週刊READING LIFE vol.201

娘の帰省を増やすための、年末年始のルーティン改造計画《週刊READING LIFE Vol.201 年末年始のルーティン》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/1/23/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
クリスマス明けの福岡空港は、思ったほど混雑していなかった。世の中は冬休みだから利用客が多いのではないか、という予想が外れてホッとする。けれど、あと数日もすれば、きっと帰省客でごった返すのだろう。一人で車を運転して来ていた私は、空港の駐車場にすんなりと入れたことに安堵した。夏に来たときは駐車場に停めようとする列が全く動かず、クーラーを最強にしても猛暑の中汗まみれで、出迎えが間に合わずヤキモキしたことを思い出す。車外に出ると冷たい風に思わず身震いしたけれど、私は弾む足取りで空港の到着口に向かった。良かった、到着時刻に間に合った。今日は、大学生の娘が帰省してくる日なのだ。
 
到着口はガラス張りになっていて、向こうに手荷物受取所のターンテーブルが稼働しているのが見える。私はよく見えるようにと、ガラスの前にできるだけ近づいた。隣を見ると、ガラスに張り付いている私くらいの年代の女性が2、3人いる。目が合うと、私たちはどちらともなく微笑みあった。たぶん、私たちはお仲間だ。
 
しばらくすると、娘が乗ってきた便の表示が現れてターンテーブルが動き出し、荷物が流れ始めた。パラパラと飛行機から降りた人たちの姿が見え始めると、到着口の自動ドアから続けざまに乗客が吐き出されてくる。すると、隣にいた女性の顔がパッと明るくなり、私に軽い会釈をすると、ドアから出てきたキャリーケースの主に急ぎ足で向かっていく。その女性に気づいた若い男性が、足を止めて笑っていた。きっと息子さんなのだろう。2人の姿を見送ると、私は再びターンテーブルに目を移した。まだ娘の姿はない。元来のんびり屋の娘は、母の心など知る由もない。
 
ターンテーブル前の人だかりが3分の1くらいになったころ、ようやく見覚えのある後ろ姿が目に入った。こちらには気づいていないようだが、母には顔が見えなくても一目でわかるのだ。タイミングよく、奥から娘のキャリーケースが流れてきた。いまだに高校時代に買ったキャリーケースを愛用していて、ケースのベルトもお馴染みのものだから、これもまたすぐにわかる。荷物を下ろした娘は、ようやくそこで振り向いた。そしてガラス越しにガン見している私に気づき、爆笑しながら到着口を駆け抜けてきた。
 
「久しぶりー!」
見慣れない服や髪の色など見かけは変わっても、笑った顔は幼い頃から全く変わらない。夏休み以来だから、約4か月ぶりの再会だ。やっぱりビデオ通話で話すのと、直に会うのではライブ感が違う。実感したくて、娘の背中や腕をポンポンとはたく。手を伸ばせば温もりが感じられる距離に、思わず顔が緩む。
 
久しぶりの再会に、お互いちょっとぎこちない時間が流れる。それもつかの間、車に乗り込んで自宅までの約1時間半、私たちは会えなかった日々を取り戻すかのように、それぞれの4か月間に起きた出来事をしゃべり続けた。気がついたら家に到着していて、行きと帰りではまるで時間の長さが違うように思えた。
 
「え、もう大掃除ほとんど終わったんだ?」
家に入るなり室内を見回した娘は、驚くと同時にうれしそうに見えた。
年末まで、残すところあと1週間。いつもなら、年末のラスト3日間が我が家の大掃除期間になる。というか、私が勝手にそう定めていたようなものだった。数年前までフルタイムで仕事をしていた私が、仕事納めのあと大晦日までに超特急で家じゅうの大掃除を済ませるため、例年鬼気迫る勢いで夫と娘に協力を仰いでいたのだ。それで、2人は仕方なく付き合ってくれていた次第である。
 
普段から少しずつやっていればいいのだが、なぜか年末に大掃除をしなければ年が明けないような気がして無理やり全部やろうとするので、夫と娘はいい迷惑だったかもしれない。もはや年末年始のルーティンに組み込まれた気の進まない行事だっただろうから、ほとんど終わったと聞いて娘が笑顔になったのはやむを得ないだろう。
 
「これ、見てよ」
私はA4サイズの紙を娘に差し出した。カレンダーのように日ごとに線で区切った表のようなものを作って、12月にやるべきことが一目で見渡せるようにしたものだ。結局昨年も年末3日間でヘトヘトになった私は、無理しないように毎日少しずつ終わらせていく方法を、ようやく取り入れることにしたのだった。
 
師走は掃除だけでなく、何かと忙しいものだ。なので、まずやるべきこととやりたいことを別の紙に一旦箇条書きで書き出して、それをカレンダーに書き込む要領で振り分けていく。大きめのカレンダーがあればそれを利用してもいいと思うが、紙だと持ち運べて出先でも見ることができるのがメリットだ。
 
そして書いた用事を終わらせることができたら、その一つひとつに花丸をつけていくと気分が上がった。目で成果が見えるのは、単純に充実感が味わえておすすめだ。花丸以外でも、例えば×印だと「終わった!」という感じですっきりすると思うし、そこは好みでいいと思う。
 
