ラーメン屋とパフェ屋の見える「音」《週刊READING LIFE Vol.201》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2023/1/23/公開
記事:石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
うちの近所には、少し奇妙な光景がある。
駅から我が家への道すがら、大通りから一つ筋を入ったところに人気のラーメン屋がある。
全国でファンの多い、いわゆる“二郎系”と言われる店だ。コッテリとしたスープに、大ぶりのチャーシュー。麺はもはや“うどん”のように太麺で、ツルツルとすするというより頬張るようにワシワシと食べる。これでもかという量の野菜が盛られ、その脇に生のニンニクがちょこんと添えられる。
強烈な見た目と味は、食べる人を選ぶが、それだけ熱烈なファンも多い。
全国に根強いファンがいて愛されている店だ。近くに大学があることもあって、お昼時には行列ができている。
並んでいるのは、いかにもたくさん食べそうな男子大学生が多いが、よく見るといろんな人が並んでいる。会社帰りの初老のサラリーマンもいれば、杖をついたおじいちゃんもいる。時には、とても華奢で細身の女性が一人で食券を買っていることもあり、さすがに男性率が高いその店の行列の中では少し目を惹く存在になっている。
並んでいる人々の期待に満ちた顔を見えると、この店が決してイロモノではなく、老若男女に愛される店であることがわかる。
そして、その店の隣。
駐車場を挟んで、そのラーメン屋の並びには、おしゃれなパフェのお店がある。
雑誌でも何度も取り上げられている店らしく、こちらも大変に人気で行列が絶えない。
通りから店内を覗くと、さすがに“パフェ屋”なだけあって女性が多いイメージだ。色とりどりにデコレーションされたパフェを皆それぞれスマホで撮影している。
肝心のパフェは、どれもフルーツ盛りだくさんでファンが多いのも納得の贅沢感あふれるものである。
パフェそれ自体だけでなく、総合的に演出されていて、パフェが乗った器自体にもおしゃれなデコレーションがなされている。パフェが運ばれてくると、皆弾けるような笑顔になるのが印象的だ。
こちらの行列は、主に女性が中心である。
見たところ年齢層はさまざまで、制服を着た学生からシルバーヘアーが素敵なマダムまで、皆少女のように期待に胸を躍らせながら列に並んでいる。メニューを選びながら、どうしようどうしようと悩んでいるのもとても楽しそうだ。
さて、この光景の何が奇妙なのか。
二つの店の行列がつながってしまうことがあるのである。
一つは爆盛りが売りのラーメン屋。老若男女に愛されているとはいえ、並んでいるのはやはり若い男子が中心だ。格好もTシャツに短パンとか、ラフな格好であることが多い。当然である、その店のラーメンを食べることは“食事”というより“戦い”だ。戦闘に過度な装飾は不要とばかりに、皆シンプルで“おしゃれ”とはお世辞にもいえない格好である。
方や、隣のパフェ屋のお客さんの中心は、年齢にバラツキはあるが、皆着飾った女子である。
雑誌に取り上げられているほどのパフェ屋である、お値段もファミレスレベルではなく、その倍以上はするだろう。この店のパフェは、食事の最後に気軽に食べるデザートではなく、わざわざ着飾ってお出かけする、もはや“イベント”なのだ。女子としては気合が入るのも当然である。
その行列が、交わるのである。
それぞれの店はコインパーキングを挟んで隣同士に立っている。
そして、その行列はそれぞれの店の方に伸びていてく。一方はいかにも汗の匂いのしてきそうな男子の列。もう片方は、見た目も華やかな女子の列である。それぞれの行列が間にあるコインパーキングの入り口付近で交わることがある。
列同士が交わって、どっちがどっちの行列なのか、はっきりしなくなる。
そんな状態の時に、その道を通りかかると、実に興味深い光景が見えてくる。
どちらのお店も多くのお客さんが、一人というより何人かできていることから、話し声が聞こえてくる。
話に耳を傾けてみると、ラーメン屋の方は大体今日食べるラーメンのサイズとかトッピングの話だ。チャーシューは乗せるのか、野菜はマシマシにするのか、まだ午後も授業があるからニンニクは控えておこうとか、いや関係ないね俺は印肉マシマシだぜとか、自由奔放にウキウキとした会話が聞こえてくる。
