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チーム天狼院

早稲田大学を中退した「超人ドラマー」と呼ばれていた先輩に3年ぶりに再会したら、「超人デザイナー」に変貌を遂げていた話《川代ノート》


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「エバンスさん」というのが、その先輩のニックネームだった。

私は大学生の頃、軽音楽サークルに入っていた。昔から「母親の腹の中にリズム感を置いてきた女」と呼ばれてきた私は、大学では新しい自分になろうと思って、音楽は死ぬほど苦手なくせに、半分意地みたいに軽音楽サークルに入ったのだ。

私がいかにリズム感がないかということを知っている家族や友人は、「お前、迷惑かけるだけだからやめろ」と必死になって止めてきたけれど、私はそれでも「いや、大学に入ったら苦手を克服するって決めてたんだ」と反対を押し切って、結局そこでドラムをやることにした。

ドラムという楽器は思っている以上に難しくて、右手を常に一定のペースで動かし続けながら右足でリズムを刻み、さらに左手で鮮やかな音を鳴らし、そしてさらにときどき左足を動かすという、ハードなものだった。四肢全部を同時に別の動かし方をするなんて、もちろんやったことがない。だから初めてのライブの前には、毎日電車でも授業中でも家でも、常に小さく手と足をぱたぱた動かして訓練しないと、なかなか覚えられなかった。大変だったけれど、練習に行くたびにサークル員たちと話し、飲み会に行って騒ぐのは楽しかった。いかにも「キャンパスライフ」的な毎日に、私は浮かれていた。

私が入っていた音楽サークルは、100人以上サークル員がいて、入学してから半年経ってもまだ知らない人がいるくらいだった。同じ学年の友達は覚えられても、先輩はなかなか覚えられないし、飲み会で調子に乗っているときくらいじゃないと声をかけられないくらい、遠い存在だった。

その中でも、特に恐れ多かった先輩がいた。「超人ドラマー」として密かに有名な、私の二つ上の先輩だった。

はじめてのライブのとき、100人のメンバーが、色々な組み合わせでバンドをやった。やっぱり、それだけの人数がいると、クオリティにも差が出てくる。一年生のぎこちないバンドは暖かい目で見守ってもらい、一方でベテランの先輩たちだけのうまいバンドはものすごく盛り上がる。
中でも、尋常じゃない盛り上がり方をしているバンドがあった。
なんの曲だったかは全然覚えていないのだけれど、私が知らないロックバンドのコピーだったと思う。リズムがすごく激しくて、オーディエンスもモッシュが出来るくらい盛り上がっていて、群衆が波みたいにうねうねと動いていた。

キャーキャー、と黄色い声が飛び交い、前に出て汗だくになりながらベースを弾いている先輩に女の子たちが群がり、「かっこいい〜」「こっち見て〜」「愛してる〜」と叫びまくっていた。

人見知りの私は汗だくの群集の中に入ろうという気にはなれなくて、ぼーっと後ろの席でそのライブを見ていたのだけれど、その中で、「エバンスさあああん」「エバンスー!!」という叫び声が聞こえてきた。

エバンス? 何その変な名前、と私は思って、思わず隣にいた、私より活発にサークル活動をしている同期の友達に聞いた。

「エバンスさん? って誰?」

「ああ、あのドラムの人だよ」

そう彼女が言うので、後ろの席のソファによじ登って背伸びして見ると、群集の隙間からちらりと、ものすごい勢いでドラムスティックを振り回している男の人が見えた。

イタコか? と思うくらいに、何かに取り憑かれたように、ドラムセットの前で暴れている。うわ、と思わず声が漏れた。あまりの激しさに、汗で飛び散る細かい飛沫がキラキラして見えるような錯覚を起こした。

「何あの人? すげー」

「ね。もう超人だよね。マジドラムうますぎ、うらやましー」

私と同じように、ドラムを始めたばかりの彼女も、スティックを握りしめて憧れの眼差しでその先輩を見ていた。

 

