週刊READING LIFE vol.204

ようこそ! 「ちっちゃいものクラブ」の世界へ《週刊READING LIFE Vol.204 癒される空間》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/2/14/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
こじんまりとした園庭に、お揃いの帽子がピョコピョコと動く。
たどたどしい足取りで見つけた何かを先生に見せに行く子、砂場でプラスチックのスコップを取りあいっこしている子どもたち。あちらのほうでは、遊具に登りたいのに届かず泣き出す子もいる。見たところ、1歳から2歳児のクラスのようだ。思い思いに動く子どもたちの群れは、ちょっとしたカオスのようにも見える。
 
でも、総じてカワイイ。世話をしている保育士の先生は毎日大変な思いをされているだろうけれど、金網越しから眺める私にとっては、小さな子どもたちがいる空間は癒しでしかない。
ぷっくりとしたほっぺに、ぷにぷにした手足。3頭身、いや2.5頭身くらいかな。
小さな体が醸し出すものすべてが愛らしく、思わず目を細めてしまう。
 
子育て真っ最中のときには必死過ぎて、子どもたちを見ても、なかなかこんな風は思えなかったかもしれない。けれど子どもが成人してしまった今、勤務しているお店に子連れのお客様がくれば、ラッキー! と思って話しかけてしまうし、YouTubeでは子どもと動物の動画をついつい見てしまうくらい、「ちっちゃいものクラブ」の会員となってしまっている。
小さくてカワイイものに愛着を持ってしまうのは、幼稚な証拠なのかとも思ってしまうが、最近では『ちいかわ』というキャラクターも流行っているから、案外「ちっちゃいものクラブ」の潜在会員数は多いのかもしれない。
 
いつもは歩いて通る道ではなかった。保育園の横を通るときはたいてい車に乗っていて、ものの2秒くらいで通り過ぎてしまう。目の端で子どもたちの姿を捉えては、わずかに心が和むくらいの瞬間だ。
 
ところがこの日は、いつも車通勤なのに、何を血迷ったか徒歩で職場まで行こうと思いついたのだった。足が遅いのを見越して、余裕を持って家を出たために遅刻は免れた。それでも車では5分の距離が、歩いたら30分もかかるという事実に驚く。仕事終わりの疲れた体で、また同じ道を引き返さなければならない。仕事を開始する前に、もう若干お疲れモードだ。
 
帰り道は、片耳にイヤホンを突っ込んで音楽を聴きながら歩いた。これで多少は気が紛れる。この日は14時に仕事を上がることができたので、暗い道を帰るわけではないからその点では心配ない。それどころか冬なのに日差しが思いのほか強く、じわっと汗が染み出してきた。運動不足解消だと思いついたのは良かったが、これでは何だか続けられる気がしない。とにかく早く家に着きたくて、勢いの良い音楽に合わせるように足を運ぶ。
 
道の途中で、見慣れた看板が目に入った。娘が通っていた保育園の看板だ。案内通りに、この角を右に曲がってしばらく行けば園の前を走る道に通じている。我が家からも徒歩圏内の保育園だったが、当時フルタイムで働いていた私は朝早く車で娘を連れてきて、暗くなってから迎えに来るという毎日だったので、一緒に歩いてきたことはほとんどなかった。私は懐かしくなって、真っすぐ行くところを右に曲がった。
 
お昼寝の時間が終わったのか、子どもたちが園庭で遊んでいた。私の目に飛び込んできたのは、中でも一番小さなクラスの子どもたちだった。19年前と帽子の色が変わらないようだ。1歳ちょっとだった娘が目の前にいる子どもたちの姿と被り、私はタイムマシンに乗っているみたいにあの頃へと飛んでいく。到着したのは、19年前の保育園だ。まだ幼かった娘の残像が、園庭や園の部屋のあちこちを動き回る。
 
