週刊READING LIFE vol.201

キャッシュレス化のせいで、新年早々冷や汗をかいてしまった話《週刊READING LIFE Vol.201 年末年始のルーティン》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/1/23/公開
記事:山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
 
 
普段から私は“断捨離”という、このところ奨励されている行為が出来ないでいる。単なる貧乏性から来るものだが、いつになっても治る気配が無い。
ところが昨年、一つだけ思い切った断捨離をした。正確には出来た。
でも本当は、やらずには居れない状況に為ったと判断したからだ。
 
ニュースで、昨年春からゆうちょ銀行では、多量の硬貨を貯金する際に手数料が掛かる制度と為ったと報じていた。そこで私は、それまで長年続けていた『五百円玉貯金』を止めようと重い腰を上げたのだ。
何しろ折角貯めた五百円玉が、自宅の貯金箱より安全な銀行に預けた際に減ってしまっては、元も子もないと考えたからだ。
しかし、そのニュースには続きがあり、手数料が掛かるのは、ゆうちょ銀行の貯金だけで、他の銀行預金では掛からないそうだが。私は、ゆうちょ銀行の手数料導入を良い切っ掛けとしたのだ。
 
 
私が『五百円玉貯金』を止めるに至ったのは、もう一つ原因が在る。それは、このところ五百円玉が一向に貯まらないからだ。
貯まらない理由はただ一つ、最近現金を使わなく為ったからだ。勿論、私は大人なので、一定の現金は持ち歩いてはいる。しかし、現金で支払いをする機会が、著しく減少したのでいつまで経っても御札が硬貨に崩れないのだ。
私が普段、主に活用するのはクレジットカードだ。それでも、御店側が支払う手数料を考え、支払いが税込みで1,000円を超えてからクレジットカード支払いにしている。
1,000円以下の支払いは、現金で済ますことにしていた。
しかし最近は、交通系ICカードが何処でも使える様に為ってきた。必然的に、小銭を使う機会がめっきり減ってしまっていたのだ。
 
これでは、五百円玉が貯まる訳が無い。
だいたい、『五百円玉貯金』を始めた当初は、100枚の五百円玉が1年と掛からず貯まった。
200枚に為るには、それから2年掛かった。
驚いたことに、それが300枚に成長するのに5年以上かかってしまったのだ。
私は、このペースで進むと『五百円玉貯金』箱が、表記されている通り100万円分(2,000枚)貯まる頃には、それを銀行に運ぶ体力が私に残っているかどうか疑わしいと考えた。
そして、止む無く志半ばで『五百円玉貯金』から撤退することにしたのだ。
私は銀行口座に入金する為、重い2,000枚の五百円玉を銀行に持って行った。そして、窓口では無くATMで持参した五百円玉を入金しようと考えていた。
ところがここで、大きな障害が生じた。私のメインバンクのATMは、一度に硬貨が200枚まで投入出来るシステムで動いていた。
しかし、五百円玉に限っては‘一度に50枚まで’と注意書きがしてったのだ。
私は仕方なく、持参した300枚もの五百円玉を六分割しなければ為らなくなった。
私は、意を決した断捨離を少しだけ後悔した。
 
 
「日本でキャッシュレスが進まないのは、“日本円”の信用がある証拠」
そう述べたのは、ニュース解説で有名な池上彰氏だ。
それはそうだろう。
何しろ、フォログラムや盲人用の凹凸迄付いた御札なんて、日本以外では見たことが無い。しかも、和紙成分を含んだ紙幣用紙は大変強い。日本では、ヨレヨレに為った千円札でも、滅多なことでは破れたりしないものだ。
破れた札が多い、外国の紙幣とは大違いだ。
 
その上、ただでさえ偽造し辛い日本円札に、新しいデザインが登場するというのだから驚くしかない。札が刷新されるのは、偽造紙幣が多く出回った時と相場が決まっているからだ。
しかも、キャッシュレス化が進んだ現代で、新しい御札が登場するということは、これから先も日本では暫くの間、現金が幅を利かせるのかも知れない。
 
「日本でキャッシュレスが進まないのは、冠婚葬祭で現金の遣り取りが有るからでは?」
と、疑問を呈したのは、知り合いの中国出身のアーティストだ。
現在、創作活動の傍ら大学で教鞭を取る彼女は、日本での生活も長く日中双方の見解が出来るので、その節に私は信憑性を感じた。
彼女によると、中国では偽造紙幣が多いので、日本なら現金しか使えなさそうな市場(いちば)や露天商こそが、率先だってキャッシュレス化されたそうだ。
 