 

それが、私とエバンスさんとの出会いだった。

どうしてエバンスさんなんて変な名前なんだろう、そもそもエバンスってどういう意味なんだろう、と思ってグーグルで検索すると、「EVANS」というドラムヘッドのメーカーの名前がヒットした。
なるほど、そういうことか、あまりにドラムがうまいからきっとドラムメーカーの名前で呼ばれてるんだろうな、と私は納得した。

エバンスさんかー。

あんなにも激しくドラムを叩いているから、きっと気性が荒い人なんだろうと推察したけれど、すぐに私のその予想は外れていることがわかった。

ある日の全学年合同の飲み会でのことだった。

「今日エバンスさんって人いるの?」

「ああ、いるよ。ほらあそこ」

見ると、遠くに、いかにも静かでおとなしそうな、楽器で言うなら端っこの方でキーボードとか弾いてそうなひょろりとした男の人が、隅っこでちびちびとお酒を飲んでいた。

「え!? あれエバンスさん!?」

「そうそう」

「なんかドラム叩いてるときと全然違くない!?」

飲み会にいたときのエバンスさんは、そもそも音楽サークルに入ろうと思いつきさえもしなさそうな感じの穏やかな人で、周りのサークル員の話をニコニコしながら聞いていた。
なんか、あれ、エバンスさんってつかみどころのない人なんだなー、と思いながらも、物静かなのにスティックを持つと人が変わるというギャップにうちのめされた。同じドラムという楽器に魅せられた彼への憧れは、ますます募っていった。

エバンスさんの「超人ドラマー」っぷりは、見ていて気持ちよくなるほどのものだった。
なんというか、臨場感がすごいのである。腕が阿修羅像みたいに何本も生えているようにすら見える。思いっきりシンバルをシャーンと鳴らす姿を見ると、脳の奥が痺れてアドレナリンがドバッと出ているような気がした。バスドラムの重低音がずん、ずん、と肋骨に響いてくる。私もあと10年すればあのくらい叩けるようになるのだろうか、とぼんやり思いながらエバンスさんの演奏に見とれていると、ダカダカダカ、とエバンスさんが思いっきりタム回しをしているときに、突然白い何かがエバンスさんの手元から吹っ飛んでいった。

えっ、なになに、とよく見ると、なんとスティックが折れたのである。うわー!! と興奮して声が漏れた。ドラムやりすぎてスティック折れるとか本当にあるんだー、と思いながら見ていると、それでもエバンスさんは何事もなかったかのようにどこからか新しいスティックを取り出し、また激しく演奏をし始めた。

あれは、きっと、ドラムの神に取り憑かれた何かなんだ。
「エバンス」というドラムセットの神が降臨しているんだ。
あまりの超人っぷりに、夢見がちな私は、そのとき本気でそう思ってしまった。

演奏しているときのエバンスさんは、あの飲み会でおとなしくお酒をちびちび飲んでいた人とは別人で、目がギラギラして、そして気持ちよさそうに、演奏をしていた。まるでドラムと一体化しているみたいに。

「エバンスさんってマジすごいね。どれくらいドラムやってるんだろう」と私が何気なく噂好きの友人に聞くと、「いや、でもあの人大学1年から始めたらしいよ」と彼は言った。

ええ!? 1年!? なら私と条件は何も変わらないじゃないか。たった3年であそこまでできるようになったというのか。
いつか私が3年生になったら、エバンスさんくらいできるようになっているのだろうか。
いや、無理だろうな。
あーあ、私にも、ドラムの神様、宿ればいいのに。

勝手にそう結論付けて、いつかエバンスさんとちゃんと話したいなあなんて思っていたけれど、それほどみんなで大騒ぎしたりしないエバンスさんにはやっぱり恐れ多くて話しかけられなくて、ついつい「また今度でいいや」と先延ばしにしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「そっかぁ、もう先輩たちいないんだぁ」

