週刊READING LIFE vol.200

どうして出会っちゃったんだろう《週刊READING LIFE Vol.200 書きたくても書けないこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/1/9/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
その歌との出会いは突然だった。何なんだ。この歌。こんなの反則じゃないか。
たまたま見ていた歌番組で流れた歌に、ここまで心を揺さぶられるなんて思ってもみなかった。最後まで聴いてしまったのを後悔したときは、時すでに遅しだ。奥歯を噛みしめても、我慢できずに鼻水まで出る。
確かにいい歌だった。私と同じように涙する人も多いだろう。けれど、残酷な事実を突きつけられた私は、居ても立っても居られなくなった。誰もいない家で膨らんでくる不安を、誰かと共有したかった。
 
だから帰宅後の夫が夕食を済ませたのを見計らって、「ちょっと聴いてみて」とYouTubeを検索した。ミュージックビデオの再生回数が2000万回以上を超えている。
曲のイントロが流れると、さっきの感情が再びぶり返す。曲の間中、きっと夫も私も同じことを思っていた。曲が終わると、めったに泣かない夫が唇を噛んでいた。
「何、この歌。だめだ、重ねてしまうやん。誰の何ていう歌?」
「優里さんの『レオ』っていう歌。レオが犬の名前」
 
YouTubeが自動再生で次の曲に移った。まだあの歌に囚われていた私たちは、別の歌が全く頭に入ってこなくて慌てて停止ボタンを押した。
「……レオは、何歳くらいでお別れになったんだろうね」
私は、さっきから気になっていたことを夫に尋ねた。ミュージックビデオの中で、子犬だったレオは成犬になり、一緒に育った少女は結婚して家を離れていた。その過程が描かれていたので、きっと十数年間の物語だとは思う。
「うーん……」
夫が言い淀む。何となくこのくらいだろうとは分かっているけれど、はっきり口にしたくない感じだ。自分で聞いておきながら、私もぼかしたままにしておきたくてちょっと矛先を変えてみる。
「昔、うちの実家の近所に白いおじいちゃん犬がいたけど、確か20年以上生きていたって聞いたよ」
「すごいね。そのくらい長生きできる犬だっているしね」
「そうだよ」
互いにぎこちなく笑う。少しほっとしたような夫と顔を見合わせると、私は玄関へと向かった。そこは、うちのワンコがゲージに入ってくつろいでいる場所だ。
 
今から約13年前の冬、ワンコは我が家にやってきた。
2月の寒さが厳しい日だった。職場の先輩に、1匹の犬が車庫に保護されていると聞いた。以前にも同じようなことがあったけれど、実家で飼い犬を看取ったことのある私は、情が移るのを恐れて見に行かないようにしていた。一度見てしまったら、気になってしまうことが分かっていたからだ。
 
なので、どうしてあのとき車庫に行ってしまったのかわからない。
目に見えない何かが、私の足を車庫に向かわせたとしか言いようがない。
シャッターの下りた暗い倉庫の奥に、ゲージに入れられた小さな茶色の子犬が震えていた。
「たぶん、親犬とはぐれたんだろうね。野良犬みたいよ」
先輩の言葉に、飼い主がいないこの子の行きつく先を思ったとき、急に心臓がドキドキし始めた。
寒いからなのか、怖いからなのか。ブルブルと震えている子犬の丸い目と私の目がぶつかった。濡れたように光る目が、真っすぐにこちらを見ていた。
 
「あの、家族が大丈夫って言ってくれたら、私引き取ります!」
即決だった。子犬の写真付きのメールを急いで夫に送って、引き取っても大丈夫か尋ねた。犬を飼ったことのない夫だったが、了承してくれた。
「もう大丈夫だよ。今日から一緒に暮らそうね」
段ボールをもらって、そっと震えている体を抱き上げる。ふんわりとした茶色の毛の下の温もりを感じると、ぐっと愛しさが増した。
 
飼うことになって3日目に、私はワンコを動物病院に連れて行った。体調を見てもらって、打たなければならない注射のことなどを教えてもらった。
「生後2か月くらいだと思うよ」という先生の言葉に、小学生だった娘と私は誕生日を逆算する。その日は2月26日だったから、2か月前だとクリスマスの頃だ。
「じゃあ、お誕生日はクリスマスの日ね」
うれしそうに言う娘の腕に、ワンコはしっかりと抱かれていた。
 
ワンコはさまよっていた時期に怖い目に遭ったのか、警戒心が強かった。私たちに抱かれるときもしばらくはずっと震えていた。体の大きい夫は特に怖いようで、撫でようとするとスッと頭を反らす。怖い人じゃないと思ってもらうまで、少々時間がかかった。けれど、私たち家族に慣れてくると、お腹を見せて「撫でて」といわんばかりの仕草を見せるようになった。相変わらず家族以外には警戒して吠えるけれど、そんなワンコが私たちの前では心を許すのを見ると、一層可愛らしく思えた。
 
