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週刊READING LIFE vol.201

ルーティンを離れた私が次のルーティンを見つけるまで《週刊READING LIFE Vol.201 年末年始のルーティン》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/1/23/公開
記事:ぴよのすけ (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部NEO)
 
 
去りゆく年にありがとうを伝えつつ、新しい年を気持ちよく迎えるためにこんなことをしています、と言えるなにかがあったらよかったのにと思わなくもないが、ないものはしかたがない。
正確には、なくなってしまったと言う方が正しい。
一年とちょっと前に離婚してしまったからだ。
 
独りになって分かったことがある。
年末年始にルーティン化していたことはすべて、私にとっては家族あっての行事だったということだ。
 
もともとあまり伝統行事を重んじるタイプではないが、それでも暮れになると普段よりちょっと丁寧に家の掃除をし、お正月に欠かせないいくつかの食材を買い求めて大みそかの数日前からおせち料理の準備を始め、自宅で収穫したもち米で餅を搗いていた。餅搗きはさすがに機械を使っていたけれど。
 
もちろん、嫌々やっていたわけではない。むしろ楽しんでいたと思う。
豆を戻すところから始める黒豆がふっくら艶々に煮上がったら自然と口角も上がるし、家族が好きな栗きんとんは栗の量を増やして、いつも多めに作っていた。もちろんきんとんが鮮やかな黄色に仕上がるよう、サツマイモをゆでるときにはクチナシの実を放り込むのも忘れない。
仕事が忙しくなってからはだいぶ手抜きをするようになったけれど、それでもおせち調理作りは大事なルーティンだった。
だけど一年前のお正月から、ぜーんぶする必要がなくなった。
 
考えてみれば、新年を一人きりで迎えるのも、生まれて初めてのことだった。
独身時代に独り暮らしをしていたときだって年末には里帰りしていたし、海外に出ていたころは友人たちとにぎやかに現地のお正月を堪能していたからだ。
そして結婚してからは、新しく家族になった人と年を越すようになった。
二人で迎えた初めてのお正月は何をしていただろう。
元パートナー殿の実家に里帰りしていたんだっけ。
いや違う。
私が一月二日から出勤だったから、元旦だけはお正月っぽく過ごそうと、やっぱり数日前から腕によりをかけて、おせち料理を用意したのだった。
二人しか食べないのに、新しいダイニングテーブルいっぱいに色とりどりのご馳走を並べた。
それからは、当たり前のお正月を当たり前のように重ねながら、いつの間にか長い年月が過ぎていた。
 
それを考えると、今年のお正月は過去のそれと全部が真逆だった。
 
誰とも会わないお正月。
おせち料理を作らないお正月。
特にすることのないお正月。
何をするかもしないかも、全部自分で好きにしたらいいお正月。
 
薄々気が付いてはいたけれど、悪くなかった。
お正月を迎えるまでは、もしかしたら寂しくて涙をこぼしたりするのかなとちらっと考えたりもしたけれど、まったくの杞憂だった。
自分のためにおせち料理を作ろうなんて、これっぽっちも頭に上らなかった。
買って済ませるという手もあったのに、それすらも浮かばなかった。
だけど、長い間続けてきた楽しくも大変だったおせち料理作りから解放されて、肩の荷が下りた、やったー清々したバンザーイとも思わなかった。
あえて言うなら、「何もかもが生まれて初めて」のお正月を、ちょっと人ごとのように、眺めるように味わっていた。
初日の出だけは拝みたくて、早起きしてベランダから新年の光を浴びた。
太陽はいつも私を照らしてくれているのに、この日だけはなぜか、目の奥がジンと熱くなった。
 
 
それからあっという間に一年が過ぎて、年の瀬がまた巡ってきた。
今年のお正月も私は一人で迎える予定でいたが、一つだけ去年と違うことがあった。
仕事をたっぷり抱えていたことだ。
わざわざこの時期に仕事を入れることにしたのは、年末年始に何のルーティンもなかったからだ。
せっかくのお正月なのに休まないなんてどうかしてると以前の私なら思っただろうが、今年は逆にワクワクしていた。
年末年始は絶対に取引先から連絡が来ないので、急な問い合わせに邪魔されることなく、純粋に自分のペースで仕事を進められるからだ。
それに、疲れたらボーっとしたり、読みたい本をめくったりするくらいの時間的余裕もある。
これも生まれて初めてのことだ。
 
