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チーム天狼院

【世にも恐ろしい女子ヒエラルキー④恋愛編】男が言う「ありのままでいいよ」を女が真に受けてはいけない理由《川代ノート》


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「ありのままの姿を見せてって彼が言うからさー、私はそのとおりにしたのにさ。『いや、そうじゃなくて』って何よそれ! ひどくない?」
ありのままの君が見たい。
ありのままでいてほしい。
頑張らなくていいよ。それを俺が受け入れるから。
そう彼女にロマンチックに語る男は多い。甘い言葉に喜ぶ女も多い。そしてその言葉通りにした結果、振られる女もまた、多い。悲しきかな、男女のすれ違い、ということだろうか。
実際、私もかつて付き合った男たちに(とはいっても三人くらいのものだが)そう言われたことが何度もある。ウユニくんにも何度か言われた。言い方は違えど、同じようなことだ。ありのままを見せてよ、そのままでいて、全部見せて、頑張らなくていいよ。純粋な私はその言葉どおりにありのままの姿を見せてきた。実際、私だってありのままを愛して欲しいとずっと思っていたのだ。それを全部受け入れてくれるなんて、こんなに嬉しいことはないではないか。
しかし現実はそう甘くない。例に漏れず、私も「なんか違う」と振られたのだった。お前がありのままでいてって言ったんだろが! この有言不実行男が! コンチクショー! と悔し涙をホロリと流してみても、もう男は手に入らない。何なのこれ?
第二章でも書いたが、アナ雪効果で最近は「ありのままに生きよう」ブームが続いている。自己啓発本でも、「悩まずに、気楽に、ありのままの自分を好きになりましょう」という趣旨のものが多い。その影響か、「ありのままでいいよ」と言う男も増えているのかもしれない。
しかし「ありのまま」ってそもそも、何なんだろう? みんなこぞって「ありのままに生きよう」とか言ってるけど、「ありのまま」ってそんなにいいものなの? ちょっとちゃんと考えてみよう。
まず私と彼の間に起こった「ありのまま」事件について振り返ってみようと思う。
私はウユニくんと付き合う前、半年くらい同級生の男の子と付き合っていた。彼は不思議な子で、とても読書家で、そして哲学的だった。「ドグラ・マグラ」を常に持ち歩き、中島義道の言葉を引用して私に説教してくるような男であった。そしてクズだった。一般的に見てクズだった。哲学的なことは延々一時間語っておきながら、平気で授業をサボるような男だった。その上、夏にサマーランドに行けないほどお金がなかった。サマーランドなんてせいぜい五千円あれば行ける。でも彼は五千円も工面できないほどお金がなかった。バイトをしていなかったのだ。だから「ごめん、本当に申し訳ない。男として情けない」とつらつら偉そうなことを言いながら私にお金を借りておいて、翌日には平気で金を借りたことを忘れるような男だった。
でも私はそのドグラ・マグラ男のことが好きだった。友達みんなに「あんな男のどこがいいの」と何度言われようと、彼に「お金がないから俺の家に来て」と言われようと、私はせっせと彼の家まであしげく通った。
私はドグラ・マグラに一途に恋していた。そして彼もはじめは私のことを大切にしてくれていた。彼は口だけはとてもうまかったから、文学的でロマンチックな口説き文句をたくさん言ってくれたものである。
「サキ、好きだよ。すごく大切だ。だからありのままの姿を見せてよ。サキは真面目すぎるよ。もっとわがままでもいいんだよ。安心して。全部受け入れるから」
そんなことを言われたのははじめてだったから、私は舞い上がってその通りにした。ありのままの自分でいようと努めた。ありのままの姿を愛してくれるなんて、いい彼氏だと思っていた。思っていることを伝え、彼にこうしてほしいとわがままを言った。
が、ある日彼は突然こう言いだしたのだ。
「ちょっと距離を置こう。俺、サキのこと好きかどうかちゃんと考えたい」
え、待って、昨日まで好きだよ好きだよ愛してるって言ってたのに何この人?
ありのままでいてって言うから私その通りにしたのに、なんでそんなこと言われなきゃなんないの? びっくりしたどころの騒ぎではなかった。そして驚くべきことに、泣きじゃくる私にドグラ・マグラはさらにこう言ってのけたのである!
「いや、俺が言いたかったのはそういうことじゃなくて。頼むからさ、サキのことかわいいと思わせてくれよ……」
えええ!
傷ついた私は共通の友人にことの顛末を話した。するとカンカンに怒った彼女が「サキ、もう別れな。クズはいいのよ、まだ。ただのクズなら。でも哲学的なクズは手に負えないわ」と言い放ち、私はついに彼と別れることを決意したのである。
こういうわけで、私の脳裏に「ありのままでいてとかいう男の言葉は信用してはならない」という教訓が植え付けられたのだ。
さて、しかし「ありのまま」好きの男はドグラ・マグラだけではない。私の友人たちにも似たような事件が起きているみたいだし。
どういうことだろう? ありのままでいちゃいけないの? みんなありのままの姿受け入れるとか言ってるのに? みんな承認欲求をなくしましょうとか言ってるのに? どういうこと?
ハッ、待てよ。男は本音と建前の生き物だと聞く。最初に言った言葉が建前で、別れ間際に言った言葉が、本音だとしたら?
