週刊READING LIFE vol.200

乳がんという言葉《週刊READING LIFE Vol.200 書きたくても書けないこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/1/9/公開
記事:なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ずっと書けなくてモヤモヤしていたことがある。
 
それは、私が乳がん経験者と言うことだ。私は5年ほど前に乳がん治療をした。がんの範囲が広かったので、乳房の全摘出が必要で、つまりは胸を取る必要があった。胸を取る手術と抗がん剤を経験したことをどうしても言えなかった。
 
がん治療中に何か記録しておきたいと思った。この経験は中々できないものだし人の記憶はどんどん薄れて行ってしまう。とはいえ治療中は体調の変化も激しいので細かく記録するのは私には難しかった。治療が終盤に差し掛かり、体調も安定してきたころ文章を習う講座に通い始めた。その講座は文章課題があり、その課題内容が合格するとメディアに掲載されるものだった。その課題で何度かがんについて書いた。そしていくつも掲載された。
 
がんについて記録を残すのに私にとってちょうど良かった。書き始めるとどんどん連鎖式に治療の内容や、その時の想いなどがキーボードを打っている手からあふれ出た。書いた文章を読んで参考になったとの言葉をいただき、私のこの経験が役に立てていることをとても嬉しく感じた。
 
その一方でモヤモヤしていることがあった。どうしても乳がんと書けない。書いた文章は「がん」とは書けても「乳がん」とは書けなかった。治療しているときに乳がん患者はたくさん見てきたし、ピンポイントで乳がんの方だったり、周りに乳がんで悩んでいる知り合いがいる方に届いた方がいいと思っていたのに、どうしても乳がんと言う言葉を書くのに抵抗があった。なぜだろうか。
 
それは多分私が胸に対して思い入れが強かったからだろう。それは胸が無いと知られたら女性として良くないんじゃないかという思いがどこかしらにあったからだろう。胸が無い女性、それは欠陥があると思われるんじゃないかと言う怖さがあったからだろう。
 
高身長なのもあり昔からスタイルがいいですねと言われてきた。嬉しかった。それが数年前の胸を取る手術以降まっすぐに聞けなくなった。片胸無いんです、それを知ってもそう思ってくださるのだろうか、と心の中で少し毒づくようになった。もともとボンキュッボンとはしていない。前から胸は小さい方だし全体的にストンとした体形だ。だからそれまで胸の存在とかあまり考えたことが無かったのに、手術以降急に胸が私にとって大きいものになった。
 
乳がんと書きたいのに書けない、葛藤しながらもがんのことを書いた。がんと言うとあまり楽しい印象が無いかもしれない。きつかったとか、どこが痛かったとか、体に影響があったとか。確かにそれも経験した。でもそれだけではなかった。乳がんを経験したことで得たものもあった。乳がんを経験したことで今までしなかった工夫をするようになった。今まで書いてきたいくつかの文章を紹介したい。
 
『がんになったら肩こりが治った』(2018.5.3 WEB天狼院掲載)https://tenro-in.com/mediagp/51142/
これは一番最初に書いた文章だ。私は肩こりからくる頭痛に悩まされていた。肩甲骨を動かしたり腕をぐるぐる回したり様々な方法を試したけどあまり解消はしなかった。ところが、乳がんになって手術をした後にリハビリ体操をしたら肩こりが治った。驚いた。乳がんになったお陰でと言うのは大げさかもしれないけど、乳がん手術の後の筋肉をほぐす体操がかなりの功を奏した。そんな内容だ。
 
この中で肝心の乳がんと書けなかったことで大事な部分を削らないといけなくなった。この体操は、乳がんで手術をした場合に行われるものだ。他の部位のがん手術ではこのリハビリ体操はしない。乳がんだったからこそ得られたご褒美だと私は感じていた。それなのにその大事な部分を削らないといけなかった。何度も乳がんと書いては消した。そしてがんとだけ書いた。心に引っかかりを覚えながらもどうしても書けなかった。
 
