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メディアグランプリ

「気づいたもん負け」からの脱出


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:オノミチコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「いろいろ気づくことは、自分の首を絞めることだから」
 
送別会の帰り道、退職を数日後に控えた先輩が言った。
私が社会人になって2か月目のことだった。
 
私が新卒で入ったのは、大手の損害保険会社。
業界再編の真っ只中、配属されたのは本社とは程遠い池袋の支店。
毎日、取引先の対応や資料の作成、一般のお客様の問い合わせや窓口対応などから、本社勤務であれば経験しないであろう小さな業務まで幅広い。
 
「よく気がつく人だったからね。疲れちゃったんだろうね」
 
先輩と一緒に仕事をしたのは1か月足らずなので、詳しいことは知らない。
けれど、先輩を知る人はみな、口をそろえてこう言った。
 
数日後、ある日のこと。
プリントアウトした書類をプリンターまで取りに行くと、出ているはずの紙がない。
表示を見ると、用紙切れのエラー。
コピー用紙を補充すると、大量の紙が吐き出されてきた。
私が印刷した何倍、何十倍もの枚数だった。
 
すると、ほかの社員が何事もなかったかのように印刷された書類を取っていく。
そう、ずっと用紙切れだったのだ。
用紙を補充するのが面倒なので、誰かが補充するのを待っていたのだ。
 
コピー用紙の補充に難しいことは何もない。
用紙を取りに行き、包装をはがし、コピー機に入れ、はがした包装紙をゴミ箱に捨てる。
誰にでもできる簡単な作業だ。
ただ、そのあいだ、自分の仕事は止まる。
だから、やらない。
 
何かに気がついてしまうと、自分の仕事を増やすことになる。
だから、気がついても気がつかないふりをする。
 
そんな場面に出くわすたびに、あのときの先輩の言葉を思い出す。
そして、先輩はこうも言っていた。
 
「この仕事は、気づいたもん負けだよ」
 
人は、見たいものしか見ないという。
見たくないものが見えても見ないふりをしているうちに、本当に見えなくなってしまうのかもしれない。
 
けれど、見て見ぬふりができない人もいる。
表面上は見ないふりをしていても、罪悪感や後ろめたさが首をもたげて、簡単に見過ごすことができない。
それが先輩であり、私だった。
 
会議室の片隅に置き去りにされた、誰かの飲み残しのお茶。
一か所に無造作に置かれた、種類の違う商品パンフレット。
備品を使い切ったあとの、空っぽの箱。
 
ひとつひとつは小さなこと。
見ないふりをすることも、できないことはない。
本当に気がつかない人もいると思う。
でも、私は見過ごすことができなかった。
「気づいたもん負け」という先輩の言葉が、私の頭に浮かんでは消えた。
 
転職をするとき、職務経歴書なるものを書いた。
契約者対応、見積書作成、債券管理、契約データの入力など、担当した業務を羅列したが、「誰かがやるだろうと放置されている小さなあれこれを片づけること」はどこにも書かれることはなかった。
 
書くほどのこともない、小さなこと。
それは積み重なって、数えることができないほど膨大な量になっていたけれど、名前のない業務は、まるで「なかったこと」のような扱いだった。
 
気づいてしまったんだから仕方ない。
これが、「気づいたもん負け」ってやつか。
 
そんな気持ちで毎日を過ごしていた。
しかし、その「名もなき業務」も立派な業務であると思えるようになってきた。
 
私は今、とあるメーカーの総務部にいる。
総務の仕事は幅広いが、ひとことでいうと、「ほかの部署がやらない業務全般」である。
マニュアル化できない、「名もなき業務」の集合体。
 
「誰に聞いたらいいかわからないんだけど」
社内から私あての電話の2割はこのセリフで始まる。
「私の担当ではありません」と電話を切ってしまうのは簡単だけれど、自分の業務でなくとも、誰に聞けばいいのかは、だいたいわかる。
 
「わかる者に代わりますので、お待ちください」
どこかの部署の電話が鳴りっぱなしになっていたら、とりあえず出てみる。
もちろん担当業務ではないけれど、誰につなげばいいのかは、だいたいわかる。
 
そんなことを繰り返しているうちに、一部の社員から「電話交換手」と呼ばれるようになった。
「名もなき業務」に、名前がついた。
 
気づいたことを行動に移すと、たしかに仕事は増える。
気づかないふりをすると、やることは増えないが、気がかりが増える。
そこに気持ちがとどまってしまって、落ち着かない。
 
どっちがいいというわけではない。
自分の仕事ではないと割り切れるなら、それはそれでいいのだろう。
ただ、私は、後ろめたさに囚われたくないだけだ。
 
コピー用紙がなくなりそうだ。
誰かがケーブルを出しっぱなしにしている。
助けてほしそうな人がいる。
 
私は今日も、いろんな場所でいろんなことに気づいていく。
それは「名もなき業務」であり、発見であり、喜びなのだ。
 
 
 
 

***
 
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2019-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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