週刊READING LIFE vol.198

変わらない現実を変えるには、小さなゴミを拾うところから《週刊READING LIFE Vol.198 希望と絶望》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/12/19/公開
記事:小西 裕美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
あたり一面を見渡して、私は絶望した。いままでこんなに気づいていないモノがあったなんて。おそらく、一生をかけても、拾いきることはできないだろう。なのに、私の目の前にいる彼は、とても生き生きと作業をしている。晴わたる空と彼の表情がすごくマッチしていて、それが私の心情とは対照的で、とても記憶に残った。

 

 

 

「淡路島でビーチクリーンをするのですが、一緒にいかがでしょうか?」
それは突然のお誘いだった。誘ってくれた彼は、社会企業家として活動しており、ちょうど淡路島に行く機会があって、そこでビーチクリーンを行うことになったらしい。私が兵庫県に住んでいることを知って声をかけてくれた。私は普段からヒマがあれば、海の砂浜で昼寝したり、海が見えるカフェを巡ったりするほどの海好きだ。淡路島の海はとてもきれいだろうなあ、と思い、お誘いを受けることにした。それに、私のことを思い出してくれたことも、とても嬉しかったからだ。
 
みんなが海に集まると、まずは彼がビーチクリーンのイロハを教えてくれる。知らなかったけれど、液体が入ったペットボトルやビンなどは、栓を絶対に開けてはいけないそうだ。容器の中で発酵してしまい、開けた瞬間に爆発してしまうことや、トイレを我慢した人のおしっこが入っていることがあるらしい。うげげ。確かにとても危険だ。一通りの説明が終わったあと、最後に彼は「できるだけ小さいものを拾ってみてください」と言った。マイクロプラスチック問題かな? とピンときたものの、それ以上に説明はなく、ビーチクリーンがスタートした。
 
あたりを見渡すと、ゴミがすごく落ちている。とても拾いがいがありそうだ。目につくものを手当たり次第、ゴミ袋に入れていく。こういう単純作業は達成感があるから、結構すきな方だ。黙々と拾っていくと、同じゴミがたくさん落ちていることに気づく。
 
「あ、これは伝えておこうかな」
そう言って、彼はプラスチックでできたチューブ状のゴミを拾った。太めのストローを長さ1.5cmぐらいで切ったようなものだった。
「実はこれ、瀬戸内海のゴミなんです。同じようなものがたくさん落ちていると思うけど、牡蠣の養殖でつかっていて、種苗を一定間隔で吊るすために使われているものですね。どうしても海の中だと一部が流れてしまうので、ゴミになってしまうんですよ」
確かにあちこちに同じものがたくさん落ちている。
 
「ちなみに、これよりも長いものは、広島産です。高級な牡蠣を養殖するために、広島は間隔を長くとっていて、このパイプも長いんです」
ふむふむ、なるほどなあ。どこからのゴミかわかるなんて、おもしろいなと思った。一方で、牡蠣の養殖をしている人たちは、この現実を知っているのかな? とも思った。淡路島には、たくさんのゴミが流れついているという事実を。ただ、それを言ってしまうと、私は天然ものの牡蠣しか食べてはいけないことになる。それよりも、普段の生活でコンビニ飯やレトルト食品を日常的に食べている私には、そんなことを言う資格はまったくないと悟った。
 
すると、彼がよく目にするゴミをまた見つけたようだ。
「これも、よく落ちているんだけど、実は農薬を撒くカプセルで。農家さんが決まったタイミングで農薬を撒けないときに、このカプセルの中に農薬を入れて、土に混ぜて、じんわりと農薬が広がるようにするものですね」
そのカプセルをみてみると、黄土色の球体で大きさは直径3mmほど。ビービー玉みたいだが、強度がなくて、ちょっと触るだけで、すぐにぐしゃっと凹んでしまう。凹んだものをみると、岩にも見える。だから、まさかこれがプラスチックゴミだったなんて! 言われてはじめて気がついた。これは魚も誤って飲み込んでしまうだろう。もしかしたら人間も海水浴で気づかずに取り込んでしまっているかもしれない。
 
このことを知ると、いままで見えてこなかったものが、たくさん見えてくる。あれもこれもゴミばかり。私の視力は裸眼で両目とも1.5なので、無視することができない。カプセルが大量発生していて、見つけるのは簡単なのに、小さすぎて拾うのは骨が折れる。ゴミを拾いはじめて30分後、結局、私は半径50cm以内のゴミをすべて拾うことすらもできなかった。
 
