週刊READING LIFE vol.201

お節づくりは命がけ《週刊READING LIFE Vol.201 年末年始のルーティン》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/1/23/公開
記事:青梅博子(READING LIFEライターズ倶楽部NEO)
 
 
年末年始は一般的に、おめでたく楽しい行事がつづく時期というイメージが強いと思う。クリスマスのプレゼントやデートコースを考えたり、スキーや旅行の計画を立てたり、田舎に帰って家族団らんしたりと、仕事の〆は忙しくとも、おおよそ「うきうきわくわく」気分の一か月であろう。
 
だがしかし。
 
一部の職業の者は、新しくめくられた12月のカレンダーをみると、ため息をついたり、顔貌が引き締まったり、年明けまで無事に過ごせますようにと神に祈ったりするようになる。
私も1昨年まで10年間は、ずっと後者であった。
 
一部の職種。それは「おせち」づくりをする和食料理人である。
日本全国の和食調理場において、12月は自分の体力と持久力と精神力を極限まで試される、おせち無双の一か月なのだ。
大量のおせちづくりの様は、業務に従事していないと知る機会もないと思うので、地獄と極楽がちゃんぽんになっている年末の現場をちらりとご紹介してみたい。
 
毎年、私の職場では500人前のおせちをつくるのだが、大正時代から順守されている作成方針として、一切の既製品を使わず「全て手作り」をモットーとしているので、12月に入るとすぐに作業は開始される。そうでないと大量の仕込みが間に合わないのだ。
 
毎年12月の頭頃、すべてに先んじて黒豆の仕込みが開始される。
 
まず4キロの黒豆を選別する。小さなものは外し大きさを均一にそろえる。
その後一週間かけて水につけてもどす。
次に、煮たててしまうと豆の表面にしわが寄るので、火加減に気をつけながら一週間かけて丁寧に煮て(しわが寄ったら全部やり直しなので、仕事の合間を縫って細かくチェックをし続ける、地味に大変)、さらに煮あがった豆を一週間かけて蜜の濃度を徐々に濃くしながら漬けていき仕上げる。こういう作業を63品目分、一か月かけて、こつこつと作り上げていくのだ。
 
12月に入ると、まず親方が作ってくださった、店のイベントや予約状態を考慮した、一か月間の「おせち仕込み仕事」の作業日程と、材料を仕入れる時期と量を書いた表を各支店に配り、それに準じて仕込みが始まる。
三日に一度くらいの頻度で、日中の各支店の仕事が終わった後、自分の包丁をもって本店に集合し、明け方まで「おせち」の仕込みを行い、数時間の仮眠をとって店にもどり、その日の仕事に従事するというルーティーンが開始される。
為に、日を追うごとに寝不足と疲労が蓄積していく。
大根を取りに行かせた新人が帰ってこないので様子を見に行ったら、大根を大切そうに抱えたまま冷蔵庫の前で寝入ってたりするのも、後半戦あるあるである。
調理場だと親方がいるので気を抜けないが、視線がなくなると、それまでキンキンにはりつめていた緊張の糸がきれて、すかっと落ちてしまうのだ。死ぬほどよくわかる。
 
新人はまだ技術がないので、難しい仕事を任せられないため、だいたい体力勝負の単純作業を任せられる。若くて体力も充実しているので、間違いのない采配である。
たとえば、リンゴ羹(かん)をつくるとする。
リンゴ羹とは、リンゴペーストの寒天ゼリーのようなものである。
まず新人に、いきなり300個のリンゴが渡される。段ボール8箱くらいの量だ。これをまず一人で皮むきをして八割にして芯をとる。黙々とやっても数時間かかる。途中でチャーリーブラウンのように天を仰いで「あ゛―――っ」と叫びたくなるが、先輩に信頼して任された誇りと喜びでその衝動を抑え、ひたすら頑張る。これを全て終わらせて数個の鍋に入れて先輩に渡すと、先輩がそれを蜜煮にして返してくれるので、それを今度は全部「裏ごし」していくのだ。
それらは、寒天と混ぜ合わされ型に流して冷やされ完成する。
もう大変である。
 
