チーム天狼院

そのとき彼女は裸になった


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田中望美(チーム天狼院)

「15年間歌手生活を送ってきて、数々の場所で歌わせてもらってきましたが、今日が一番怒っています」

ステージの彼女がそう言って、唇を噛み締め泣いていた。悔しさと屈辱さが、彼女のその表情からにじみ出ていた。
その後の2、3曲も引きずっていたのか、途中で何度も歌えなくなっていた。それをカバーするかのように、観客が大きな声を上げて一緒に歌った。

しかし、衣装チェンジをして新曲のお披露目になったとき、持ち直したのだろう。さっきまでの彼女とは思えないほどの力強い歌声が会場中に響き渡った。
そんな彼女を見て、多くのファンが泣いていた。感動して、勇気をもらった。

私の頬を一筋の涙がつたった。

本当にこのライブを観ることができてよかった。今この瞬間をしっかりと噛み締めようと強く思った。

彼女は世界で活躍するトップスターだ。
トップスターの中でも歌唱力がずば抜けていて、名誉あるいくつもの賞を受賞することはもちろん、芸能界で彼女を知らない人などいないほどである。ソロ曲は、ネットにミュージックビデオが配信されると、たちまち1億PVを突破したという。私が行ったのはソロ公演だったが、いつもはグループで活動していて、グループの中でも「彼女の歌声を聞いてファンになる人が一番多い」と言われるくらい人気だ。それは、彼女の持ち前の愛嬌とプロ意識の高さがそうさせているのだと思う。例えば、メンバーたちが、ライブの最後に感極まって泣いてしまっている時も、彼女だけは泣かずに、最後まで歌い切る。そんな人なのだ。

きゃーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!

バンドのセットだけが並び、まだ照明が暗い中、ポッとステージの中心にライトが当たると、彼女が登場し、ソロデビュー作を歌い始めた。
そして、またたく間に観客の金切り声が湧き出す。
ピンクのペンライトとハンカチを握りしめて、目をおさえている人もいた。
私の腕にもゾワッと鳥肌が立った。
コンサートの一曲目が大好きなこの歌。最高だ。
けれど、少し、違和感があった。
あれ? 彼女、こんな声だったっけ? いつもスマホにダウンロードしている曲の声とは少し異なる。
違和感を感じたけれど、生の声とレコーディングされた声は違って聞こえるのだろうと思った。
やはり、歌声は圧巻だ。パフォーマンスも、お客さんをワクワクさせるものばかり。
高揚感が私の最大だと思っていたボルテージを突き破っていた。

次々と曲が進むに連れて、やはり何か少しおかしいような気がしてきた。
どこまで伸びるんだ? と思わせる高音を出すのが苦しそうなのだ。

その違和感が勘違いでなかったことが、彼女自身がいつも難しいと言っているバラード曲で明らかになった。この曲を歌い終えた後のことだ。

「みなさんは自分で自分の中の自尊心を傷つけられたと感じることはありますか?」

グループのライブでは、ほとんど喋ることのない、彼女が語りだした。

「この曲は私にとって、自分を試す曲でもあり、自分に自信を持つための曲でもあります。技術的にも、表現的にもとても難しい曲だからです。
でも、私は今、15年間歌手として舞台に立ってきて、一番自分に怒っています。こんなに怒りを感じたのははじめてのことです。観に来てくださった皆さまに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
だから、もう一度歌わせていただけないでしょうか」

観客席から一斉に拍手が起こる。

彼女はゆっくり、深々とお辞儀をしていた。

そして、お水を飲み、再びマイクを手にとった。
いつも堂々と、羨ましくなるほど気持ちよさそうに歌う彼女が、少し緊張しているように見えた。それが伝播して、会場全体の空気にもピリッとしたものが生まれた。だけど、皆が彼女を応援している、見守っているという気持ちは同じだった。

つい先程まで耳にしていた曲のイントロが再び流れ始める。バンドメンバーたちも急な変更で驚いたことだろう。けれど、彼らもプロだ。一切のゆらぎもなく生演奏がはじまった。
序盤は、良かった。素晴らしいいつもの彼女の歌声だった。問題は、歌の終盤の超絶高音が続くところだ。曲のクライマックスとも言え、彼女の圧倒的なパフォーマンスが見せつけられるところ。言葉も失ってしまうほどの声量とほんの少しのズレもない音程と表情。これをパーフェクトと言わずなんという、というくらい素晴らしいものだ。自然と私は祈るように胸の前で手を握っていた。

あっ……

彼女はそのクライマックス部分に差し掛かるところで、一気に下降してしまった。ここから一気に上昇していくところであるのに。
彼女は苦し紛れに歌った。見ている私も辛くなった。最後はもう殆ど歌うことができない状態だった。

