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チーム天狼院

【鯖の味噌煮定食】昨日の晩ごはんを小説風においしそうに描写してみる《川代ノート》


サバの味噌煮

あ、夕飯。

今日は母が上京してくる日だった。連休に合わせて泊まりに来ることになっていた。私の家は駅から徒歩5分の距離にあるし、何回か遊びに来ている母は、この辺の地理は大体わかっていたので、私の家に直接来ることになっていた。だから早めに帰って少し豪華な食事を作って母をもてなそうと思っていたのに。
アルバイトでくたくたで、すっかり食事の用意のことなんて忘れていた。今日は人が足りなかったうえに、いつもより多くの客が来ててんてこ舞いだったのだ。ホテルのフロントのアルバイトは、華やかなように見えて、裏でこなさなければならない事務処理がたくさんあるし、突然の客の要望にも臨機応変に対応しなければならない。あれやこれやと接客に追われているうちに、気付けば二時間も残業してしまっていた。気付かずにそのまま働かせ続けた上司もひどいけれど、なにか一つのことに集中すると、他のことがまったく頭に入らなくなってしまうのも私の悪い癖だ。
今朝メモしておいた買い物リストの存在すらすっかり忘れてしまったまま、アパートの正面玄関まで来てしまっていた。

気が付けばもう母が来る予定の時間まであと30分しかなかった。久しぶりに母が来ると思って、母の好きな赤ワインに合わせてわざわざイタリア料理のレシピ本まで買って、ゆっくりおいしいフルコースを作って待っていようと思ったのに。「料理、こんなに出来るようになったんだねえ」と感心してほしかったのに。お花を買って帰って部屋もきれいに飾り付けて、ちょっとお洒落な雰囲気で女二人でじっくり語り合って・・・なんて妄想は儚く砕け散った。自分の計画性の無さを悔やむしかない。

いいや、もう仕方ない。
残念ながら数回しか作ったことのないイタリア料理を短い時間で手際よく作れるほどの技術はない。イタリアンフルコースは諦めて、とりあえず一旦家に帰って冷蔵庫の中身を確認して、近くのスーパーで適当に必要な材料を買ってこよう。まだ母が来るまでには時間がある。たぶんカレーくらいならすぐに作れるはずだ。

はあ、どうしてこううっかりしてるんだろう、と自分を情けなく感じながらドアを開けた。

ガチャ。

開けた瞬間に香る、味噌とみりんのふわんとしたにおい。
グツグツ、ジューという心地のいい音。
ぱたぱたと動く、懐かしい足音。

「あら、おかえりー」

玄関からはすぐそばのキッチンには、まだ東京駅にもついていないはずの母の姿があった。

「お母さん?うちには8時に着くって・・・」
「いや、私、時間見間違えてたみたいでね。2時間も早く着いちゃったのよ」

あなたに連絡つかなかったから、合鍵前にもらってたし先に来ちゃった、という母の声をきいてはじめて、自分がアルバイトを終えてから携帯を見ていなかったことに気付く。

「もうごはんできるよ、着替えてらっしゃい」

気合を入れていただけに、久しぶりの再会が思わぬ形でかなえられたことに拍子抜けしてしまった。言われるがままに着替えはじめる。
なんだかなあ、と思った。もやもやした。せっかく母が久しぶりに来るから、気合を入れて料理して、部屋もこんな中途半端に散らかしたままじゃなくてちゃんと掃除機かけて待ってるつもりだったのに。そもそもバイトの上司が上がらせてくれないから、とか、昨日の夜に課題なんかやっていなければ、とか、考えてもどうしようもない後悔で頭が圧迫される。せっかく母が来ていて、ご飯を作ってくれているというのに素直に喜べない。

大人になったね、って思われたかったのに。
もう一人暮らしを始めて二年。成人したという変なプライド。

いらいらしている私に気付いているのかいないのか、母は鼻歌を歌いながら盛り付けをしている。

「できたよ、お箸どこだっけ?出してくれる?」

はあい、と言われるがままにお箸やお皿やお醤油を出していると、実家にいるみたいな感じがする。唯一ワインのコルクを栓抜きで開けている自分は、大人になったような気がするけれど。