 
そんなわけで私は大晦日の昼間、お正月の間に外出しなくてもいいように、食材を買いに近所のスーパーにいそいそと出かけた。
やっぱりおせち料理は買わずにネギやら大根やら鍋の具材やらを買い込んでアパートの階段を上ると、私の下の部屋に住んでいる奥さんに会った。
年齢は私より一回り上くらいだろう。
顔を合わせると世間話くらいはしているが、機会があったら一度ゆっくりお話ししてみたいなと思っていた。
というのは、このアパートの階段を誰かがいつもきれいにしてくれているのだが、それがこの女性だったということが分かったからだ。
自分の部屋の前だけならまだしも、4階から1階までの通路を全部掃き掃除してくれるなんて、なかなかできることじゃない。
 
こんにちは、いつもありがとうございますと挨拶した私に、いえいえ今日も寒いですねと返してくれたお顔がなんだかとても嬉しそうに見えたので、去年のお正月も息子さんたちが里帰りなさるんですか、楽しみですねと声をかけた。
すると、意外な答えが返ってきた。
 
「今年はね、息子たちは帰ってこないって言うんですよ」
「それは残念ですね。お孫さんたちにも会えな……」
「あら全然残念じゃないのよー! うちね、孫が8人いるんですけど、来たらうるさくてもう大変でね。それに息子夫婦たちと孫と私たちのご飯を三食用意するだけで、ひと仕事でしょ。せっかくのお休みなのに、くたくたになっちゃうのね」
「えっ、あっ、そうなんですね、大変で……」
「そうなのよ~! それが今年は誰も来ないって言うから、あー今年はゆっくりお正月を過ごせるわと思って、とっても楽しみなんですよ」
「へー、それはよかったで……」
「それに考えてみたらね、私結婚して主人と二人きりでお正月を過ごすのはこれが初めてなのね」
「えー! 初めてなんですか! それはいいお正月になりそ……」
「そうなんですよ。結婚してすぐに夫の実家に入ってずっと義理の両親と同居でしたし、息子たちもこれまで里帰りを欠かしたことはなかったんです。結婚50年目にして初めてです」
「じゃあ金婚式で……」
「そうなんです! 金婚式! だから私たち、せっかくだからその記念もかねて温泉旅館に泊まりに行くことにしたんです。一泊だけなんですけどね。でも楽しみでねー」
「わーそれめっちゃいいですね! ご主人とデートですね! 楽しんできてください!」
「は~い! ありがとうございます!」
 
言葉やしぐさ、表情の端々から嬉しさがにじみ出ていて、見ている私も嬉しくなった。
私と同じくこの方も、これまでと違う「初めてのお正月」「自分の好きにできるお正月」を迎えるんだなと思ったからだ。
私は50年も結婚生活を続けなかったし孫もいないが「孫は来てよし帰ってよし」という言葉くらいは知っているし、子どもが数人集まったらどんなに大変な騒ぎになるかもよく知っている。年に一回のこととはいえ、大家族のお正月を50年間切り盛りし続けるのは大変なことだっただろう。
誰に褒められずとも黙って廊下掃除をするような人だから、こうしたことも決して嫌々やってこられたわけではないと思うが、逆に言えば当たり前のように続けてきて、しかも周囲から期待されていることをちょっとお休みさせてと言うのは、なかなか勇気がいることなのだ。
 
私が独りで迎えるルーティンなしの二度目のお正月は、予想通り仕事三昧、ときどき休憩の数日間となった。
ただ仕事をするだけなら普段と何が違うのかと人は思うかもしれないが、こんな巨大団地にもそこはかとなく漂う、お正月ののんびりゆったりした空気のなかで黙々と、かつ好きなように仕事を進めるのは、案外楽しいものなのだ。
 
昔やってきたことを懐かしく思うこともないではないが、今年みたいなお正月を何年か続けていくうち、今の私にベストな新しいルーティンが生まれてくるのだろう。
それが何かは今は分からないけど、見つかるまで楽しみに待っていようと思う。
 
 
 
 

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ぴよのすけ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部NEO)

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2023-01-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.201

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