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天狼院通信

書店人士魂 〜家族がガンになって思うこと〜《天狼院通信》


余談ですが、先日、プレミアムリーグでマンチェスター・ユナイテッドの香川真司選手がハットトリックを達成致しました。

ゴールを決めると、マンチェスターファンが総立ちになって、香川選手のゴールを称えました。

その歓喜の中央にあって、香川選手は自らの偉業を噛み締めているようでした。

 

それまで、香川選手は怪我の影響もあって、長く、本来のパフォーマンスを出せないでいました。

けれども、ファンは香川選手を信じていたんですね。だから、あの喜びようだった。ファンも、香川選手も、やっと結果を出して、ホッとしたということもあったのでしょう。

 

これまた、天狼院の話題にしては余談になりましょうが、僕は先週、故郷の東北に戻っておりました。

盛岡でのイベントでの、著者先生への同行、および、仙台での新しいプロジェクトの打ち合わせなど、確かに仕事で東北入りしていたことは間違いないのですが、その裏で、実はプライベート面で、僕は実家に戻っておりました。

 

母から、祖父ががんになったと、知らせを受けたからです。

しかも、最初の先生の見立てによれば、初期ではないらしい。

(*幸い、祖父は後の検査で初期の可能性が高いことがわかりました)

 

その一報を聞いて、僕は思ったよりも動揺しませんでした。なぜなら、仕事でがんに関する本を読んでいて、今の医療技術では、どこまでできるのか、他の人よりもはるかに多くのことを知っていたからです。

 

僕の手元には、すでにがんに関する2冊の本がありました。

 

1冊は今ベストセラーになっている、近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得』(アスコム)。

そして、もう1冊が世界的な名医、中村祐輔先生の『がんワクチン治療革命』(講談社)でした。

 

 

祖父ががんになったと聞いた時、本のプロである僕が迷うことなく手に取った本は、中村祐輔先生の『がんワクチン治療革命』の方でした。もっとも、僕は仕事として、この本の販売に関わっていますから、この本を手にとるのは当たり前だと思われるかもしれません。けれども、そもそも、僕は本当にいいと自分が納得した本の仕事しか受けないことにしていますし、何より、家族が実際にがんになったときに、仕事での関係性など、言ってしまえばどうでもいいことです。

 

本当に、自分が信用できる本を、手に取ったということです。

 

近藤誠さんの論説は、とても過激であり、誤りが多い。実際に様々な治療によって、がんが治っている方がいるのに、その事実を無視してしまっている。

まるで、ちょっと前まで幅を利かせていた「リフレ金融政策をしても効果があるはずがない、景気は回復しない」と言って、アベノミクス全盛の今はなりを潜めているエコノミストのように、「がんはどうせ治らない」と言って、人々から希望を奪っています。

 

僕は、近藤誠先生の本が売れていることに、心から危惧を覚えております。

「医者に殺されない」という過激な文言に、まず、人は惹きつけれられ、この本を手にとってしまうことでしょう。

そして、戦わなくていい、医者にボロボロにされるくらいなら、戦うことを放棄してしまってもいい、という論調は、まるで「悪魔のささやき」のように、人々の心に浸透して行きます。

なぜなら、「がんと戦う」には、やはり、勇気が必要だからです。生きるということには、計り知れない、勇気が必要だからです。

 

近藤先生の本は、今現在、確か、発行部数で36万部までいっています。

もちろん、医療の現実を知っている人ならば、がんは決して治らない病気ではないということを知っていますが、もし、この本を読んだ、数十万人の人の中で、がんを放置すべきだということを真に受けてしまって、本当は治るのに放置して死期を早めてしまった場合、これは大きな問題だろうと思います。

その本を読まなければ、もしかして、数十、数百の命が助かる可能性があったかも知れないのに、「どうせ助からない」という論説にミスリードされ、それを鵜呑みにしたばかりに、亡くなる人が出たら、これほどの不幸はないと思います。

 

僕はこれまで、このブログでも、書店においても、「いい本を取り上げてご紹介する」というスタンスはとっていましたが、決して、他の本を「これは読まないほうがいい」と取り上げたことはありませんでした。

