週刊READING LIFE Vol,95

逃げないことが自信につながることもある《週刊READING LIFE vol,95「逃げる、ということ」》


記事:星永俊太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「つらければ逃げてもいい」
 
世の中はそんな風潮のように思います。
 
会社員生活20年以上のいい歳の私も、仕事で「ああ、もう逃げ出したい!」と思うこともあります。そんなときには「つらければ逃げてもいい」という考え方に心が軽くなることもあります。
 
ただこの「つらければ逃げてもいい」には、隠れた前提条件があると思っています。
 
それは、「まずは取り組んでみること」「取り組んで色々と試したこと」があって、それでもどうにもならなくて「つらければ逃げてもいい」なんじゃないでしょうか。
 
この前提条件が抜けてしまうと、単に面倒くさいから、単に嫌だから逃げてもいい。すなわち無理なことはやらなくていい、やれることをやれる範囲でやればいい、みたいな考え方に陥ってしまいそうな気がします。
 
先日、職場である人が、後輩に依頼した仕事の締切日にも関わらず、後輩がお休みをしてしまったそうです。
 
「今日までにってお願いしておいたんですけどね、できたのかどうかの連絡もないんですけど、今日は休みなんですよ」
「えー、頼んだことはちゃんとやるか、できないなら事前に連絡くれないと困るよね」
「まあ、仕方ないですね」
 
私の感覚では、頼まれてた仕事が間に合わなければ、遅い時間まで残ってでもやり遂げるか、それでも終わらなければ「本当に申し訳ないのですが、もう一日待ってもらえないでしょうか。すいません!」くらいの連絡をしたものですが、時代が違うのでしょうか?
 
もう一つ驚いたのは、この話をした人が「まあ、仕方ないですね」と言ったことでした。
 
最近はパワハラに対する意識も高まり、無茶な要求を言う上司は減ってきましたが、そのせいか職場で怒っている人、注意している人を見る機会も減ってきたように思います。
 
もちろん、私だって怒られるのは嫌なのですが、自分が意識せずにやっていることの中にまずいこと、考え違いしていることがあれば注意してもらえるほうがありがたいとも思っています。
 
言われたそのときは落ち込むかもしれないし、その時は言ってきた人に腹をたてるかもしれない。でも言われなければ、きっと同じことを繰り返してしまいます。それで周りの人は嫌な思いをし続けるかもしれないし、その結果離れていってしまうこともあるかもしれません。だったら、一瞬嫌な思いをしても伝えてもらえるほうがうれしいです。
 
そう思うと、お互いに嫌な思いを一瞬はするかもしれないけど、駄目なことは駄目だと、ちゃんと言ってあげる方が相手のためになるんじゃないでしょうか。
 
これって、電車の中で、シャツの襟の後ろに「L」ってシールが貼られたままなのを見かけた時と同じなのかもしれません。
 
あっ、あの人シャツにシール付いてる。言ってあげないと、今日一日あのシールを付けたまま過ごすことになるかもしれないな。誰かが言ってあげればいいけど、誰も言わなかったら、みんな「あの人シールついてる」って思うんだろうな。やっぱり教えてあげたほうが親切だよね、いやでも、知らん人だから言いにくい。どうしよう?
 
みたいな感じでしょうか。
 
だから、会社の人も「仕方ないですね」で済ませるんじゃなく、ちゃんと注意してあげた方がいいように思います。確かに人に注意するってエネルギー使うし、やらなくてもその場は過ぎていくものですけどね。

 

 

 

面倒くさい、嫌だから逃げるといえば、
 
うちの中学3年生になる娘さんも、面倒くさい、やりたくないからって勉強から逃げてきました。
 
これまでも試験のたびに「このままでいいのかい?」「どうしたらいいのか、ちょっと考えてご覧よ」と言ってきたものの、テスト後の一瞬だけ、しゅーんとして、時間が経つとこれまでと同じような生活を送る、の繰り返しでした。
 
今年はコロナ禍の影響で学校が休みやオンライン授業の期間も長く、中学3年生だし、これまでの遅れを取り返す絶好の機会だと私は思ったのですが、本人はそう思わなかったらしく、楽しそうに遊んで過ごす毎日。
 