月日は流れ、私は3年生になり、エバンスさんたちの代が卒業した。
私は2年から3年にかけて一年間、留学をしていたから、残念なことに、彼らの卒業ライブに間に合うことはできなかった。
それでもやっぱり先輩たちがどの会社に行ったかとか、今どこにいるとかは気になるので、1年分の噂話を友人に聞いてキャーキャー騒ぐ。
えー、あいつら別れちゃったのー、うっそぉ、今度はあそこがくっついたの!? と恋話で盛り上がる中、ふと、私はエバンスさんと結局ずっと話せないままだったことを思い出した。

「そういえばさ、エバンスさんってどこ行ったの?」

「あー、知らない? エバンスさん、早稲田中退したんだよ」

「えええ!? うっそ!! なんで!?」

信じられなかった。早稲田を中退? マジで? 本当に驚いた。だってエバンスさんは特に問題児らしい感じでもなかったのだ。おとなしくて、真面目だった。授業とかも必ず毎回出席して、代返なんか絶対頼まない、むしろ毎回周りのおちゃらけた友人に代返頼まれてそうなタイプだった。いや、これは私の勝手な憧れによる予想だから、実際はまったく違う不真面目な生徒だったのかもしれないけれど。

「いや、それがさ。デザイナーになりたいって言って、デザイン学校に入り直したんだって」

デザイナー。
友人が言った言葉を、耳の奥で反芻する。

「ああー」

意図せず漏れた声が、私が心底納得していることを物語っていた。

そうか、そうか、なるほど。
エバンスさんは、デザイナーになるのか。
それを聞いた途端、妙にしっくりきた。ものすごく。

でも。

「もったいないなあ」

気がついたら、そう口にしていた。

「せっかく早稲田入ったのに、3年で辞めちゃうなんて。あと1年待って卒業してからでもよかったのにね」

私なら絶対にやらない。そんなニュアンスを込めて。共感を求めて、いかにもエバンスさんのことを心配しているかのような言い方をする。
そして友人も、思惑通りに、だよねー、もったいないよね、と言ってくれる。

「もったいないよ」

けれどそう言い終えた瞬間、ぞわりと、一気に不安が押し寄せてきた。

なんだろう、この不安は。

留学から帰国して、これから私の新しい生活が始まるっていうのに。これから就活もして、いい会社に入って、きっとバラ色の人生が待っているのに。自分は正しい選択をしているはずなのに。「一年留学行ってきた」と言えば、みんな「それなら外資も受けられるね」と羨望の混じった目で私を見た。順風満帆だ。何も間違った道を進んでなんかいないはずだ。
それなのに、この不安は、なんだ。なんなんだ。

そして、どうしてこんなに、罪悪感が募るんだ。
エバンスさんが早稲田をやめてデザイン学校に行ったと聞いただけで、どうしてこんなにも不安な気持ちになるんだろう。

ちゃんと考えればその理由がわかるだろう、と直感的にわかった。
いや、というよりも、もとから薄々気がついていたのだ、たぶん。
けれど、はっきりと自分にその理由を提示すると、私はものすごく傷つくような気がして、結局「エバンスさん、デザイナーになるのかねえ」とだけ言って、忘れようとした。もうエバンスさんと再会することもないだろう。もともと話したこともほぼなかったのだ。卒業してまでわざわざ会うような間柄じゃない。

そう思っていたのに。

思わぬところで、エバンスさんと再会したのは、最後に会ってから3年後のことだった。

 

 

 

 

