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週刊READING LIFE vol.193

夜の街の卵かけご飯は応援団だった《週刊READING LIFE Vol.193 夜の街並み》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/14/公開
記事:久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
大学生時代から社会人になってしばらくは、夜の街を飲み歩いていた。
 
大学サークルのみんなでオーケストラの練習後に行く飲み会は、週3から週5くらいで行っていた。それでも飲み足りないのか喋りたりないのか、終電が一番遅くて近い家に住んでいる友人宅で朝まで飲み通す。映画みたり、CDかけたり、電子ピアノを弾いたり、しまいには楽器まで弾き出したこともあった。よくアパートから追い出されなかったものだと感心する。そして、始発が動き出す頃に家に帰り、シャワーを浴びて朝のバイトや大学に行っていた。アルコールは抜けきっていないので、きっと奈良漬けのような学生が駅や大学構内を歩いていたに違いない。
 
社会人になって飲み会の回数は減ったものの、会社が終わって同僚や先輩と行く飲み会、大学時代のサークル仲間との飲み会は数えきれないほど顔を出した。それでも飽き足らずに、秋葉原のとあるコンセプトバーに1人で通った。
 
コンセプトバーとは、メイドカフェのようにメイドさんがいることもあるが、例えばそのお店のコンセプトが、声優を目指す女の子、戦国時代の武将など、をコンセプトにしたメイドカフェを指す。そして、カフェメニューだけでなくお酒も出してくれるし、女の子たちオリジナルのカクテル、通称オリカクを出してくれることに私は夢中になっていた。注文すると女の子が喜んでくれるし、おしゃべりも弾むのでそれを目当てに通った。今思うと女の子に恋をしていたのだ。
 
お目当ての女の子のシフトは、お店のブログにアップされるので、Bookmarkしてガラケーのトップ画面に貼り付けていた。ブログにアップされると、日にちをチェックして行く日を決める。会社が終わって家とは反対方向に向かって電車に乗る。夜ご飯をマックや吉野家で軽く食べて、漫画喫茶で仮眠を取り、終電がなくなる頃にバーに顔を出す。
 
あまり早くから居ると早く帰らなければ行けないかもしれないと思い、常連ぶってそんな時間に行くことにしたのだ。それに女の子も22時くらいからお店が閉まる朝5時まで出勤しているので、それに合わせてお店にも行ったというのもある。仕事で上手くいかない日も、お店に行けば気持ちは楽になるし、何より笑顔で迎え入れてくれるし、常連さんとは気を使わなくても、会話がなくてもいるだけで安心できる、オアシスのような場所だった。夜の街はオンとオフを切り替えてくれるタイムトンネルみたいだった。
 
そして、お店に入ってカウンターに座り、嬉しいくせにクールに挨拶してみたり、「また来ちゃいました」と、付き合いたての彼女が言うようなセリフを、コンセプトバーで接客してくれる女の子に言ってみたり、今思い返すととてつもなく恥ずかしい黒歴史だ。
 
夜の12時を回ってくると、やはりお腹が空いてくる。そこで頼むのは、決まって卵かけご飯だ。そこで出される卵かけご飯、そこのお店ではTKG言った、をメインの夜食として食べていた。こんな時間に食べたら、胃がもたれるとか、体重が増えるからとかは関係なく、気にせずに食べていた。
 
というのも、ここではトッピングメニューが豊富で、自由にカスタマイズできる。さらには、女の子の「推しTKG」を聞きながらも、会話ができるという一石二鳥なシステムなので、注文せずにはいられなかった。
 
卵かけご飯にかける、醤油の種類はなんと20種類もあり、トッピングも20種類あるので、400通りのTKGを楽しめる。いや、トッピングは無料で一気に2つ頼めるので、全部で800通りになる。醤油はバーカウンターの後ろにお酒のように陳列してあり、それぞれがスポットライトを浴びているモデルのような佇まいだ。聞いたこともない醤油だらけで、確かに注文するのに迷うが、テレフォンショッピングのようにおすすめをしてもらえることがありがたい。
 
卵かけご飯にここまでの情熱は注いだことがなかった。昔から白いご飯だけで食べるのが得意じゃなかった私は、卵は、ただご飯を喉に通過させるための、KURE556のような潤滑油のようなものでしかなかった。それがここまでエンターテイメント性を帯びて、自分を喜ばせてくれる存在に出会えたのは、とてもラッキーなことだった。仕事の疲れも癒してくれる温泉のようだ。
 
その頃の仕事は上手くいかない毎日が多かった。日報をついついつけ忘れて提出が翌日になり怒られ、問題が発生しても解決する方法がわからず、かといって先輩に聞くわけでもなく抱えたままにして、ついに手の施しようも無くなって先輩に泣きつく。それが一度や二度ではなく数年間変わらなかったから、先輩や同僚からは見捨てられていた。後から知ったが、もうあいつを早くどこかへ転勤させてくれ、とまで言われていたのだ。
 
当時は、自分が悪い悪いと思っていても、先輩や周りに相談できない自分がいた。先輩から分からないことがあれば聞いてこいよ、と言われていたのにも関わらず、自分からは聞けなかった。どう聞いていいかも分からなかったし、何が仕事で悪かったのかも自分では分からなかった。最終的には、心のどこかでなんで誰も助けてくれないんだろうか、と悲劇のヒーローぶっていたの。仕事でバリバリ成果を出すトップセールスマンみたいにはなれないので、自分をどん底に落とすことで、どこかしらホッとしていたのかもしれない。
 