では、露天商等で如何にしてキャッシュレスで支払うのか。勿論、中国では交通系ICカードは普及してはいない。
中国で一般的なのは、QRコード決済なのだそうだ。何しろ、露天商の店先にはQRコードがプリントされたアクリル板が立てられていて、御客さんは皆、スマホをかざして支払うそうだ。
驚くのは、そればかりではない。
何と中国では、ホームレスもQRコードを所持していて、街行く人に物乞いするそうだ。そういえば、現金を使わなければ小銭だって出てこないのだ。
 
 
その点日本では、女性アーティストから指摘される迄も無く、現金を使わなければ成立しないケースが多い。
例えば、結婚式や御祝い、御葬式に至る迄、祝儀(不祝儀)袋に現金を入れて渡す。更には、入れる金額によって祝儀袋迄、凝ったりする。
これは、日本的風習であり日本的美学でもある。
さらに言及すれば、神社に奉納する御賽銭もそうだ。
初詣の際に、神殿脇にQRコードが在って、スマホをかざしてから二礼二拍手一礼礼したんじゃ、御利益が薄れて仕舞いそうだ。
コードで求めた御守りでは、何となく頼り甲斐が無い。
御神籤(おみくじ)だって、スマホで支払ったら凶ばかりが出て来そうだ。
第一そんなにしたいならその内、御守りや御神籤はネットで入手するように為るかも知れない。
それでは、日本独特の新年の風物詩が消え、無粋極まりないと感じてしまうのだ。
 
大体、寒空の下で開け放たれた社務所の、御守りや御札をかじかむ手で『上』と印刷された袋に入れて渡してくれる、多分臨時で雇われたのだろう若い巫女さんの、
「○○円、御納め下さい」
「御詣り、御疲れ様です」
という、何とも新年らしい言葉を聞けなく為るのは寂しい限りだ。
 
それにもし、
「明けましておめでとう御座います」
の挨拶と同時に、親戚の子供等が御年玉を貰う為に、一斉にQRコードを出すことに為ったら、それこそ、無粋を通り越して野暮というものだろう。
古臭い考えの私は、そう思ってしまうのだ。
 
ところが、昨年末のテレビ・ニュースが、私が最も恐れていたことを報じたのだ。
何でも、或る神社が御守り各種をネットでも入手出来る様にしたそうだ。御神籤も同様だ。
何でも、昨今の御時勢もあり、可能な限り人体接触を避けたいとの意向から始まったそうだ。
その報を聞きながら私は、
「遂に、野暮がまかり通る時代に突入してしまったのか!」
と、観念する気に為った。
そして、
『近い内に、神殿の賽銭箱にもQRコードが掲げられるのだろうか』
とか、
『子供達は、QRコードをポケットに忍ばせて、親戚廻りをするのだろうか』
と、要らぬ妄想をして、一人で落ち込み溜息を吐いていた。
そういえば前回の初詣では、御守りや破魔矢は通常通り対面で受け取ることが出来た。しかし御神籤は、小さな賽銭箱みたいな箱に御金を入れ、ひとまとめに為った箱から、抽選の様に取り出す形式が取られていたことを思い出していた。
 
忙しい年末なのに。
 
 
私も随分と年齢を重ねたので、御年玉をあげることも無く為って仕舞った。親戚や友人の子供達が、皆成人してしまったからだ。
 
しかし、こんな私も年末は兎も角、年初は比較的決まった行動をする。
今年も元日には、墓参りに出掛けた。御寺で供える花一対と御線香を買ったら、100円のおつりをもらった。空っぽだった小銭入れに、新年早々入金が有ったのだ。
2日は朝一で、新宿のデパートに並ぶ。初売りの福袋と、弁当を買う為だ。
福袋といっても洋服は、昔から御気に入りのブランドだけだ。それを、毎年の普段着の入れ替えとする為だ。それと、メンズフレグランスを買うことにしている。これで、汗っかきの私も通年、周りを不愉快な気持ちにさせないで済んでいるのだ。
弁当は、初売りの後に向かうラグビー場で食す為に購入するのだ。
そう、私の1月2日は、ラグビー大学選手権準決勝を観戦する日と決まっているのだ。
 