「どうでしたか?」と彼に尋ねられた。
「いや、もう絶望でしたね。拾っても、拾っても、ゴミがなくならないし、カプセルに気づいてからは、達成感も得られなくて」
それが私の正直な感想だった。彼はそれを満足そうに聞いてくれた。
「そこがマイクロプラスチック問題の大変さなんですよね。実は今日のビーチクリーンの許可をもらうために役所へ電話したら、ちょうど昨日、ここでビーチクリーンが行われていたらしくて、担当者の方からは『たぶん翌日は、もうゴミがないと思いますよ』って言われたんですよ。でも絶対にあると思っていて。大きなゴミを拾ったことで満足してしまっているというか、この問題のことをちゃんと伝えることが大切だなぁと思っているんですよね」
彼の表情に釘付けになった。その日は、雲がひとつもないピーカン晴れで、海が透き通っており、砂浜は真っ白で、彼の笑顔がよく似合っていた。こんな笑顔で日々を過ごしたいなあ、と思った。

 

 

 

とても良い経験ができた。どこか他人事だった、マイクロプラスチック問題の現実が見えたから。知ってしまったからには無視ができない。私もできる範囲で、取り組んでみようと思う。一方で、現実が見えたからこそ、この問題のむずかしさも知ってしまった。毎日ゴミ拾いをしても、あの海からゴミを完全に取り除くことはむずかしいだろう。いまこの瞬間にも新しいゴミが漂流しているはずだ。
 
彼は、どうしてこの壮大な問題に、取り組み続けているのだろう。否定する訳ではなく、単純に興味が湧いた。だって、誰かから頼まれた訳でもなく、お金をもらっている訳でもなく、ずっと継続して取り組んでいる。むしろ、手袋やトングは自分で持ち出しなのではないだろうか。なのに、あの表情だ。とても気になって、後日、彼に直接聞いてみた。
 
「正直なところ、この問題の終わりは見えないと思ったんですが、それでもずっとモチベーション高く続けていけているのはどうしてですか?」
「誰かがこういう現状を伝えないといけないと思っているのと、知ってもらえるのが嬉しいからかなあ」
なるほど。彼はこのとんでもなくスケールの大きい問題の中で、自分の役割と喜びを見出しているようだ。ただ、私のような普通の人なら、自分から旗を上げてまで取り組むようには思えない。せめて、自分の日常生活の範囲内で、無理なくできることに収まるだろう。実際に私がそうだ。エコバッグを持ち歩いたり、マイボトルを持ち歩いたりするので、精一杯だ。なぜ彼は自分で旗を上げるまでに至ったのだろうか? そこまで深く話はできなかったけれど、私は彼のような生き方にすごく憧れていた。

 

 

 

もしかしたら、私は損得勘定で考えてしまうからかもしれない。面倒臭いことが大嫌いで、できればショートカットでしたいタイプ。ただ、その道を進んでもとても薄っぺらな結果しか得られないことも知っている。では、険しい道を選ぼう! と思っても、どの道を選べばいいのかわからない。険しい道は、いろんなルートがあるからだ。
 
なぜ選べないのか、自分の頭で考えてみた。たぶん、誰かに判断を委ねてしまっているからだと思う。ショートカットの道というものが、そもそも誰かの判断なのである。誰かの経験や知識から導き出された、最適解。目標が完全に一致しているときに、その方法を選ぶことは、賢い選択だと思うけれど、正解がないものの選択をする場合は、注意が必要だ。
 
例えば、キャリア選択や恋愛などは、それに当てはまると思う。最終的には自分で選ばないといけないが、これらの選択に関連する記事こそ、ネット上に溢れている。私のようなタイプは、その手の記事に弱い。ついついそういった記事を読んでしまうし、気がつけば占いにも足を運んでいる。自分で自分の判断を尊重すること。これって、とてもむずかしいことだと思う。でも、彼に損得勘定はない。どうやら、ここにヒントがありそうだ。

 

 

 

よく「テイカーではなく、ギバーになりましょう」という言葉あるが、私は得られるものばかり見ていたのかもしれない。得られるものではなく、与えられるものは、一体なんなのだろうか。ビーチクリーンでは、少しのゴミしか拾えなかったけれど、これも私ができることだ。マイクロプラスチック問題を知ったときは、絶望でしかなかったけれど、それでもゴミを拾ったあとは、ほどよい疲れがあって、とても清々しい気持ちになれた。この、いま自分ができることを一生懸命にやる、ということが、現状を突破する希望なのかもしれない。
 
つい、キラキラしている人を見ると、自分と比べて、うらやましく思えてしまうけど、そんなキラキラしている人の力になれることが、少しだけでもあるということ。その事実の方が、うらやましさよりも、大切なことのように思えた。しかも、そっちを選べば、険しいどころか、楽しい道になりそうだ。旗をあげることは一旦忘れて、心が喜ぶことを、選択しようと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
小西 裕美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪府生まれ、兵庫県在住。
30代未経験でベンチャー企業に飛び込み、カスタマーサクセスから企画・広報・CRMと、いろんな経験を積ませてもらう中で、ライティングに興味を持つ。
元コーヒー屋さんの店長。

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2022-12-14 | Posted in 週刊READING LIFE vol.198

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