週刊READING LIFE vol.204

くたびれた女VS冷めきった湯船《週刊READING LIFE Vol.204 癒される空間》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/2/14/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
なんでお風呂に入るってこんなに面倒くさいんだ、と思う。
 
仕事で疲れて帰ってきたとしても、飲み会帰りで少し良い気分の時も、そのままベッドにダイブして寝たいのに「お風呂」という面倒くさいものが私を待ち受けている。翌朝に入ればいいじゃないかと思うこともあるし、実際そうしようと思って化粧落としと歯磨きだけして寝つくこともあるのだが、翌朝お風呂に入る方が面倒くささが増してしまっているし、「あー面倒くさいなー。お風呂入るの嫌だなー……。もう1回寝よう」と思って二度寝してしまい、結果お風呂に入る時間なんてなくなってしまい、汚い話だがそのまま出社してしまったことも数回ある。その日はあまり人に近づかないようにしているし、お風呂に入らないのは面倒くさいけど気持ち悪くもあるので、残業はせずに定時になるとそそくさと家に帰る。そしてやっとお風呂に入るのだ。入って思うのは、「ああ、やっぱりお風呂には入らなあかんな」ということだ。
 
お風呂が嫌いというわけではなく、入ってしまえば何ともないのだ。入るまでが面倒くさいだけなのである。なんなら「あー、やっぱ入って良かったー」とまで思う。実家で暮らしていた頃も、湯船が張られていると必ず入っていた。だがしかし、入ったはいいものの、今度はその湯船から上がるのが面倒くさくなる。実家のお風呂には自動追い炊き機能がついていたので、お湯も冷めることなくいつまでも快適に入り続けることができるのだ。
 
転職を機に一人暮らしを始めてからは、湯船に浸かることは少なくなり、もっぱらシャワーで済ませていた。平日は特に残業が多くて帰りが遅くなるから、ということもあるが、一人暮らしなのに湯船を張るのがもったいないと感じてしまうケチな思いと、ゆっくり湯船に浸かる時間があるならさっさとシャワーで済ませて睡眠時間を多く確保したいという思いがあったからだ。
 
しかしここ数週間、どうにもこうにも寒い。ニュースで報道されたり、電車が前日から運休を予告されたりもしていた歴史的大寒波もやってきたが、それを除いたとしても年々日本が寒くなってきている気がするのだ。私が冬生まれのくせに寒がりだ、という点を考慮してもだ。帰宅してすぐに暖房をつけるし浴室暖房も入れるのだが、やっぱり寒い。これはどうしたものか。
 
数年前のお正月、コロナ禍のため帰省を中止した私は、同じ理由で帰省を中止した高校時代の友人宅で年越しをした。お風呂を借りる際に「この入浴剤、めちゃくちゃいいのよ!!!」と、某有名入浴剤を手に持って、他人の家なのにのほほんとお茶を飲んでくつろいでいた私のところへやってきた。どうやらその入浴剤は発汗作用がすごいらしく、それを湯船に入れるのと入れないのとでは出る汗の量がかなり違うらしい。そして肩こりも少し改善され、寝つきも良くなったらしい(あくまで友人の意見である)。湯船に浸かる習慣のない私は友人の熱に少し引きながら、話半分に聞いてみた。すると友人は、湯船張ってこの入浴剤を入れたから、ぜひ入ってほしい。そしてこの感動を味わってほしい、と言うのだ。友人とは高校以来の仲なのでそれなりに遠慮はいらない関係なのだが、でも他人の家で湯船に浸かるのはなんだか少々気を使う。それに、私は一度湯船に浸かってしまうと長い。
 
「いや、気使うからいいわ」と何度も断った私に対し、友人はまったく折れなかった。いつも何かと私に合わせてくれる人なのに、ここまで押しが強いのも珍しい。「いや! ほんまに! これは頼むから入って!?」と、語気も圧もだいぶ強めだ。
 
逆にここまで押されてしまうと気を使うこともないかと思い、私は「言うとくけど、私湯船浸かったら長いで」と宣言して、湯船に浸からせてもらうことにした。友人は好きなだけ浸かってくれ、と快く私をお風呂へ送り出してくれた。
 