そして、3日になって初めて私は、毎年初詣に行くことにしている。以前は元日の夜明け前に行っていたが、寄る年波で冬の寒さが堪えられなく為って来たのだ。加えて、このところの流行り病を恐れて、寒い最中に人混みを避けようと考えてのことだ。
それに、人生で初めて大きく引っ越しをした4年前から、近所の氏神様にも御詣りすることにしている。年寄りの新参者を、氏神様に覚えて頂こうと考えてのことだ。
今年も初詣前に、氏神様へ御詣りに出掛けた。丁度いい具合に、元日のおつりの100円玉が有ったので御賽銭にした。
 
 
私が初詣に出向くのは、神田明神だ。ただし、事業を営んでいるから商売の神様という訳では無い。
神田明神の御神体は、平将門公だからだ。別に私は、反鎌倉派の末裔ではない。
御神体と同じ一字を、命名されたからだ。特に理由は無いが、何となく御利益が多そうだと考えてのことだ。
 
私は今年も、東京・大手町の『将門塚』(将門公の首塚)に手を合わせた後、神田明神へ向かった。
神田明神は、今年も混んでいた。この御時勢で、人混みに長時間滞在することは、多少なりとも憚られた。しかし既に私は、昨日、結構混んでいるデパートや20,000人は集まっていたであろう国立競技場へ行っていたので、今更感が否めなかった。
 
長い行列に1時間ほど並んだ頃、私は、神田明神の本殿手前まで進むことが出来た。
その時、良からぬことに気が付いた。正確には、やっと気付いた。
 
その日の朝、氏神様に御賽銭したので、一切の硬貨を持ち合わせていなかったことに気付いたのだ。
しかも、御年玉をあげることが無かったので、年末に銀行で両替をしていなかったのだ。
人混みで確認出来なかったが、札入れ代わりに持ち歩いているポーチの中には、確か数枚の一万円札しか入っていなかった筈なのだ。
さらに悪いことには、例え同じ一字を持つ平将門公といえども、御賽銭に一万円を納める財力と勇気と気前良さを、私は持ち合わせていなかったのだ。
 
私は、いった列を離れて両替しようかとも考えた。しかし、寒さに耐えながら1時間も並んだ苦労を無にすること等出来る筈も無かった。
周りの人混みに、両替を頼める訳が無かった。
ましてや、御賽銭におつりを頼む等、出来る相談では無かった。
私の焦りをよそに太い列は、じりじりと本殿に近付きつつあった。
私は焦りつつも、必死で周りを見渡した。何とか両替は出来ぬものかと考えて。
 
そして心の中で、
『何で御賽銭は、クレジットカードやICカードで対応出来ないんだよう!』
と、罰当たりなことを考え始めていた。
 
 
本殿迄、後10人程に近付いた時、私は参拝者の列の直ぐ脇で、
「両替はこちらです!」
と、やや場違いな声を耳にした。
そちらに目を遣ると、御神籤が詰まった箱の脇で、若者が小銭の両替をしていたのだ。
私は藁にもすがる思いで、やや遠いその若者に、
「一万円札を両替して下さらんか」
と、やや時代が掛かった言葉を掛けた。
若者は、
「全部札で良いですか」
と、腰に下げたポーチの中を覗きながら近付いてきてくれた。
「助かります」
私は、息子にしては若過ぎる年齢の若者に礼を言いながら、ピン札の一万円を手渡した。
若者は、やや笑顔に為りながら、
「では、こちらで。お確かめ下さい」
と、私に五千円札1枚と千円札5枚を手渡してくれた。
両替が出来て安堵した私は、一路本殿へ向かった。
そして、若者から受け取った千円札を一枚、本殿前の賽銭箱に納めた。
納めるのを五千円札にしなかったのは、私の貧乏性の為せる業だ。
 
通例通り、二礼二拍手をし合掌した私は、将門公に住所と名乗りをし、今年の目標を申し出た。
そして、合掌を解き深く一礼した私は、本殿前を離れた。
 
 
そして帰り道、罰当たりなことに、
「マッタク! 今日の焦りは、中途半端なキャッシュレス化のせいだ!」
と、毒吐いてしまった。
 
もしこれで、今年が良くない年に為って仕舞ったら多分、
「これからは、全面的に現金主義で行く!」
とか言って、500玉貯金を復活させることだろう。
 
 
さぁ、今年はどんな年に為るのだろうか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeasonChampion

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2023-01-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.201

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