その傍らで、別の新人は才巻(クルマエビ)を400匹渡され、全部の背ワタ取りをしている。
エビはびっちびちにあばれるので、手は細かい傷だらけになるが、エビが浸かっているのはエビが痛まないように氷が入った、キンキンに冷たい海水濃度の塩水である。まさに傷口に塩を塗り込むようなもので、冷たいかじかむ、痛い、でも細かい指先の作業なので手袋をしていたらエビの身を傷つけてしまいかねないのでできない。というきつい作業である。(と、はじめやったときは思っていたが、しんどい作業はまだまだこんなもんじゃないことが、日を追うごとに、いずれわかっていくのだった、ああ。)
 
また、さまざまな野菜を飾り切りにする作業がある。
型抜きを使ってしまえば簡単なのだが、職人なので、包丁以外の便利道具は使わない。むしろ大量に剥いて、一気に技術向上できるナイスチャンスなのである。
手元にある、昨年の作業表には、大根の羽子板320枚、京人参(色が真っ赤なので紅白の彩に良い)の羽子板320枚、梅人参400個、竹の子包丁・亀型160個、長芋を舞鶴型に飾り切り160個、干支くわい250個とある。
この時は、親方も下っ端も全員で一晩かけて剥きものに没頭する。
ときどき、限界がきて船を漕ぎ始めると、あちこちから小突かれて、また作業。
 
すべての支店の親方衆(総料理長も!)が揃ってまな板に向かって、一斉に包丁を使っているシーンなど、大変に貴重なので、必死で手元を盗みみて、こうしたら早くてきれいにできるのかと、試行錯誤しながらの作業となる。
集中力と持続力が試されるが、親方衆の華麗な剥き技をみると、あんなふうにできたら、素晴らしいなあ、と尊敬と驚嘆を胸に、今の自分の技量を向上させるべく、必死になれるのだ。
また、若い衆はけっこう早く飽きてしまうのだが、流石の親方衆は、ものすごい精度とスピードで、もくもくと作業をされるので、あらためて尊敬してしまうのだ。
机の上に積みあがる仕上がった作品の個数の増え方が、あからさまに下っ端調理台と親方調理台とで違うので、恥ずかしいやら奮起するやら、つらいやら。
 
ほっと一息つく間もなく、穴子が80匹届いているのを捌いたり、大量の魚を卸して切り付け、西京漬けや粕漬にしたり、伊達巻の配合を教えてもらい、55本をひたすら焼いて巻いたりと、果てしなく作業がつづくのである。
 
このほかにも多くの「お節の時にしかおしえてもらえない調理技術」を教えてもらえる、貴重な時間でもあるので、しんどい半分、楽しみ半分、昨年は見ていただけだった作業を、今年はやらせてもらえるかもという期待でドキドキしたりと、非常に複雑な気持ちをかかえつつ、次々と与えられる仕事に目をまわしながら63種の食材加工に挑む一か月なのだった。
 
そして12月30日。
全て仕上がった500人分の料理を重箱につめるという、最後の大仕事が待っている。
 
その日は、まずシャワーを浴びて身を清め、真新しい清潔な白衣を身にまとい、親方を筆頭に神棚に向かって整列し、神主さんに料理と自分たちに対して祝詞を唱えてお祓いをしてもらう。そして大広間に順番に料理を並べて、四段重につめていくのだ。
 
四段重ねの重箱には、一段目に「口取り」(栗きんとん、伊達巻、蒲鉾など、最初に目に入る段なので、特に華やかで美しいもの)
二段目に「焼物」(いろいろな種類の魚の粕漬やみそ漬けなどの海の幸がメインとなる)
三段目に「煮物」(蛸柔煮、がんもどき、蒟蒻、竹の子などの煮物)
四段目に「祝肴」(豊作を願う田作りや、鮑など、めでたい席を象徴する料理)をつめるという決まりがある。
どれも、冷めても美味しく、日がたっても味が変化しない調理方法でつくられている上、各段に酢の物をいれて、細菌の繁殖を防ぐ工夫がなされている。例えば魚のそばには「源平なます」や「花蓮根」(蓮根の甘酢漬け)を添える決まりがある。
「巻く」料理が多く用いられる理由は、空気に触れるところが少ないために、劣化が遅くなるからである。
 