けれども、命に関わることなので、あえて言わせていただきます。書店人としての「士魂」を持って、言わせて頂きたいと思います。

 

近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得』は読むべきではない。たとえ読んだとしても、鵜呑みにしてはならない。

 

なぜなら、もし、がん患者の方ご本人ではなく、家族がこれを読んで鵜呑みにしてしまっていたとしたら、「苦しませないため」という押し付けの正義の為に、がん患者の願望をかき消してしまう恐れがあるからです。

 

たとえ、何歳になっても、人は生きたいと強く願う生き物です。そして、どんな姿になっても、生きてほしいと思われたい生き物です。

幸い、僕の家族は、僕が中村祐輔先生の『がんワクチン治療革命』に関わっていることを知っていたので、また、この本に関する知識、つまり、がん治療の最前線についての知識を持っていたので、こういう結論に達していました。

 

「ほんのわずかでも生きる可能性が高い医療を受けさせてあげよう」

 

そして、がんになったと聞いたとき、祖父はショックを受けたでしょうが、僕ら家族は中村祐輔先生たちの取り組みを知っていたの、告知をされたときも少しも希望を失っていませんでした。

僕は祖父にこう言いました。

「家族へ迷惑がかかるとか、近所の人がお見舞いに行きにくいからとか考えないで、自分がどうしたいのか、考えて決断して」

すると、「もう83歳だからいいんだ」と最初は言っていた祖父はこう言いました。

 

「少しでも可能性が高い先生にお世話になりたい」

 

35歳だから生きてよくて、83歳だからもういいなどということはないのです。やはり、これが人間の本音なのだと思います。

何歳になっても、少しでも長く生きたい。

 

とかく、日本人は、「夭逝の美学」なぞというものを昔から叩きこまれてきた民族でした。

 

武士のあり方について説いた、江戸時代の『葉隠』では、冒頭、こう書かれております。

 

武士道とは死ぬことと見つけたり

 

見つけるな、と言いたい。

これに影響を受け、『葉隠入門』という著作もある天才三島由紀夫も、割腹自殺したことは皆さんもご存知かと思います。せっかくの才能を自ら殺すことを、どうして正当化できましょう。

 

また、よく歴史で出てくる織田信長でも西郷隆盛でも幕末の志士でもいいのですが、みんな最後は「もはやこれまで」と生きることを諦めて、自害するのですが、諦めるなと言いたい。

 

もし、武士道的、葉隠的「潔さ」原理主義的な考え方がなければ、太平洋戦争中に「神風特攻隊」なぞという作戦を、思いつくはずがなかっただろうと思います。

会津藩白虎隊士中二番隊の少年たちが、飯盛山で割腹自殺することもなかったはずです。

 

「死ぬことと見つけ」ること。これは、達観のように見えて、何か格好のいいことのように思え、逆に生にしがみつくことが、卑怯に見えるという概念から、日本人は、そろそろ目を覚ましてもいいのではないでしょうか。

 

人間、達観しなくてもいいんじゃないでしょうか。

100になっても、115になっても、「生きたい、もっと生きたい」と喚き苦しみ、生に執着しながら死んでいってもいいんじゃないでしょうか。

おそらく、日本人は、そういった「いさぎわるさ」を殊の外許さない国民性なのだろうと思います。

 

だから、『医者に殺されない47の心得』が売れる。元々、売れる下地が、文化が、日本人にはある。

潔く諦めて、達観するフリをすることが、かっこいいと思い込んでいる文化が、残念ながら、この国にはある。

 

また、全国の書店人に言いたい。

 

売れる本がいい本だとは限らない。

また、売れる本の隣に、同じような類書を並べると、相乗効果で売れるからと言って、本当にそれでいいのでしょうか?

 

「医者に殺されるな、諦めてもいい」

 

という論調の本があるなら、

 

「医者を信じよう、確かな希望がある」

 

という本を並べるのが、本物の書店人なのではないでしょうか?

