週刊READING LIFE Vol,95

新たな人生の道を開くキッカケ《週刊READING LIFE vol,95「逃げる、ということ」》


記事:中野ヤスイチ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「いつでも、逃げれる準備はできているだろうか」
 
何を言っているんだ、「そんなの簡単だよ」って、言われているのが聞こえて来そうだが……、本当だろうか!?
 
何をはじめるにしても、始めるのは想像以上に難しくない、でも、辞めるのはそう簡単じゃない。それも自分や家族の生活がかかっていたら尚更である。
 
その判断をしなければならない状況に追い込まれた時、必ずと言っていいほど、自分の心の声が聞こえてくる。
 
「本当にいいのか、あと一歩まで来ているじゃないか、もう少しの辛抱だぞ、ここで逃げたら、この先、もっと大変な出来事が待っているかもしれない」
 
何度も自分の心の声が自分に向かって言ってくる。
その度に、心が揺れ動いてしまう。
 
行動ができなくなり、思いとどまってしまう。
 
それを繰り替えしているうちに、大切な時間が奪われて、本当にやりたい事に気がついた時には、残された時間があと僅か、何もできないまま人生が終わってしまう。
 
それを僕は今までの人生を通して見てきた。
誰かが亡くなった時、悲しみの涙を流している人が多くいる。
 
僕も祖父を亡くした時、父親を亡くした時、悲しみの涙が流れたこと覚えている。
その時は悲しいから涙を流していたんだと思っていた。
 
亡くなった二人が言い遺してこの世を去った言葉が偶然か必然か同じだった。
 
「家族を無事に養うことが出来て良かった」
 
この言葉を聞いた時に、家族を養って行くことの大変さを身を持って体験し、その責任を果たすことができたことが何よりも喜びだと二人は思ったに違いない。
 
僕が社会人になって約8年目を迎えようとした時に、父親は病気によって、この世を去った。今の平均寿命からしたら、あまりにも短命だった。
 
定年退職後に、色々なことをやりたいんだと言っていた父親も自分が病気だと知った瞬間から、やりたいことを口にする事がなくなり、死への恐怖から自分の体調を気にするばかりになってしまった。
 
何歳になったら、こんなことをやるんだという明確な目標を持っていたとしても、あまりにも何十年も先に置いてしまっていたら、叶う前に人生が終わってしまう。父親と同じように。
 
だからこそ、昔の人は、「善は急げ」という言葉を使ったんだと思う。
あまりにも人生は短いと知っているから。
 
その事を今まで生きてきた人達から教えてもらっているのに、それを実際に行動に移せる人はかなり少ないと思う。
 
「じゃ、お前は移せているのか」と言わるのが、聞こえてきそうだが……。
簡単ではない事ぐらいは僕もわかっている。
 
僕も新人からお世話になった会社を辞める際、何度も何度も考え直して、辞めるのを思いとどまって、仕事を続けていた。
 
小さい頃から、辛抱強く我慢すれば、必ずや夢は叶うと教えて育てられてきたからだと思う。
ただ、それはすべてではないが、間違った考え方だったと今になって思う。
 
僕の場合は、運が良く、心より先に身体が会社を辞めた方が良いということを教えてくれた。
 
当時、会議を終えて、得意先に向かっている車を運転していながら、向かっている途中に悲しくもないのに、自然と涙が溢れてきて、しばらくの間、涙を止めることすらできなかった。
 
その事を妻に伝えて、会社を辞める決断をした。もう僕の心は限界だったんだと思う。
運良く会社を辞めるタイミングで次の仕事も見つかった。
 
辞めると言うとなんだか、少しかっこよく聞こえるかもしれないので、はっきり言うとただ逃げただけである。
 
運良く会社を辞めて、転職することができた事で得た教訓がある。
 
それは、「いつでも、逃げれる準備はしておくべき」である。
 
決して大きな事を言うつもりはないが、逃げれる準備もできない人は、会社にしがみついて生きていくしかなく、例え、会社が間違っていたとしても、右を向けと言われたら右をむくしかなくなってしまう。
 
それが、自分の生活を守るための唯一の手段になってしまうから。
 
僕はこのような生き方をすることだけは本当に嫌だと思う。
そんな事を言うなら、すぐに会社員をやめろと言われそうだが……。
この世の中には正解も不正解もない。
 
今の僕は、決して心底会社が嫌いな訳でもないし、今の仕事が嫌いな訳でもない。
言い訳のように聞こえるかもしれないが、それもまた事実である。
 
ただ、何か判断を迫られた時、責任を取らされた時、どうしても会社を辞めなくてはならない事態になった時に、今の仕事だけしかできない場合、あまりにも寂しい、何より本当に大切にしたいモノが守れない。
 