さ、食べよ、と言う母の声に、まだ少しもやもやしながらも、狭い食卓に二人で腰を下ろす。
イケアで買った安くて小さな折り畳み式のテーブルは、湯気がふわっと上がった料理でいっぱいになった。

よく煮込んだ、味噌だれがつやつやと光る鯖の味噌煮。砂糖とみりんを多め、醤油は少なめに。千切りの生姜と一緒にごはんにのせて食べる。付け合せはこんがり焼いた厚揚げに生姜とねぎをたっぷり乗せたものと、きんきんに冷えた新鮮なトマト、たらこ入りのだし巻き卵に、大根おろしをたっぷり。母の好きな玄米ご飯。納豆には醤油だれとたっぷりのしらす、ほんの少しのごま油。なすと油あげとねぎのお味噌汁も、母の定番だ。一日中立ち仕事をして疲れた体に染みわたってくる。

とろりとした味噌と砂糖の混じった甘い香りが、母が帰ってきたことを教えてくれる。なんだか全然ワインと合わない組み合わせになっちゃったわね、と笑いながらも、母は少し顔を赤くしておいしそうにグラスをあける。
多めに作ってくれた味噌煮をおかわりして、気付けば満腹になっていた。残ったワインを飲みつつ、母がお土産に買ってきてくれた水ようかんを糸で切り分けてふたりで食べる。
久しぶりに母の手料理を食べ、ワインを空けながら女二人、いろんな話をする。昔は出来なかったような「大人」の話も。ふと、自分がもう子ども扱いなんてされていないことに気付いた。

「冷蔵庫のもの、適当に使っちゃったけどよかった?あなた、意外とちゃんと自炊してるみたいじゃない。偉いね。お母さんいなくても大丈夫だね。もうすっかり、大人だね」

そう言う母の目が、少し寂しそうに見えた。

自分は、いったい何にイライラしていたんだろうか。

見栄なんかはらなくてもよかった。「自立した私」を取り繕う必要もなかった。無理しなくとも私は勝手に大人になっていく。ずっと子供でいられるわけじゃない。いつかは誰だって大人になる。母もわかっているのだろう、きっと。

「おかあさん」

ワインに酔ったふりをして、母に甘えた声を出す。

「明日もさ、おいしいもの食べたいな」
「なに、急に甘えて?お寿司なんか連れて行くお金ないわよ」
「ちがうって。そうじゃなくて、おかあさんのごはん、食べたい。からあげ食べたい!自分じゃうまく作れないんだもん」
「からあげね、好きだったもんね、子供のときから。いいよ、片栗粉あるの?」
「ううん、ない。一緒に買いにいこう?明日」

そのまま、もうおなかいっぱい、と床に倒れこむ私に、なに、酔っぱらっちゃったの?まだお酒弱いんだね、と少し呆れながらも母はベッドに連れていってくれた。私に毛布をかけるとお皿を片付け始める。母はきっと、私がこの二年で酒には滅法強くなって、それほど酔っていないのだということを知らない。

「ねえ、お母さん」
「なに?」
「ごちそうさまでした」

母はどういたしまして、と静かに笑う。

 

夢との境目で、やっぱりもうすっかり大人だね、とつぶやく声がきこえた。

 

スタッフ川代です。今回は昨夜の料理をおいしそうに描写するという企画をやってみました。

小説に出てくる料理って、本当においしそうですよね。だから逆に、料理に合わせておいしそうな文章を書いてみよう!と意気込んだわけですが、これが本当に難しい!小説家さんって本当に凄いですね・・・。どうしたらよだれが出てきそうなほどおいしそうな料理の描写ができるんでしょうか?うーむ。そもそも物語の構成を考えるのに四苦八苦でした・・・。文章の練習のためにも、また写真が撮れたら挑戦してみようと思います!

 

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2014-07-11 | Posted in チーム天狼院, 記事

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