週刊READING LIFE vol.204

26歳になったあなたへのバースデーカード《週刊READING LIFE Vol.204 癒される空間》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/2/14/公開
記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
お誕生日おめでとう。
 
この2月1日で、あなたは26歳になりました。月日の経つのは早いものだなと思いながらも、ここまでよく育ってくれました。心からのおめでとうを言います。
 
26年前のことを少し思い出しています。その日は、予定日よりも1週間ほど早かったのです。
朝起きて、じんわりとした気持ち悪さがありました。そのうち少しお腹の痛みを意識し始めました。それがだんだん強くなって、これはもう耐えきれないぞというところまできて、初めて私は言いました。
「ねえ、お腹、痛いんだけど」
「え!」
「たぶん、生まれる」
急いで産婦人科に連絡をして、着いてからの出産は一気に進みました。あなたが2番目の子どもだったこともあってお産は30分ほどで終わりました。上のお兄ちゃんの時は産道が開くまで本当に時間がかかってしまいましたが、経産婦なので2番目以降のお産は早く軽かったのです。
 
お兄ちゃんはどちらかというと私に似て色が白かったのですが、あなたはそうではなかった。
「今度の子は、色が黒いのねえ」
見舞いに来た私の母、あなたのおばあちゃんが、あなたを見るなり言ったひとことは今でも覚えています。
 
子どもが複数いれば当然性格も違います。おとなしいお兄ちゃんとは違って、あなたは大きな目をくりくりとさせながら、なんにでも好奇心を持つ子でした。よく動いて、よく食べて、表情も豊かにすくすくと大きくなりました。
一言でいえば、幼児や小学生の頃のあなたはやんちゃ坊主でした。でも人を困らせたり、痛めつけたり、泣かせたりするようなことはしないやんちゃだった。いっぱい動いていたずらをしても、どこか許せるような、癒されるような魅力があなたにはありました。
 
そのまま大きくなってくれればいい。親としてはそう願うものの、周りの環境がそうはさせない場合もあります。住んでいるところの公立中学校の質がとても悪いため、お兄ちゃんに続いてあなたも中学受験をすることになりました。
 
明るくてやんちゃで気がいいけど、自分が気に入らないことについては一切受け付けない、やりたくないという、頑固な一面を持ったあなたは、今思い返してもすごくすごく中学受験の勉強を頑張ったと思います。あまり勉強が好きではないあなたが、小学校から下校して、そのままお弁当を持って電車に乗って週に3回、塾に通っていました。塾が終わるのが21時過ぎ、寒い中、車で毎回駅まで迎えに行ったのも懐かしい思い出です。
 
あなたはすごく頑張っていた、それは目標とする私立中学があったからです。あなたはそこがすごく気に入っていた。それはとてもわかっていましたし手が届くところにいました。受験校を決める段階になって、本命の中学とともにいくつかの学校を選びました。本命と、もう1つ私立中学と、日程が違っていたので国立の中学も受けてはどうかということになり、その3校をメインに組み立てました。
 
無事に迎えた受験の日は奇しくも2月1日、あなたの12回目の誕生日でした。本命の中学の受験日にあなたは自分の力を信じて、出し切ったと思っています。そして翌日は国立中学の受験日でした。私立とは受験の傾向も大きく異なりましたが、それなりにできたよと言っていましたね。でも倍率も高かったし、親子して受からなくても仕方ないねという気持ちでおりました。
 
本命の中学の合格発表はネットだったので、画面で受験番号を見つけてみんなで喜びました。ところが、です。これでめでたしと思った矢先のことでした。あなたは受からないはずの国立の中学にも合格してしまったのでした。
 
私と、あなたのお父さんはとても悩みました。
本命の私立中学、いい学校だと思う。でもせっかく受かった国立の中学もいい学校だし、何よりも学費が安い。高校受験はあるけど質のいい教育をしてくれる。そして周りも国立中学の方がいいから、としきりに言ってくる。本当に考えて考えて、私たちはあなたに言いました。
「あのさ、国立に行かない?」
「なんで?」
「本命もすごくいい学校だけど、国立もとてもいいから」
「なんでそこに行かないといけないの? 行く気、ないから」
行く気がないからと言うあなただったのに、猛烈に嫌だ嫌だと言わなかったのをいいことに、私たちはあなたを説き伏せたように思いました。「いい学校だから」に加えて「学費が安いので」と。そしてとうとうあなたは国立の中学に行くことを受け入れたのでした。
 
今思うと、優しいゆえに、親の言うことに逆らいきれなかったのだと思います。そしてなんと残酷なことをしたのだろうと思います。本命の私立中学の制服の採寸まで済ませていたのに。あの頑固なあなたが、ここに受かるためにどれだけ頑張ってきたのだろうと、私たち親はその想いを考えようともしなかった。ただただ、周りへの見栄と、学費のことを重きに置いて、無理矢理あなたの意思をねじ曲げてしまったのでした。
 
つとめて明るいあなただったから、中学の入学式では早速近くにいた子と友達になっていたくらいだけど、何事においても自主性を重んじる校風が実はあなたには合ってはいなかったと気がつくのは、中学2年の半ばころからでした。積極的に自分なりの研究発表をしなさいというシステムが決定的に合わなかった。中学生にしては早く大人になることを求める校風で、そして周りの子たちもどんどん自主的に勉強をして成績を伸ばしていく中で、明るいけど誰か頼りになる人が欲しかったり、助けてくれる人が必要だったりしたあなたは、教室の中に居場所を見いだせなくなっていきました。
「今日、登校していないんですが……」
中学3年になると毎朝のように担任からメールがきました。最寄り駅まで車で送って行っても登校していない。私は仕事を切り上げてあなたを探す日々でした。乗換駅で下車して、地下道のベンチでじっと座っているのを見つけたこともあります。中学の最寄り駅まで一緒に付き添っていったのに、校門の前で「やっぱり行きたくない」と言い出してそのまま帰ったこともありましたね。どんなに辛いことをさせてしまったのか。今となっては申し訳ない気持ちしかありません。
 
