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メディアグランプリ

江戸の雷


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Atsu Fuji(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
ドォーン…… 。
誰かが我を忘れて、全力で太鼓をたたいているような雷鳴を聞きながら、私はふと思った。
 
なぜ、私はここにいるのだろう。
 
目の前で、豆をポリポリ食べながら笑っている年齢不詳の女性。
隣の初老の男性は、ビールに柿ピーを食べながら熱心にメモを取っている。
30歳の大人の女性のデートコースで無いことだけは確かだとボンヤリ思った。
 
「皆さん今日は雷の中、わざわざ一文にもなりゃしない話を聞きに来てくれて、よほど暇なんでしょうねえ」
 
相変わらず、似たような冒頭から話しはじめる、若い噺家。
その会話、前も聞いた。
客席も半分ぐらいしか笑っていない。
 
そう、ここは新宿の落語寄席。
人生初めての落語を見ている。
 
隣では、竹野内豊似の野口さんが真面目に見ている。
顔はやはり格好いい。
しかし、ずっと眺めていると、少し飽きてくる。
落語の終了まで、まだ2時間もあるのだ。
 
人生において舞台を見たのは、小学生の時の狂言が最初で最後だ。
学校行事のため道中は楽しかったが、肝心の舞台の記憶は睡眠しかない。
 
そんな私が落語を見ることになった発端は、野口さんの送別会であった。
 
竹中商事の総務部長の秘書として働く私は、役員の海外出張の手配などを取引旅行代理店の野口さんによく発注していた。
 
甘いマスクで仕事もできる野口さんが部内でも人気が無いわけはない。
野口さんの転職を聞いて、我が部主催の送別会が開催されたのも当然の流れだろう。
 
1次会で、野口さんが35歳と程よい年上で、更に独身であることがわかり、色めきだった私は2次会において周りが二度見する速度で野口さんの隣の席を確保した。
 
「野口さん、本当に彼女いないんですか?」
「本当にいないんです。仕事以外だと出会いもないので……」
 
「こいつ、顔はいいのに、趣味がね、ジジ臭いんですよ」
野口さんの上司の部長が口をはさむ。興味はないから名前もわからないが。
 
「ジジ臭い趣味……。ゲートボールとかですか?」
「いやいや、ゲートボールはしないですよ……。あれです、落語です」
 
「落語ッ?」
 
「ええ、落語です。父が好きで、昔から良く連れていってもらってたんです。永井さんは、落語聞きます?」
 
「え、まあ、たまに見ます。生では見たことないですが」
 
とっさに、グレーな嘘をつく。
実家では、父が日曜日に笑点を見ていたのだ。
 
「え、本当! じゃあ、野口と一緒に行ってみたら? 野口、良かったなあ。中々落語を聞いてる女性はいないぞ」
 
名も無き部長、ナイスです! 最後の最後に、良き仕事をしてくれた。
これからあなたの会社にしか発注しません!
 
「えっと、来週の日曜日に寄席にいく予定ですけど……ご興味あります?」
 
「あります! いきます! あいてます!」
やや混乱した口調になったが、熱意は伝わり一緒に行くことになった。
 
そして冒頭に戻る。
 
野口さんに彼女がいないという話は、本当なんだろうなと思い始めている。
いかに落語好きとはいえ、午後5時から4時間ぶっ通しで落語を見るデートは、ちょっとデリカシーがない。
 