「あ、さきー、こっちきて」

「なんですか」

大学4年になった私がいつも通りに天狼院に行くと、三浦さんが、誰かと打ち合わせをしているようだった。

「彼にデザイン頼むことにしたから」

そして、三浦さんと話していたひょろりとした背中が振り向くと、3年前、憧れていた顔がそこにあった。

「エバンスさん!!!!!」

びっくりして、叫んでしまう。

「え!!? なんで!!!? エバンスさんじゃないですか!!! どうしてここに!!?」

「え? さき、知り合い? ってか、エバンスさんって何?」

私が驚いてものすごいリアクションをしているというのに、エバンスさんは何も驚いていないような平然とした顔をしていた。

「ってか、そもそも私のこと覚えてます?」

そうだ。だいたい私は勇気がなくてエバンスさんに話しかけたことすらなかったような気がする。

「覚えてるよ。さきちゃんでしょ」

そうか、知ってくれていたのか。
私が驚くのを気にもとめず、三浦さんは話を進める。

「彼のデザインね、本当すごいよ。天才」

キラキラした目をして三浦さんが言った。
ああ、そうか、と私は悟る。

三浦さんは、人の才能に関しては、お世辞を言ったりなんかしない。
ダメなものはダメだと言うし、自分が完璧だと納得するまではOKを出したりなんかしない。

ああ、エバンスさんは本当にすごいデザイナーになったんだ、と思った。
初心者だったのに、またしても、3年で。
三浦さんにほらこれ、と見せられたデザインを見ると、たしかに、非の打ち所がないほど完璧なデザインだった。

エバンスさんは、やっぱり「超人」だ、と私は思った。
ドラムだってデザインだって初心者だった。それなのにどちらもたった3年で、ここまでできるなんて。
やっぱりエバンスさんは「超人」なんだなあ、とぼんやり、思った。

 

 

と、いうわけで、結局私は今、エバンスさんと、同僚である。
今は仕事の都合上、「長澤さん」と呼んではいるけれど、私の中ではずっと、あのドラムスティックを振り回す「エバンスさん」のままだ。

エバンスさんは今、天狼院の一大プロジェクト「月刊天狼院書店」のデザインを担当しているのだけれど、やっぱりというかなんというか、エバンスさんは、すごい。本当にすごい。何かが乗り移っているんじゃないかと思うくらいに、毎回毎回、半端じゃない完成度のものを用意してくる。私たちが求めているものを先回りして推察して、持ってくる。
エバンスの神様からアドビの神様の化身になったんじゃないかと思うので、今度から「アドビさん」と呼ぼうかと思っているくらいだ。

「書店を雑誌化する」なんて今まで誰もやったことがないことというだけで大変だろうと思うのに、エバンスさんは、三浦さんの「なんか雑誌の世界に飛び込んだみたいな感じにしたい」「雑誌を三次元化したいんだよ」「詳細は任せる! よろしく!」という無茶振りにもうろたえることなく、淡々と仕事をこなし、「これでいいですか」と完璧なデザインを持ってくる。

やっぱりエバンスさんは、エバンスさんなのだ。
ドラムをやらせても「超人」だし、デザインをやらせても「超人」だ。
何をさせても一流。そういう人はたしかにこの世に存在するのだ。私とは違う。

けれどそこまで考えて、はたと、あ、前もこの感情、抱いてたことあるな、と思い出した。

不安。

そうだ、あのときの不安だ。

それから、漠然とした罪悪感。

「エバンスさん、早稲田中退したらしいよ」と聞いたときの。
とっさに、「早稲田辞めるなんてもったいない」と言ってしまったときの。
あのときは、傷つくような気がしたから、考えないように逃げてきた、あのもやもやが、またやってきた。

そうだ。

私はたぶん、自分の意思を貫くエバンスさんを見て、不安になったんだ。
だって私はあの頃、まだ留学から帰ってきたばかりの3年生で、これから就活もしなきゃいけなくて、自己分析とかこれからどんな仕事をしていきたいかとかも考えなきゃいけなくて……。
足元が、ぐらぐらしていた。

「あなたのやりたいことってなんですか?」

急に、そう聞かれることが多くなった。
インターンに行って、就活セミナーに行って、大企業に就職した先輩に話を聞いて、みんな示し合わせたようにこう言った。

「で、君は何がやりたいの?」

うちで何がやりたいの?
将来何したいか決めてる?
どういう人間になりたいとかあるの?