久しぶりに湯船に浸かると、なんだかほっとした。そして友人が激推ししていた入浴剤の効果だろうか、結構汗をかいた。いや、高校以来の友人と言えど、他人の汗が混じった湯船にこのあと入るの嫌じゃないのか? という考えが頭を過ったが、もしそうだとしても今回は押しが強かった友人が悪いと思い直し、引き続き湯船に浸かり続けた。
それでも身体がぽかぽかして、とてもリラックスできた。そして友人の言った通り、その日は布団に入って数秒で眠りについた。翌朝友人にそのことを伝えると非常に満足そうにしていた。帰路に就く途中、私はドラッグストアでその入浴剤を買った。
 
ここ最近の寒さに、私はこの時の出来事を思い出した。そして、まだ家に残っているその入浴剤を入れて、湯船に浸かることにした。最近少し体重も増えてきたから代謝を良くする意味でも良いだろうし、肩こりも相変わらずつらいのでそれも少し改善できるだろうし、何より身体が温まる。一人暮らしなのに光熱費がもったいないとか、睡眠時間が減ってしまうとか、そんなことを気にしている場合じゃない。とにかく寒いのだ。かくして、湯船生活が始まった。
 
本当は38~40℃くらいの温度がいいのだろうが、私の家には追い炊き機能がついていないので少し熱めの43℃に設定する。光熱費を気にしている場合じゃないと言いながら、少しでも長く入りたいという、多少のケチ心はあるようだ。
 
問題は、湯船に浸かっている間、どう過ごすかということだ。実は約1年前、家の棚に本が入りきらなくなったことをきっかけに、電子書籍リーダーを購入していた。奴は、私がここ数年購入した物の中で一番有益だと感じるものだった。文庫本より少し大きいサイズで、恐らくiPadと同じくらいの重さだ。なのに、この中に何百冊、何千冊もの本が入っているのだ! 私が昔から何回も読み返しているお気に入りの小説も、勉強や仕事のために買った本も、笑いたい時に読みたいお笑い芸人たちのエッセイも、全部この小さい機械に詰め込まれているのだ!!! もちろん紙の本も大好きなので、買うまでにはたくさんの葛藤があった。それでもこの小さい機械の中に私の好きな書籍が全部入っていて、持ち運びもしやすく、防水機能までついている! つまり湯船に浸かりながらも「濡らさないようにしなければ……」という紙の本ならば必要な心配も、電子書籍リーダーであればする必要はない。スマホを触ってダラダラ入浴するより、読書をした方が時間の使い方としても有益だ。あとは入浴中に飲む水を用意するだけで、完璧な入浴タイムへの準備は万端である。
 
寒さをどうにかしたいという思いから始まった「湯船に浸かる」という行為だが、意図せず非常に意識高い系人間のような感じになってしまった。本来の目的が薄まっているような気もするが、でも悪ではないから良しとする。
 
いざ! 入浴!
 
今まで、なんでちゃんと湯船に浸からなかったのだろうと後悔した。デスクワークでくたびれても、外回りで脚がパンパンでも、温かい湯船に浸かるだけでこんなにほっとするのか。疲れた時の湯船って、こんなに癒されるものなのか。なぜ私は「お金がもったいない」とか「そんな時間あったらさっさと寝たい」とか、そういった理由で今まで避けてきたのだ。確かにお金はかかるかもしれないが、湯船に浸かった方が疲れも取れるし、寝つきも良くなるし、何より心がほっとして今日一日の疲れが飛んでいく。全部飛んで行くわけではないが、心がほっとする瞬間というのは、一人で暮らしているとあまりないものだ。それが湯船に浸かるだけで作れてしまうのだ。
 
しばらく湯船の幸せに浸っていたが、ここで満を持して、私のお気に入りアイテム・電子書籍リーダーの登場である。電源をつけて快適な読書タイムのスタートだ。いつも通勤中の電車は読書時間と決めているのだが、それも往復で1時間くらいだ。1日の読書量をもう少し増やしたいなと思っていた私にとって、この入浴時間は読書に充てるのにピッタリだった。
 
