「使えないクソ上司」の愚痴を言っている人たちはみんな仕事ができるのか問題《川代ノート》
「いやー、マジで使えねえからなー、あいつ」
「大変だな、頼られてると」
「だってできるやつやめちゃったからさ、俺がやるしかないんですよね」
今、仕事終わりに移動したご飯屋さんで、これを書いている。
もともと今日は違う記事を更新しようと思っていたのだが、変えることにした。なぜか。隣の席のサラリーマンたちが話していることが、とても面白かったからだ。
きっと私と同じで仕事終わりなのだろう、スーツのネクタイを緩めている30代半ばくらいのサラリーマンたちは、仕事の愚痴を話していた。どうやら、人手不足らしい。仕事量は多いのに、それをこなせる人間が足りておらず、隣にいる人にものすごい量の業務が降ってきてしまっているようだった。
ちらり、と横を見やる。疲れ切った顔をしていた。本当に疲れているのだろうと思った。
彼らは年の近い先輩と後輩か何かのようだった。どうやら主に愚痴っている方が後輩で、それを聞いているのが先輩のようだった。話を聞いている限り、主にお互いが知っている人物について愚痴を言っているようだった。上司か、チームリーダーか何かだろう。
「本当ね。きっついわ。なんなんだろう、あの人」
「いやー、マジでかわいそうだわ」
「たぶんね、効率悪いんだと思うんですよ。なんでああなんだろう」
「あー、効率悪いやり方してるもんね」
「やばいっすよ、今。だってできる人本当いないの。俺しかいないの。やめたいけどやるしかないじゃん?」
もぐもぐ、と疲れた顔で肉を頬張りながら、後輩が言った。
話を聞いている限りだが、この二人は人手不足のあおりを思いっきり受けているようだった。まあ、たしかに。夜の21時をとっくに過ぎている。きっと残業帰りなのだろう。私は店が21時まであるから、この時間に終わるのは普通だけれど、普通のサラリーマンだったらとっくに帰っていてもいい時間だ。
大変だな、と思っていると、また後輩が言った。
「あー、もうどうにかなんないかな。あのクソ上司」
はあ、と大きくため息をついて、ずずず、と味噌汁をすする。すごい愚痴り方だな、と思った。でもきっとこんな風に愚痴る人なんていくらでもいるんだろうな。
じゃーいきますか、と言って、ご飯を食べ終わると、二人は店を出て行った。彼らが食べた定食は綺麗に空だった。
あ、面白かったからもう少し話聞いていたかったな、と思いつつ、私は二人の後ろ姿を見送った。
それからしばらくぼんやり、納豆ご飯を食べながらあの二人の会話を反芻していた。
あの人の上司、よっぽど嫌な人なんだろうな。
そんなことを思った。二人が言うには、その「クソ上司」は仕事ができなくて、効率が悪くて、人手不足なのに人件費を割いてくれない、とても嫌な人のようだった。
逆に、心底嫌そうに語っていた後輩の人は、「できる人が自分以外にいない」と言っていた。ということは、あの人は自分がとても仕事ができると思っているのだろうと思った。すごいな。そんなに自信があるのか。そんなに自分が会社の役に立っているという自信があるなんて、羨ましいな、と思った。私は働いていて、自分が会社の役に立てていると本気で思えたことがこれまでに一度もなかったからだ。
でも、不思議に思った。
ああいう会話、聞いたのって、はじめてじゃないな。
いや、はじめてじゃないどころか、そこらじゅうに溢れている会話だ、と思った。
電車の中で、飲み屋の中で、こういうご飯屋さんの中で。街を歩いていれば、別に探さなくても耳に入ってくる。会社の愚痴。できない上司の愚痴。使えない後輩の愚痴。みんな仕事終わりに愚痴を吐き出しているのだ。クソ上司や言う通りに動かない後輩や働きやすい環境が整っていない会社の上層部がだめだ、こうすればいいのに、という愚痴を。
「自分はめちゃくちゃ仕事ができる」という前提で、それを言う。
ああやって愚痴を言う人たちは、たいていの場合、「自分はできているのに、周りができていないからうまくいかないんだ」という体で話しているように見えた。「俺はできないけどみんなもできないんだよね」という愚痴はあんまり聞いたことがない。
あるいは私が聞いたことのある愚痴がたまたまそういうタイプの愚痴だったというだけかもしれないが、たいていの場合は「本当あいつら効率悪いやり方してるんだよ」とか「もっと現場のことを考えろ」とか「年功序列の老害、仕事できなさすぎ」とか、そういう感じ。仕事ができる人が、仕事ができない人について愚痴を言っている、というイメージだ。
たしかにそうなのかもしれない。
愚痴っている人はみんな、仕事ができるのかもしれない。
でも、だったら、だとしたら。
「俺は仕事ができるのに」と愚痴っている人間はこんなにたくさんいるのに、どうしてこの社会は、いつまでたっても仕事がしやすい環境にならないのだろうか?
