なぜ「解放区」の理想は、「三十三間堂」なのか?《天狼院通信》
記事:三浦 崇典(天狼院書店店主)
心ときめく被写体を目にすると、思わず、シャッターを切りたくなる衝動に駆られる。
それを「写欲」というが、最近ではこの欲望が安易に叶ってしまう。
みんな、高性能のカメラを、日常的に手にしているからだーーそう、スマホである。
ところが、その空間では、それが一切、許されない。
心ときめく被写体が、なんと、1,000体以上のあるにも関わらずだ。
拷問、と言ってもいいかも知れない。
国宝三十三間堂、別名、蓮華王院は、後白河法皇が平清盛に命じて寄進させたものだ。
その85年後に京都の半分を焼いた大火で消失したが、また、作り直された。
初めて訪れたときに、僕は、その空間に入るや否や、言葉を失った。息が詰まった、と言ってもいいかもしれない。
たとえば、奈良の東大寺の大仏を観るとき、ある種の予感があり、期待値がある。
その期待値を上回るとしても、さほど大きなギャップではない。
ところがーー
三十三間堂、蓮華王院の1,000体にも及ぶ黄金の千手観音像は、圧巻である。
どこか、怖くすらもある。
想像を裕に超えてくるのだ、こんな場所がこの世にあるはずがない、と。
僕は迷信深い方ではないが、それでもなお、その一体一体に何者かが宿っているように思えてならなかった。
風神雷神像など、国宝はさらに延々と続く、そして、中央に至ると、中尊の千手観音坐像、つまりは座った千手観音像がいとも巨大に現れる。
その姿が物語るものは、奈良の大仏を遥かに凌ぐと思えるのは、僕だけだろうか。
数多の手と、数多の顔を持つ、不気味にも尊い像が、観るものを見下ろす。
写真に頼らなかったためか、その姿が、異様にもくっきりと脳裏に刻まれ、今なおその鮮明さを失ってはいない。
千体を超える国宝級の像を目にして、この三十三間堂が長い時を経て、令和にこうして存在してる理由に思い至った。
「圧倒的なコンテンツの群を、人は壊すことができない」
それが、僕が至った結論だ。
たしかに、一度、大火で消失したが、三十三間堂、蓮華王は、まさに不死鳥のように蘇った。
消失したことを、時の最高権力者、後嵯峨上皇が大いに嘆き、すぐに再建を命じたのだ。
その後、延暦寺を焼いた織田信長も、豊臣秀吉も、徳川家康も、幕末の長州藩も、太平洋戦争のアメリカ軍も、このハイパーコンテンツを、壊すことはできなかった。
人なら、直感的に、これは壊してはならないものだ、後世に残さなければならないものだと感得するからだろう。
それゆえに、1266年から、実に令和の現在に至るまで、三十三間堂と千体以上の尊像は時を経て、存在しているのだ。
今日、この姿を再び観たとき、僕はこう思った。
「やはり、間違いない」
と。今後、天狼院が目指すべきは、蓮華王院三十三間堂だと。
千体以上の、もはや無限とも感じられる、圧倒的なコンテンツの群れ。
これを有するようになるときに、天狼院は、”失われなく”なる。
なぜなら、人は、圧倒的なコンテンツの群れを、壊してはならないと感じるようになるからだ。
そのためには、僕は、僕ら天狼院のスタッフだけでは駄目だろうと諦めている。それほどの圧倒的なコンテンツを、揃えることなど、到底不可能だ。
けれども、我々天狼院には、全国に頼もしいお客様がいる。天狼院読書クラブのお客様をはじめ、天狼院を必要としてくれるお客様がいる。
そのお客様と一緒になら、ハイパーコンテンツの群れを作れるのではないかと思ったのだ。
天狼院は2022年に入り、お客様の副業を受け入れる「解放区」という仕組みを提供することをすでに発表している。
お客様に天狼院を大いに使ってもらい、副業として価値の提供をしてもらい、稼いでもらおうと思ったのだ。
これこそが「解放区」だ。
そして、この「解放区」なら、三十三間堂を創れるのではないかと思うのだ。
全国にいる天狼院のお客様や著者やプロの先生方は、非常にスキルが高い。皆さんが創るコンテンツで、天狼院をいっぱいにしたいと思うのだ。そして、それは実現可能だと僕は信じているーー
まずは、天狼院読書クラブの皆さんと、著者やプロの先生方に、優先的に天狼院の枠を提供したいと考えています。
イベントや企画、ゼミを走らせる舞台を、天狼院は全国で用意します。
クリエイティブな仕事も、全国で用意します。
天狼院のコンテンツを売る仕組みも、全国で用意します。
その他、お客様が活躍できる舞台を、これより、整えて参ります。
乞うご期待、お楽しみに。
まもなく、詳細、明らかにしたいと思っております。
*天狼院読書クラブの詳細はこちらから
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