週刊READING LIFE vol.204

不便さを求めた快適空間《週刊READING LIFE Vol.204 癒される空間》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/2/14/公開
記事:久田一彰 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部
 
 
とある本の影響で庭付き一戸建てを買ったと言ってもいい。買ったからには、やってみたいことがあった。それは、少し昔の暮らしという輪郭のハッキリとしないおぼろげなものだが、大正や昭和の初期のような生活スタイルを真似したいと思っていた。梨木 香歩の著書『家守綺譚』の中に出てくる舞台が、多分その頃の話でもあったし、古民家に住んでみたいという憧れもあったので、和室の畳や床の間がある家に住んでみたかったのだ。
 
並行して茶道や陶器、骨董品にも興味があり、陶器市や蚤の市に出かけては半日ほどぶらついて、家で使いたい器や、床の間に飾る掛け軸はないものか物色していたものである。それと我が家には、亡くなった祖母が生前使っていた、60年は経ったとみられる茶棚やサイドボードと共に、茶碗や器、壺、掛け軸、火鉢、茶道具なども引き取って、使いたい時には出して使っていた。
 
和室は自分の好きな和物で揃え始めたのだが、砂漠に水を垂れ流すように、何かしら満たされない物足りなさがあった。何が足りないのか、文豪と呼ばれた人たちの部屋の写真や、時代劇を見ていると、そこには冬に手をかざして温める長火鉢が映っていた。長火鉢は箱型の火鉢で、引き出しが2つから3つほどついていて、炭や乾物を入れておける昔の暖房器具だ。
 
しかも、その上で鉄瓶のお湯を沸かしたり、網の上で魚を炙ったりすることもできる。その前に座ってお茶を飲み食事もすることができ、台所とテーブルが一緒になったような、コンパクトなキッチンでもある。
 
そうだ、私にはこれが足りなかったのだ。
 
現代のボタンひとつで煮炊きのできる時短料理やレンジでチンするだけの冷凍食品。スマホで外からエアコンがつき、お風呂が沸くIOTな効率的でコスパのいい生活ではなく、少しばかり時間をかける、手間をかける生活をしたかったのだと合点し、長火鉢を手に入れるべく探すことにした。
 
近くのリサイクルショップやホームセンターへ行くが、火鉢はあるものの長火鉢はない。古物や骨董が集まる蚤の市に行ってもみるが、お目当てのものはなく、長火鉢を手に入れた時に必要になるであろう、灰を数袋だけ買えただけだった。さまざまなホームページを検索し、インターネットの海を泳ぎ回って、ようやく1軒のアンティークショップで、長火鉢の写真が掲載されていたので、そこに行くことにした。
 
検索の途中で見つけた、『長火鉢とおっさん』というYoutube内で「さあ、呑むか」のテロップと共に、お酒や長火鉢を使って料理ができる、さまざまな酒のアテになるおつまみ(朴葉焼き、魯山人風すき焼き)が紹介される。そこには、長火鉢と共に灰をならす灰匙や火箸、フーフーっと息を吹きかけて火をおこすための竹筒も映っており、長火鉢を120%活用するための教科書みたいなものだった。そこに出てくる道具も揃えようと、インプットしてお店に入った。
 
母屋の2階にまで溢れた古物や骨董があり、西洋東洋のアンティーク家具、古いミシン、ガラス窓に建具、さらには別棟の倉庫にも山のように、かつて使われていた昔の生活のあとが刻まれていた。高価そうな茶器や茶碗は、ガラスケースに大事に保管され、給料の1ヶ月分を軽く超える値段に少々驚いた。
 
おそるおそる触れないように店の中を進むと、「何か探し物?」と女将さんから声を掛けられた。値段にビビっていたので「ちょっと見させてもらいますね」と言うのがやっとだった。が、すぐにこのたくさんの骨董からお目当てのものを発掘するより、素直に聞いてしまった方がいいなと思い、「実は、長火鉢を探しているんですが、あと、灰も一緒についているといいんですけど、ありますか?」と伝えた。「それなら隣の倉庫にあるよ。おいで」と案内されたので、一緒についていった。
 