「あのクソ上司」と言う人たちが全員、本当に、本人の言う通りに仕事ができる人間ならば、あっという間にこの世界は、働き方革命などという前に、ぐんぐん成長して働きやすくなるのでは?
いや、あるいはそれも、日本社会の悪しき風習のせい、ということになるのだろうか。彼らに言わせれば。
と、そんなことをふと考えてしまったのだ。もぐもぐと、おしんこを食べながら。
愚痴を言っている人はこの世にたくさんいるけれど、その愚痴が全部愚痴ることで解決される問題なのだろうか。
愚痴っていることは、本当にその通りなのだろうか。
どうだろう。わからない。
私はまだ二つの会社しか経験していないし、今いる天狼院はものすごく特殊なベンチャー企業だから、予想するしかないのだけれど。
きっと、その通りでもあるし、その通りじゃないんだろうと思う。
人は、自分のだめなところはよく見えないし、認められないけれど、周りの人のだめなところは、ものすごくよく見えるのだと思う。
「あいつはこんなところがダメだ」とか「使えない」とか「気が利かないな」とか、そういうことはとても目ざとく察知するのに、いざ、自分がやろうと思ったら、思うようにはいかない。
気をつけて気をつけて異常なほど気をつけていても、結局間違えることもある。
そういうものなのだ。
人間は基本的に、自分に甘く、人に厳しい生き物なのだ。
自分を棚に上げて、他人のことを否定したくなってしまう。それは仕方のないことだ。
私だってそうだ。他人の悪いところだけならすぐに見つけられるのに、いいところは一生懸命探さないと見つけられない。それどころか、負けず嫌いな気持ちが強すぎるせいで、相手のいいところを素直に見ようとすらしないこともある。
その割には、「さきってこういうところ直したほうがいいよ」と言われるとものすごくカチンとくる。「なにそれ!?」と思う。自分に短所があるのを認めたくないのだろう。
そこまで考えて、お箸を置いた。納豆ご飯もおしんこもお味噌汁も煮物もおいしかった。
こんなにおいしいものを食べながら、なんてひどいことを考えているんだろう、と思った。
でも、こういうのって、大事だよな、と思う。
「自分は、自分に甘く、他人に厳しい人間だ」と認識しているかいないかで、生き方も言葉選びも、変わってくる。
これが、「自分はすばらしい人間で、他人に優しくて自分に厳しい人格者」だと勘違いしていたらもう手に負えないけれど、認識していれば、多少は治そうという気持ちになれるからだ。
私は、空になった定食のお皿を見て、思った。
人間関係も、こんな風に簡単だったらいいのにね。
あー、ここのなっとう、おいしいなあ、とか。
野菜の味が生きてて、すごく体にしみるな、とか。
お味噌の味、赤味噌っぽくて結構好みだな、とか。
そんな風に、簡単に、素直に、いいものはいい、って言えればいいのに。
自分を安心させたいからとか、仕事のストレスで無理やり「仕事がうまくいかない原因」を作りたいからとか、そんな風に邪な感情がまじったうえで誰かを批判するんじゃなくて、ご飯を食べる時みたいに、簡単ならいいのに。
おいしいとか、まずいとか、それくらい素直に言えたら、もうちょっと楽に生きられるのにね。
まあ、人間関係、そううまくもいかない。
現代社会で、現役世代として一生懸命働くのは大変だってことは、3年目になってだんだん、わかるようになってきた。もちろん、まだまだだと思うけれど。
でも、私はかっこいい大人になるために、自分で自分に責任を持って生きていきたいな、と思う。
すべての原因は自分にあると、自分の人生の結果は全部自分が引き起こしたものだ! と強く言えるくらいの、武士みたいな人間になりたい。
あとは、常にごはんを食べるときみたいな素直で、「好き」とか「嫌い」とか、ずっと言い続けていたい。そんな大人になりたいな。
まさか、こんな定食やさんで発見があるとは思わなかったけれど、こういうことが時々起こるから、人生は面白いもんだ。
「ごちそうさま」
一人だから、あんまり周りに聞こえないように小さな声で、つぶやいた。
おいしかった。
さて、明日も頑張ろう。
*この記事は、人生を変える「ライティング・ゼミ《ライトコース》」講師でもあるライターの川代が書いたものです。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになると、一般の方でも記事を寄稿していただき、編集部のOKが出ればWEB天狼院書店の記事として掲載することができます。
http://tenro-in.com/zemi/47103
❏ライタープロフィール
川代紗生(Kawashiro Saki)
東京都生まれ。早稲田大学卒。
天狼院書店 池袋駅前店店長。ライター。雑誌『READING LIFE』副編集長。WEB記事「国際教養学部という階級社会で生きるということ」をはじめ、大学時代からWEB天狼院書店で連載中のブログ「川代ノート」が人気を得る。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、ブックライター・WEBライターとしても活動中。
メディア出演:雑誌『Hanako』/雑誌『日経おとなのOFF』/2017年1月、福岡天狼院店長時代にNHK Eテレ『人生デザインU-29』に、「書店店長・ライター」の主人公として出演。
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