カンカンカンカン……。
「20分休憩です」
あ、さっきの話が終わったのか。
 
皆一斉に席から立ちあがる。
 
「僕ビール買いますけど、いります?」
 
「あ、いや……。大丈夫です。お手洗いに行ってきますね」
 
ここで缶ビールを飲みながら会話するのは、なんともムードが無いのではないか。
気付かれないように、小さな溜息をつき席を立つ。
 
お手洗いから出てきたあと、すぐに席に戻るのもなんとなく嫌だったので、ロビーの椅子に座って外を眺める。
 
ドォーン……ドォーン……。
だんだんと雷鳴が近寄ってきている。
この感じでは、帰るころには豪雨になっているだろう。
今日はさっさと切り上げよう……。
 
「あ、ここにいたんですね。もう次が始まりますよ。いよいよ真打ちの登場ですよ」
雷に浸っていたところに、声をかけられびっくりする。
 
野口さん、席に戻ってこない私を心配して探してくれたみたい。
少しは私のことを気にしてくれてたんだ。
 
「真打ってなんですか?」
「なんというか、座長ですね。皆さんこの人を目当てに見に来ている感じです」
 
「あ、そうなんですね。野口さんもそうですか?」
「そうですね。だから今から楽しみなんです」と、野口さんが笑う。
この人のこういう笑顔、初めて見たかも。
 
席に戻り、幕が上がる。
 
パチパチ! パチパチ!
パチパチ! パチパチ!
 
登場したときの拍手の量が、今までと全然違う!
これが真打か。
 
「今日は雷が凄うございますね。ま、江戸の頃も雷っていうのは、怖いものでございましてねぇ……」
 
思ったよりも、声が小さくて聞き取りにくいが、
そのせいもあり、つい集中して聞き始める。
 
「中には、この雷をつかって想い人とイイ感じになり、はては夫婦になっちまうなんて、ふてえ奴がいるものでございましてね。ま、江戸時代の吊り橋効果っていうんですかね。今日はそんな噺を一つ……」
 
どうやら江戸時代の男女の話らしい。
帰りが遅くなり家から閉め出られた男と、同じように締め出された幼馴染の女の子。
たまたま道であった二人は、一緒に男の叔父の家に泊まる。
 
「この叔父が、根っからの慌てん坊。案の定、布団が一組しか用意されていない。しかしだ、ふたりきりになると、お花は半七に対しまんざらでもない様子……」
 
おお、真打の演技が艶っぽいせいか、こっちがドキドキしてくる。
それで、それで。
 
「その時、ガシャーン! と、雷が響いた。お花はキャッと言って、半七の胸元へ飛び込む。するとお花の着物がはだけ、半七はっ!」
 
半七はっ?!
 
「ちょうどお時間です。おあとがよろしいようで……」
 
おあとがよろしくない!!!
お花と半七はどうなったんだっ!
ああ、気になる。気になる……。
 
劇場の外に出てからも、まだ気になっていた。
 
「いや、面白かったですね」、と満面の笑みの野口さん。
 
仕事の時の落ち着いた笑顔とは違う、子供のような愛嬌のある笑顔。
年上ならではの落ち着いた雰囲気もいいけど、こういう笑顔もよい。
 
「そうですね。最後の人、女性の演技が色っぽくてびっくりしました!」
 
「そうなんですよ! 女性の演技に定評があるんです。気に入ってもらって本当に良かったです」
 
「いえいえ、こちらこそありがとうございます!」
 
「実は、最初のデートが落語で大丈夫かなって心配してたんですが、良かったです。もしよければ、近くにBarがあるんですが一杯どうですか?」
 
「え、あ、本当ですか!? 嬉しいです」
 
「ええ、落語の師匠達がよく行くBarなんで知っているだけですが、落ち着いた雰囲気でお酒も美味しいんです」
 
なんだ、ちゃんとデートのつもりだったんだ。
落語の師匠が集まる店を選んでくれたのも、彼の領域に入れてくれたみたいで嬉しい。
 
「雨凄いですが、近くなんで僕の傘に入ってお店まで行きましょうか?」
と、私の折りたたみ傘を見る野口さん。
 
「ありがとうございます」
 
と、野口さんの大きめの傘に入ったその時、ガシャーン! と、雷が落ちた。
 
キャッと、思わず野口さんの腕につかまる。
 
「大丈夫ですよ」、といつもの落ち着きのある笑顔で対応してくれる野口さん。
ああ、Barが遠いところにあることを切に願う。
 
道中、ふと思ったが雷も落語もよく似ている。
どちらも、一瞬のきらめきが印象的だ。
 
そして、どちらも野口さんと私の距離を縮めてくれる。
 
次のデートも雷がくればいいのに。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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