そしてこれは、パフェ屋の方も同様である。
せっかくきたんだし、この3000円する豪華なやつにしようか、季節限定のフルーツ使ったスペシャルなパフェにしようか。ラーメン屋の男子と同じく、パフェ屋の女子も期待に胸を躍らせてパフェの話をしている。評判の店に、行列に並んでまでパフェを食べようとしているのだ。期待が膨らむのも当然である。
“戦い”にきているラーメン男子たちも、“お出かけ”できているパフェ女子たちも、それぞれ楽しみな気持ちを隠そうともせず、これから自分の前の前に提供されるであろう一品に思いを馳せている。
駅から自宅までの道にあるこの両店の前を、当然ながら僕は日常的に通りかかることになる。そして毎回聞こえるこのワクワクとした気持ちを隠そうともしない、期待を込めた会話が、程度の差こそあれ、毎回楽しみなのである。
好きな「音」を考えた時、最初に思い浮かぶのは「人の会話」だった。
何かを合図するベルのような音も当然嫌いではない。カップラーメンの3分を待っているキッチンタイマーの音は待ち遠しいし、鳴るのを今か今かと待っている。映画や演劇を見に行った時の開幕を告げるブザーも、ブザーと共に暗くなっていく会場の様子も好きだ。
もっというと、ジェットコースターの発進のベルや電車の発車ベルも好きかもしれない。
いろんな“合図の音”は、その後に続く楽しみがセットになっているから、自然とその音自体を楽しみになってしまうのかもしれない。まるでパブロフの犬である。
そうなのだ。その「音」自体を好きなわけではないのだ。
その後の、「お楽しみ」が待っていることがわかっているから、好きなのだ。
人の声だと、どうだろう。
何かを楽しみにしている声は、普段よりワントーン明るいことが多いように思う。
しかも人間には表情がある。それをしゃべっている笑顔もセットで、その「音」を目にすることになる。その目にすることができる「音」がたまらなく好きなのだ。ただ鳴るだけの「音」ではなく、気持ちが素直に表情に出ている、見て楽しい「音」が好きなのだ。
そしてこれは“期待”とか“楽しみ”などのポジティブなものだけではない。“悲しみ”や“不安”といったネガティブなものにも当てはまる。
例えば、映画や演劇を見ていて、俳優が怒りに震えていたり泣いていたりする。
その演技を見ていて、何か違和感を感じたことはないだろうか。もっといえば、率直に「この俳優、演技下手だなぁ」と思ったことはないだろうか。
僕はそれは「表情」と「音」がずれている時に感じる、と考えている。
つまり、どれだけ辛いことがあった場面で俳優が苦悶の表情を浮かべていたとしても、見える「音」である表情と、聞こえる「音」のトーンが合っていなければ、自然と違和感を感じるのである。これは決して僕が演技を見慣れているから判別できるのではない。
人間には自然と「嘘」を見抜く能力が備わっているらしい。視聴者は自然とその、見える「音」と聞こえる「音」を総合的に判断して、それが嘘っぽ、所謂“演技”なのか、それとも真実らしく素晴らしい俳優の“表現”なのかを見分けているのである。
実に細やかな表情の変化や音程の高低を見分けて、人は他人を見ているのである。
そう考えると、名優の演技は恐ろしく繊細な技巧と、唸るほど熱い感情に下支えされているのがわかる。
今日もまた、駅からの帰り道。その店の前を通りかかった。
二つの店の行列は、ほぼつながっているように思えた。コロナ禍に終わりが見えてきた昨今、外出する人が増えたせいもあるだろう。どちらの店も大繁盛のようだった。
ふと聞こえてきた会話に、通りがかりの僕まで思わず微笑んでしまう。
あぁ見える「音」が好きなのだ、と。
□ライターズプロフィール
石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1989年生まれ、横浜生まれ横浜育ち。明治大学文学部演劇学専攻、同大学院修士課程修了。
俳優として活動する傍ら、演出・ワークショップなどを行う。
人間同士のドラマ、心の葛藤などを“書く”ことで表現することに興味を持ち、ライティングを始める。2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。
劇団 綿座代表。天狼院書店「名作演劇ゼミ」講師。
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