ほぼ花丸で埋まった紙を娘に見せて、私は満足していた。娘が自分の部屋の掃除と窓ふきはやるというので、さらにペースダウンしてもミッションコンプリートできそうだった。今回の帰省中、娘は成人式(今回からは、私の居住地では「20歳のつどい」と名称変更)を迎える。そして、その翌日には大学の授業が始まるため戻っていく。今回は中学や高校の同窓会などの予定や他の用事もあるので、案外娘とゆっくりできる時間が取れないかもしれないと思った。
 
できるだけ家族で楽しむ時間を取りたくて、今回ようやく私は前倒しで年末のルーティンをやろうと決意したのだった。結局、他の掃除も娘が手伝ってくれて、やることが多すぎてストレスだらけだった年末とは打って変わり、私は思いのほか余裕のある年末を過ごすことができた。味を占めたので、来年からもこの方式を習慣化しようと思っているところだ。ちなみに、いつもモデルルーム並みに家をきれいにしている私の知人は、年末の大掃除をしないという。日常的にこまめに掃除をしているから、年末にまとめてやる必要がないらしい。そこまで日常に溶け込ませることができればしめたもの。ぜひ見習いたいところだ。
 
年が明けて、実家に行ったり三社参りをしたりして、私たち家族はいつもの年始を過ごした。おせち料理を食べて、飲んで、若干胃もたれしながら今度は年始のルーティンをこなしていく。三が日を過ぎて普段の食事に戻っても、まだお正月気分が抜けきれず、食べ過ぎや生活リズムの乱れを引きずったまま「20歳のつどい」の日を迎えた。
 
会場で会った娘の同級生たちは、名前を聞かなければ誰だかわからないほど成長していて驚いた。今の顔に幼い頃の顔がようやく重なると、懐かしさでいっぱいになった。やんちゃだった子がすっかり落ち着いた雰囲気を醸し出していたり、おとなしかった子が積極的に話しかけてくれたりと、みんなそれぞれ「大人」になっているんだなと、娘も感慨深かったようだった。
 
時が経てば昔は性格の違いから話せなかった同級生と気軽に話せるようになっていることや、世界が広がって様々な年代や考えの人たちと交われば、やはり幼い頃を一緒に過ごした仲間の良さが再確認できて、新たな発見だったらしい。次にこの場の友達と顔を合わせられるのは、何年後かわからない。みんなの晴れ着姿を見ながら、娘の保育園や小学生の頃を思い出す。20年なんて長いようで、時が過ぎるのはあっという間だ。
 
娘が帰省してから、2週間が飛ぶように過ぎた。今度は夫と共に娘を空港まで見送りに行った。毎回保安検査場で別れる前、泣くまいと思うのに勝手に涙が出るのは困ったものだ。今度戻ってくるのは春休みだから、それまではほんのちょっとの間だと自分に言い聞かせて、検査場の向こうに消えていく娘に大きく手を振った。飛んでいく飛行機を夫とデッキで見送りながら、娘に見えているかわからないけどまた精一杯手を振る。見送りは何度やっても、慣れることがない。
 
1月11日の鏡開きには、ぜんざいを作った。これにて、私の中でようやく年始行事のルーティンが終了する。関東ではお汁粉ともいうらしいが、福岡では汁気のある粒あんにお餅を入れたものをぜんざいという。切り分けた鏡餅を焼き、熱々のぜんざいに投入する。炊き立ての小豆の匂いと、焼いた餅の香ばしさがほどよくブレンドされ、私の鼻を刺激する。
 
そういえば、娘はぜんざいが大好きで、鏡開きの日を毎年楽しみにしていた。食べながら、ぜんざいを嬉しそうに眺める娘の笑顔がちらつく。去年の冬休みも授業が始まるからと戻ってしまい、食べさせることができなかった。あちらで就職すれば、もう食べさせる機会などめったになくなるのかもしれない。
 
ふと、それならば、今度春休みに帰ってきたときにサプライズで作ってやろうと思った。年末年始の行事納めと位置付けている鏡開きとは別に、食べ損ねた娘のためにぜんざいを作りたくなった。今回年末だけに集中して大掃除をしなかったように、「ぜんざいを作るのは鏡開きのときだけ」と限定してしまわなくてもいいのではないか? ルーティン化して、固定された自分の中の思い込みがスルスルと解けていく。家族の環境が変わったら、その状況に合わせることも必要なことだろう。
 
娘にぜんざいを出して、「何で時季外れの、今?」と聞かれたら、「作りたかったから」と笑おう。互いに笑いながら、一緒にぜんざいを食べよう。そうやって、少しでも娘が好きなものを作って、今回みたいに掃除の負担も減らしたりして、帰省が楽しみになるようになればいい。
そして、できれば帰省の回数が増えるといい。
そんなことをこっそりと画策しながら、次の帰省を心待ちにすることを許してほしい。
これでも、少しずつ娘がいない生活に慣らしてきた母の、精一杯の企てなのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県在住。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、推し活、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2023-01-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.201

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