「今ある長火鉢はこれだけだね。しばらく前はもう少し台数があったんだけど、外国の方が沢山買っていっちゃったよ。メイド・イン・ジャパンというだけで高く売れるそうよ。長火鉢はテーブルがついている関西長火鉢と、そこまでのスペースじゃないけど、ちょっとしたものなら置ける関東長火鉢があるよ。ちなみに、関東長火鉢のスペースは、猫台と呼ばれている。なんでも昔はここに猫が寝て暖を取ったって言われているよ。好きな方を選んで」
 
テーブルがついている方が、いろいろお皿を置けそうで便利だったので関西長火鉢にしようとしたが、値段を見てとてもじゃないが、手を出せなかった。仕方なく「こっちの関東長火鉢にします」と言った。女将さんは「ありがとう。でもいい時期に来たね。今は夏だから買い手は少ないんだ。これが冬になると買っていく人が多いよ。需要と供給のバランスだね」とも教えてくれた。
 
買った長火鉢を車に積み込む前に、綺麗にしてくれるそうで、お会計をしながら待っている。その間に、灰をならすための灰匙と、火のついた炭を扱うための火箸も買った。残念ながら火を起こすための竹筒はなかった。
 
ないなら作ってしまおうと、ホームセンターへ寄る。竹筒は1メートルサイズのものがあった。が、これでは長すぎる。長ければ長いほど吹くための肺活量が必要だし、息の加減が難しい。あまり強すぎると、灰が花吹雪のように舞いあがってしまい、部屋中が大変なことになる。
 
かといって、今からネットショッピングして買うのもなんだか味気ないので、そのままの長さで買うことにした。家に戻り倉庫から樹木剪定用のノコギリを出して、ギコギコと竹筒を節のところから半分に切る。節でふさがれているので、ドライバーで突いて穴を開け、空気穴を作ったら完成だ。
 
炭も買った。本当はくぬぎやならの木を炭にしたものが高級らしいが、まずはお試し用として揃えるので、煙の出ない室内用の炭にした。
 
ここまでネットショッピング、ポチることもしなかった。道具を揃えるまでだいぶ時間がかかったが、満足感は大きい。すぐに手に入れるより、ひとつずつ階段を登っていくように探して手に入れることの方が、ショッピングをしているという感覚を充分に味わえた。急がば回れを実感している。
 
そして、手に入れてから約4ヶ月後。待ちに待った冬の到来だ。ついに和室で長火鉢を使う時が来た。座椅子を低机もセットする。まずは、火起こしからだ。
 
玄関の外で、火起こし鍋(取手のついた鍋の底に空気を取り入れる隙間がある)に炭を入れて、バーナーでまんべんなく火をつける。黒い炭に青やオレンジの火が入り、血管のように火が通っていく。急激に熱せられ、パチっと炭が爆ぜるが、これもいいBGMだ。
 
長火鉢の上の灰を少しばかり掘っておき、窪ませたところに炭を置き、空気が通りやすいように火箸を使ってところどころ積み上げる。ゆっくりと竹筒から息を吐いて、空気をさらに送り込む。ここで息の勢いが強すぎると、花咲か爺さんが灰を撒くように、舞い上がってしまうので慎重にする。だんだんと長火鉢の周りだけ暖かいシャボン玉のように包まれる。
 
炭の上に五徳(ガスコンロの上にある爪のような器具)を置き、さらに網を置いて、南部鉄器の鉄瓶を上に乗せる。せっかくなので、ここでお湯を沸かしてお茶を飲む。お茶の葉をティーバッグに入れて、放り込んでおくと、じんわりとお茶の葉が開いていく感じがする。細かい作法は気にせずに、いいと思った方法をとる。部屋全体は寒いので、瓶の蓋から白い湯気が、天井に向かって立ち上っていく。なんとなく目で追っかけては消えていく。ただそれだけだが、待っている間のそんな時間の使い方も面白いのだ。
 