次に抗がん剤治療中のことを書いた『マニキュアから絆創膏へ』(2018.08.15 WEB天狼院掲載) http://tenro-in.com/mediagp/57455/
これは抗がん剤治療中に爪の影響などについて書いた文章だ。抗がん剤には様々な種類があって、この中で触れた抗がん剤はかなり体への影響も強く出るタイプだった。爪が変色しボロボロになるので仕事で指先を使うときは結構大変だった。その時に薬局でマニキュアなど色々試してみて良かったことや工夫したことなどについて書いたものだ。
 
実はここでも書けなかったことがあった。それは使った薬の名称だ。その時はパクリタキセルとドセタキセルを使用したが、この名称を書けなかった。この薬は調べると主に乳がん治療に使われるとあった。薬を検索されると私が乳がんだとわかってしまう。だから触れられなかった。ここでもピンポイントでこの薬の影響や、この薬を使っていた時に工夫したことなどを乳がんで悩んでいる人に伝えたいと思っていたのにどうしても書けなかった。この薬名も書いては消しを繰り返した。
 
次に『タイムスリップしてもこの道』2019-03-19 WEB天狼院掲載https://tenro-in.com/time-slip/79001/
これはがんにならない道があったら私はその道を選ぶだろうかと言うもしもを書いたものだ。この文章は乳がんだけの何か特有のものには触れていない。だからがんに悩んでいる幅広い方々に向けたものとしていいのかもしれない。でもできれば乳がんで悩んでいる方にも届けばいいなと思って書いていた。乳がん手術をする時に医師から、内臓ではなくて体にくっついているものを取るだけだからそんなに大変な手術ではないよと言われた。ちょっとした衝撃を受けた。多分私がかなり緊張していたのでほぐしてくれようとしたのだろう。それでもくっついているものを取るだけ、胸をそう表現されるのはちょっとしんどかった。今でこそ医師の伝えたかったことは理解できるけど、私以外にも簡単なことと言われて傷ついている人もいるかもしれない。そんな人にも届けばいいなと思って書いた。
 
こんな風に乳がんと書かなかったことで、ちゃんと届けたかった人にもしかしたら届いていなかったかもしれない。私がたった一言書けば届いたかもしれなかった人に届いていなかったかもしれない。私が届けたかった人は誰なのか。もちろん、他の部位のがんで悩んでいる人にも届くのはいいことだし、お役に立てれば幸いだ。でも本当に届けたかったのは乳がんで悩んでいる人だ。他にも書いているけどそれはまたの機会にしたい。
 
少し前に、乳がんと書かなければ成立しない文章を書いた。
『胸』(2022-12-14 WEB天狼院掲載) https://tenro-in.com/reading-life-vol198/286377/
胸を取る手術前の心境と夫へ伝えることから、胸を取った後の心境と夫に伝える時の葛藤などを書いた文章だ。この文章に対して「素敵。心がじんわりした」など様々な言葉をいただいた。乳がんと書いたこの文章を受け入れてもらった温かさを感じた。今まで乳がんと書けなかったしこりが嘘のように溶けた瞬間だった。あんなに乳がんと文字を書くのは無理だと思っていたのに書けた。もしかしたら5年と言う年数が、私の胸に対する考え方が変わったから書けたのかもしれない。私にはこの言葉を使うのにこの年月が必要だったのかもしれない。乳がんと言う言葉を書けるようになったことで今まで書けずにいたことがかけるようになる。書ける幅が広がるだろう。
 
渦中にいる時は書けないと思ってもこの言葉を頭の片隅に置いておいてよかった。ずっとモヤモヤしてきて良かった。モヤモヤしているということは、ずっと意識しているということだ。ずっと熟成して、時に捏ねて新鮮な空気を取り入れているということだ。今回乳がんと言う言葉を書けたことで、時が来れば書けるようになるという学びを得た。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都在住。2018年2月から天狼院のライティング・ゼミに通い始める。更にプロフェッショナル・ゼミを経てライターズ倶楽部に参加。書いた記事への「元気になった」「興味を持った」という声が嬉しくて書き続けている。

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2023-01-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.200

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