あー、なんて素晴らしい時間なんだ……。私は今、すごく自分のことを大事に労わっているぞ……。身体の疲れを取りながら、読書なんてしちゃってさ。非常に有益な時間の使い方をしているぞ……。と少々意識高い系な行動をしている(と思っている)自分に酔いつつ、お湯加減が少し冷めてきている気もしていた。時間を見ると、入浴して40分が経過していた。読書に夢中で、湯船の温度が冷めていっていることに気付かなかったのだ。
 
しかし、まだ入れるっちゃ入れる温度だ。
 
確かに、最初に湯船へ足を入れた瞬間の、あのほっとする感覚は40分経過した現在はもうない。何℃下がったのかはわからないし、当たり前だが最初より温度は下がっている。そしてもうすでに40分も浸かっているのだから、そろそろ上がった方がいいだろう、ということもわかっている。
 
だが、私はまだ湯船に浸かっていたかった。理由は大きく分けて3つ。
1つ目は、温かくはないけど決して冷めてはいない温度だということ。
2つ目は、まだ本を読んでいたいということ。上がって読めばいいじゃないかとも思うのだが、睡眠時間がさらに減ってしまうので、お風呂から上がるとすぐに寝るようにしている。
そして3つ目は、単純に湯船から出るのが面倒くさいということ。一番面倒なのは、3つ目が一番理由として大きいことだ。
 
……1時間までやったら大丈夫やんな、と、誰に許可を取っているのかわからないが、入浴時間を20分延長することを自分に許し、引き続き読書を続行した。次に時計を見ると、30分経過していた。入浴時間は1時間10分になってしまった。さすがに湯船の温度もぬるま湯ではない。もう上がらないといけないのは重々わかっている。しかし、やっぱり湯船から出るのが面倒くさい。非常に面倒くさい!
 
一旦、読書をやめて、電子書籍リーダーの電源を落とした。あとはこの身体を浴槽から出すだけなのである。しかし、それができない。なぜか。面倒くさいからだ。
 
読んでいる方は、こいつアホなのか? さっさと上がればいいだけじゃないか、とか、いや風邪ひくやろ、とか思うだろう。私も他人が同じことを言っていたらそう思うし、この文章を書きながら、自分のことだけれども、まったくの同感である。さっさと上がるべきだ。でも、上がれないのだ。その理由は、もう「面倒くさいから」以外の何者でもないのだ。そうとしか言いようがないのだ。
 
私はその後も「面倒くさい」に打ち勝つことができず、さらに20分経過した。入浴時間は1時間30分が経過した。水とまではいかないが、もう「湯船」と呼んでいいのかどうか微妙な温度になっていた。
 
どうしよっかな……上がろっかな……でも面倒くさいな……と飽きもせずそんなことを考えていたら、くしゃみが出た。そして、身体がぶるっと震えた。
 
あ、やばい。上がろう。
 
やっと「湯船から出る」という行為が「面倒くさい」という思いに勝った瞬間だった。ちなみに風邪は引かなかった。自分の身体の強さに感謝した。
 
その日以降も、私は湯船に浸かり、その度「面倒くさい」という思いと戦っていて、毎度同じことを繰り返している。世間で言われているような正しい入浴法でないことは確かなので、これが私の健康に有益なのかは疑問が残る。ただ、湯船に足を入れた瞬間や、入浴中の読書時間は、疲れて帰宅した一人暮らしの私にとって究極の癒しなのである。
 
今日もこの文章を書き終えたら、43℃に設定した湯船に浸かる。もちろん、友人に激推しされた入浴剤も入れる。今日こそは、面倒くさいという思いに打ち勝って、適切な入浴時間にしたいと思うのだった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。大阪府在住。
大阪府内のメーカーで営業職として働く。コロナ禍で当時付き合っていた彼氏に振られ、見返すために自分磨きを開始し、その一環で2021年10月開講の天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、振られた頃には想像もしていなかった方向に進もうとしている。

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2023-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.204

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