血と汗と涙と愛情をこめて、丁寧に作った料理たちが、美しく盛り付けられていく様は、感慨もひとしおだが、のんびりやっていると、明け方までに終わらない。
夜が明けたら、また自分の調理場に戻って、年越し御膳の仕込みがあるのだ。
丁寧に、かつ無駄のない動きで、細心の注意を払って美しく仕上げていく。
はっきり言ってもう体力は限界なのだが、職人魂が手を止めることを、弱音を吐くことを許さない。
在勤の板前だけでは、人手が足りないので、日本各地で自分の店をもっている総料理長の弟子の方たちも、地方からわざわざ手伝いに来てくださり、みんなユンケルなどを差し入れてくださるので(よくわかってる…)、合間合間に、ユンケルやコーヒーを飲みながら、ひたすら作業に没頭していく。
人の身体は、よくできているので、だんだんドーパミンも分泌され「おせち盛付ハイ」みたいな感じにもなってくる。大昔は、この時期に逃げ出す弟子もいたらしいが、最近はついぞ聞かないので、腹が据わった先輩たちしか残っていないということだろう。
誇らしい話である。
そして1月1日だけ休みで、1月2日から「正月御膳」メニューがはじまり、気を抜く暇もなく、引き続き新年から、凛々しくも雄々しく立ち働いていくのだった。
この年末のルーティーンに10年間だけとはいえ、かかわることができたのは、私の生涯において、大いに誇れることであるとともに、自分にすこしだけでも自信を持てるきっかけにもなった。
「食をもって、寿ぎを伝え、人を喜ばせることができた」ことを身体知として刻めたことは、今も振り返って本当に嬉しいのだ。
 
そんな緊張感あふれる12月を10年間すごしてきたのだったが、昨年三月に調理場を辞して、フリーランスへと転職をしたので、今年の12月は実に呑気に過ごすことになった。
10年間、憧れてはいたが、今までついぞ参加する暇がなかった「クリスマス会」や「忘年会」のお誘いに応えられるのが嬉しすぎて、片っ端から参加してしまった。
おかげで、宴会芸用のperfumeのダンスを会得したり、何台もクリスマスケーキを焼いたりして、そこそこ忙しかったのだが、あの「自分の限界と戦って、それを力ずくで乗り越えていく」ような緊張感はなく、なんとなく物足りないような気になって、無闇に予定をつめこんでしまい、12月31日の夜間バイト中に過労でひっくり返ってしまったのだった。過労って、じわじわくるのでなく、突然に体機能が全停止するのだという学びがあったが、バイト先のオーナーには、大変申し訳ないことをした。
おせちづくり中の方が、よっぽど体力のペース配分ができていたように思う。
まあ、たるんでいたのだなの一言に終息できてしまうのだが。
 
そんなわけで今年は、初・三が日を寝て過ごしながら「ああ、ゆっくりできるのって幸せだなあ」としみじみ天井の木目を眺めて感慨にふけるという、イレギュラールーチンを体験した正月であった。
 
まあ、物足りないなら作ればいいだけの話なので、今年2023年は、なにかピリリと気が引き締まるようなイベントを自分で立てて、きちんと体力配分をしながらそれを乗り越えるようなことを計画したいと思う。
10年の間に「限界突破するような緊張感がないと面白くない」という、ドМ魂が染みついてしまったらしいが、これを覆すには、まだまだ修行が足りないようだ。全く困ったものである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青梅博子(READING LIFEライターズ倶楽部NEO)

大手家電メーカーでプロダクトデザイナーとして12年勤務
後、都内会席料理の店で10年和食調理修業
現在 フリーランスデザイナーとしてWEBデザインやイラスト作成業務に従事。
時々料理バイト。
趣味 読書

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2023-01-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.201

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