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探偵は美容院にいる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:野口桃花(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
初めて訪れた美容院で、探偵に出会った。
 
美容院にはどのくらいの頻度で通っているだろうか。
私の現在の髪形はハンサムショートと呼ばれるショートヘアであり、それを保つためには一か月に一度、長くても一か月半に一度は美容院に行く必要がある。一か月という時間は存外あっという間に過ぎていくものであり、「この間切ったけど、また行くようか……」と重い腰を上げて、私はネットから美容院の予約を入れる。
 
別に、美容院が嫌いなわけではない。髪を切るのが面倒なわけでもない。
ただ単に苦手意識を持っているだけだ。
 
なぜ苦手なのか。
それは残念なことに、私の性格が美容院という場に合わないからだ。
 
当たり前のことだが、美容院で髪を切ってもらう際には、美容師さんとの他愛もない会話イベントが発生する。どこから来たんですか、とか、何がお好きなんですか、とか。合コンの出だしのような誰にでも振ることができる話題を種として、髪を切る時間はコミュニケーションで埋められていく。そういったコミュニケーションが、私はどうにも苦手なのだ。
 
例えるならば、私のコミュニケーションスタイルは『星の王子さま』(サン=テグジュペリ)のキツネだ。
はじめは同じ空間にこそいても、話しかけない。ちらりと視線をやるだけで、相手の領域には踏み込まない。徐々に言葉を交わし、語り、親しくなっていくのだ。
 
もちろん常時キツネスタイルで生きるのは、いささか不便だ。
友人間ならまだしも、社会生活を営む上ではそれが通用しないと理解している。だから気の置ける間柄ではない人と接するときは、当たり障りのない返答をする人畜無害な人間を装う。けれどそれには疲労感が伴うし、何より慣れないことをしているなのからか、ぎこちなさがにじみ出てしまう。それもあって、慣れた場にはできるだけ素の自分で向かうよう心掛けていた。
 
しかし、前回はキツネスタイルを貫いたために失敗してしまった。数度担当してもらったことのある美容師さんに「前回みたいな感じで」と伝えるなり手元の雑誌に夢中になっていたら、私が思い描いたような髪型にはならなかったのだ。
 
当然と言えば当然だ。例えばCoCo壱番屋で「辛めでお願いします」なんてオーダーをするのは間違いだ。辛さの指定をしなければいけない。行きつけの美容院であれ、それは同じだ。付き合いが長くても、特に髪型なんて繊細なもののオーダーはできるだけ詳しく伝えなければならない。それを怠った結果失敗し、私の足はその美容院から遠のいてしまった。
 
手痛い失敗から違う美容院に赴いたのは、12月下旬のことだった。そこは行ったことのない美容院で、もちろん美容師さんとは初めましてだ。ともなれば、オーダーについては行きつけの美容院以上に言葉を交わす必要がある。
 
案の定、私は髪型を伝えるのに苦戦した。申し訳なさから、謝罪が口をついて出る。
「すみません、上手く伝えられなくて」
「イメージを伝えるのって難しいですよね。でも大丈夫です、汲み取っていきます」
安心させるために笑うでもなく、美容師・Kさんは鏡越しに私の目をまっすぐ見据えた。人見知りのキツネ人間であっても、他者を信頼するには十分なほどに真摯なまなざしだった。
 
帰りの電車でKさんとの会話を振り返っていると、あることに気が付いた。
私は口下手だが、会話が続かないのは口下手のせいではない。自分で思っている以上に、私が自分自身をよく分かっていないからだ、と。
 
例えば、「どんなアーティストの曲を聞かれるんですか?」と問われた時。私は一人のアーティストしか挙げることができなかった。けれど後になって振り返ると、一人、また一人と挙げることができたし、耳元のイヤホンからは最近つい口ずさんでしまう曲が流れている。
 
とある漫画を布教したくて、今一度文章の勉強をしている節があると話した時。「めっちゃ好きじゃないですか」とKさんは感嘆した。言われた時こそピンと来なかったが、それの魅力についてよくよく考えてみれば、なるほど確かにその原動力は「好き」の気持ちだった。
彼らを好きと言わず、なんというのだろうか。
 
そういった意味で、Kさんは探偵だった。
美容院の例に漏れず、Kさんも客である私へ他愛もない話題を振る。私の返答をもとに、話を展開していく。一見すると普通の美容院と変わらない光景だが、これこそKさんが名探偵であることの証左だ。Kさんは他愛もない会話から客の人となりを把握し、客が本当に求める髪型を探し当てる。そして客――つまり私は、Kさんとの会話から自分が好きなものを再発見するに至った。結果論ではあるが、Kさんは見事に私が見失っていたものを見つけ出したのだ。
 
美容院が苦手という認識は、間違いだった。私は日々の忙しさを言い訳にして、自分を見つめなおすことを後回しにしていただけだ。Kさんは(そんなつもりはないだろうが)、そんな私をすっかり解き明かしてしまったのである。
 
とはいえ、長年抱き続けた美容院を苦手とする気持ちは、まだまだ消えそうにない。人は一朝一夕で変われないからだ。一か月後の鏡の中にも、カット中の会話を上手く返せない自分が映るだろう。
しかし多少ぎこちなくても、次はKさんと好きなものについて話してみたいと思うのだ。
 
 
 
 
***

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2021-01-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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