はい、リピート。
【建前】
「サキ、好きだよ。すごく大切だ。だからありのままの姿を見せてよ。サキは真面目すぎるよ。もっとわがままでもいいんだよ。安心して。全部受け入れるから」
【本音】
「いや、俺が言いたかったのはそういうことじゃなくて。頼むからさ、サキのことかわいいと思わせてくれよ……」
あー! わかった。わかっちゃったよ、男が言う「ありのままでいいよ」の真相が!
私は「ありのままでいて」という口説き文句をそのまま文字通り受け取ってしまっていた。思っていることはすべて吐き出し、自分がいかに彼を愛しているかを語り、そして自分がいかに彼に愛されたいかも語っていた。自分の趣味も話し、今◯◯しているよ、とたわいもない話をしていた。弱音もはいた。だめなところも見せた。自分のすべてを知って欲しかったのだ。だってありのままを受け入れるって彼が言うから。
でも彼が本当に求めていたのはそんなことじゃなかった。
つまり、男が言う「ありのままでいいよ」というのは「気を使わないで、好きなようにしていいよ。すっぴんも、ダメなところも、汚いところも見せていいよ。どんな姿も好きになるよ」という意味ではなくて「意地はって思っていることと違うことを話したり、めんどくさい態度とったりしないで。素直でかわいい女でいろよな」という意味なのである!
「ありのままでいい」とか「飾らない自分」とか「周りの目を気にしない」とかいう言葉は、実に甘美な響きを持っている。いかにもその「ありのまま」で生きることがすばらしいことであるかのように思えてくる。その方が幸せであるように見える。ありのままに生きられる人の方が、魅力的で、みんなに愛されるような気がする。「ありのままを受け入れるよ」という言葉は、とんでもなくロマンチックな愛の言葉に聞こえる。自分をそんなに愛してくれているんだ、と思える。だからこそ女は調子に乗って「もっと愛して! もっともっと! もっと受け入れて!」とご丁寧にすっぴんを見せたり欠点をわざわざ見せたりして、「ダメな君も好きだよ」と言わせようとする。そうやってダメな自分も受けいてくれる彼がいることが、自分の価値を証明することのように思えるからだ。
なのに、現実は、どうだ。実際に男が言う「ありのままでいいよ」なんて言葉は、その字面とはほぼ真逆の意味ではないか。「素直で、俺が無理に機嫌とらなくてもいい、かわいい女の子でいて」という本音を、分厚すぎるオブラートで包んで言っているだけだ。だから、「ありのままでいいよ」と言われたら、喜ぶよりもむしろ注意すべきサインだと思った方がいい。彼があえてそう言っているということはつまり、女が「意地っ張りで天邪鬼なめんどくさい女」になっている可能性が高いからだ。
だってよく考えればわかることじゃないか?「綺麗なところを見せよう」と努力もしないで「私をもっと愛してー! あ、見て見て、こういうところもあるんだよ。あ、こっちもあるの、ほら? ね? どう? ついでにこっちは? みんなはダメだって言うけど、あなたは愛してくれるよね?」と押し付けがましく、わざわざ自分のダメなところをお盆に並べてはい召し上がれと言われても、「お腹いっぱいだし、そもそもそんなゲテモノ一口も食べれません」と拒否されるに決まっている。親でもない人間にありのままを好きなってくれなんて厚かましすぎる願いだ。それくらい想像すればわかるのに、どうしてこうも「ありのままでいいよ」という言葉は、私たちを甘く酔わせてくれやがるのだろう?
難しい、難しい。男女のすれ違いとは実に難しい……けれど、逆に言えば、こうも思えるじゃないか。
「ありのままの自分を、好きにならなくてもいい」
そうだ、いいんだ。だって自分は、未完全なんだから。
私には汚いところがたくさんある。背は低いし貧乳だし三白眼だし足は太いし、物覚えが悪いし気が利かないし頭の回転は遅いしおっちょこちょいだし、頑固だし意地っ張りだしプライドが高いしずぼらだし面倒くさがりだし、おならもするしげっぷもするしおしっこもするしうんこもする。承認欲求もある。おまけに足に一センチのほくろがある。
こんなにダメな私を全部好きになるなんて無理だ。キャパオーバーだ。
別にいいじゃないか、ありのままの自分を、受け入れなくても。だって、無理なんだから。
私は勘違いしていた。「ありのままの自分を受け入れて、好きになる」ということと、「ありのままの自分を直視する」というのは、全く別の話なのだ。ありのままを直視することはできても、受け入れることはできない。好きになるなんてもっとできない。でもそれでいいんだ。だってそれは厚かましいお願いじゃないか。あまりにも。自分自身に対しても。
きっとドグラ・マグラだって、ウユニくんだって、そういうことが言いたかったんだよね? ごめんね、あの頃はたくさん傷つけて。でも、大切なことを教えてくれて、ありがとう。
こんないい女と別れなきゃよかった、なんて絶対に思ってはもらえないだろうけど、こんな面白い女なら、もう少し付き合ってみてもよかったかな、くらいに思ってもらえれば、私の醜いウラミ・ツラミも召天できるというものだ。

最終回(おわりに ただ、愛されたいだけなのに)は、12月18日夜9時公開!

前回小悪魔になりたかったあの頃

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