そんなに早く大人になんてなりきれないし、ついていけない。あなたはどんな気持ちで、あのころ毎日を過ごしていたのでしょうか。高校受験を目前にして内申点が低かったため、高校は単願で推薦をもらうことにしました。中学受験で頑張ったあなたが、誰も知らない高校に行くなんて3年前は誰が想像したでしょう。それでも高校を見学に行き、自分の意思で単願の学校に行くとあなたは決めました。
 
進んだ高校では幸いなことに恩師に恵まれ、友人たちとも楽しそうに過ごしていました。丁寧に進路指導をしていただき、大学受験ではいい結果を出すことができました。偏差値が低くたって真面目にやっていれば結果は出る、それを実感した高校生活でした。
 
大学はかなりのマンモス校でした。希望していた学科に進み、2年生くらいまでは楽しくやっていたようですが、3年生になって一向に就活に動く気配がないことに気がつきました。だんだん雲行きがおかしいと思って問いただすと、ゼミの人間関係がうまく行かなくなった、とぽつりと言いました。
「何か誤解があるんじゃないの? 誰かに話してみたら?」
「うるさい、あんな奴ら、顔も見たくない!」
心配する私たちを横に、あなたは一切受け入れたくないという姿勢でした。どうやらゼミの中で、誰かに何かを言われたことに対して面白く思ってない様子なのはわかりました。一度無理となったらとことん避けるあなたにとって、他人へ心のシャッターを降ろしてしまったらそれっきりなのかもしれません。
 
誰か理解者がほしい、支えてくれる人がほしいあなたにとって、マンモス校の中でひとりぼっちになった時、もうなすすべもないと思ったのでしょう。見た目の快活さはまだ残ってはいましたが、表情は暗く、インターンシップなども全くしないまま臨んだ就活はうまくは行きませんでした。皆、ずいぶん早くから準備をしているのに、ポッとやってきて確たる志望動機もない学生など相手にはされません。そんな情報すらも入っていなかったのかと思うと、悲しくなってきます。
 
失意のまま勉学にも身が入らず、結局留年して大学は卒業しましたが、いまだに家にいるあなたにとって、では一体どうしたらいいのだろうと、親として何かしてやれることはなかったのだろうかと、考えない日はないのです。普通だったらどうにかして職を探して、自立していきたいと思うのでしょうけど、ゼミや就活で拒絶されたことが、社会に出ることについてあなたが躊躇する理由の1つになっているような気がします。
 
こんな状況になっても、どういうわけか不思議なことにあなたは悠然としています。家の居心地がよすぎるのかもしれません。私もついいろいろと余計なことを言ってしまうけど、それでも私がライターやカメラの仕事をしていると、とても興味深そうに質問してきて、しまいには室内撮影でカメラのライトを持ち、アシスタントみたいなことを楽しそうにやってくれるのです。私がパソコンに向かって一心不乱に原稿を書いていたり、どこかに取材に行くのでわさわさ準備をしたりしていると決まって「今日はどこにいくの? 何をするの」と尋ねてきます。料理をしているとじっと包丁捌きを見て、よく一緒に手伝ってもくれますね。
 
思い出したことがあります。あれはずっと前、あなたがまだ幼稚園だった頃のこと、今はもうなくなってしまった東急東横線の高島町駅で電車を待っていた時の話です。急行電車が通過するので突風が吹いた時、私はあなたを抱き寄せました。高架のホームだったので、風でどこかに飛んでいってしまいそうな気がしたからです。
「大事な大事な子だからね」
どこにも飛んでいってしまうことのないように、ちゃんと手だけはしっかり繋がないと。あなたはもう覚えてはいないかもしれないけど、思わず私はそう言いました。
 
他人から見ても、身内から見ても、現状は確かにどうしようもないかもしれない。まるで子どもみたいなことを訊いてくるなと思いながらも質問に答えると、あなたは「手伝うよ」と言ってくれますね。自分が今は何ものでもない、引きこもりなのにも関わらず。そんなあなたを私は憎みきれない。子どもの時から、何かを癒してくれるような存在に見切りをつけることなんて、できないのです。
 
本当は、あなたも社会に出たいのではないですか。私はそう思っています。普通引きこもりといえば親子関係が悪くなりがちだけど、不思議なことにそうではない。私もあなたに媚びることはしていないつもりです。働きたい、自立したいという気持ちはあるはずだし、どこかに何かのきっかけがあればちゃんとやっていけると信じています。何がきっかけになるかわからないが常にチャンスだけは逃さないように、あなたにとって何が最善なのか、考えていきたい。最後は、誰かに強制されることなく、自分の意思で進路を選びとって欲しい。そこまで見届けるのが、親としての責任です。それまではあなたを信じ続けます。
 
最後になりましたが、あなたはかけがえのない存在です。26歳の1年にいいことがあるように、心から願っています。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)

「客観的な文章が書けるようになりたくて」2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。文章と写真の二軸で勝負するライターとして活動中。言いにくいことを書き切れる人を目指しています。

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2023-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.204

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