切ない、愛の歌が終わって彼女は言った。

「本当にごめんなさい。本当に悔しいです。ダメでした。でも、残りの歌で必ず挽回して、皆さんにいい歌を届けられるようにするので、聞いてください」

その後、よほどプロとしての役目が果たせなかったことがショックだったのだろう2、3曲引きずっていたが、皆で彼女の曲を歌い、彼女に励ましと心配の声をかけ、彼女の名を叫んだ。
大丈夫だよ、頑張っているのは知っている。いつも私達があなたの歌に救われている。だから、上手くいかなくてもいいから、思いっきり歌って。そんな思いを伝えているかのようだった。会場に一体感があった。
その思いが伝わったのかそれとも自分で奮い立たせたのか分からないが、彼女は初の新曲披露になったとき、今までの不調が吹き飛ぶくらい、いい歌を歌った。何かを乗り越え、生まれ変わったような輝いた目をしていた。

私は涙が出て出て、止まらなかった。彼女の曲の歌詞が私の胸を突き刺して突き刺して止まらない。表現で思いが伝わるとは、こういうことなのだろう。会場全体が感動の渦に包まれたのを私は確かに感じた。

最後に彼女はこう言った。

「今日という日は、私の人生の中で一生忘れられない日になりました。良かったことも悪かったところも、死ぬまで絶対に忘れません。この感情は私のこれからの財産です。あ、みなさんは、良いところだけ覚えててくださいね(笑)」

そう言って彼女は笑った。
クシャクシャの笑顔だったけれど、私が今まで見てきたどんなアーティストよりも美しい笑顔だった。
同時に、別世界に住んでいる遠い存在だった彼女が、ものすごく近くに感じた。
彼女の素の姿を見て、考え方や感情が感じられたからだ。
さらに、どんな想いでこれまでの数え切れないほどのステージでの歌を歌ってきたのかを知れたからだ。

私は彼女のことを心から尊敬した。

幼い頃から研修生として厳しい訓練を受け、デビューしプロの世界で長年やってきて甚だしい成功を上げたにもかかわらず、天狗になることんばく、只々いい歌を届けようとしてくれていた。
今までにない憤りを感じ、普通のコンサートではありえない、「歌い直し」をしたということは、これまで一切手を抜かず、妥協してこなかったということだ。
だから、天才と言われるほどの歌手になったのだろう。

プロの意識の高さがハンパじゃないと思った。
芸能人と関わりの多い芝居の先生も言っていた。今、あなたたちが見ているテレビに出ている役者は、命かけてやっている、と。その世界にぶつかっていこうとしている私たちは、それに比べると覚悟もないし、ヘラヘラやっているように見えると注意されたこともある。
プロは、たとえ、福岡の小さな規模のステージでも一切妥協しない。もし上手くいかなかったら、プライドも見栄も張らず、正々堂々とその現実に立ち向かう。その姿は、こっちが、そんなに悪くないよといいたくなるほど本気で悔しがっている。実際、彼女も高音が外れたとは言え、ほんの少しのズレで、音楽をしてない一般の人であれば気が付かないほど、めちゃめちゃうまいのだ。けれど、自分が自分を許すことができず、たったの一度、いい歌を聞かせられなかった事実に、大げさなくらい悔しがるのだ。

私は心から彼女のことが好きになった。
人生の中で一番為になるライブに立ち会うことができたと思った。
彼女の最高の歌は聞けなかったのかも知れない。
最高の歌を聞いていれば、もちろん感動して、観に来てよかったと思うだろう。
でも、私はこのコンサートで本当に良かったと思っている。

なぜなら、あんなに上手くて努力してて、名高い人でも調子が悪いことがある。
引きずることがある。
悔しい思いもする。
でも、諦めずに踏ん張る。
規模や状況は違えど、同じ気持ちを抱えて生きていることは一緒なんだと思えたからだ。
言うのは簡単かもしれないが、実際にできるのは本当に素晴らしいことだと思う。

愛嬌のある彼女はまたこう言った。

「こんなところで泣いてしまって、いろんなことを語ってしまって、少し恥ずかしいですね。
こんなに沢山の人に裸の自分を見られている気持ちでした」

私も来月、再来月と舞台に立つ機会をいただいている。
自分の表現する世界に入り込み、どんな場所でも、どんな状況でも心をこめてパフォーマンスしようと強く思う。

裸の自分を見せてくれた彼女の想いを無駄にせず、受け継いでいきたいのだ。
観に来てくれる人たちの為に。

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