また、鉄瓶は何度も使う内に瓶底が焦げてきて、使い込まれた様子ができるはずなので、ゆっくりと育てるようにする。育っていく様子を想像するのも楽しみだ。
 
さあ、メインメニューはすき焼きだ。どちらかというと牛鍋の感じにした。昔、歴史の教科書で見た文明開化のページに、仮名垣魯文の『安愚楽鍋』の挿絵があった。この真似をしたかったのである。
 
あらかじめ直火を掛けてもOKなお皿に、食材とすき焼きのタレをひたしておく。具材は、玉ねぎ、人参、キャベツ、ウインナーとベーコン、そして少しお高めのいいお肉だ。まずは野菜を投入し、じっくりと火が通っていくのを今か今かと待つ。この待つ時間も楽しいものだ。
 
途中、火が冷めてきたかと思うと、竹筒で空気を送ってやり、火を起こす。火箸で炭の位置を調整ししばらく様子を見て、またフーフーと火を起こす。これも鉄瓶同様に、煮えてくると湯気が立つ。湯気が立つと具材をひと混ぜして、全体が煮えるように調節する。狭い限られたスペースで混ぜるので、慎重に何度も繰り返す。
 
やがて野菜がしんなりしてきたところに、肉を入れる。あまり煮込まずに、赤みが取れてきたところで、黄色い卵の海へとくぐらせる。黄色に衣替えをしたような肉を一口ほうばる。「これが文明開化の味か!」と1人で感動し、野菜と肉を食べ、お箸を竹筒に持ち替えながら、火力を調整しながら煮込んでは食べていく。確かに我が家の洋風スタイルから、和の文明が開花したように思える。
 
そして、もうひとつのメニューは、スキレットで作るベーコンと目玉焼きなのだ。こちらもじっくりとスキレットを炭火で熱して、頃合いになったら、ベーコンを焼いて卵を落として一緒に食べる。味付けは少々の塩だけ。だがうまい。
 
気が付けば準備し始めてから、もう3時間は経ってしまった。普段の料理なら準備から食べ終わるまでに1時間ほどで終わるのだが、時間をかなりゆっくりと使った。現代ならこの時間の使い方はコスパがかなり悪い。しかも便利さでいうと、どちらかというと不便さが目立つ。
 
しかし、この満足感はなんだ。
 
すぐには手に入らない道具を少しずつ手に入れ、数ヶ月の歳月を要してこの空間を手に入れ完成させた。和室で座椅子に座りながら長火鉢で料理し、食べながら障子の向こうのガラス窓越しには、山がそびえているのが見える。床の間には掛け軸が飾ってあり、何ともいえない癒される空間だ。景色も食事のメニューのひとつになっている。
 
今までかけた時間をすき焼きと一緒に食べることで、体の中の栄養分になっていく感じがする。食事が体の栄養ならば、時間は精神の栄養なのだ。それが体全体に行き渡った時に、癒しというものが生まれる。
 
どこか遠いところへ旅行に行く癒しもあるが、日常の中にも癒される空間はある。それが、いつもの仕事や生活の中で埋もれていき、気が付かないでいる。少々不便ではあるが、時間をかけて生活をしてみることが、本当の癒しなのかもしれない。《おわり》
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県生まれ。駒澤大学文学部歴史学科卒。
父親の影響でブランデーやウイスキーに興味を持ち始める。20代の後半から終わりにかけて、夜な夜な秋葉原のコンセプトバーでブランデーやコニャック、ウイスキーを飲み明かした経験を持つ。ウイスキーは時間を飲むものとして楽しんでいる。
天狼院書店『Web READING LIFE』内にて連載記事、『ウイスキー沼への第一歩〜ウイスキー蒸留所を訪ねて〜琥珀色がいざなう大人の社会科見学』を書いている。

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2023-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.204

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