そして気づけば夏休みでした。
 
再び「このままでいいのかい?」「どうしたらいいのか、ちょっと考えてご覧よ」と言ったものの、私は一人になってからふと思いました。
 
「あれ? 自分で考えろって言葉に甘えて、親のやることや責任から逃げてないか? 俺」
 
もともと、勉強は本人の意思でやるものだし、自分で計画を立て、自分にあった勉強方法を試しながら探していくものだと考えていました。人に押し付けられてやるものじゃない、と。自分が子供の頃、そうしていた、というそれだけの理由で。
 
でも、よく考えたらプロのアスリートだって自分ひとりじゃなくコーチをつけてるんですよね。
 
塾だって勉強を教えてくれるって意味合い以外に、どの時期にどんなことをやったらいいかを教えてくれたり、怠け心がでそうになったらお尻を蹴飛ばしてくれるペースメーカの役割を果たしてるんですよね。
 
だったら、今なにが必要で、これからどうやったらいいかを一緒に考えるコーチになったらいいんじゃないか?
 
娘さんも、やる気が無いんじゃなくて、何をどうしたらいいかわからないし、これまでやってこなかった分だけ、やらなきゃいけないことの量に圧倒されちゃってるだけなんじゃないか?
 
そこから私は、おもむろにパソコンを立ち上げ、うちの地区の高校受験情報を集めだしました。どんな選考方法で、どんな場所にどんな高校があるのか? そして、今から勉強をどう進めていくか、作戦を考え始めました。「まずは、夏休みは習得に時間が掛かりそうな英語と数学の総復習を薄い問題集でざっとやってから……」と一通りの考えをめぐらした後、再び娘さんのもとへ行きました。
 
「ごめん。自分で考えろって言ったけど、何からどう考えたらいいかわかんないよな。お父さんも一緒に考えるから、一緒に作戦考えようぜ」
 
私は娘さんに謝りました。
 
「うん」
 
やけに素直な返事でした。
 
いつもなら「お父さんにはできるかもしれないけど、私にはできない」「いまさらやっても無駄」などとやらない理由をいくつも上げるところですが。娘さんなりにやらなきゃって焦りもあり、どうやったらいいのか困っていたのでしょう。
 
取り組む問題集を決めてからは、一日にこれくらいの量はやりたいという私と、そんなにたくさんはできないという娘さんの戦いがありました。まるで海外で買い物するときの値切りのようです。
 
「この教科は一日4ページやって欲しい。そうすると○日で終わるから」
「そんなにできない! 一日2ページくらいかな」
「えーい、じゃあ間を取って、一日3ページでどうだ!」
 
本人が納得してやれる量じゃないと続かないですしね。ただ、これまで勉強する習慣がついていなかったので、娘さんは自分に甘めに設定するくせがあるので、少し多めの分量を言うようにしたりしていました。
 
勉強し始めた最初の方は、「今日やらなきゃだめ?」「えーやりたくないのに」と、ぶーぶーぶーぶー言いながらやり始めたり、気づいたら漫画読んでたりってことも多かったのですが、一ヶ月ほどが経過した今では文句も言わずに机に座って勉強をする姿が見られるようになりました。
 
なんなら「早く勉強始めたいから」って、学校が終わったらすっと帰ってくるときもあるそうで、親バカかもしれませんが「思ってた以上にちゃんとやってるなあ」と感心しています。
 
以前は「成績悪いんだからいまさら勉強してもしかたない」「やっても無駄。やらなくてもわかってる」みたいなネガティブの塊みたいな発言をすることも多かったのですが、最近はそういった発言を聞くことも少なくなった気がします。少しづつでも、わかる部分が増えて、それを継続していくことで、本人の自信にも繋がっていってるんじゃないかな、と思っています。
 
父親としては、勉強から逃げずに立ち向かう姿勢を見せてくれたことが嬉しいですし、それが本人の自信に繋がっているのだとしたら、予想外の喜びです。
 
とはいえ、これから先どうしても乗り越えられないようなつらい出来事があったら、迷うことなく逃げてもいいからね。机に向かって勉強する、少しだけ逞しくなった娘さんの背中を眺めながら、そんなことを思ったりしています。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
星永俊太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

ソフト開発のお仕事をする会社員
2018年10月から天狼院ライティング・ゼミの受講を経て、
現在ライターズ倶楽部に在籍中
心理学と創作に興味があります。
「勇気、不安、喜び」溢れた物語を書いていきます。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,95

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