それが、お客様のためなのではないでしょうか?

 

もちろん、「希望」が込められた『がんワクチン治療革命』という本を、世に広く知らしめられていない責任は、販売戦略の一端を担う僕にもあります。この本の素晴らしさを、もっと多くの書店を回って知らせなければならなかった。

けれども、そういった良識のある書店人が、もっと全国に現れてもいいように思えるのは、買いかぶりすぎでしょうか?

 

確かに、面白い小説を選ぶ能力が高い書店員の方々は全国に多くいらっしゃいます。

それと同様に、本当に必要な本を、自分たちの力で見出して欲しいと思うのは、おかしなことでしょうか?

 

小説だけが本ではないのです。

 

その一方で、発売当初から、富山の紀伊国屋書店さんでは、大きく仕掛けて頂いております。また、盛岡のさわや書店さんでは地元紙で『がんワクチン治療革命』を紹介してくれました。そして、仙台のヤマト屋書店さんでは、意を汲んで、全店で仕掛けてくれています。都内の八重洲ブックセンター本店さんや、三省堂書店有楽町店、そして、川崎の丸善ラゾーナ店でも仕掛けてくれています。

 

希望を信じることは、とても重要なことで、それが医学を進歩させます。

 

実は、僕は先日、今はシカゴ大学にいる中村祐輔先生と直接メールをする機会があって、中村先生にこう申し上げました。

 

「確かな希望を示してくれて、本当にありがとうございます」

 

それに対して、中村先生が、こう返信をくれたことが印象的でした。

 

希望を提供したいと考えておりますが、現実には病院数も対応できる患者数も限られており、多くの患者さんにとっては線香花火のような希望で終わっていることに心を痛めております。線香花火で終わらずにできるように頑張っていきたいと思います。

 

僕は、この文面を見て、中村先生の真摯な姿に涙が出る思いをしました。

 

「医者に殺されない」を多くの人が読んでいる一方で、日本だけではなく、世界中に、「一人でも多くの患者を救おう。一人でも多くの人に希望を与えよう」と日夜奮闘している真摯な先生方がおられます。

 

何と言われても、信じられなくとも、医者は病気を治すプロだから当たり前だ、と言う方もいるかもしれませんが、本当にそうでしょうか?

 

医師もまた、人間なのだと思います。

 

「先生の日々の研究に、我々は希望を抱いています。」

「先生を信じています。」

「先生のおかげで、こうして元気でいられます。ありがとうございます。」

 

そう言うこと、そう思うことが、最前線で戦っている医師たちの力になるのだと僕は信じております。

それは、ちょうど、マンチェスター・ユナイテッドのファンに信じられ、歓声を受けた香川真司選手のようなものです。

 

彼も、ファンに支えられ、ファンの信頼があり、歓声の中央にあることの喜びを知っているからこそ、力を発揮できたのではないでしょうか。

 

医師もそうなのだと思います。

 

多くのサポーターの信頼と感謝の言葉によって、医師は力を得るものなのではないでしょうか。そうして、これまで医学は進歩してきたのではないでしょうか。

 

『がんワクチン治療革命』、ぜひとも、読んでいただきたく、また、全国の書店人の皆様におかれましては、ぜひとも店頭に大きく展開して頂きたく、改めてお願い申し上げます。

 

『医者に殺されない47の心得』とぜひ、併売してください。

どちらを選び、どう感じ取り、どう決断するかは、お客様次第だと思います。

 

 

 

この本を1冊でも多く売って、多くのひとに知ってもらうことによって、中村先生たちのような真摯で優秀な医師たちにとって、日本の医療現場が働きやすくなるのではないかと思います。

そして、いつの日か、日本の医療制度が変わって、中村先生を再び迎え入れられるようになればと思います。

 

僕は本を売るということには、そういう可能性もあると信じております。

 

この本は、天狼院書店ができてからも、士魂をもって売って行きたいと思っております。

 

 

》》『がんワクチン治療革命』講談社公式ホームページ

 


2013-03-05 | Posted in 天狼院通信, 記事

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