でもそんなことをやっても一向に自分の仕事の質は改善しないし、周りからの評価も上がらないし、上司からも見限られていった。ダメな社員の噂なんてあっという間に知れ渡るし、上司間でも最低評価をつけられていたに違いない。最終的には、転勤させられて「もう後がないよ」とまで営業部長に言われて、ようやく自分のしでかしてきたことの重大さが分かってきたのだ。そこからしばらくは、仕事を真面目に取り組んだ。こういう時は、禁煙や禁酒のようにしばらくコンセプトバーに通わない方がいいのだが、それでも私は、夜の街に、秋葉原に通い続けた。
 
今までは、現実から目を背けるために通っていたのだが、そこからは、エネルギーチャージの場所として通った。転勤させられて仕事に対する気持ちが変わったように、夜の街に繰り出す気持ちも変わったのだ。相変わらず、秋葉原へ行く時間帯は、深夜から朝方にかけて通ったのだが、そこには純粋に楽しみたいという想いがあった。
 
まずは、自分の推している女の子の出勤状況をみながら通い、オリジナルのカクテルを注文する。グラスを取る仕草や、氷を入れてマドラーでかき回す様子、ジンやウォッカ、リキュールを量るメジャーカップの手さばきを見ていた。慣れない手つきで一連の動作をしながらいると、他の常連さんが「グラスはもっと下の方持った方がいいよ」とか「グラスをさらに冷やすように氷をかき回すんだよ」と教えてくれている。お酒の知識もメモして覚えることもあるが、常連さんたちと会話して行くうちに覚えていっている。
 
そうだ、コンセプトバーも、大人の学校のようなものなのだ。そして一方的に教える、教わるの立場だけでなく、お互いが教え合い、教わり合う双方向の関係だったのだ。そしてカウンターに座っている常連さん同士や、初めてくるお客さんに、常連さんがこのお店のことやお酒や卵かけご飯の美味しいトッピングメニューなど、横の繋がりもしっかりしていた。
 
推しの子が、「めんつゆとネギのトッピングがおすすめです」と言えば、誰かが「天かすと粉チーズもいけますよ」とか、「意外とごま油が隠し味になるんですよね」と反応してくれる。醤油は「九州は甘口の醤油が沢山ありますよ」とか、ご当地ならではのおすすめもしてくれる。ここだけでご当地グルメが分かりそうな、卵かけご飯の食べログみたいな会話が飛び交っていた。
 
こういった会話は、縦糸と横糸がしっかりしてある編み物であり、仕事でもこれがうまくいっていないと人間関係が破綻したままだった。一方的に編んでいっても編み物にはならないし、糸の色もしっかり選ばないと、柄も何もない無地のまま。会話して上手くいかないこと、上手く行くことを話し合って、ようやくいい仕事ができる。会話のキャッチボールが仕事では大事なんだということ、そんなことを夜の街で教えてもらった。
 
そんなことが分かってしばらくして私は転勤した。今度は東京から北九州への異動だった。
 
さすがに九州から秋葉原には通えないが、夜の街で培ったことはどこでも活かせる。今度の職場では積極的に話すことをしていった。分からないことはなるべく自分で考えた結論を先輩や上司に相談したりした。いいと思ったことは、提案してみるし、結果がうまく伴わないときも、どこが良くなかったのかを自分でも分析したり、どうしたらもっと良くなっていったかを周りにも聞いていった。つまり、自分から積極的に会話をしていった。
 
思い返せばコンセプトバーでは女の子たちは、はじめましてのお客さんにも、どんどん話しかけていっていた。話しながら好きなことの共通点を探ったり、時には常連さんに助けを求めながらも会話を成り立たせていった。そんな姿をみていたことがこうやって仕事に活かされていったのだ。ここで書くのもなんだか恥ずかしいが、支店長からの指名で、プロジェクトのリーダーを2年続けて任せてもらえるようにまでなった。
 
気が付けば、秋葉原のコンセプトバーに行かなくなり、はや10年が経とうとしていた。お店のホームページやブログを見ても、その頃の女の子たちは居なくなっているし、常連さんたちとも会うこともない。たった1人だけTwitterで今でも繋がっている常連さんから、秋葉原の情報が流れてくる。わずか1本の細い糸だけが残っている。でも、関係はまだ切れていないのだ。
 
あのしんどかった暗黒時代に夜の街並みから職場を往復したからこそ、今でもこうやって仕事を頑張れているし、楽しく生活できている。家で卵かけご飯をするとき、トッピングは何にしようかな、と思うのはその時の習慣がまだまだ残っているのだ。今は、「卵かけご飯にかける醤油、めんつゆ、にんにく」が三種の神器のように冷蔵庫に揃っている。
 
あつあつのご飯に卵を落とし、三種の神器と一緒にかき混ぜてから、体の中にガソリンのようにかっこんでいく。そうすることで、あの時のようにエネルギーがチャージされていうようだ。卵かけご飯を見るたびに、いつもここにいるよ、とコンセプトバーの女の子たち、常連さんたちが一緒にいて応援してくれるような気持ちにもなる。
 
私にとって卵かけご飯は、過去からの応援団だったのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県生まれ。
駒澤大学文学部歴史学科日本史専攻卒。
会社員。父親の影響でブランデーやウイスキーに興味を持ち始める。20代の後半から終わりにかけて、夜な夜なコンセプトバーでブランデーやコニャック、ウイスキーを飲み明かした経験を持つ。

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2022-11-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.193

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