと受け入れられるのだ。
夜だからこそ、溶け合えるのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
冨井聖子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

北海道生まれ、北海道育ち。
子育てをしながらも、月に30冊以上読む。
子どもたちから来る哲学的な質問に、答えるうちに、人とは何かを考えるようになり、文字に書き記す。

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2022-11-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.193

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