初めて参加する運動会で、泣きながら私のほうに走ってきたこと。
キャラクターのすべり台が大好きで、迎えに来たのに何度も滑りたがって帰るのが毎回遅くなったこと。
お遊戯会では、ステージの真ん中に座り込んだままになって観客の笑いを誘ったこと。
まだ上手く話せないのに、同じクラスのお友達とじーっと見つめあって何か交信でもしているような様子だったこと。
幼くて、ただそこにいるだけで、こちらの頬を緩ませる何かを持っていた時期だった。その頃を思い出すと、娘を抱いた時の甘い匂いが今でも鼻をくすぐる気がする。
 
子どもたちのあどけない顔を見ていると、昔を思い出してしまった。
園庭にいる若い保育士の先生は、片腕に子どもを抱く一方で、もう一人の子どもにも目を配っている様子だ。先生方は、片時も子どもから目を離すことがない。いくら仕事とはいえ、気を張る毎日だろう。前職で幼稚園や保育園を巡回して先生方と話すことがあったが、その時に先生方の熱意と愛情に頭が下がる思いがしたことを覚えている。働く親たちにも配慮しながら、子どもたちのことを必死で考える先生に思わず涙が出そうになったこともある。そこで初めて先生方の思いに触れて、どれだけ私も保育園にお世話になったか思い知らされた。
 
初めての子どもで何も知らない私に、トイレトレーニングのやり方を教えてくれたのも担任の先生だったし、骨折した娘の通園に心を砕いて世話をしてくださった主任の先生は、私が心配しないように退勤後に家まで様子を伝えに来てくれたこともある。親も子も、すっかり面倒を見てもらっていたのだと、後になってわかった。
 
今年の1月、帰省した娘は「20歳のつどい」に参加した。会場は、保育園の目と鼻の先にある場所だった。式を後ろで見守っていた私は、出席者している娘の同級生の成長ぶりも楽しみにしていたのだが、こんなご時世のためみんなマスクを着けての参加で、誰が誰なのかさっぱりわからない。
 
小学校区ごとに行われた式には、該当者の3分の2くらいの人数が出席していた。娘が通った保育園の出身者は、ほとんどがここの小学校に入学したので、知った顔は多いはずだった。「せっかくの機会だったのに」と残念がっていたら、主催者が式の終了後、円を描くように椅子を設置し始めた。マイクを持った出席者の自己PRならぬ、近況報告タイムが始まり、名前を名乗るたびに出席者だけでなく、後方の保護者からもどよめきが起こる。
 
大学生で遠方にいる人、地元で就職している人。自衛官として体を張っている人や、看護師として忙しい日々を送っている人。毎回運動会でリレーのアンカー常連だった二人は、今も昔と雰囲気が変わらないけれど、小さい頃とは全く感じが違う人もいた。それでもみんなの名前を聞くたびに、幼い頃の顔が頭の中に浮かんだ。ああ、確実に時は過ぎているのだ。

 

 

 

再び、金網越しに目の前の子どもたちの顔を眺めてみる。視線に気づいた子どもが、こちらをじっと見つめている。思わず手を振りそうになったが、少し考えて踏みとどまった。
この子たちも、あっという間に大きくなる。ほんのわずかな無垢の時間。これからたくさんのものを見て、いろんな経験をして大人へと近づいていく。どうか健やかにすくすくと育ってほしい。そんなことを、近所のおばちゃんは願っているよ。
 
気がつけば、子どもたちにパワーをもらったのか、そう疲れを感じなくなっていた。「ちっちゃいものクラブ」会員のダメージ回復には、てきめんだったようだ。若い保育士の先生が私をそっと見ているのに気づき、慌てて会釈する。子どもたちを眺める怪しいおばちゃんがいると、不審者認定でもされたら大ごとだ。今日のところは、もう帰るとしよう。知らず知らずのうちに笑顔になっていた自分に苦笑いだ。
 
だけど、時には又来てもいいかな? 誰に言うでもなく、心の中でつぶやく。純粋な子どもたちの顔を見るだけで、自分の何かが浄化されるような気がする。忘れてしまった何かを思い出させてくれるような、不思議な感覚なのだ。もちろん「ちっちゃいものクラブ」会員としては、推したちに会いに行きたいというのもある。だから、たまに横を通るね。そのときは通報されない程度に、さりげなく見るようにするから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県在住。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、推し活、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2023-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.204

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