そうまっすぐに鋭く聞かれると、何もやりたいことが見つかっていない自分が、まるで間違っている人間みたいに思えてくる。そう質問してくる、もうすでに「やりたいこと」が見つかっているであろう大人に見つめられると、引け目を感じてしまう。あなたはいいですよね、「やりたいこと」見つかってるからそこまで偉そうに言えるんですもんね。そう反抗して言ってやりたくなる。
やりたいことや将来こうなりたい自分像を何も持っていないと告げたら、ダメな人間扱いされそうで、怖くて、だからつい、こう答えてしまう。

「悩んでいる人の気分がちょっと上がるような商品を作りたい」
「人が働きやすい環境づくりをしたい」
「私は人の話を聞くのが好きだから、そういった面で営業とかは向いてるんじゃないかと思うんです」

そんなのただの後付けなのに、本気でそれが自分のやりたいことなんだと思い込む。思い込みたいんだ。だって「やりたいこと」があった方が、この世で生きていくのはずっと楽になるように見えるからだ。
「本当にやりたいこと」が見つからないから、それらしいことを言って自分を納得させているだけ。本当はそんなこと全然思ってない。思ってないけど、「やりたいことはまだ見つかってないし今後どういう道にいけばいいかも試行錯誤中です」なんて言ったらダメ人間扱いされそうで怖いから、自分すらも完全に騙し混んで、自分のやりたいことはこれだと思い込んで、そのままずるずると就活をした。

就活中、サークル員たちと会うたびに、エバンスさんの話が頭をよぎった。

早稲田を中退してまで、デザイナーになりたいと言ったエバンスさんのことが。

「エバンスさんは、どうしてるのかねー、大学辞めてまで」

わざと、自分が選んだ早稲田をストレートに卒業する道より、中退したエバンスさんの選んだ道の方が、「正しくない」ように見えるように、でもはっきりそう言うと自分が悪者になるから、あくまでもニュアンスだけで、伝えようとする。

「私なら絶対早稲田中退なんかしないけどなあ」

あの頃も言った言葉を、また繰り返す。

今ならわかる。

違う。「私ならしない」んじゃない。
「私ならできない」んだ。絶対に。

私には、絶対にエバンスさんのした選択はできなかった。
絶対に「早稲田」というネームバリューを捨てることなんかできない。
だってその選択をすれば、「間違った選択肢」をとったやつとして見られそうで、怖いからだ。

羨ましかったのだ。

自分のやりたいことが見つかって、そのためになら世間体もネームバリューも捨てられるエバンスさんのことを、心底かっこいいと思った。
私なら絶対にできない。そもそも、辞めるも何も、大学を辞めてまでやりたいこともなかった。かといって、もし同じようにやりたいことが見つかって、それは早稲田ではできないとわかったとしても、辞める決断をできるかどうかも、わからなかった。

羨ましい。本当はそういう人間に私もなりたい。やりたいことを見つけて、そのためにがむしゃらに行動できるようになりたい。
でもその一歩を踏み出す勇気もなくて、っていうかそもそもやりたいことないし、親の目とかもあるし、やっぱりお金はあったほうがいいし、大企業に入って「すごいね」って言われたいしと、就活を続けたのだ。
みんなと違う道を選ぶ恐怖のほうが、自由に生きたい欲求よりも、勝ってしまったのだ。はるかに。

本当は変わりたくて変わりたくて仕方ないくせに、そのための努力をするのは嫌だから、内心ではめちゃくちゃ羨ましいくせに、「エバンスさんは超人だから」としきりに言う。
わかっていた。本当はエバンスさんが超人なんかじゃなくて、ただ必死に努力できる人だからそういう選択ができているんだろうってことも、「自分とはどうせ違う」と言いわけばかりして、私は安全パイを取ろうとしているだけだってことも。

そうやって「かっこいい人生」を送ろうと、それなりに評価される選択肢ばかり選ぼうとしているから、結局は自分にとって一番納得できない人生になってるってことも、だからいつまでも私は自分のことを「かっこいい人間」として認められないんだっていうことも、全部わかっていた。