人間の寿命よりも会社の寿命の方が短いと言われている時代に入っているのだから、何かできる事を身に着けておきたいと思う方が今は普通の考え方だと思う。
 
そこで、僕は自分がどうなりたいのか、どうしたいのかを改めて考えるようになった。
 
その時に出てきた答えが、会社で偉くなりたいとかは全くなく、今の仕事以外にも最低2つぐらい、もっと欲を出せば5つぐらいは、もし仮に今の仕事がクビになったとしても仕事がもらえるぐらいのスキルを身に着けたいだった。
 
その得たいスキルの基準は、せっかくやるのなら、自分が心のそこから、やりたい、誰かの為になっていると思えていること。この2つの両方がかなっているモノを選んで学び、そこには遠慮せずに、できる限りの自己投資をすることを僕は決めた。
 
そこまでやらないと、ただでさえ、本来の仕事で忙しくて、本来の仕事、家族との時間を除いた限られた時間しかないのだから、諦めてしまうに違いない。弱い人間だから。
できれば、自然と継続できる仕組みを作ることがとても大切だと思う。
 
そんなことを考えて、今の僕はライティングとコーチングの2つをずっと学んでいる。
気がついたら1年以上継続できている。
 
なぜ、継続できるのか、仕組みをつくることも大切だが、何より好きだからである。
もちろん、学ぶ為にはそれなりの投資と時間は必要である。
 
その投資を超えるモノを僕は得ていると確信している。それは、大人になっても、没頭できるモノがあるという幸せ。
 
どうしても、仕事をしていたり、家族のことを考えているとついつい悩んだり、考えたりしてしまう時間はないだろうか。
 
気がついたら、時間だけが過ぎて行って、1日が終わってしまって、何をやっているんだろう自分はと思うことが、僕の場合は多かった。このままで本当に良いのだろうか、と自問自答を重ねて出た答えが、記事を書くことであり、コーチングを学ぶことである。
 
まだまだ両方とも学びの途中であり、一生を掛けて学び続けるものであると最近では思うようになっているし、ずっと続けていきたいと思っている。
 
その感覚を味わうとどうしてもやめられない。
 
「あなたが書いた記事を読んで、面白かったです、共感できます」というコメントをもらった時は、嬉しくてたまらないし、また次も記事を書こうという力にもなる。
 
この循環がまわり始めると普段の仕事にもメリハリが出てきて、短い時間をいかに有効に使うようにできるかを考えたり、より先のスケジュールを考えることができるようになって、自然と仕事の成果が上がってくる。
 
そうすると、どんどん仕事が楽しくなってくるに違いない。
 
決して楽なことばかりではないが、好きなことをやれてるという充実感はより人生を豊かに変えてくれるに違いないと今の僕は思っている。
 
何より、自分自身に自信がつくのではないだろうか。
 
僕が、祖父が亡くなった時に泣いたのは、その時は、もう会えないことへの悲しさだと認識していた。父親が亡くなった時も同じだと思っていた。
 
今の僕は、僕がなぜ父親が亡くなった時に、悲しみの涙を流したのか、それは、父親は仕事が大好きで、小さい頃からいつでも仕事ばかりしている姿を見てきたからかもしれない。
 
そんな父親との最後に交わした言葉は「もどかしい」だった。
 
仕事を定年退職した後にもっと色々な事を挑戦したいと思っていたに違いない、それを病気によって奪われた父親の姿を見て、僕はやりたい事があるなら、何があろうともやるべきだと父親が自分の死をもって教えてくれたに違いないと今は思っている。
 
悲しいよりも、父親と何でもいいから一緒に何かやりたかったという後悔が、父親が亡くなった時に涙としてながれたに違いない。
 
時に、やりたい事の為に、清く逃げることも必要な時もあると思う。
清く逃げる為にも、今の時代をより豊かに生きる為にも、日頃から、逃げる準備をしておくのはいかがだろうか。
 
決して逃げることは悪ではない、新たな人生の道を開くキッカケにすぎないのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中野ヤスイチ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

島根県生まれ、東京都在住、会社員、妻と子供の4人暮らし、奈良先端科学技術大学院大学卒業、バイオサイエンス修士。現在は、理想の働き方と生活を実現すべく、コーアクティブ・コーチングを実践しながら、ライティングを勉強中。ライティングを始めたきっかけは、天狼院書店の「フルスロットル仕事術」を受講した事。書くことの楽しみを知り、今に至る。

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2020-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,95

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