メディアグランプリ

「私らしさ」の最初の一歩


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:めいり(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
「はーい。じゃあちょっと休憩しよう」
滝のように流れる汗を拭きながら、レンズを覗き込む顔を上げる。
「今日は本当に暑いですね」
大きな木の根元に置いたリュックから、ペットボトルの水を取り出す。口からこぼれた水なのか、首を伝う汗なのか見分けが付かないほど、首元に当てたタオルが湿っていく。
 
長引いた梅雨の時間を取り戻すかのように、夏が急に本気を出してきた。朝9時でも太陽は容赦なく照り付けてくる。メイクは崩れないかな、熱中症にならないかな、そんな不安すら抱えながら、緑が美しいこの大きな公園で撮影は始まった。
 
いつもはお互いスーツ姿で、デスクで向かい合って仕事をしている。目の前にいる首からカメラをぶら下げている男性は私の職場の先輩だ。背が高く細身のスーツが良く似合う先輩は「カメラが趣味」ということを社内の誰もが知っていた。
普段のスーツ、シャツ、ネクタイ、メガネのTheかっこいい社会人4点セットのイメージの先輩だが、今日は全身真っ黒で統一されている。完全に黒子スタイルだ。こんなラフな私服を見るのは初めてだった。
 
「ポートレート写真も撮れますか?」と相談したのはつい先週のことだった。私は社内情報誌のコラムを執筆することになり、そこに自分の写真も掲載することになった。上半身、正面、笑顔、の3つの条件を満たす写真が必要なのだが、スマホのカメラロールをどこまで遡ってもこれと言った写真が見当たらなかった。
 
その日もちょうどデスクで仕事をしていた。向かい側に座っている先輩に相談すると、ひとつ返事で「いいよ、撮ってあげる。高いからね」と冗談交じりに快く引き受けてくれた。
 
さすが「趣味はカメラです」と言えるだけあって、首からぶら下がったカメラはとても高級品のようだ。それとは反対に、私は笑顔と呼ぶには程遠い表情しかできず、泣きたいくらいだった。写真は昔から苦手で、どうも顔が引きつってしまう。笑わなきゃ、というプレッシャーがそのまま表情に出てしまうのだ。泣きそうな私を見て、先輩はこんなことを言ってくれた。
 
「カメラマンができることってそんなに多くないと思う。モデルを魚に例えると、それを煮魚にするか、焼き魚にするかって部分がカメラと編集の役割かな」
 
先輩はそう言って、またシャッターを切り始めた。
 
「自分らしく」という言葉を難しく思うようになったのはいつからだろう。自分らしく在りたいと願うほど、「自分とは?」の迷路に迷い込んでしまう。
 
目指したい自分がはっきりイメージできるからこそ、そこに追い付けない今の自分とのギャップに打ちのめされる。「もっと、もっと」そう言って何度も自分を奮い立たせてきたけれど、いつになっても理想の自分には追い付けないままだった。
いつしか自分を見失い、他人から自分がどう見えているのか、どう見せたいのか、ということを気にするようになった。そうして私は自分の良いところも、どんなことが好きなのかも分からなくなっていた。
 
大人になり、それなりの挫折や後悔を経験したことで、前に比べて少しは今の自分を認められるようになったような気がしている。
しかし、忘れた頃に顔を出す「もっとこうなりたい私」は、今日の撮影でもその影をちらつかせていたようだ。
 
「モデルは魚。煮るか焼くかの部分には手を加えられるけど、素材そのものは変えられない」
カメラに目線を向けているうちに、そんなことが頭の中をめぐっていた。「なんだ、もっとそのままで、素材のままでいいのか」感覚的な部分で、なにかストンと落ちたような気がした。「できそう」という感覚は、私をぐんと前に運んでくれる。
 
出来上がった写真を見て、変な声が出た。「これ、私ですか?」不安げに先輩の方を見る。そこには見たこともない女性が映っていた。遠くを見る大人っぽい横顔、凛とした背筋。真夏の太陽の光に負けない笑顔と優しさがどの写真にも映し出されていた。「客観的に見る」というのはきっとこういうことなんだろう。「途中からすごく変わったよね。何だろうね。自分では分かってると思うけど」先輩はそう言って、写真を送ってくれた。
 
いつもはスマホのカメラで手軽に写真を撮る。最近は可愛く撮れるように最初から編集されているアプリも多い。でもそれはすでに手が加えられている物であって、まるで加工食品のようだ。確かに誰が映っても可愛く撮れるし、更にいくらでも加工していける。ただ手を加えれば加えるほど、本来の物からは遠くなっていく。
人によく思われていたいと思っていた私なら、間違いなくこのアプリに頼っていただろう。理想に1番近い自分をアプリの中に探し続けていたかもしれない。
 
「素材は変えられない」この言葉は私の大きな一歩になりそうだ。無理に肩ひじを張って頑張らなくてもいい。頑張り方は知っていても、肩の力を抜くヒントをやっと見つけられたような気がする。
 
スマホのカメラロールの1番手前には、生い茂る緑の中で笑う私がいる。今までのどの写真よりも今は1番好きだと思える写真になった。
 
良く見せたいと思っていた気持ちはひとつずつ緩めていこう。無理に手を加えなくても、そのままの素材の私でも、もう怖くない。
 
「私らしさ」の最初の一歩を、始まったばかりの夏とともにこの公園から始めていきたい。
 
 
 
 
***

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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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