わかっていたからこそ逃げた。見ないふりをした。

「もったいないね」

不安と、罪悪感。
私がその感情の理由をようやく認められるようになったのは、新卒で入った会社を一年で辞めて、天狼院に行くと決断したときだった。

私が天狼院に転職することにした、と言ったとき、応援してくれる人ばかりではなかった。

「せっかくいい会社に入ってたのに」
「なんでわざわざ小さな書店なんかに」
「もったいないねえ」

あーあ、この子は間違った選択をしたな、という目で私を見ているんだろうな、と思うことも、一回ではなかった。

かつて私がエバンスさんを評価していた目で自分が見られるようになったとき、はじめて、ハッとした。そして思った。

そもそも、絶対に正しい道なんて、間違った道なんて、存在するのだろうか。

「もったいないね」
「早稲田卒業してからにすればよかったのに」

おせっかいに、人の選んだ道を「正しい」「正しくない」で判断しようとするのは、本当は自信がないからじゃないのか。自分以外の誰かが、勇気ある選択を、自分には絶対にできないという選択をしているのを見ると、まるで自分の選んだ「安全な道」が間違っているような気がしてくるから、だから必死になって「もったいないねえ」と口にする。自分自身を安心させようとする。

私は自分が「もったいない」と言われる立場になってようやく、私がエバンスさんに対して抱いていた「心配」の言葉が、いかに浅薄で愚かなものだったのか気が付いたのだ。

 

 

 

 

 

「エバンスさん」

彼に、私が抱いていた汚い感情を暴露したことは、まだない。
第一、まだ「超人ドラマー」のエバンスさんへの憧れは全然消えていないのだ。外面はなんでもなさそうな顔をしているけれど、内心は話すだけで結構、緊張している。

「これ、お願いしたいんですけど」

あのエバンスさんと「月刊天狼院書店」を一緒に作り上げている中で、デザインを思考錯誤したり、どうしたらお客さんに喜んでもらえるかを考えたり、天狼院を最大限面白く見せられるかを考えたりしている今の環境は、正直言って、夢なんじゃないかと思うくらいだ。

私の選んだ道は正しかったのかな、と思うことが、今でもまだ、ときどきある。
それはきっと隣にいるエバンスさんが、やっぱりあまりにも自信を持って仕事をしているからで、自分のやりたいことをまっとうしているからで、キラキラしているからで……。
そういうのを見ていると、やっぱり、「自分は正しく進めているだろうか」と、振り返りたくなってしまう。

けれどきっと、私はたぶん、自分が選んだ道が「正しかった道」になるように、努力するしかないのだ。
自分の人生が好きになれるように、正しい道を選ぼうとするんじゃなくて、自分が選んだ道が「正しかった」と自信を持って言えるように、毎日少しずつ、できることをやっていくしかない。

そう気付かせてくれたのは、やっぱりエバンスさんと天狼院で再開したからなんじゃないかと、ときどき思う。
夢見がちな私は、運命的なものを感じてしまう。

「あ、あのエバンスさん」

「あ、さきまたエバンスさんって呼んでる」

「エバンスって何? どういう意味?」

だから、嬉しくて、エバンスさんが、「長澤さん」じゃなく「エバンスさん」だった頃のことをもっと知ってもらいたくて、天狼院のスタッフで作業している中、わざと「エバンスさん」と読んでみたりする。

そして、やっぱりひどく夢見がちな私は、ニヤニヤしながら、こうも思う。

「エバンスさんっていうのがね、長澤さんのニックネームだったんだよ」

もしかしたら、ドラムの神様は、私のことも見捨ててはいなかったのかもしれない、と。

 

***

 

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【天狼院書店へのお問い合わせ】

TEL:03-6914-3618

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2016-04-28 | Posted in チーム天狼院, 川代ノート, 記事

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