実家では外で犬を飼っていたこともあって、うちのワンコも外で過ごしていた。ところがやはり怖がりということもあって、外ではゆっくり安心して眠れないようだった。そこで玄関にゲージを入れてそこで過ごすようになった。そうすると、今度は自分も家族の一員なのにという顔で、リビングのほうに来たそうな素振りを見せる。でも室内でのトイレのしつけができていないので、今のところは玄関止まりだ。ワンコもそこは心得ているのか、無理に上がってこようとしないところが親バカで申し訳ないが偉いと思う。なので、こちらがしょっちゅう玄関に行ってはワンコとスキンシップを図る。
 
うちのワンコは実年齢よりも若く見えるらしく、年齢を聞いた人はだいたい驚く。もう13年我が家にいるが、1年に7つ年を取ると聞いたこともあるので、人間でいえば随分高齢のようだ。2年前から片目が白内障になって見えなくなったので、もう片方の目が進まないように毎日目薬が欠かせない。持病もあるから、3日に1度薬を飲ませることが必要だ。けれど、私たち家族を見つめる丸い目は子犬の頃と全く変わらない。だから、私たちもワンコとの日々が永遠に続くような気がしていた。
 
動物と暮らすということは、覚悟がいることだ。
言葉が通じず、永遠に年を取らない赤ん坊のように、最後まで飼い主が命を預かって世話をしなければならない。そして飼い主の年齢にもよるけれど、ほとんどが先に亡くなってしまう。家族の一員となって、ずっとそばにいるのが当然だと思っていると、先に寿命に達してしまう。
 
でも、共通の言葉を持たなくても、目を合わせれば何となく思いが通じる気がする。世話をしていると、互いの心を通わせている気がする。目には見えないけれど、絆のようなものが私たちの間には生まれていて、ずっとこのままでいられるように思える。
 
だから、どうか、お願い。
いつまでも、ずっと一緒にいられますように。
もしも願いが叶うなら、子どもの頃サンタクロースに手紙を書いたように、そう書けるなら書きたい。けれどいつか確実にお別れが来ることを知っているから、そう書いてしまうと余計に寂しくなることがわかっていて書けやしない。
 
こんな思いをするくらいなら、いっそ、ワンコに出会わないほうが良かったのだろうかとも思う。
でも、もし出会わなければ、フサフサのしっぽを超高速で振りながらじゃれついてくる重みも知らなかったし、クリクリした丸い目がうれしそうに輝くのを見て抱きしめたくなることもなかった。
 
散歩中に、匂いを嗅ぐのに夢中なワンコの背中に「いつまでも元気にしているんだよ」と語り掛けることが増えた。もちろん返事はないけれど、せめて、うちのワンコもまだまだ大丈夫なはずと信じたい。食いしん坊であっという間に皿を空っぽにする姿や、名前を呼ぶと真っすぐに走ってくる勢いの良さに、やっぱりいつまでも一緒に居られるような錯覚を覚えてしまう。
 
「レオ」は、私に残りの時間をはっきりと意識させた。避けられない現実を、目の前に突き付けた。
いつか来る「そのとき」に、私は耐えられるだろうか。まだワンコが弱っているわけでもないのに、こんなことを考えるのは気が早いことは分かっている。だけど、私は「そのとき」がとても怖い。不安は、打ち消そうとすればするほど、心のどこかに根を下ろそうとする。
 
ふと、玄関に向かう。ゲージの扉を開けると、くつろいでいたワンコがしっぽを振りながら私にじゃれついてきた。永遠の2歳児のようなワンコが、真っすぐな丸い瞳で私を見上げる。ギュッと抱きしめると、お馴染みのワンコの匂いが私の嗅覚をふんわりと癒す。やはり、この柔らかい毛に包まれた温かさを、いつまでも感じていたいと強く思う。
限りある時間の中で、縁あって家族となった私たち。レオとあの少女の間に見えた絆が、私たちにもあると思いたい。
 
ひとしきり、ワンコの背中を撫でる。手を止めると、今度はワンコがお腹を見せてくる。口を半開きにしている様子は、まるで私に笑いかけているようだ。
そうだね。あとどれくらい一緒にいられるかわからないけれど、今を大事にするしか私にはできない。そして、うちのワンコに「あのとき、この家にきてよかった」と思ってもらえたらうれしい。柔らかなお腹を撫でながら、また鼻の奥がツンとする。いつか来るその日にこっそり怯えながら、1日でも長く真っすぐな瞳に向き合っていきたいと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県在住。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、推し活、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2023-01-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.200

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